武蔵丸太郎/魔法少女スマイル♡佐々木ちゃん
朝だったからとにかく俺は眠たかった。眠いんじゃなくて寝たかったが正解だが、教室の窓側の一番後ろの端っこの席で秋になりたての太陽の光でこくりこくりとまどろんでた。それともただの自分からくる眠気。どちらにせよ転校生などという他方面から来たやつらなどどうでもいい。俺は寝たい。だが《転校生の女の子》は転校してきて学校に来てから早々こう言った。「トナリノ国からきました
なんてことだ。くだらない。俺も馬鹿か。ってあれ?これどっかで見た設定のような……。おいおい馬鹿か。
いやグルンと回って一周したらもはやこの子のことが心配になってきたぞ。この子多分勢いでこれ言ってんだ。変なキャラ付けしたいんだ。皆にユーモラスで気さくな子だと認識させたかったんだな。うんうん。でもそれにしては少女の顔は至極真っ当真剣勝負でしっかりと俺たちの方を見ながら喋ってて後悔で恥ずかしがってる様子も笑いを誘おうとしてる素振りもない。そしてそこそこの色の一貫性。肌は白いものの黒い瞳に黒の長髪にその前髪には黒の髪留めと一見黒タイツに見えるけど黒色のサイハイソックス。なんというコントラストだろう。あーでもこの学校普通はジャージで登校だからそこだけが黒じゃなくて紺色がかってるのが少し残念だ。そして身長が小学校四年生で止まったような、言うなれば低身長の、それにやけに細身だ。まあいかにも「少女」らしくはある。少女すぎるけど。魔法少女についてはなにごとにも詳しくはないものの一貫性があるものであると俺は思っている。そしていつまでも小さい女の子=少女。まさか、本気なんだな。彼女。っていつの間に案内された席に座ってるし。しかも俺の隣とか。ギャルゲーかよ。
「あははー、よろしくねー」。これが彼女が俺に対して初めて言った言葉だった。普通の女の子の言葉だった。特別なことは何も言ってなかった。俺には普通の女の子に見えたし普通の女の子だった。いつまでもそうだった。特別とかそんなのないんだ。
単刀直入に俺は佐々木に訊く。「魔法少女なの?」
「そうだよー」と佐々木が言う。「私魔法少女なの」
「なんの魔法を使えるの?使えないわけないよね魔法少女なんだし」
「うーん、ごめんね。私魔法童貞だから魔法使ったことがないのかも。てか魔法少女つったってこの間魔法少女になったばっかりだから魔法の使い方が分からないの」
「へえ。魔法童貞?魔法処女じゃないんだ。ま、大変だね。魔法少女もぷーくすくす」
「女の子にそんなこと言うなんて酷いやつだなー!むきーっ」
「いいだろなんでも」
「ウギーッ。失礼だー」。え?ブギウギ?なに?威嚇?
「とにかく魔法使えないんじゃ魔法少女とはとうてい言えないだろー(ゲラゲラ)」
「もー!そうじゃないし笑わないでよー!私本物だよー」
「それはすごいねえ。じゃあなんかやってみろよ。変身とかさ。あ、そりゃ面白そうだな。いっぺん裸になるんだろ。ここでやってみせろよ」
「ええ?うーん。知らない人には裸見せたくないよ。あ、予知ならできるよ。してみるね」と佐々木が腕を組んで俯きながらまた「うーん」とうなる。十秒くらいそうしていると突然顔をあげて「君は気分が悪くなーる」と言ってくる。
「なんだよそれ。当てずっぽうか?そりゃ気分なんていつかは悪くなるよ。あ、今悪くなったかも。やべえあたってるよー。アハ、ハハハハ、いひひひひっ」
そう笑うと頬を膨らませた佐々木が「つん」と言ってそっぽを向く。佐々木は結構あざといやつだった。でも悔しいけど俺にはそれが結構可愛く思える。結構っていうかすごく可愛い。
あとでかなり踏み込んで訊いてみたところ、彼女は自分の魔法をやっぱり把握していないみたいで、実年齢が十一歳であるという。←いやいやありえねえだろ。でも確かに中学生にしちゃ胸がぺたりとそんなないし身長も足りない気がする。じゃあ何で中学校にいるのって訊いたら「判らない」と言って肩をすくめて笑った。でも彼女が言うには、《駅にあるラスカの中にあるエスカレーターに乗って緑の光が気になって足元を見ていたらなんかここにいた》ということらしくてこれがすっかり意味が分からなくて意味不明。なら佐々木は過去から来たということか?いやいやまさかそんなのありえないだろ時間遡行なんて非現実的なこと。俺はこの現実を生きてるわけであって非現実的を生きようとしていないし生きるつもりもないから俺にはそんなの考えない。
あ、と俺は閃く。「佐々木、割り算できる?」。嘘でも本当でも小四ならできるはずだが佐々木は馬鹿そうなので、朝に配られたプリントの裏に「96÷3=」と書いてそれを佐々木に渡す。いやこれは流石に簡単すぎるか?まあいいや。
「えーそんなのできるよ」。と言ってプリントを受け取った佐々木が筆箱から鉛筆を出して手にとり「96÷3=」のイコールの先の答えを出そうと途中式をえーっとこーやってと頑張っている姿をしばらく見て俺は密かに応援する。頑張れ。やっぱり佐々木は頭が悪い。小三で習う割り算をここまでできないとは……。まあ小四である話が本当なら俺だってそこそこできなかったし納得はまあいくが俺はそれ以前にその小四である話を信じていない。だから佐々木は頭がゆるい女の子なんだということにしておく。いやそれしかない。
「ほら、できたよ。私、だってできる子だもん」
手渡されたプリントを見てるみるとしっかり答えが書かれていて、イコールの先に「32」と書いてあった。上には途中式が汚く書かれている。俺は「正解正解」と言って佐々木の肩を叩く。佐々木の肩がとても細々としていて、おかしなものだと感じた。「割り算は苦手?」
「それなりに苦手かなー。でも私物覚えよくないから、そうじゃなくても嫌い」
苦手とかじゃなくて嫌いなんだ。「そうなんだ。俺も苦手」
「あ、同じだー。仲間だね」。佐々木がそう笑う。
俺は少し、同じにすんなよなとも思ったがそれは口には出さずに「うん」と頷き、それだけを言っておく。
日も少しずつ西に寄ってきて帰りの時間が近付いてくる。俺は完全に六時限目の授業のほとんどを寝て過ごしてしまったがそれでも先生は起こしてくれない。俺のことはどうでもいいというか生徒の成績なんてさほど気にしていないんだろう。授業をほとんどやっていないのにもかかわらず授業終わりの挨拶にはしっかり参加しこれからの帰りの喜びを満喫する。目に入ってくる佐々木のノートを見ても黒板の図やら文字やら数式やらをそのまま写しているだけで、きっと何にも理解していないんだなと言うのが丸わかりだし今現在授業の疲れでか机に突っ伏して爆睡中だ。やはりという感じだ。学校の終わりを喜んでいるつかの間クラス中が佐々木の話題でもちきりなのを耳で聞いて俺の気分は喜びから悲しみに近いような感情になる。佐々木は、転校生だと言うのに初日今日できた友達(友達かどうかは分からない。便宜上友達と言っておく)が俺だけだ。休み時間までは話かけてくれるやつはいたけど、今となっちゃ誰も佐々木に話しかけてこない。それどころか陰で笑ってる。それが今まで続いている。最初の俺みたいに直接からかうやつもいる。それに佐々木は妙に能天気なものだからそのからかい具合を加速させている。俺だって人のこともクソも言えたもんじゃないが見てて気分が悪い。皆きっと佐々木が頭のおかしい子と思ってるからだろう。だが俺も大変そう思う。大体魔法少女なんてありえないし、そういうのを自負するのは大抵いかれてるやつだ。現実逃避してるとしか思えない。「起立・礼・さようなら」の三言葉を日直が言って皆が各々帰り始めるが佐々木はさようならの最後に着席を自分で勝手に付け足して椅子に座り机にまた突っ伏す。俺も帰ろうとリュックサックを背中に回していたがリュックサックを下に下ろして椅子に座る。やっぱり思春期だし女の子を見ていたいってのもあるが、そうじゃなくて佐々木がまたからかわれないようにしっかり見ておく。「お、
机に突っ伏したままの佐々木を教室から誰もいなくなるまで見ていたがなかなか起きないので「佐々木起きろよ。もう帰りの時間だぞ」と体を揺すってあげて起こしてあげる。佐々木が「知ってるよ」と言って俺の方を向く。あ、起きてたんだ。「いいよ今構わなくても。皆が帰ったら帰るから」「皆はもう帰っているぞ」「いいから今帰ってったら」と佐々木の声が少し震えて、そう俺に言う。俺ドッキリ。泣かせちゃった?少し焦る俺。焦って「あっそう」という言葉が出てくる。俺は席を立って佐々木に「じゃあ」と言って帰る。でも「あっそう」って。俺はもしかしてとんでもないことを言ったらしいのではないだろうか。佐々木にとってじゃない。誰かにとってでもない。俺にとって。教室の中からは佐々木のすすり泣く声が聞こえてくる。背中のゾワワワワが止まらない。耳に残って離れない音。しくしく・しくしく……。
佐々木を教室に残して一人で階段を降りる。佐々木を眺めてたら空がすっかり夕方になっていた。はあ、アホらしい。そんな夢中になるほどのものでもないのに本当にアホらしい。校門近くで俺は空を見上げてしばらく立ち尽くす。吹奏楽部のトランペットかトロンボーンかは、全く音楽に詳しくない俺からしたら何がなんだか分からないがそういう類の音が聞こえてくる。ヴォーヴォーヴォオオーーとこんな感じに。ううむこれはトロンボーンかな?まあ管楽器なんて見た目お高そうなものは俺には似合わない。ベースギターなら父さんにもらったやつがあるから少しできるんだけど軽音部はないからっていやそれ以前にベースギターすらそんなやったことなかったな。え?俺は突然出てきた「父さん」に驚く。あれ?ああ懐かしいな。父さんという言葉を思い出したのは久しぶりだ。でもベースを俺に渡してきたのは俺にギタリストならぬベースリストになってほしいとか音楽家になってほしいとか素晴らしいバンドマンになってほしいとかじゃ全くなくて父さん自身がベースをもう使わなくなったからだろう。ようは押し付けだ。ベースだけじゃない漫画だってそうだ。父さんはいらないものを全部押し付けていった。あれもこれもそれもきっといらないもの全部。「お前のことは母さんが引き取るからな。俺も残念だけど、妹のことは母さんに任せるよ。俺はもう関係ないからな」「えー!僕に妹ができるの?僕お兄さんになるんだー?きゃははどうしよっかなー妹となにしよっかなあー」「ふふ、そうよ〜。この子が生まれたら
俺はしばらくそれを見ていたがまた佐々木が伸ばしていた背中を丸めてしくしくと泣き始める。あ、だから俺に帰ってくれって言ったのかな?泣いてるの誰にも見られたくないから?いらないプライドだなー。泣きたきゃ人前で泣けばいいのに。すると佐々木が俺の前のやつの椅子を窓際に持ってきてそれに登り下窓の窓枠に足を乗っける。俺は意味がわからず扉を開けないでそれを眺めている。佐々木が両足を窓枠に乗っけるのをまだぼうっと見ている。「お兄ちゃーーん!私お兄ちゃんに会いたいよー!気付いてよくそーーう!」。佐々木の落ちる準備は整ったみたいだ。って、あ、これまずいやつだ。あっとなって急いで扉を開けて佐々木に声をかけると佐々木がこっちを振り返りながら「お兄ちゃっ、ああ!」と驚いて、そこからは迅速に物事は進んでいき、足を滑らせ窓枠に足が引っかかり外側に前のめりになったと思えば頭と足がぐるんと逆になりアクロバットに飛んで頭をガグン!と打って落っこちていってドバン。俺は焦って窓の下を覗こうとする。ものすごく嫌な音がした。
でも佐々木はなんともなさそうで、下のそんな佐々木とバッチリ目があって佐々木が「アハハ」と言う。笑ってはいなかった。「泣いてるところ見られちゃったみたい?今の聞かれてた?」
「どうしてそんなこと……」
「分かんない……急に悲しくなってきちゃって、でも見られたくなかったのよ。それで突然心の内叫んで飛びたくなって、誰もいないし見てないからいいやーってやけくそんなって、でも結果さ、二階だから全然高さ足りなかったしここ花壇で土が柔らかいみたいで私今は死ねないみたいなんだ。痛いだけだったよ。あ、でも死にたいわけじゃないよ?たまーに急にそんな気分がちょくちょくやってくるってだけでね。あれ?なんのために泣いてるか分からなくなっちゃったや?なんで私泣いてんだろー?あれれ?誰のために泣いてたんだっけ?でも君私の泣いてるとこ見たでしょ。ああっ、うう、恥ずかしー、きゃははっ、ああー、ううううっ」。支離滅裂な佐々木が寝たままの状態で体をよじらせて顔を手で覆う。俺はそれに何かエロチックな妄想を見出すが佐々木なんかにそんな妄想抱いたところでだ。やめとこうっと。
「ごめん、俺が驚かせたから落ちたんだよな」
「うん。そうだよ」
いやいやそうだよじゃねえよ。気遣いってのを知らないのか?まあいいや。「ああ。大丈夫そうか?今からそっち行くよ。待ってて」。行ったところで俺には何もできないんだけど。
「あ、荷物持ってきてくれない?見たでしょ?私ちょっと頭打って動きたくないから」
「分かったよ」
自分の弁当箱アンド水筒もしっかり持ったうえで佐々木の荷物もまとめてやって教室を出る。だが落ちたところが昇降口と離れていていかんせん遠い遠い。俺と佐々木との二人分の荷物は流石に辛い。一人分でも辛いのに佐々木は俺に荷物持たせて、何なんだよ。ったく。「ほらよ」。佐々木の荷物を佐々木の隣に投げてやる。「ありがとう」「重かったよ佐々木の荷物」「ありがとう」「立てそうか?」「なんともないよ」「よかった。じゃあそれなら俺は帰るから」「えー!君酷いなあ。私こんなんになってるのに置いて帰るつもり?」「だって平気なんだろ。俺の出る幕ないじゃん」「あるよー助けてよーう」。じたばたしている佐々木の腕を捕まえて持ち上げてやって思いっきり引っ張ると「いてててて、違うよ!違う!そうじゃないってばー」と今度は俺の助けを止めてくる。「え?」。一旦腕を放すと佐々木が後ろに倒れてまた「あいてっ」と声を上げる。そういやこいつさっき頭打ったんだったな。忘れてた。「あごめん」「いいよー。大丈夫。よいしょっと」「平気?」「すごく平気だから、大丈夫」「てかなんで泣いてたんだ?皆があんたを笑うから?」。佐々木が首をかしげる。「分かんない?」「違うんじゃない?」。何その他人事。お前のことだろ。「もう、自分のことは自分で把握しなきゃ」「えへー。皆が笑うのは気にしてないよ。笑うっていいじゃない?」「そうか?」「あ!」「今度はどうしたんだい」「そういえばここ花壇だね。私達怒られちゃうかもー」「おお、きっ、佐々木お前、わざとここに落ちたわけじゃないよな」「そんなの教室があそこなのが悪いもーん」。俺はなんだかこんな佐々木がおかしくなってきてしまって「ぶふっ」と吹き出して爆笑しかけるがその笑いは腹の中にとどめていて佐々木を見る。やっぱり魔法少女なんて嘘だよ。この子はちょっと頭のおかしい正真正銘普通の女の子だ。
「ねえねえちょっとこっち来てみて」
「えーなんだかなあ」
「歩み寄るだけでいいからさー。ほらほらー」
「何?怪しいよ」
「うふふこっち来てみてー」
俺は不安定な柔らかい土の上を少し進んで佐々木に更に近寄る。と、突然佐々木が俺の手首を掴んでぐいっと佐々木自身の方に引っ張る。ただでさえ土が柔らかくて重い物背負って不安定だってのに引っ張られたらそりゃ倒れる。危なーい。だが倒れた先がちょっと思春期の男の子にはまずいところでもっと危なーくて恥ずかしくなる場所に着地する。うわあ佐々木のぺたんこおっぱいが目の前に……。けれど佐々木は俺をしっかりホールドしてはなしてくれなくてもっと困る。「君にはこれがお似合いさーあっははー」。何言ってんだか。でも俺は佐々木のこれを剥がしてやらない。これはこれでいいとも思ってるんだ。佐々木が泣いてるときにもっと泣けばいいと思ってしまった俺への罰にしよう。ま、罰にしちゃこんなの可愛すぎるかもだけど。佐々木の小さすぎる胸があって細いお腹と肩に腕が俺を包んでいて、柑橘系の匂いが鼻をくすぐっている。呼吸で腹と胸が上下するのも恥ずかしさか嬉しさかで鼓動が早くなってるのも今なら分かるしそんなのが俺となんら変わらないことだって分かる。
佐々木は現実を生きていないがしっかり俺らと変わらずに生きているんだ。
あ、そう言えば今日養子が俺ん家にくると母さんが言っていた。俺は早く帰って歓迎してやなくちゃいけないのが今日の目標だったな。でも嫌だなあ。もしその養子ちゃんが来たのなら、父さんが捨てていったあのときの俺=今の俺と生まれる前に俺のために死んだ妹を忘れてくのだろうか。それが変わろうとしてるのだろうか。俺の隣の席は今空いていて、そこにその養子ちゃんを座らせてあげるのは最善のベストなのだろうか。これまでもこれからも座られることのないそんな席にこれからも誰も座らせてやらないのはやはりもったいないだろうか?
まあ、今はそんなのどうでもいいや。今は佐々木の腕の中で穏やかに目を瞑ってみて佐々木と一緒に笑ってやるのだ。笑い疲れるまで。永遠に。アハハハハハハハハハハハハハハハハ………。
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