第37章 最終焉決戦

神話の終幕



 空を覆う時空の歪みから、激しい雷が降り注いだ。

 雷鳴は人々を恐怖に陥れ、とうとう『その時』が来たのだと知らしめる。

 やがて雷は幾重にも重なり、漆黒の龍として地上に顕現した。

 世界を終わりへと導く終焉の王、その名は––。


「我は終焉の王『ジエンドラ』。我が名の下に、世界の終焉を宣言する」


 ジエンドラの咆哮で、世界中の火山が一斉に噴火する。

 尾を振るえば大木を容易く薙ぎ倒す大嵐が起こり、一歩進めば凄まじい衝撃が大地を揺らした。


「みんな! オレたちの指示に従って、落ち着いて行動しろ!」


 アラシとシナトは避難民の指揮を執り、彼らを初代クーロンへと逃す。

 戦いに向かおうとするセイたちに、アラシが激励の言葉をかけた。


「思いっきり暴れてこい。負けたら承知しねえぞ」


「分かってるよ」


 セイはミカ、シンと目線を交わし、クーロン城を飛び出す。

 ジエンドラの巨躯を見上げて、セイが不敵に言った。


「やっと会えたな、終焉の王」


「巨神カムイか。何をしに来た」


「決まってんだろ。お前を倒して世界を救う」


 セイの言葉を、ジエンドラは鼻息混じりに嘲笑する。

 怒るセイたちに、彼は淡々と宣告した。


「そうか。だが貴様らは、我に指一本触れることすらできない」


 ジエンドラの叫びに呼応するかのように、何体もの災獣が姿を現す。

 血走った目で狂乱する災獣たちの心を感じ取り、シンが言った。


「……怯えている。終焉という恐怖に」


 シンの言葉を聞き、セイは過去に度々現れた特異な災獣たちを思い出す。

 そして、彼らが本来の習性にそぐわない行動を取っていた理由に気がついた。

 彼らもまた、終焉を恐れていたのだ。


「こいつらは俺が引き受ける。セイ、ミカ、終焉は任せたぞ」


「ああ」


 セイたちとシンは背中合わせになり、それぞれの戦う相手を見据える。

 彼らは叫びと共に、自らを戦う姿へと変えた。


「超動!!」


 シン––ディザスターの咆哮を聴きながら、セイとミカ––カムイカンナギも走り出す。

 ジエンドラの胴体を目掛けて、カムイカンナギが大鉾を突き立てた。


「っ!?」


 しかし大鉾はジエンドラの体を擦り抜け、貫いた箇所が蜃気楼のようにぼやける。

 手応えのなさを不気味に思いつつも、カムイカンナギは果敢に攻撃を続けた。


「終焉と対を為す創造の力か。だが、無意味と知れ」


 ジエンドラは鉾を掴んでへし折り、鋭い爪でカムイカンナギを斬りつける。

 破滅的な威力の猛攻を受け止めながら、彼は反撃に打って出た。


「武器がダメならこれだ! いざ、薙仇無!!」


 掌から雷撃を放ち、ジエンドラを焼き尽くそうとする。

 しかしジエンドラはそれすらも跳ね除け、重厚なる尻尾の一撃でカムイカンナギを吹き飛ばした。


「ぐああっ!!」


 カムイカンナギの体が宙を舞い、ひび割れた地面に叩きつけられる。

 救援に向かおうとするディザスターを、災獣バンモスとコダイルが遮った。


「小癪な……」


 力自慢の二体が相手では、流石のディザスターもすぐには動けない。

 強行突破しようとしたその時、避難誘導を終えたクーロンG9が駆けつけた。


「ダブルドラゴンキック!!」


 強烈な両脚蹴りで災獣たちを倒し、道を切り開く。

 二人はカムイカンナギに駆け寄ると、彼を両側から助け起こした。


「オレたちの仲間を随分いじめてくれたじゃねえか、あぁ?」


「妹を傷つけた報い、受けて貰う」


 クーロンG9とディザスターはジエンドラを挟み、大技の構えを取る。

 カムイカンナギも風の御鏡を召喚し、三人は同時攻撃を繰り出した。


「超トルネード光輪!!」


「スーパーアームバルカン!!」


「ディザス獄炎波!!」


 三つの技が重なり合い、一つの破壊力となってジエンドラを包み込む。

 絶大なる力の奔流に晒されて、ジエンドラは初めて声を荒げた。


「無駄だと言っている……!」


 ジエンドラは攻撃を掻き消すと、数十倍の威力を持つ光弾でカムイカンナギたちを弾き飛ばす。

 皮膚についた煤を払って、彼は冷淡に言い放った。


「我は終焉……万物が必ず迎える終わりそのもの。自然の摂理に仇なすことはできん」


「だったらテメェも終わっとけ!」


 クーロンG9が拳を叩き込むが、ジエンドラには傷一つ与えることができない。

 鋼鉄の拳を掌で握り潰しながら、ジエンドラが呟いた。


「八百年前のカムイも、貴様のような暑苦しい男だった」


「まさか……覚えてやがんのか? 歴代カムイのことを!」


 ジエンドラは質問に答えることなく、クーロンG9を投げ飛ばす。

 更に弾幕でカムイカンナギとディザスターを怯ませて、彼は厳かに語り始めた。


「我は千年前、始まりのカムイと刺し違えた。そして復活を遂げるまでの間、貴様らの神話とやらを次元の狭間で観測し続けてきたのだ」


「終焉の使徒を送り込み、国家を分断させながらか。何故そうまでして世界を滅ぼそうとする?」


 ディザスターが鋭く尋ねる。

 ジエンドラは一瞬だけ沈黙すると、やはり淡々と答えた。


「……そういう存在だからだ。貴様らが食事や睡眠を取るように、我は何かを終わらせる」


 彼は体に気魄を込め、凄絶なる破壊の力をその身に蓄積させる。

 そして無慈悲な宣告と共に、全世界に向けて破壊の力を放出した。


終焉おわりだ」


 目の前が白い光に包まれ、カムイカンナギたちは思わず視界を覆う。

 不思議なことに、痛みはなかった。

 自分が消えていく感覚に安らぎさえ覚え、その身を委ねたくなってしまう。

 薄れゆく意識の中、セイは心の中で呟き続けた。


「ふざけんな。まだ、終わってない……」


 しかし無情にも意識は途切れ、セイは虚無となって空に溶ける。

 次に目が覚めた時、セイたちの世界は見果てぬ荒野と化していた。

 人も建物も災獣たちも、まるで最初から存在しなかったかのように気配がない。

 現実を受け入れられぬまま、セイは声を枯らして叫んだ。


「うわあああーっ!!」


 世界は本当に滅んでしまったのか。

 もう希望はないのだろうか。

 仲間も師匠も、倒すべき敵さえいない世界を、彼は涙と共に歩き出した。

—————

神話への叛逆



 終焉の王ジエンドラの手により、世界は滅んだ。

 ただ一人、セイだけを残して。

 光の消えた勾玉を握りしめながら、彼は未だ歪んだままの空を見上げた。


「まだ壊し足りないっていうのか……!」


 空の歪みは、終焉の王がまだこの世界に残っているという証だ。

 世界を救えないのだとしても、せめてそれだけは倒さなくてはならない。

 力を振り絞って変身しようとするセイの前に、待ち望んだ人影が姿を現した。


「ミカ!」


「こっちだよ、セイ」


 手招きするミカに、セイは疑うことなく駆け寄る。

 ミカは冷たい笑みでセイを出迎えると、無防備な胴体を蹴りつけた。


「がっ……!?」


 何が起こったかも分からぬまま、セイの体が地面を転がる。

 腹を押さえて見上げた彼女の眼は、空と同じ色に染まっていた。


「お前、まさかミカを」


「ならば、何だ?」


「ミカを元に戻せ!!」


 ミカ––否、終焉ミカは遮二無二掴みかかってくるセイを躱し、苛烈な反撃を叩き込む。

 再び地に伏したセイを踏みつけて、彼女は満足げに言った。


「千年ぶりに入ったが、やはり歌姫の体はよく馴染む。……抜け出せぬほどに」


「どういうことだ……!」


「教えてやる。千年前、始まりのカムイがいかにして我を倒したのか」


 初代カムイと終焉の王の戦いは熾烈を極め、その時も世界は無人の荒野と化した。

 しかし初代カムイと歌姫だけは地上に残り、終焉の王に抵抗を続けていた。


「そして歌姫は一計を案じた。己が体に我を取り込み、我との心中を目論んだのだ」


 そして初代カムイは葛藤の末、終焉ごと歌姫を介錯した。

 その痛みを思い出しながら、終焉ミカは口元を歪める。

 身構えるセイの眼前で、彼女は両腕を広げてみせた。


「我を殺せ。そうすれば、また千年の安寧が手に入るぞ」


「ミカの体から出ていけば、今すぐにでも殺してやるよ」


「下らない意地を張るのはよせ。皆、貴様が世界を救うのを待っているぞ?」


 セイの苦悶を見透かして、終焉ミカは挑発を続ける。

 彼女の言葉を何度も反芻する中で、セイは一つの事実に気がついた。


「……ってことは、アラシたちは生きてるんだな?」


 でなければ、他者を利用して決断を迫る筈がない。

 セイの鋭い推測を、終焉ミカは動じることなく肯定した。


「そうだ。彼らは生きている。高き空と、深き海の最果てで」


 乾いた風が、二人の間を吹き抜ける。

 終焉の手に落ちた歌姫を、セイは震える目で見つめていた––。


「……シ、ラシ」


 何者かに体を揺さぶられ、アラシはゆっくりと目を開ける。

 シナトが視界に映ったかと思うと、彼は思い切りアラシを抱きしめた。


「アラシっ!! この野郎、死んだかと思ったぞ!」


「痛い痛い一旦離せ! 今オメーに殺されかかってる!」


「あっすまん」


 シナトの腕から解放されて、アラシは深く呼吸をする。

 改めて周囲を見回すと、ここがドトランティスの医務室であることが分かった。


「にしても、何でこんな所にいるんだ? オレたちはあのやべえ攻撃を受けて、それから……」


「理由を考えたって仕方ないさ。取り敢えず、会議室に行こう。みんなもう集まってる」


 シナトに連れられ、アラシは会議室に入る。

 円卓に座っていたミリアとシイナ、そしてハタハタが、二人を出迎えた。


「二人とも無事だったんだね!」


「目覚めて早々申し訳ありませんが、大事な話し合いをしていますの。あなたたちも参加してくださる?」


 ハタハタに促され、アラシとシナトは着席する。

 アラシは会議の準備を整えると、ミリアたちに現在の状況を尋ねた。


「で、オレたちは何でここにいるんだ? シンや他の守護者は? 国民たちは?」


「そう焦るな。一つずつ答えてやる」


 ミリアはアラシを窘めると、立ち上がって咳払いをする。

 そして脳内で情報を纏め、よく通る声で語り始めた。


「各国の国民は、全員ドトランティスとミクラウドに分かれて収容されている。シン君やユキ君たちもミクラウドにいると、少し前に連絡があった」


 つまりセイとミカを除く全人類が、戦いの影響を受けない場所へと逃げ延びたということだ。

 アラシに代わって、今度はシナトが質問した。


「全員? 事前に避難していた奴らはともかく、俺たちのように戦っていた者だって相当数いたんだぞ。それを、あの一瞬で……一体どうやって」


「初代カムイだ」


 ミリアは簡潔に答える。

 彼女が水晶玉に手を翳すと、ミクラウドにいるシン、オボロ、リョウマ、ユキの姿が立体映像となって浮かび上がった。

 全員の視線がミリアに集まり、次の言葉を待つ。

 彼らの中心に立って、ミリアは解き明かした真実を語り始めた。


「全ては、千年前に遡る」


 初代カムイと終焉の王の戦いで、地上は完全に荒廃した。

 地上はもはや人間の領域ではなくなってしまった。

 だから初代カムイは国を作った。

 海底と天空に。


「初代カムイは希望を託したのだ。千年前の人類に。我々は彼らの意思を受け継いで、ここに立っている」


 そして現在のアラシたちもまた、千年前と同じ状況に置かれている。

 黙って聞いていたシイナが、初めて声を上げた。


「じゃあ、今のシイナたちはどうするの!?」


 その声にいつもの快活さはなく、震える手はハタハタの袖を掴んでいる。

 ミリアはしっかりと目を見開き、結論を告げた。


「我々は、千年を繰り返す」


 同時刻、終焉ミカもまたセイに同じ言葉を言い放っていた。

 沈黙するセイに、彼女は更に続ける。


「破滅と再生の輪廻こそ、我が貴様らに与える終焉だ」


 例え千年かけて文明を復活させようと、破壊されてしまえば停滞と何ら変わりない。

 悪辣で無益な野望に執着する終焉の王を見つめるセイの目に、もはや怒りはなかった。

 ただ理解できない存在への困惑と嫌悪だけが、そこにあった。


「さあ殺せ……我を殺せ!」


 終焉ミカはセイに刀を握らせ、自身の首元へと運ぶ。

 悲痛なる慟哭と共に、セイは刀を振り上げた。

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