第5話 レオン、異世界の大地に立つ 『お約束』って楽しいな

 眩しさで閉じていた目を開くと、どこまでも広がる草原がそこにあった。牧歌的ぼっかてきと言えばいいのかな? コンクリートの町並み以外を見るのは久しぶりだよ。おっと、先ずは周囲の索敵さくてきだな、

「マリー、周りに何か気配を感じるか?」

「……いいえ。特に何も感じません」

 とりあえず、安全地帯に転送されたようだな。おや? 遠目に何か見えるな。

「あそこに何かあるな。おそらく城壁……町だと思うが……」

「はい。それなりの大きさの町のようですね」

「それでは一先ずあそこを目指すとするか。その道中でこれからの行動について話をしようか」

「はい」

 マリーと並んで町を目指す。しばらく草原を歩くと広い道に出た。といってもアスファルトで舗装ほそうされた道ではなく、土が剥き出しになっている道だ。

「先程も言った通り、まずは冒険者として活動し、それなりの知名度を得る。そうすれば領主や貴族の耳に入るであろうから、そこで知己を得て協力関係を結ぶ。そのまま後ろ盾になってくれれば最高だな」

「そして、それらのコネクションを使って、大物貴族、ゆくゆくは王族へ……ですか?」

 流石はマリーだな。ある程度の道筋は見えているか。

「そうなる。最終的に敵対する事になるのは、恐らく『国家』そのものだろうからな。こちらも国の後ろ盾が無ければ、同じ土俵にすら立てん」

 戦うにしろ、交渉するにしろ、個人では対処困難な相手だからな。

「……旦那様。周囲に何者かの気配が……右手側です!」

 マリーはそう言ってナイフを構え、戦闘態勢に移行した。俺もマリーに倣い槍を構える。

 俺達の前に現れたのは、二頭の大きな狼だった。

「グルルルルゥ――」

 低い唸り声を上げて、こちらを威嚇している。これは……戦闘は避けられんか。さて、初戦闘になるが果たして……。

「とりあえず、一匹は俺が何とかやってみる。もう一匹を頼む」

「はい、承知致いたしました。御武運ごぶうんを」

「マリーも」

「グルアァァァッ!」

 一匹が俺に向かって跳躍してきた。大きく口を開け、鋭い牙が剥き出しになる。自分でも驚いたが、思ったよりも冷静でいられるな。戦場は違えど魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする世界で戦ってきた経験がここで生きたか。あの妖怪共を相手にするより幾分かマシさ。敗北=死という構図は同じだしな。

「はあっ!」

 足腰と両の腕に力を入れ、気合一閃! 全力で槍を突き出す。槍の穂先が吸い込まれる様に狼の胴体にヒット! カウンター気味に入ったことで、狼が大きく吹き飛ばされ地面に横たわる。むっ? 刺さらなかっただと? 俺の予測では槍が狼の胴を貫通するはずだったのだが……。両手にはしっかりとした「手応え」が残っている……せん。いや、今はそんな事考えている場合ではない。今の一撃で狼は仕留め切れなかったようだ。

 ん? 何だ? 体の中に未知の力を感じる? これは……いや、今はその事は一旦頭の隅に置いておこう。

 吹き飛ばされた狼が立ち上がろうとしている。とはいえ足元がふらついているな。それに俺が槍で突いた部分から、多量の血を流しているのが確認できる。この好機は逃さんぞ。すかさず間合いを詰めて、今度は狼の首元に槍を突き刺した。それでようやく狼は動かなくなった。

「……ふぅ」

 大きく深呼吸して肺の中にたっぷりと空気を取り込む。脳に酸素が供給され、頭も体も幾分か落ち着きを取り戻せたか。そしてふと今の状況を思い出し、慌ててマリーの方に向き直った。まだ戦闘が完全に終了していないのに気を抜くなど、あってはならない……と思ったが、彼女の足元には既に狼の屍が横たわっていた。見事だな。

 迫りくる脅威きょういが無くなったのを確認し、改めて全身の力を抜く。槍を握っている手は汗で濡れ、背中もびっしょり汗で濡れていた。初めての戦闘は、思ったより緊張していたようだ。

「怪我は無いか?」

 俺は無事だがマリーもそうだとは限らない。俺はマリーに安否を問う。

「はい、こちらは問題ありませんでした。旦那様の手際もお見事でした。戦闘は初めてでしたよね?」

 マリーは涼しい顔でそう返答してきた。

「ああ、マリーに格好悪い所を見せたくなかったからな。男の意地というやつだ」

 マリーが仕留めた狼は、首筋を一太刀で切り裂かれて絶命していた。やはり経験の差は歴然だな。

「首元を狙って切り裂いたのか?」

「はい。胴や手足は少々硬いと判断して、確実に仕留める為に首を狙いました」

 つまり俺はその固い胴を狙ってしまったが為、一撃で倒せなかったという事だろう。俺も精進しょうじんせねばな。

「ところで、倒した狼はどういたしますか?」

 ふむ、どうするかな……。

「この世界では倒した魔物をどうするかが分からない。とりあえずアイテムボックスの中で保管しておこうと思う」

「成程、それは良い考えかと」

 普通ならこれ程の大きさの狼を持って移動するのは困難だが、アイテムボックスがあれば容易だ。そう思い狼の死骸しがいに触れ『入れ』と念じる。すると狼は瞬時に消え去った。

「これでよし。では引き続き町へ向かうとするが、他の狼などはいないか?」

「はい。周囲に新たな気配はありませんので、問題無いでしょう」

 安全確認を済ませ改めて町へと歩き出す。しばらくすると町の詳細がわかる距離まで来た。聳え立つ城壁、それに見合うだけの大きな城門。そして町に入ろうとする人の列。立派な城塞都市ではないか。

「俺達は田舎から冒険者になるために来た、幼馴染同士という設定で行こうと思う」

 馬鹿正直に「異世界から来ました」なんて言えるわけ無い。ありきたりだが、この設定でいくのが無難だろう。

「はい、承知致しました」

 マリーが頷き了承の意を示した。そうこうしているうちに列が進み、遂に俺達の番になる。

「君達は……初めて見るね。この町には何の用で来たのかな?」

 話しかけてきたのは門番の男。体格の良い、金髪で爽やかな雰囲気の青年だ。初めて見る……ね。面白い。

 門番の男にそう問われ、先程決めた通りの説明をする。

「俺達は、冒険者を目指して村からやってきました」

 俺がそう答えると、門番は俺達をじーっと眺めていた。怪しい所がないか探っているのだろう。

「なるほどね……通行証――は持ってないよな? なら通行料として一人100G必要だ。払えるかい?」

 そう言うと、俺達を見る門番の視線が鋭くなった。警戒度を引き上げたか。この男……できるな。ならばこちらも相応の態度で示さなければな。

「はい。二人で200G……銀貨2枚ですね」

 懐から取り出すフリをして、アイテムボックスから銀貨2枚を出す。それを何気ない顔で門番に渡した。するとピクリと門番の眉がわずかに反応した……狙い通りのリアクションだ。

「確かに。じゃあこれが仮の通行証だ。冒険者登録するとカードが貰える。それが身分証と通行証の代わりになる。それがあれば通行料は必要なくなるぞ」

 ほう。それは良い事を聞いた。冒険者になる理由が一つ増えたよ。

「冒険者登録するには何処に行けばいいんですか?」

「大通りを真っ直ぐ進んで行くと右手に大きな建物が見えてくる、そいつが冒険者ギルドだ。そこで登録諸々の手続きが出来るぜ」

「ありがとうございました、俺はレオンといいます。こちらはマリーです」

「ああ、俺はグレッグだ。見ての通り門番をしてる、何かあれば相談にのるぜ」

「はい、その時には頼りにさせてもらいます」

「他に問題はないな、よし、もう行っていいぞ。ああそれと」

 グレッグは背筋を正して真面目な表情で、

「ようこそ『カルディオス』の町へ。我々は君達を歓迎する!」

 そう高らかに宣言した。俺達は彼に頭を下げ町の中へと進んで行った。




「あの門番の方、私達をあやしんでいた様に感じましたが……」

 冒険者ギルドへ向かって歩いている最中にマリーがそう切り出してきた。

「だろうな。まあ、そうなるように仕向けたというのが大きいが」

「どういうことでしょう?」

「村から出て来たと言ったが、装備は新品かつ良品だ。田舎の村にこのような装備があるかと言われたら首を傾げるだろう。それに俺達の少し前に並んでいた男が、袋に銅貨を詰めて渡していたのが見えた。それ以外の人も基本は銅貨・大銅貨を渡していた。そんな中、田舎からやってきたという若者が銀貨をポンと渡せばどうなるか……」

「成程。言われてみれば確かに不審感がありますね」

「あの門番はデキる男だ。あの短い期間で俺達の違和感に気付き怪しむ洞察力、味方なり協力者とした方が有益だと思い、俺達の事を強く印象づけた。まあこれからも何かと気にかけておくとしよう」

 つまりあの門番の男――グレッグに俺達の事を注目してもらう為に、小細工を弄したという事だ。

 そうこうしているうちに目的地である冒険者ギルドに到着した。

「聞いていた通りの立派な建物だな」

 他の建物が軒並み一階建てだが冒険者ギルドは二階建て、嫌でも目立つな。

「さて、冒険者ギルドでの『お約束』はあるかな?」

「お約束……ですか?」

 まあこれはサブカルチャーを嗜んでいなければ理解できないだろう。

「なに、入ればわかるさ。さあ行くぞ」

 大きな扉を開き中へと入る。中は広々としている、手前側に受付カウンターらしきものがあり、女性が一人立っていた。奥はレストランになっているようだ。何人かが食事を取っているのが確認できる。とりあえず受付に向かうとするか。

「ようこそ冒険者ギルドへ。初めての方ですね? どのようなご用件でしょうか?」

 受付の女性は小柄で、くすんだ金髪を後ろで束ねおさげにしている、顔立ちは少々幼いが、美少女と言って差し支えないだろう。それよりもここに来た要件を伝えようか。

「冒険者登録したいのですが、受付はここで合っていますか?」

「はい、こちらで大丈夫ですよ。新規登録で二名ですね? ではこちらに記入をお願いします。あ、代筆も出来ますよ?」

「いえ、大丈夫です」

 俺とマリーの二人は渡された用紙に記入を開始した。記入項目は、年齢・性別・名前……それだけか? 何か特別な仕様があるのか。というか、代筆なんて言葉初めて聞いたよ。つまりこの世界の識字率は、思っているよりも低いと見るべきか?

「記入が終わりましたら、お預かりします。少々そこでお待ちください」

 そういって彼女は奥に引っ込んだ。しばらくして彼女は二枚の金属製らしきプレートをもって戻ってきた。

「ではこちらのプレートに魔力を流してください。もしくは血液を付着させてください」

 魔力か……初めてやるが……こうか?

「おっ? 光ったな」

 成功したのだろう、プレートが光り、しばらくして光がおさまる。

「はい、これで登録完了です。登録者が魔力を流すと先程の様に光ります。登録者以外の人が流しても光りません。他にも冒険者ランクや依頼達成数なども記録してありますので紛失などには注意してください。再発行は可能ですが、その度に1万G頂きます」

 成程、他人には使用不可能な仕様とはすごい技術だな。指紋認証の究極版といったところか。つまり魔力は人それぞれ違うものなのか、興味深いな。他人の物を盗んで悪用するという心配はしなくてよさそうだな。

「依頼を受ける際は、あちらにあるボードに貼ってある紙を受付に持ってくるか、直接受付にお尋ね下さい」

 受付の隣にボードがあり幾つもの紙が貼られている。今はちょうど人がいないのでよく見える。

「ボードにある依頼と受付で直接受ける依頼に何か違いがあるのか?」

「はい、ボードに貼ってある依頼は町の皆さんが依頼するものが中心ですね。お手伝いなどの軽作業が多く、緊急性はあるけど危険性は無いといったものが出されます。対して受付で紹介するのは主にモンスターの討伐です。こちらは危険度が高いのでランクに見合ったものを提供する形になります」

 当然だな。新米がいきなり凶暴なドラゴンに挑めばどうなるか……考えるまでもない。

「討伐を終えたと証明するにはどうすれば?」

「討伐証明部位というものがあり、それを受付に提出してください。証明部位に関しては、あちらの資料に記載してありますので確認してみてください」

 ボードの隣に本棚があるな、後で読んでみるとしよう。一先ず討伐依頼をうけようか。

「早速討伐依頼を受けたいのですが、何かオススメはありますか?」

 受付嬢は一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐさま表情を戻し説明を始めた。

「はい、レオンさんとマリーさんは『Eランク』となりますので、「ゴブリン」・「グラスウルフ」・「キラーラビット」の三種類ですね。それぞれの特徴もあちらの本に書いてあります」

 新人に対しての支援が手厚いな。そうでもしなければ新人が入りづらいか。

「これは複数受けても問題ありませんか?」

「問題ありませんよ。討伐依頼は特に期限を設けてはいません。その為特に罰則などは設けていませんが、あちらのボードにある依頼は、依頼失敗となった場合に罰則金を支払って頂きます。そして依頼失敗が続けば資格停止処分など、厳しい裁定が下ることもありますので注意してください」

 その辺りの規則はどの職種でも同じだな。

「討伐証明部位を持ってくるのはいつでも構わないと?」

「はい、ですがランクアップの査定基準になりますし、報奨金の支払いもありますので早めの提出がいいと思いますよ。それと討伐証明部位とは別にモンスターの素材の買い取りも行っております。その際は建物の裏手に買い取り専用の受付がありますのでそちらまでお持ちください」

「素材の買い取りについてもあっちの本に?」

「もちろん書いてありますよ」

 万能だな、ギルドの貯蔵本。

「基準よりランクの高いモンスターの討伐証明部位を持ってきたらどうなります?」

「その場合、報奨金は支払われますがランクアップの査定は行われません。昔に高ランクの討伐証明部位をお金で譲り受け、不正にランクアップをしようとした方がいましたので、その対策ですね」

 何処にでもそういう輩は存在するか。嘆かわしい事だ。

「おいおい、新米のガキが大きな口を叩いたなぁ」

 そう言いながら奥の食事スペースから現れたのは、見るからに冒険者風の大柄な男。ここでようやくおいでなすったか『お約束』が。

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