神話終幕編

第35章 神話大陸の復活

真実を教えて



「アラシお前肉ばっか食べすぎ」


「野菜も食ってるぞほら、じゃがいも」


「緑色を摂れって話をしてるんだよ」


 神殿の中で大鍋を突きながら、セイとアラシがやいやいと小競り合いをする。

 そんな二人を尻目に、鍋奉行のハルが言った。


「みんなシメはどうする?」


「そりゃ雑炊に決まって……ああっ麺派だ! ミカとアラシ麺派だったのか!」


「へっへ、2対1〜」


「おい」


 はしゃぐセイたちに、ここまでずっと沈黙を貫いてきたシンが声をかける。

 気の抜けた目を向けてくる彼らに、シンは青筋を立てて言った。


「人の話を聞け」


 何を隠そう、セイたちはシンから大事な話を聞いている真っ最中だったのだ。

 ようやく姿勢を正した彼らに溜め息を吐いて、シンは改めて話し始めた。


「もう一度初めから説明するぞ。俺は……」


 かつての戦いで消滅した後、シンは魂だけの姿となってソウルニエを彷徨っていた。

 そこで終焉の使徒の存在と歴史の真実を知ったのである。


「ソウルニエの民は禁術を使い、ディザスをこの国ごと死の世界に運んだ。世界を救うために自らを犠牲にしたのだ。だが今、生者の世界でソウルニエの話は禁忌とされている。何故か分かるか」


 セイたちは揃って首を横に振る。

 シンが続けた。


「終焉の使徒が歴史を歪めたからだ」


「歴史を? どういうこと、お兄ちゃん」


「奴らは人々にソウルニエの悪評を流し、神話の書からソウルニエの記述が消えるよう仕向けた。世界の結束を乱し、カムイを弱体化させるために」


「卑怯な奴らだな! ま、今に始まったことじゃねえけど」


 アラシが肉を飲み込んで呟く。

 心の闇に漬け込むフィニスに、死者を操るラスト。

 終焉の使徒はいつも卑劣な策を弄して人々を脅かしてきた。

 けど、とセイが口を開く。


「俺たちは勝ってきた。みんなで力を合わせれば、今度も絶対勝てる!」


「セイの言う通りだ! よっ、巨神カムイ!」


 アラシの一声で、雰囲気は再び明るくなる。

 何処までも気楽な奴らだと思いながら、シンも鍋のおかわりをよそった。

 同じ頃、レンゴウでは。


「それで、アラシ君をみすみすソウルニエに行かせたというわけか」


「……はい」


 淡々と事実確認をするミリアに、シナトが頷く。

 ソウルニエと生者の世界を繋ぐ装置を調べながら、彼女は早口で捲し立てた。


「小蜘蛛騒動が収束し、我々もそれぞれの国に戻れた。きっとセイ君たちが終焉の使徒を倒してくれたのだろう。だが、それなら何故帰って来ない? 装置は正常に作動しているというのに」


 装置はこちらに戻る機能も備えており、戻る手順も予め伝えてある。

 それなのに戻って来ないということは、セイたちの身に何か起こった可能性が高いということだ。

 焦るミリアの鼓膜を、災獣の咆哮が揺るがした。


「シナト君!」


「はい!」


 シナトは塔大を飛び出し、クーロンG9に乗り込む。

 レバーを握る手に振動と熱を感じながら、彼は自分を奮い立たせた。


「クーロンG9、シナト……出る!」


 クーロンG9は青い光を迸らせ、渾身の体当たりで剣竜災獣ケントロスを弾き飛ばす。

 シナトは素早くレバーを動かし、クーロンG9を城から戦士に変形させた。


「超動!!」


 クーロンG9はバルカン砲で牽制しつつ、ケントロスの出方を見る。

 ケントロスが背中の剣を射出した瞬間、クーロンG9も弾の種類を切り替えた。


「ドラゴンキャノン!」


 高出力の砲弾を的確に放ち、不規則な起動で飛んでくる剣を一つ残らず撃ち落とす。

 最後の一発をケントロス本体に命中させ、そのまま進撃を開始した。


「あの剣は厄介だからな。これ以上は使わせん!」


 クーロンG9は絶え間なく拳を叩き込み、ケントロスを追い詰める。

 ケントロスも負けじと猛毒の尾を振るうが、クーロンG9は怯まず攻め続けた。


「機械に毒が通じるかッ!」


 零距離でクーロン砲を放ち、ケントロスを天高く吹き飛ばす。

 最強爆裂波のコマンドを入力しようとするシナトを、強烈な頭痛が襲った。


「何て複雑なコマンドだ……! こんなの、理屈で動かしてたら脳が千切れるぞ!」


 アラシは直感任せにクーロンG9を動かしていたが、あれはある意味最適解だったのかもしれない。

 シナトは初めて理論派の自分を恨めしく思ったが、それでも彼は自らの流儀に殉じた。


「……まあいいさ。俺は逆立ちしたってアラシにはなれないんだ、俺流でやらせてもらうぜ!!」


 緻密な脳内演算を高速で繰り返し、最強爆裂波のコマンドを入力していく。

 そしてマグマの中にいるような錯覚に陥りながらも、シナトはレバーを倒して絶叫した。


「クーロン砲・最強爆裂波ァァァァ!!」


 最大火力の直撃を受け、ケントロスは空を彩る花火になる。

 空に残る黒煙を見上げながら、シナトは椅子からずり落ちた。


「……ん?」


 名状し難い違和感を覚え、彼は操縦席に座り直す。

 視界に映った光景を見て、彼は率直な感想を呟いた。


「空が、裂けてる……?」


 疲れ切った脳が見た幻覚かとも考えたが、民間人たちの騒めきがこれは事実だと告げている。

 黒い裂け目は瞬く間に大きくなり、やがて青空を塗り潰すほどに巨大化した。


「まずい! みんな城に逃げ込め!」


 シナトはクーロンG9を城に戻し、近くの民間人を片っ端から避難させる。

 限界ギリギリまで人を乗せたクーロンG9が飛び立った時、シナトは裂け目から大陸が這い出してくるのを目撃した。

 歴史の闇に葬られた8番目の国、ソウルニエ。

 この世界を形作る全ての国が、1000年の時を超えて集結した。

—————

終焉の王



 強い力の塊がソウルニエの大地を押し上げ、空に開いた裂け目へと導く。

 セイは神殿の柱にしがみつきながら、仲間たちに呼びかけた。


「みんな踏ん張れ! 吹き飛ばされるな!」


「分かってる……ああっ! オレ様のクーロン城が!」


「構うな! 自分の身を守ることに集中しろ!」


 ハルの叱責を受けて、アラシはやむなくクーロン城を諦める。

 無重力感に抗いながら、シンが呟いた。


「目覚めたか、終焉の王が」


「……お兄ちゃん!」


「使徒を送ってこの世界を滅ぼそうとしていた存在が、遂に自ら動き出したのだ。そしてこれは、目覚めの余波にすぎない……!」


 目覚めるだけで大陸を浮かび上がらせてしまう存在。

 そんなものが本格的に活動を開始すれば、一体どれほどの犠牲が出るのか。

 想像する間もなく、ソウルニエの大地が黒い裂け目を潜り抜けていく。

 次元の歪みを超えて辿り着いた先は、セイたちのいた元の世界だった。


「うっ!」


 安心したのも束の間、セイたちは重力によって下に押しつけられる。

 大陸が墜ちていく先に街があるのを見て、ハルが叫んだ。


「このままじゃ街が……国が滅びるぞ!」


 どうにかして食い止めなければ、甚大な被害は避けられない。

 セイとミカは頷き合うと、立ち上がって神殿を飛び出した。


「超動!!」


 二人はカムイカンナギに変身し、両の掌で大陸を受け止めようとする。

 しかし大陸の重量は凄まじく、カムイカンナギの力をもってしても落下の勢いは止まらなかった。


「妹の危機だ。見過ごせん」


「これ妹のっていうか世界の危機じゃねえかなぁ!?」


 アラシの指摘を無視して、シンは落ちゆく大陸から飛び降りる。

 四方八方から吹き荒ぶ風を感じながら、彼は右腕の災獣ディザスを解放した。


「超動!!」


 ディザスとシンの肉体が融合し、真の姿ディザスターが姿を現す。

 四つ脚の獣から人型の戦士となった彼は、未だ大陸を受け止めているカムイカンナギに呼びかけた。


「止めるのは無理だ! 軌道を逸らせ!」


「わ、分かった!」


 カムイカンナギとディザスターは大陸の端に回り、渾身の一撃をぶつける。

 二人の力を受けた大陸は僅かに軌道を変え、広い海の真ん中へと着地した。

 着地の衝撃で飛沫が上がり、大雨となって降り注ぐ。

 変身を解いた三人に、アラシとハルが駆け寄った。


「お師匠、アラシ! 無事だったか!」


「お前たちのお陰でな。だが、これからどうするか……」


 人的被害は少ないが、着地の衝撃で多くの建物が倒壊してしまっている。

 人々の嘆きを聞きながら、ハルはセイの目を見て言った。


「俺はこの人たちをどうにかする。終焉の王のこと、任せていいか」


 かつては抱えきれなかった重圧も、今は使命として、胸を張って背負える。

 セイは大きく頷いて、師匠の固い手を握った。


「任せてくれ、お師匠」


 セイはハルに別れを告げ、ミカたちを連れて巨神の殿堂を後にする。

 崩壊した街並みを歩きながら、セイが今後の予定を考えた。


「ひとまず守護者のみんなと合流しよう。それから作戦会議だ」


 彼らはまずレンゴウに向かい、守護者ミリアに顔を見せる。

 セイたちの無事を確認した彼女は僅かに表情を綻ばせたものの、すぐに真顔に戻って言った。


「君たちか。帰ってくるとは思っていたが、まさか大陸ごととはな」


「おっと、新しい仲間もいるぜ」


 セイに背中を押され、シンが前に出る。

 彼の仏頂面をまじまじと見つめて、ミリアは記憶の片隅からシンの存在を引っ張り出した。


「シン君だな。共に戦ったのは、玄武の時以来か」


「君は……シン君だな。玄武の時以来か」


「ああ。よろしく頼む」


「こちらこそ。君がいてくれれば百人力だ。……さて」


 シンと最低限の挨拶を交わして、ミリアが切り出す。


「今、シナト君がクーロンG9で人々を避難させている。手伝ってくれるか?」


「おう!」


 セイたちは頼みを快諾し、ドローマに向かおうとする。

 走り出すアラシの肩を掴んで、ミリアが言った。


「アラシ君はここに残ってくれ」


「はあ? 何でだよ」


「守護者として、大事な話があるんだ」


「……分かった」


 アラシは渋々ながらも頷き、セイたちを見送る。

 彼らが去ったのを見届けると、ミリアはアラシを連れてエレベーターに乗り込んだ。


「下がってく……いつもの研究室じゃないんだな」


「最重要機密だからな」


 そしてエレベーターが止まり、アラシたちは機密情報が眠る地下室に足を踏み入れる。

 暗い小部屋の中心に安置された机の引き出しを開けて、ミリアが一冊の本を取り出した。


「これが最重要機密だ。他国の守護者にも、既に知らせてある」


「ただの神話の書じゃねえか、下らねえ。オレは帰るぜ」


「見るんだ」


 ミリアに強く呼び止められ、アラシは彼女の開いたページに目を通す。

 その内容を理解した時、彼は思わず絶句した。


「嘘だろ……!?」


「残念だが本当だ。我が塔大の学者たちが十年かけて解読したものに、間違いがある筈はない」


 一見すると白紙であるこのページに細工をすると、隠されていたメッセージが浮かび上がる。

 そこに記されていた神話の本当の結末を、ミリアは重々しく告げた。


「巨神カムイは、世界を救えなかった」

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