特別編 遥かなる宴
プロローグ
近くの公園から、遊び回る子供たちの声が聞こえる。
不愉快そうに舌打ちをして、青年は声の方を睨んだ。
「楽しそうにしやがって」
だが、と彼はすぐに機嫌を直す。
自分は今からもっと楽しいことをしに行くのだ。
青年は不敵な笑みを浮かべると、龍の意匠を持つ巨大要塞––クーロン城へと歩いていった。
「止まれ!」
クーロン城に辿り着くなり、四人の警備兵が青年を取り囲む。
しかし青年は怯むことなく、右手に電流を迸らせた。
「はあッ!」
電撃で前方の警備兵を昏倒させ、続け様に蹴りを放って左右の二人を打ちのめす。
再び歩き出す青年に、最後の一人が背後から襲いかかった。
「雑魚が!」
青年は巧みに体を捻り、左手に渦巻く風を纏わせる。
そして渾身の掌底を打ち込み、警備兵を呆気なく吹き飛ばした。
「こいつは貰っていくぞ」
青年は悠々と歩を進め、クーロン城の玉座に腰かける。
青年が無造作に操縦桿を動かすと、クーロン城の眼に光が灯った。
青年はクーロン城を浮遊させ、上空に出現した黒い穴へと飛び込んでいく。
固く閉じた彼の手には、翡翠の勾玉が握られていた––。
その頃、旧ファイオーシャン領の海岸にて。
「よいこのみんなァ! 楽しい紙芝居の時間だよ!」
海で遊ぶ子供たちの輪に銀髪の男––セイが乱入し、紙芝居の準備を始める。
しかし彼の紙芝居の評判を知る子供たちは、セイの姿を見るなり一目散に逃げ出した。
「さあ今日のお話は浦島太郎だ……って、またかよ!」
セイはすっかり項垂れ、この世への恨み節を呟きながらパラソルの下で蹲る。
陽気なビーチに似つかわしくない陰の波動を放ち始めたセイに、一人の女性が声をかけた。
「大丈夫? 熱中症?」
「シイナ……」
「あれ、セイじゃん。また紙芝居が上手くいかなかったの?」
セイは小さく頷く。
シイナと呼ばれた女性は少し考え込むと、日に焼けた腕でセイの手を引いた。
「こっち来て!」
シイナはセイを日向へと連れ出し、彼を海の家へと案内する。
先んじて席を取っていたハタハタが、椅子に置いていた鞄をどけた。
「セイさん、お久しぶりですわ」
「久しぶりだな。で、進捗はどうだ?」
「バッチリですわ」
ハタハタは鞄から数枚の資料を取り出し、机の上に並べる。
資料にざっと目を通して、セイが呟いた。
「『カムイ祭り』いよいよもうすぐだな」
「全ての国で同時に開くお祭り! こんなのトロピカ間違いなしだよね!」
「わたくしとシイナで企画して、他の守護者の皆さんにも話を通して……随分長い道のりでしたが、その分感慨もひとしおですわ」
「おいおい、感慨には祭りの後に浸れって」
ハタハタにツッコミを入れて、セイは首に提げた翡翠の勾玉に目線を落とす。
巨神カムイが世界を救ってから、既に数年の月日が流れていた。
「もうすぐ会えるんだよな、あいつに」
「あいつってどいつですの?」
「……ミカだよ」
セイは躊躇いがちにかつてのパートナーの名前を出す。
歌姫ミカは今、世界で知らぬ者はない程の大人気アイドルとなっていた。
「写真集はバカ売れ、ライブは大盛況。最近は舞台にも出たりして、文字通り雲の上の人になっちまった。誇らしいけど、やっぱ寂しいな」
以前幼馴染が役者になったと語っていた友人もこんな気持ちだったのだろうかと、セイは揺蕩う雲を眺めて思いを馳せる。
しかし彼の追想は、轟く雷鳴によって掻き消された。
「何だあれは!?」
空に黒い穴が開き、分厚い雷雲が青空を覆い尽くす。
海が荒れる気配を察知して、シイナが真っ先に駆け出した。
「みんなを避難させてくる! 二人はここをお願い!」
セイとハタハタは立ち上がり、迅速に海の家にいる人々への避難指示を行う。
時を同じくして、海岸に出たシイナは信じられないものを目撃していた。
「あれって、クーロン城……?」
黒い穴から龍を模した要塞が出現し、旧ドローマの方角へと墜落していく。
神話の後の世界で、新たな物語が始まろうとしていた。
—————
地上への決死行
「はいいいよ〜! いい感じ! 目線こっちにちょうだい!」
新型カメラの光を浴びながら、ミカは注文通りにポーズを取る。
今回の仕事は新進気鋭の職人・メゾンが新たに発表したブランド服の宣材写真の撮影だ。
天使の羽をイメージしたというミニドレスの魅力が引き立つように、時に明るく、時に美しく笑顔を振り撒く。
やがて写真撮影が終わり、カメラマンのソプラが嬉しそうにカメラから顔を上げた。
「お疲れミカ! 最高の出来栄えだったよ!」
「ありがとう。ソプラにもよろしく伝えておいて」
ミカはソプラやスタッフたちに丁寧に頭を下げ、スタジオを後にする。
写真館だった時の外観を殆どそのまま残すスタジオの出入り口に向かうと、実の兄・シンが彼女を出迎えた。
「お兄ちゃん!」
「仕事中はマネージャーと呼びなさい」
アイドル活動を始めたミカを、シンはマネージャーとして陰に日向に支えている。
黒い外套からスーツに装いを改めた彼もまた、平和になった時代を謳歌する者の一人だった。
「次は発声練習だ。水分補給を忘れるなよ」
シンはルイボスティーの入った水筒を取り出し、ミカに手渡す。
練習場までミカを連れて行こうとしたその時、彼は上空に開いた暗い穴を目撃した。
「伏せろ!」
白雲の地面が警戒態勢を示す黒に染まり、雷撃で穴から飛び出してきたクーロン城を撃墜する。
炎に包まれて墜ちていく城を見ながら、シンは戦士の顔に戻って言った。
「……今日のレッスンは中止だ」
ミカは頷き、シンと共に大聖堂へと向かう。
年老いてなお守護者として辣腕を振るう梟のオボロが、兄妹を出迎えた。
「待っておったぞ。さあ、こっちじゃ」
オボロは隠し扉を開き、ミカとシンを奥の間に案内する。
部屋の隅に置かれたベッドに横たわる一人の青年を指して、彼は言った。
「クーロン城を撃墜した時、一緒に落ちてきたんじゃ。しかし、何より驚いたのは」
オボロはそこで言葉を切り、青年が持っていたという勾玉を取り出す。
翡翠色に輝く勾玉を見て、ミカが驚愕の声を上げた。
「それはセイの!」
「うむ。謎の穴から現れたクーロン城に、操縦者が持っていた勾玉。これは何を意味しているのじゃろうかのう……」
「直接聞き出せばいいだけだ」
シンは青年の頬を軽く叩き、彼の意識を覚醒させる。
青年はゆっくり目を開けると、ぼんやりした口調で呟いた。
「ここは……?」
「雲上の国ミクラウドじゃ。してお主、名は何と言う」
「『シュウ』」
オボロに名を聞かれ、青年は半ば吐息のような声で答える。
顔と名前を脳に焼きつけながら、シンが質問攻めを開始した。
「シュウか。お前はどこから来た? 目的は何だ? 何故カムイの勾玉を持っている? お前は……」
「お兄ちゃん、そんな一気に質問したら困っちゃうでしょ」
兄を諌めつつ、ミカはシュウの方に体を向ける。
彼女は怯える彼に目線を合わせ、硬い手を握って語りかけた。
「ごめんね。焦らなくていいから、あなたのことを聞かせてくれる?」
シュウは頷き、脳内で話す内容を整理しようとする。
しかし自分の素性を明かそうとした瞬間、彼は鈍い頭痛に襲われた。
「……思い出せない。自分の名前以外、何も」
記憶喪失。
同じ言葉を想起して、シンとミカは顔を見合わせる。
どうしたものかと考え込んでいたその時、甲高い警報が鳴り響いた。
『災獣接近!』
「バカな、災獣は消えた筈だ!」
「とにかく確かめるんじゃ!」
オボロが水晶玉に念を込め、周辺空域の様子を映し出す。
翼の生えた数十メートル級の大蛇が群れをなして迫る様子に、シュウは思わず息を呑んだ。
「こいつらは俺とオボロでどうにかする。ミカはシュウを連れて地上に逃げろ!」
「うん!」
ミカに手を引かれるがまま、シュウは大聖堂を飛び出す。
水晶玉で見るよりもずっと大きい『大蛇災獣ヘビグラー』軍団に、彼は思わず立ち竦んだ。
「この中を突っ切るのか!? 無茶だ!」
「大丈夫。さあ、しっかり掴まって!」
「え、う、うわあっ!!」
ミカとシュウは黒雲の足場から跳躍し、重力と乱気流に身を任せる。
無防備に宙を舞う二人に、一体のヘビグラーが狙いを定めた。
「っ!」
しがみつくシュウを庇いつつ、ミカは冷静に敵との間合いを図る。
そしてヘビグラーが飛びかかってきた時、彼女は凛とした声で叫んだ。
「超動!!」
眩い光が迸り、シュウは思わず目を瞑る。
次に目を開けた時、彼とミカは白い巨鳥の背に乗っていた。
「お怪我はありませんか?」
「……君は?」
「聖鳥ヤタガラと申します。さあ、飛ばしますよ!」
ヤタガラは逞しい翼を羽ばたかせて急降下し、ヘビグラー軍団の追跡を振り切ろうとする。
災獣の鳴き声を背中に聞きながら、ミカはヤタガラに囁いた。
「お願い、もう少しだけ頑張って」
「了解です!」
ヤタガラは最高速で空を飛び回り、ヘビグラー軍団を翻弄する。
しかし災獣たちは弾丸のようにヤタガラを猛追し、鋭い牙でヤタガラの体を切りつけた。
「ッ!」
痛みで俄かに減速した隙を突き、ヘビグラーの群れがヤタガラを取り囲む。
四方八方から迫る毒牙がヤタガラたちを噛み砕こうとした、その時だった。
「ディザス火炎波!!」
灼熱の火球が炸裂し、ヘビグラーの群れを吹き飛ばす。
禍々しくも勇ましい漆黒の戦士––超動勇士ディザスターが、ヤタガラたちを庇うように姿を現した。
「ありがとうお兄ちゃん!」
「愛する妹のためだからな。これくらい当然だ」
ディザスターは顔色一つ変えずに言い、ヘビグラー軍団に立ち向かっていく。
目の前の異常事態を呑み込むことができず、シュウは弱々しく呟いた。
「あんたら、一体何なんだよ……」
「超動勇士」
「超動勇士ぃ?」
ミカと戸惑うシュウを乗せ、ヤタガラは地上に向かっていく。
彼らの背中を見届けて、ディザスターが必殺技を発動した。
「真・ディザスターカラミティ!!」
己の中に眠る火水風土の力を解放させ、自らの右手に集約させる。
そして光の刃に変えて振るい、ヘビグラー軍団を一体残らず両断した。
「ひとまず片付いたか……」
ディザスターは息を吐き、未だ黒い穴の鎮座する空を見上げる。
穴、そしてシュウの調査を行うため、彼はミクラウドへと戻っていった。
—————
国々の賑わい
ヘビグラーの追跡を切り抜けた後、ミカたちはクーロン城の墜落地点近くに着陸した。
小鳥のリンに戻ったヤタガラを懐にしまいつつ、ミカが問いかける。
「シュウ、この城に覚えはない?」
「……全く」
シュウは首を横に振る。
ひとまず仲間と合流しようとした所で、通行人がミカたちの存在に気が付いた。
「あれ、ミカじゃない!?」
「本当だ! 歌姫系アイドルのミカちゃんだ!」
「しかも男といるぞ!」
瞬く間に人が集まり、好奇の目でミカたちを取り囲む。
しかしミカは巧みに逃走ルートを導き出すと、シュウを連れて駆け出した。
「化け物の次は人間か! 鬼ごっこはもう沢山だよ!」
「ごめん、私アイドルだから!」
「そうなの!?」
やや大袈裟な反応をしつつ、シュウはミカの横顔をちらりと見る。
彼は何かを確信したような表情を浮かべると、小声で何かを呟いた。
「はっ!」
竜巻が二人の体を包み、ミカたちを追っかけのいない場所へと運ぶ。
深い森の中に辿り着くと、シュウは地面に座り込んだ。
さしものミカも体力を消耗したようで、地面にハンカチを敷いて腰を下ろす。
水筒のルイボスティーを飲み干して、彼女はシュウに礼を言った。
「さっきの風、あなたが起こしてくれたんだよね。ありがとう」
「……思い出したんだ。俺には不思議な力があるって」
シュウは立ち上がり、木から赤い実を二つもぎ取る。
彼は雷の力で果実を焼くと、一つをミカに差し出した。
「いただきます」
シュウとミカは両の掌を合わせ、焼けた果実を齧る。
濃厚な甘みが口の中に広がるのを感じながら、ミカが言った。
「あなた、何だかカムイに似てるね」
「カムイ?」
「かつて世界を救った巨神。……そして、私の大切な人」
今は中々会えないでいるが、秘めた想いは変わらない。
ミカの話を聞いて、シュウは期待を滲ませつつ尋ねた。
「セイか……俺も会ってみたいな。その人は今どこにいるの?」
「分からない。でもセイは事件を見過ごす人じゃないから、遠くない内に会えると思う」
「へえ。じゃ、急ごうか」
「ちょっと待ってて。変装グッズつけるから……よし、変装完了!」
シュウとミカは森を抜けて、旧レンゴウの中心市街地まで辿り着く。
塔大跡地に建設された仮校舎で勉強する学生たちから守護者ミリアの居場所を聞き出すと、二人は急いでその場所に向かった。
「ミリア、いる?」
かつては国防の要だった砦の扉を叩き、ミカが主人の名前を呼ぶ。
すぐに扉は開かれ、眼鏡の女性が二人を出迎えた。
「ミカ君か。すると、そちらの彼はシュウ君だな」
「そ、そうだけど」
「私はミリアだ。さ、中に入ろうじゃないか。既に仲間も揃っているぞ」
ミリアに案内され、ミカたちは砦の中に足を踏み入れる。
そこにはアラシ、シナト、シイナ、ハタハタ、そしてセイの五人が、真剣な表情をして立っていた。
「セイっ!」
ミカは変装道具を外し、彼の姿を目に焼きつける。
以前会った時よりずっと逞しくなったセイに、彼女は笑顔で挨拶した。
「久しぶり!」
「おっおお、久しぶり。……で、そいつがシュウか」
「そういうあんたはセイだな」
セイとシュウの目線が交錯し、二人は暫し黙り込む。
名状し難い緊張感が部屋を包む中、ミリアが咳払いをして切り出した。
「まずはドローマに落下したクーロン城についてだが、一応の調査結果が出た。これを見てほしい」
ミリアは水晶玉に念を込め、クーロン城の各部を映し出す。
シュウは無言でそれを眺めながら、ミリアの話に耳を傾けた。
「このクーロン城には、未知の物質が使われていることが分かった。興味深い所は多々あるが、最も気になるのはこれだな」
クーロン城の内部で黒い塊が心臓のように蠢き、ぐおんぐおんと不気味な音を発している。
シュウは水晶玉から顔を上げて、ミリアに質問した。
「この装置は?」
「不明だ。今後、本格的に調査をする」
「なるほど……じゃあこれは?」
シュウは熱心に質問を繰り返し、砦は二人の独壇場となる。
会話が途切れた瞬間に、シナトがふと呟いた。
「しかし、このままだとカムイ祭りの開催も危ういな」
「こんな状況じゃ、中止するしかないかもね。僕のせいでごめん」
「シュウのせいじゃねえよ。あと、祭りはやるぜ。こんな時だからこそ、笑顔を忘れちゃいけないからな」
セイの言葉に、仲間たちは頷く。
唯一躊躇うシュウの肩を抱いて、アラシが元気よく提案した。
「シュウ! この際だ、お前もカムイ祭りに参加しろ!」
「ええっ!?」
「決まりだな。よし、ちょっと来い」
シナトも同調し、二人でシュウを砦の外へと連れ出す。
同行しようとするセイを、ミカが呼び止めた。
「どこに行くの?」
「ちょっと世界旅行にね」
セイは悪戯っぽく答え、ミカに何かを耳打ちする。
ミカは頷くと、静かにセイを送り出した。
「……分かった。気をつけてね」
「おう、行ってくる」
セイが砦を後にすると、部屋の中が少し広くなる。
隅でハタハタに拘束され続けていたシイナが、ようやく解放されて叫んだ。
「シイナも世界旅行したかったー!」
「はいはい。わたくしたちはここでお留守番ですわ」
ハタハタはむくれるシイナの頭を撫でつつ、横目でミリアの方を向く。
彼女が見つめる水晶玉の中では、未だ謎の黒い塊が稼働を続けていた––。
「到着だーッ!」
遥か東の大地を踏んで、アラシが両手を突き上げる。
シュウが辺りを見回すと、そこにはレンゴウやミクラウドとはまるで違う風景が広がっていた。
木造の建物が立ち並び、和装の人々が闊歩する街。
手製の小さな旗を振るって、セイがよく通る声で語り始めた。
「ここは武道と農業の国ラッポンだ。飯が美味いので有名だぞ」
「へえ、お勧めはある?」
「そうだな……最近だと、三丁目の団子屋とか」
セイは観光雑誌を取り出し、団子屋の特集ページを開く。
記載されていた地図の通りに道を歩いて、彼らは件の団子屋へと辿り着いた。
「いらっしゃい! 何でも好きなの頼んでくれよ!」
屋台の暖簾を潜るなり、割烹着姿の老婆が四人を出迎える。
老舗の風格さえ漂う佇まいに、シュウは思わず呟いた。
「あれ、ここって最近できたんじゃ」
「夢を追うのに歳は関係ないんだよ。さ、何にする?」
「えーっとじゃあ……みたらし団子で」
シュウはお品書きの先頭に書いてあったものをそのまま注文する。
それを皮切りに、セイたちも思い思いの品を頼んだ。
「俺はこし餡団子」
「オレは焼き団子な!」
「しゃけおにぎり一つ」
「あいよ!」
全員の注文を聞き届けて、老婆が団子とおにぎりを作り始める。
出来上がるのを待ちながら、セイがシナトに話しかけた。
「お前、もしかして蕎麦屋でカツ丼頼むタイプだったりする?」
「ああ。何か親近感が湧くんだ」
「そうなんだ……よう分からん……」
シナトの感性に困惑するセイの前に、皿に乗ったこし餡団子が出される。
一足先に団子を頂くと、こし餡の素朴な甘さが味覚を刺激した。
続け様に熱い緑茶を流し込み、甘味と苦味の協奏曲を楽しむ。
やはり師匠直伝の食べ方に外れはないと感慨に浸っていると、アラシに脇腹を小突かれた。
「これ食ってみろよ! 美味いぞ!」
「マジ? じゃ俺のも一個やるよ」
団子を分け合うセイとアラシを生暖かい目で見守りつつ、シナトは悠々とおにぎりを食べ進める。
笑顔の三人を見つめながら、シュウは小さく独り言を溢した。
「何かいいな、こういうの」
やがて食事を終えると、四人は古城見学や渓流下りでラッポンの観光名所を満喫する。
そして守護者リョウマに紹介された旅館で一夜を明かし、次の国へと向かうのだった。
—————
雪原の告白
「ようこそ、北の大地シヴァルへ」
翌朝、シヴァルを訪れたセイたちは守護者ユキと合流した。
粉雪の降り頻る小道で、かつてよりずっと身長を伸ばしたユキが丁寧に自己紹介をする。
祭りの開催予定地へ向かう道すがら、ユキは少年の頃よりやや低くなった声で語り始めた。
「昔……といっても数年前までだけど、シヴァルの人たちは地下で暮らしていたんだ。今はようやく地上開拓事業が軌道に乗り始めた所さ」
「そしてこの俺、セイちゃんの故郷でもある」
「そうだね。あ、着いたよ」
カムイ祭りが行われる小さな村に到着して、ユキが両手を広げる。
村に広がる光景を見て、シュウは感嘆の声を上げた。
「わあ……!」
大小様々の雪像が立ち並び、色とりどりのランプで飾りつけが施されている。
夜になれば一層煌びやかになり、幻想的な輝きが銀世界を包み込むのだろう。
しかし何よりも目を惹かれたのは、村の中心に聳え立つ巨神の像だった。
「もしかして、あれがミカの言ってたカムイ?」
「ああ。巨神カムイだ」
カムイの雪像を見上げて、勾玉を持つ二人は暫し沈黙する。
アラシたちが別の場所に移動しても、セイとシュウは長いことここを動かなかった。
「なあ」
セイが徐ろに話しかける。
普段と変わらない声の調子から、彼は突拍子もないことを言い始めた。
「お前の記憶喪失、あれ嘘だろ」
「……なんでそう思う?」
「お前はあの変な黒い物体のことを、一発で装置と言い当てた。ミリアに質問を繰り返していたのは、俺たちが何処まで情報を持っているのか把握したかったからじゃないか? カムイ祭りも、何かにつけて中止させたがっていたしな」
「証拠はそれで全部?」
「いいや。後一つ、最大の証拠があるぜ」
セイはシュウの肩を掴み、彼の目を正面から見据える。
その眼光は、かつて師匠ハルの幻影に囚われていた時の自分と全く同じものだった。
「秘密を抱えている奴は、目で分かる」
「……まさか、このために俺を連れ回したのか」
「こうでもしなきゃ、いつまでも仮面被ったままだろ? ま、作戦立てたのはアラシだけどな」
砦で違和感に気づいたアラシは、シナトたちと口裏を合わせてシュウの本心を暴く作戦を講じた。
それこそが、今回の世界旅行だったのである。
「話してみろよ。力になれるかもしれないぜ」
「……分かったよ。それじゃあ」
シュウはそこで言葉を切り、白い息を吐いて俯く。
そして彼は顔を上げ、信じられないほど低い声で告げた。
「今すぐここで死んでくれ」
瞬間、セイの視界が白く点滅する。
次いで鳩尾に鈍い痛みが走り、彼はその場に倒れ込んだ。
瞬く間に騒ぎが広がり、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。
セイの背中を踏みつけて、シュウは駆けつけたユキに狙いを定めた。
「感じるぞ! 闇のパワーを!」
黒い竜巻でユキを捕縛し、自分の元に引き寄せる。
ユキの中に未だ残留しているフィニスの力が、風を介してシュウの勾玉へと流れ込んだ。
「俺の力を見せてやる……」
空に浮かぶ黒い穴から雷が降り、シュウの体を打ち据える。
全身を雷撃に包まれながら、彼はこの世の全てを呪うような声で叫んだ。
「超動!!」
シュウの体が巨大化し、破滅の戦士となって雪原に君臨する。
武者とも天女とも取れる戦士の姿に、セイは愕然として呟いた。
「……カムイカンナギ!」
「違うな。俺は『マガツカムイ』だ!」
超動勇士マガツカムイはセイを掴み、遥か遠くへと放り投げる。
冷たい空気に煽られながら、セイは翡翠の勾玉を握りしめた。
「ブランクはあるが、やるしかないか!」
勾玉に力を込めると、数年前の感覚が一気に蘇ってくる。
久しぶりに力が漲ってくるのを感じつつ、セイは口上を唱えた。
「超動!!」
セイは超動勇士カムイへと変身し、暴れるマガツカムイへと立ち向かう。
果てしなく広がる銀世界の中心で、二大巨神の大太刀が激突した。
「クァムァアアッ!!」
マガツカムイの力に圧倒され、カムイが地面に倒れ込む。
続け様に突き立てられた大太刀を寸前で躱し、今度は風の御鏡を召喚した。
「シャイニングメーザー!」
カムイは太陽光を反射した光線でマガツカムイを怯ませ、戦況を振り出しに戻す。
マガツカムイもまた御鏡を取り出し、二人は同時に叫んだ。
「トルネード光輪!!」
「ダークトルネード光輪!!」
白と黒の小竜巻が空を埋め尽くし、熾烈なせめぎ合いを繰り広げる。
しかしカムイの光輪は呆気なく全滅させられ、カムイは黒の小竜巻に取り囲まれた。
「がはッ!」
小竜巻の斬撃を続け様に喰らい、カムイはとうとう膝を突く。
戦いの様子を見守っていたアラシが、痺れを切らして叫んだ。
「もう我慢ならねえ! こうなったら生身で突っ込んで……」
「アラシ君!」
突然ミリアの声が響き、アラシは上空に目を向ける。
黒雲を裂いて飛来したクーロン城から、ミリアが力強く呼びかけた。
「クーロン城の調整が完了した。いつでもいけるぞ!」
要塞は厳かに着陸し、同時にユキを避難させたシナトも合流を果たす。
追い詰められたカムイを助けるべく、アラシとシナトはクーロン城に乗り込んだ。
「久しぶりに暴れるか!」
「おう!!」
両隣にシナトとミリアを連れて、操縦席のアラシがクーロン城を浮上させる。
そしてマガツカムイの元まで高速飛行し、彼は変形コマンドを入力した。
「超動!!」
要塞は屈強なる龍戦士の姿となり、二本の脚で大地を駆ける。
そしてカムイの前に立ちはだかり、砲撃でマガツカムイの雷を迎え撃った。
「主役は遅れてやってくるってな!」
「別に主役ではないだろう」
「うるせえ! こういうのはノリが大事なんだよ!」
ミリアのツッコミを一蹴し、アラシが操縦桿を傾ける。
クーロンを怒れる龍さながらに暴れさせながら、アラシが獰猛に吼えた。
「いくぜいくぜいくぜーッ!!」
クーロンは肉弾戦と砲撃を織り交ぜた猛攻を繰り出し、マガツカムイに反撃の隙を与えない。
動きが鈍った敵に狙いを定め、彼は更なる技を繰り出した。
「ダブルドラゴンキック!!」
加速をつけて放つ両脚蹴りをもろに喰らい、マガツカムイが大きく吹き飛ばされる。
戦いに終止符を打たんと、クーロンは必殺技の体勢に入った。
「クーロン砲・全砲一斉射!!」
内蔵された全ての銃火器を同時に放ち、圧倒的な火力でマガツカムイを粉砕しにかかる。
眼前に迫る弾丸の雨を睨んで、マガツカムイが唸り声を上げた。
「調子に……乗るなァー!!」
マガツカムイの体を包む羽衣が広がり、防護壁となって彼の身を守る。
技の反動で動けないクーロンに、マガツカムイが双刃刀を突きつけた。
「これで終わりだ……!」
「やめろ!!」
カムイの制止も聞かず、マガツカムイが刃を振り下ろす。
漆黒の刃が機体ごとアラシたちを斬り裂く刹那、カムイが刃の前に飛び込んだ。
「ッ!」
斬られたカムイの肉体から眩い光が噴き出し、彼はセイの姿に戻る。
再び変身しようとするセイの目の前で、勾玉が真っ二つに砕けた。
「終わりだな。それがなくては、カムイもただの人に過ぎない」
マガツカムイは掌から闇を放ち、セイを自身の中に幽閉する。
動けぬままのクーロンの前で、彼は高らかに勝利を宣言した。
「俺の勝ちだ! ははは……はーっはっはっは!!」
カムイたちの敗北は水晶玉を通して全世界に伝わり、人々を絶望の淵へと叩き落とす。
砦で待っていたミカもまた、衝撃の光景に愕然としていた。
「セイ……」
ミカは何かに衝き動かされるように砦を飛び出す。
慌てて追いかけたシイナとハタハタの前に、腐り果てた屍たちが立ち塞がった。
「この感じ、恐らくマガツカムイの邪気によって操られていますわ!」
「急がないといけないのに!」
屍は無尽蔵に出現し、ミカの姿を瞬く間に覆い隠してしまう。
邪悪なる巨神によって、世界は再び滅亡へと向かい始めた。
—————
カムイを継ぐ者
屍たちが闊歩するレンゴウの街を、栗毛の馬が駆け抜ける。
馬を自分の体のように扱いながら、ラッポン守護者リョウマは刀で屍を斬り伏せた。
「お主ら、待たせたぜよ!」
「リョウマ!」
「全く、本当に待ちましたわよ!」
ようやく現れた援軍を、シイナとハタハタは軽口と共に迎え入れる。
息の合った連携で屍たちを倒しながら、ハタハタが口を開いた。
「お二人とも、自分の国は大丈夫なんですの?」
「頼れる部下たちが守ってくれるから安心ぜよ!」
「そうそう! 合同演習の成果、ちゃんと出てるもんね!」
残るドトランティスも、初代カムイの結界により守られている。
ハタハタは勝ち気に笑うと、優雅な所作で仲間を鼓舞した。
「それなら、思う存分戦えますわね!」
三人は屍の海を泳ぎ回り、海を少しずつ干上がらせていく。
そして彼らは屍たちを全滅させた時、ミカは既に空の彼方へと飛び去っていた。
ミカを乗せたヤタガラの姿が、段々と小さくなっていく。
水平線の向こうに消えていく彼女の背に、シイナたちは声を張り上げた。
「頑張ってーっ!!」
「負けてはなりませんわ!!」
「応援してるぜよ!!」
三人の激励を背に浴びて、ミカはヤタガラを加速させる。
真っ直ぐな矢となって突き進む彼女たちを、純白の吹雪が出迎えた。
「お前も地獄に送ってやる!」
吹雪の向こうでマガツカムイの眼が光り、黒い竜巻の弾幕がミカの視界を覆い尽くす。
ミカとヤタガラは迷いなく速度を上げ、弾幕の中に飛び込んだ。
「……ッ!!」
黒竜巻を掻い潜り、撃ち落とし、確実にマガツカムイとの距離を詰めていく。
遂に吹雪のヴェールが剥がれ、ミカは己の肉眼にマガツカムイの姿を焼きつけた。
「お前さえいなくなれば……!」
マガツカムイは大太刀を振り上げ、『神威一刀・鳴神斬り』の構えを取る。
すかさず回避しようとしたその時、不意にマガツカムイの動きが止まった。
「セイ! 貴様ぁ!!」
もがき苦しむような仕草と共に、マガツカムイが叫ぶ。
セイが内側から巨神の動きを妨害しているのだと、ミカは直感的に理解できた。
「ミカ、聞こえるか!?」
マガツカムイの中から、セイの声が響く。
ミカはごくりと唾を飲み、彼の言葉に聴覚を集中させた。
「ヤタガラの技でこいつの心ん中に入るんだ! 急げ!!」
「分かった! ヤタガラ、お願い!」
「ええ!」
ヤタガラは両翼に力を込め、光の刃と化した翼を思い切り振り下ろす。
螺旋を描いて突き進む十字型の光刃が、マガツカムイの胴体を切り裂いた。
「ヤタガラ飛翔斬り!!」
マガツカムイの肉体から黒い闇が噴き出し、塊となって上空に浮かび上がる。
一寸先も見えない深淵の中から、セイとシュウの争う声が聞こえてきた。
「はあっ!」
ミカはヤタガラの背を飛び降り、塊の中に突入する。
精神世界に辿り着いた彼女を待っていたのは、酷く荒み果てた光景だった。
大人も含めた十数人の集団が、一人の少年に詰め寄ってあらん限りの罵詈雑言を吐いている。
堪らず少年を庇おうとしたミカは、シュウの冷酷な声で振り向いた。
「見たな」
シュウは倒れたセイの体を蹴りつけ、ミカの元に転がす。
傷だらけのセイを庇いながら、ミカはシュウを睨め上げて叫んだ。
「どういうこと!? さっきの子は一体」
「黙って見ていろ」
シュウに気圧され、ミカは祈るように少年の様子を見守る。
それまで何をされても耐えていた少年が遂に悲鳴を上げた瞬間、人々は一目散に逃げていった。
少年の姿を見て、ミカは愕然とする。
少年の両手は、風と雷を纏っていた。
「まさか、この子は」
「ああ。そいつは昔の俺だ」
シュウは淡々と告げる。
言葉を失うミカたちに、彼は秘めた怒りをぶち撒けた。
「俺は生まれた時からこんな力を持ち、そのせいで周りに虐げられながら生きてきた。全部お前たちのせいだ!」
「……どういうこと」
「俺は未来から来たんだ」
シュウの生まれた時代は、何とも賑やかで空虚な時代だった。
科学技術の発達と引き換えに人の心は貧しくなり、カムイ神話を語る者もいなくなっていた。
「そんな世の中に、俺はカムイとして生まれた。だが信仰のない神は悪魔でしかない。俺はたちまち迫害の対象になった」
頼れる大人も仲良くしてくれる子供もなく、ひたすら悪意と孤独に耐える日々。
それはやがて、シュウの心から一切の希望を奪い去ってしまった。
「そんなある日、影が俺に囁いたんだ。『楽になりたくはないか』と」
影はシュウに彼の家系図と、『楽になる』方法を教えた。
その方法とは––。
「セイの命を奪うことだ! 俺はセイの子孫。つまりこいつが消えれば、俺は最初からいなかったことになる!」
作戦を遂行するため、シュウはクーロン城でこの時代に飛んだ。
そしてセイたちに接触し、虎視眈々と機会を伺っていたのである。
「トドメだ」
倒れたままのセイに、シュウが電気を纏った右手を翳す。
ミカは咄嗟にセイを庇い、シュウの眼前に同じく電撃を宿した掌を突きつけた。
「やるならやれよ。どうせ結末は変わらん」
シュウの目的が自身の消滅である以上、ここでシュウを倒しても彼を止めたことにはならない。
膠着した状況の中、意識を取り戻したセイがミカの細腕を掴んだ。
「ダメだ」
「セイっ!」
「今必要なのは……力じゃない」
セイは立ち上がり、ミカとシュウの間に立つ。
シュウの目をしっかりと見据えて、彼は静かに問いかけた。
「シュウは、自分が嫌いか?」
「大ッ嫌いだ」
「そうか。でも、俺はお前のこと好きだぜ」
突然の宣言に、シュウは思わず驚愕する。
彼の動揺を繁栄したかのように空が波打ち、彼の記憶を映し出した。
それは風の力でミカを追っかけから逃し、雷の力で焼いた果物を彼女に分け与えるシュウの姿。
映像の中のミカと現在のミカを交互に見て、シュウは後退りしつつ言った。
「そんなもの見せてどうする。この力を憎むなとでも言うつもりか?」
「別に。だけどさ、お前みたいないい奴に消えたいって言われるのは……やっぱ悲しいなって」
セイは率直に自分の感情を伝える。
しかしそれがシュウには不快だった。
彼や仲間たちの持つ慈しみなど、所詮孤独を知らない者の傲慢でしかない。
自分に望まない力を与えた忌むべき男のペテンを暴かんと、シュウはセイに詰め寄った。
「俺はもう消えることでしか救われないんだよ!! それを邪魔するって言うのなら、やっぱりお前もあいつらと一緒だ!!」
渾身の力で右頬を殴りつけ、怒りのままに乱打を喰らわせる。
血みどろの拳を受け止めて、セイが語りかけた。
「俺はまだ、お前とカムイ祭りをやれてないんだよ!」
「そんなのお前のエゴだ!!」
「お互い様だろ!!」
セイの叫びに、シュウは思わずハッとする。
シュウを救おうとするセイたちの気持ちがエゴならば、過去の時代を巻き込んで消えようとすることもまたエゴなのだと、彼はその時ふと気がついた。
「単に消えたいだけなら、わざわざ過去に来なくたってやり方はあった筈だ。でもお前はこの時代に来て、俺たちと接触した。……寂しかったんだ」
「何故そんなことが分かる!」
「分かるさ。お前は、昔のミカに似てるから」
かつてのミカは存在してはいけない国の住人として、歌姫でありながらその命を狙われていた。
彼女が逃亡生活の中で時折見せた哀しげな姿と今のシュウを重ねて、セイは説得を続ける。
「カムイの力は、みんなを守る力だ。誰かのために使い続ければ、いつか分かってくれる日が来る」
散々自分を虐げてきた存在を守れという言葉に、シュウは耳を疑う。
怒りを収めたミカもまた、セイに同調した。
「私もそう思う。だから消えるなんて言わないで、一緒にお祭り行こう?」
理不尽で非現実的な主張を、セイとミカは身を以て実践している。
二人はシュウに敵意を向け、叩きのめしても許される立場の人間だ。
しかし二人は拳を解き、あろうことか祭りに誘いさえしてくる。
これが巨神の器なのかと、シュウは畏敬の念すら覚えた。
「そうか……」
未知の力への恐れ、望まぬ境遇への怒り。
原因がどうあれ、一度生まれてしまった悪意には歯止めが効かない。
だからこそ悪意を赦し、受け止める者が必要だ。
辛く勇気のいるその行為を進んで引き受けることこそが
「消えてる場合じゃ、ないよな……」
シュウは能力の発動を解き、セイとミカにゆっくりと歩み寄る。
三人の手が触れ合った時、彼らはようやく精神世界から帰還を果たした。
「見ろ、マガツカムイが!」
セイたちの見上げる先で、光に包まれたマガツカムイが空に還っていく。
孤独な心を守るための鎧はもう必要ないと、シュウは消えゆくマガツカムイに手を振った。
「やったな、おい!」
クーロン城から降りてきたアラシが、全速力でシュウに抱きついてくる。
しかし四人で分かち合おうとした喜びは、すぐに闇の底へと沈んでしまった。
「シュウよ、我との約束を忘れたか」
「その声は!」
地響きのような低い声を聞き、シュウの顔が青褪める。
親に叱られている子供のような彼の目線の先に現れた影の塊が、淡々とシュウを責め立てた。
「我が貴様に協力したのは、お涙頂戴の三文芝居を見るためではない。この世界を終焉を見るためだ」
「終焉? まさかお前はっ!」
「いかにも。我はかつて貴様らに敗れた終焉災獣ジエンドラが最期に遺した憎悪と怒りの化身。名を『終焉思念体ネガマガツ』」
疑念が確信に変わり、セイは翡翠の勾玉を構える。
影––ネガマガツは低い笑い声を響かせると、悪意に満ちた雄叫びを上げた。
「もうすぐ我が肉体が飛来する! 世界を終焉に導く大軍勢を伴ってな! その時こそ貴様らの……ッ!?」
突然黒い火柱が上がり、ネガマガツの言葉を遮る。
次いでヘビグラーたちの亡骸が降り注ぎ、最後に一人の男が降り立った。
「大軍勢というのは、こいつらのことか?」
「お兄ちゃん!」
右腕に巻いた包帯を風に靡かせ、シンはミカに微笑を向ける。
そして冷たい眼光でネガマガツを射抜き、堂々たる口調で宣告した。
「ネガマガツよ、貴様にはこの地を踏むことすら許さん」
セイ、ミカ、アラシも頷き、シンの横に並び立つ。
勢いよく拳を突き上げて、セイが大号令をかけた。
「さあみんな! 決着をつけようぜ!!」
「おう!!」
まずはシンが包帯を解き、右腕に眠る魔獣ディザスを召喚する。
シンを乗せて走るディザスに続けとばかりに、クーロン城からミリアの声が響いた。
「修理完了だ。いつでもいけるぞ!」
「よっしゃぁ!!」
アラシは急いで城に戻り、操縦席に座す。
レバーを握る大きな右手を、シナトの掌が包み込んだ。
ミリアも左手に掌を添え、二人でアラシに想いを託す。
腹心と盟友の体温を感じながら、アラシは思い切りレバーを傾けた。
「ド派手にかますぜェ!!」
クーロンが最大出力を発揮し、炎を噴き上げてネガマガツに向かっていく。
最後にカムイへと変身しようとするセイを、シュウが遮った。
「俺の蒔いた種だ。俺がけじめをつける」
「そんな固くなるなよ、一緒にやろうぜ!」
「私たち、もう仲間でしょ?」
初めてかけられた言葉に、シュウの視界がぼやけて滲む。
シュウは目蓋を拭って、セイとミカの手を掴んだ。
「……ああ!」
三人の体が光となり、新たなるカムイの姿を形作る。
眩い輝きの天幕を取り払い、セイたちは声を合わせて叫んだ。
「超動!!!」
最強をも超えた究極の戦士『カムイユニオン』が誕生し、虹の翼で空を駆け上がる。
そして拳に全ての力を込め、ネガマガツの本体に打ち込んだ。
「無駄だ!」
ネガマガツの闇が増大し、カムイユニオンの攻撃を相殺する。
押し負けそうになったその時、巨大なエネルギーがカムイユニオンの背中を押した。
「みんな……!」
クーロン、ディザス、各国の守護者、そして平和を願う全ての人たち。
彼らの想いが一つとなり、虹色の双刃刀に結晶化する。
双刃刀の柄を握りしめ、カムイユニオンが最強の技を炸裂させた。
「神威一刀・
数万メートルまで巨大化した刃を振るい、ネガマガツを両断する。
絆が生んだ規格外の力は、ネガマガツを断末魔さえ遺さずこの地上から完全に消し去った。
空に空いていた黒い穴が消え、代わりに刃の軌跡が清らかな虹を描く。
世界を救った三人の超動勇士に、地上の者たちからありったけの感謝が届いた。
「ありがとう、カムイ!!」
人々の声を背に受けて、カムイユニオンは空の彼方に飛び去っていく。
英雄たちを祝福するように、澄んだ蒼がどこまでも広がっていた。
—————
エピローグ
決戦から数ヶ月後、カムイ祭りは無事に開催された。
誰もが巨神カムイに感謝し、屋台や山車などの催し物を楽しんでいる。
そんな祭りの喧騒から少し離れた雑木林で、甚兵衛姿のセイは二本のラムネ瓶をぼんやり揺らしていた。
「お待たせ」
紫の浴衣に身を包んだミカが、小走りでセイの元に駆け寄る。
隣に腰かけた彼女に、セイがラムネを差し出した。
「ありがとう。ライブ、見てくれた?」
「当然。チケット外れちまったから、水晶玉越しだったけど」
「セイなら関係者席でもいいのに」
「きちんと当選しなくちゃ意味ないの。ほい、乾杯」
二人は瓶を打ち合わせ、喉を鳴らしてラムネを飲み干す。
素朴な甘味と炭酸の刺激が通り抜けていくのを感じながら、セイはすっと立ち上がった。
「よしっ、じゃあお祭り行くか」
「……もう少しだけ二人でいたい。だめ?」
甚兵衛の裾を摘んで、ミカがセイを呼び止める。
見慣れた筈の彼女の顔を何故だか直視できず、セイは足元に目線を落とした。
「だめ、じゃ、ないけど」
やっとのことでそう返し、再びミカの隣に座る。
むず痒い静寂に耐えかねて、セイが口を開いた。
「浴衣いいじゃん。似合ってる」
「ありがとう。セイの甚兵衛も素敵だよ」
「えっ!? ま、まあ新調したからな! そりゃあな、あははははっ!」
紅潮する顔を笑って誤魔化しながら、セイは旅の中での記憶を思い出す。
歌姫や戦友ではない一個人としてのミカを相手にすると途端に緊張してしまうということが、セイの中では度々あった。
その感情の正体に気がつかないほど子供ではないが、その感情を冷静に乗りこなせるほど大人でもない。
暴れ馬に振り落とされた末、セイは強引に話題を変えた。
「俺さ、心に決めたことがあるんだ」
「なに?」
「カムイ神話を……俺たちの生きた証を語り継ぐ。シュウの時代まで」
カムイ神話を遺せば、シュウを取り巻く環境も少しは変わるかもしれない。
それが先代カムイ、そして祖先として彼にしてやれる唯一のことであると、セイは考えていた。
「私にも協力させて」
「え、でも」
「私がしたいの! だって私、セイのこと」
狙い澄ましたように花火が上がり、ミカの告白を遮る。
ミカは一瞬だけ口惜しく思いつつも、すぐに気持ちを切り替えた。
瞳に映るセイの顔が赤いのは、今日だけは花火のせいということにしてあげよう。
きっとお互い様だから。
「お祭り、行こうか」
果たして、シュウの世界は変わるのか。
同じ血を持つ二人の巨神は、時を超えて同じ祭りの景色を見られるのか。
その答えは、遥か未来にある。
超動勇士カムイ 空洞蛍 @UNBABA_ZOKU
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