第36章 笑顔の音楽会

プロジェクトカムイ



 ミリアから神話の真実を伝えられた後、アラシは思い足取りでクーロン城へと帰還した。

 ドローマはどうなっているのか、シナトたちは無事なのか。

 柄にもなく心配ばかりを募らせながら、彼はクーロン城の門を潜る。

 しかし避難民たちの不安げな眼差しを浴びると、彼はすぐに元の強気な態度に戻った。


「ようお前ら! アラシ様が帰ってきたからにはもう安心だぜぇ!」


 拳を突き上げる彼の姿に、避難民––とりわけドローマ国民から歓声が上がる。

 彼らに手を振り返しつつ、アラシは部下を捕まえて尋ねた。


「シナトたちは何処にいるんだ?」


「さっき、防音室に行きましたよ」


「防音室ぅ?」


 G9への改修にあたりミリアが増設した部屋の一つだが、アラシはこれまで一度も利用したことがない。

 一体そんな部屋に何の用があるのだろう。

 不思議に思いながらも、アラシは防音室の扉を開けた。


「よう、アラシ」


「お前ら……何やってんだ?」


 出迎えたセイたちの姿を見て、アラシは思わず面食らう。

 彼らは揃いのジャケットを着て、熱心に楽器を演奏していた。


「アラシはドラムな!」


「はあ!? シナトまで何言って」


「ミュージックスタート!!」


 アラシのツッコミを遮り、シンがギターをかき鳴らす。

 シナトのベースに乗せてセイとミカが歌い始めると、アラシも楽譜に合わせてドラムを叩いた。

 五人の音が調和し、一つの熱気となって防音室を包み込む。

 不思議な高揚感にあてられている内に曲が終わり、セイたちは思い思いに喜びを爆発させた。


「イェーイっ!!」


「イェーイ……じゃねえ! 何なんだ本当に!」


「バンドだけど」


「だから何でバンドやってんのかって聞いてんだよ!」


 終焉の王が目覚めた今、呑気に音楽など奏でている暇はない。

 ミカは真剣な口調で、突飛な行動の理由を明かした。


「私が提案したの。みんなを元気づけたくて」


「みんなを?」


「うん。アラシも見たでしょ? 避難してきたみんなが怯えているところ」


 アラシは静かに頷く。

 彼らを励ましたいという思いは、アラシも一緒だ。


「私、音楽で人を笑顔にしたい。沢山の笑顔が集まれば、終焉にだって負けない筈だから。お願い、力を貸して!」


「……そこまで頼まれちゃ、断るのも野暮ってもんだな」


 ミカたちの顔が輝く。

 但し、とアラシは続けた。


「やるからにはガチでやるぞ。さあみんな、練習だ!」


「おう!!」


 セイたちは心を一つに合わせ、日が暮れるまで音を響かせる。

 そして猛特訓が終わり、セイたちはそれぞれの部屋に戻っていった。


「……いい風だ」


 城のバルコニーで夜風を浴びながら、アラシは一人呟く。

 空は不気味に歪んでいるが、吹く風だけはいつも通り温かい。

 暫く空を眺めていると、いつの間にかシナトが隣に並んでいた。


「何か考え事か?」


「ああ。オレも随分変わったなと思ってよ」


 かつてのアラシは、自分一人の強さに執着していた。

 果てなき野心と恐怖からひたすらに力を求め、カムイとも敵対し、果ては他国への侵略まで企てた。

 しかし今ではカムイやディザスと互いを認め合い、仲間として共に戦っている。

 その変化の理由を、アラシはしみじみと語った。


「オレはこの戦いの中で、繋がりの大切さを知った。支え合うことで生まれる強さを知った。全部、あいつらのお陰だ」


 彼はそう言って、眼下に広がる城下町を見る。

 セイたちは今、城に入りきらなかった人に向けて音楽会の宣伝をしていた。


「じゃ、オレもちょっくら手伝いに行くかな」


「待てよ」


 部屋を出ようとするアラシを、シナトが呼び止める。

 戸惑うアラシに、彼は諭すような口調で言った。


「考えてたの、それだけじゃないだろ」


「……やっぱバレたか」


「分かりやすいんだよお前は。さ、観念して吐き出せ」


 シナトに促され、アラシは塔大地下で見た神話の真実を明かす。

 レンゴウの学者たちが解読したその内容を聞いて、シナトはアラシの予想通りの反応をした。


「……カムイは世界を救えなかった、か」


「ああ。だから」


「だったら、クーロンが世界を救えばいい」


 シナトは何食わぬ顔で告げる。

 驚くアラシに、彼は続けた。


「俺たちが駄目でもディザスがいるし、それでも駄目ならみんなでだ。お前が知った繋がりって、そういうものだろ」


「……そうだな!」


 シナトの言葉を聞いていると、悩んでいたことが段々とバカバカしくなってくる。

 決戦の時は近いのだ。

 ならばあれこれ考えるより先に、今できる最善を尽くして戦いに臨めばいい。

 アラシは迷いを断ち切ると、シナトを連れて城下町に駆け出していった。

—————

希望よ響け




「敵に未だ動きはない、か」


 空の様子や災獣の気配を紙に記しながら、ユキは小さく呟く。

 心配そうに寄ってくるブリザードの羽毛を撫でながら、彼は穏やかな笑みを浮かべて言った。


「大丈夫だ。どんなことがあっても、僕は最期まで守護者の使命を全うする」


「ユキ様ー!」


 地下のシヴァル国民たちが、ユキのいる氷の城に忙しなく駆けてくる。

 何事かと要件を聞くと、彼らの先頭に立つ少年は一枚のチラシを差し出した。


「……音楽会?」


「はい! セイたちが主催しているそうです。水晶玉で、一緒に見ませんか?」


 見たい気持ちは山々だが、警戒を怠るわけにはいかない。

 考え込むユキに、少年は更なる提案をした。


「じゃあ、お城の中で観ましょう! それなら見張りもできるし、避難もしやすいですよ!」


「しかし寒さが」


 尚も渋るユキの掌に、少年はカイロを握らせる。

 カイロから伝わる熱を感じながら、ユキは国民たちの表情を見渡した。

 皆、ユキと過ごす時間を楽しみにしている。

 守護者としての真の一歩をようやく踏み出せた気がして、彼は静かに微笑んだ。


「……分かった。一緒に観よう」


「ありがとうございます!」


 少年は飛び跳ねて喜び、後ろの人々も思い思いの笑顔を見せる。

 同じ頃、ラッポンでは。


「市民の避難が完了しました。後は総力を挙げて、終焉の王を迎え撃つのみでございます」


「おう、心してかかるぜよ」


 部下の報告を受けて、リョウマは鞘に収めた刀に目を落とす。

 終焉の王を相手に、この刃でどれだけの人を守れるだろうか。

 脳に焼きついた最悪の想像図を振り払って、彼は立ち上がる。

 脅威から人々を守るための守護者なのだと、リョウマは自らを奮い立たせた。


「お前、レンゴウの守護者なんだよな。こんな所で油売ってていいのか?」


 炊き出しの豚汁を食べるソウルニエの人々を眺めながら、ハルはミリアに話しかける。

 形を保っている建物の建築様式を調べる作業に没頭しつつ、彼女が言った。


「油を売っているわけじゃないさ。より強い文明の礎を作るために、より多くの知識を取り込んでいるんだ。それに……」


「それに?」


 ハルが聞き返す。

 ミリアは少し間を置いて答えた。


「ソウルニエは恐くないと、後世に伝えなければならないからな」


「……そうだな」


 もう二度と、終焉の使徒に分断されるようなことがあってはならない。

 頷くハルに見守られながら、ミリアは誰にも聞こえないよう呟いた。


「セイ君、ミカ君。すまない」


 吹いた風が彼女の髪を撫で、海面を揺らす。

 空の色を映して赤紫になった海の遥か深層では、ドトランティスのハタハタがファイオーシャン民の受け入れを行っていた。


「ハタハタ! みんなの避難終わったよ!」


「ええ。皆さんの引率をして頂き、ありがとうございますわ」


 ハタハタはシイナに礼を言い、彼女の手を引いて自室へと招く。

 部屋のベッドにシイナを座らせて、ハタハタが黄色い飲み物を差し出した。


「このジュース、お好きでしょう?」


「いいの? ありがとう!」


 シイナはハタハタからコップを受け取ると、喉を鳴らしてジュースを飲み干す。

 冷たさと甘味が体に染み渡っていくのを感じながら、彼女は不安げに切り出した。


「……本当なのかな、ミリアの言ってたこと」


「『カムイは世界を救えなかった』ですわね」


 シイナはこくりと頷く。

 彼女らしからぬ悩み様を見て、ハタハタはどうにかシイナを励まそうとした。


「しかし、ドトランティスとミクラウドは初代カムイがお作りになられた国。カムイの加護がある限り、きっと大丈夫ですわ」


 人々の避難計画は、ハタハタとミクラウド守護者のオボロを中心に進められている。

 計画が順調そのものであることを伝えると、シイナはようやく安堵を取り戻した。


「でもさ、どうして初代カムイはわざわざ海や空に国を作ったんだろう?」


「……確かに気になりますわね。ここでの暮らしが当たり前すぎて疑うこともできませんでしたが、言われてみると変ですわ」


 しかし、今更そんなことを考えていても仕方がない。

 神話の最終局面を前に雑念が浮かんでくるのは、勉強途中に部屋の片付けをしてしまう学生と同じ精神状態にあるのだろうとハタハタはぼんやり思った。

 尤も、話の規模感は大違いだけれど。


「と、とにかく! ミリアさんの計算では、終焉の王が目覚めるにはまだ少しかかると出ていましたわ。今のうちに体を休めておきましょう」


「だね! じゃあさ、これ観ない?」


 シイナは懐から皺のついたチラシを差し出し、ハタハタに見せる。

 チラシの文面に目を通すと、彼女は楽しげに言った。


「音楽会? ふふっ、ミカさんたちらしいですわね」


 ミカの歌は巨神カムイだけでなく、多くの人にも勇気を与えてくれる。

 どんな苦境に立たされた時も、彼女は歌うことをやめないのだ。


「ほら、始まるよ!」


「ええ。今行きますわ」


 シイナとハタハタは肩を寄せ合い、水晶玉に映るセイたちの姿を覗き込む。

 ライブ会場となったクーロン城の中心で、セイがマイクを手に叫んだ。


「みんなぁ! 盛り上がってこうぜーっ!!」


 アラシたちが楽器をかき鳴らし、セイとミカは声を合わせて歌い始める。

 観客たちの歓声を浴びながら、戦士たちは改めて誓った。


「守るんだ。この笑顔を、幸せを。絶対に」


 観客たちも今だけは終焉の脅威を忘れ、この時間を目一杯に楽しむ。

 そして、幸福な時間は瞬く間に過ぎていった––。


「静かになっちゃったね」


 人の去った客席を眺めて、ミカは寂しそうに言う。

 アラシとシナトは役目を終えた楽器を片付けながら、言葉を交わした。


「また賑やかになるさ」


「今回は急ごしらえだったが、次はもっと本格的にやりたいな」


 皆、未来のことを考えている。

 終焉の王を倒すのはゴールではなく、新たな道に続くスタートラインなのだ。

 それはシンも例外ではなく。


「楽しかった。この世界は、俺の知らない面白いものが沢山あるのだな」


 シンはそう言って、ギターを軽く弾く。

 気の抜けた音色が無性に可笑しくて、彼は声を上げて笑った。


「どうしたの、変なお兄ちゃん」


「……何でもない」


 シンはミカから顔を逸らし、ギターを持って舞台を去る。

 後にはセイとミカだけが、世界最後の人類のように残された。


「俺たちも行くか」


「うん」


 二人は肩を並べて、それぞれのマイクを運んでいく。

 太陽も月も見えない空の向こうで夜が明けるのを、彼らは確かに感じたのだった。

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