第34章 厄災再び
傀儡の兄
ドルベロスを撃破した数日後、送り屋と別れたセイは巨神の殿堂にいた。
ハルから巨神の座を譲り受けたことを、歴代カムイに報告するためである。
「このような事例は今までにないが、まあ仕方あるまい」
「じゃが、あの奮闘を見れば分かる。お主は確かにカムイの器じゃ」
「……結論が出た。セイを当代の巨神と認める。必ずや、世界を救うように」
「あ、ありがとうございます!」
部屋の天井から響く声に、セイは跪いて感謝を伝える。
そして神殿から出ると、彼は虚無の表情で呟いた。
「疲れた」
「まあいいじゃねえか、これからは気兼ねなく戦えるってことだよ!」
「うわあもっと疲れるのが来た」
もっと疲れるの呼ばわりされ、アラシは露骨に機嫌を悪くする。
突っかかるアラシを避けながら、セイは周囲をきょろきょろと見回した。
「あれ、ミカは?」
「あっちでハルに料理教わってるぞ」
アラシが差した方を見ると、ミカがハルの指導を受けながら熱心に大鍋をかき混ぜている。
セイは呆然と二人を見つめながら、抜け殻のような声で言った。
「……俺はどっちに焼き餅を焼けばいいんだ?」
「知らねえよ」
アラシに辛辣な対応をされ、セイは落ち込みながらミカたちの方に向き直る。
じっと料理教室を観察しながら、セイは二人のやり取りを聞いた。
「一口に肉と言っても、鹿とか猪とかの種類があるんだよ。で、それぞれに美味しい火加減がある。それを見極めるのがコツだな」
「ありがとう!」
「お師匠凄い本格的じゃん。俺の時はもっと適当だったのに。ちょっとミカそこ変われ」
「これで胃袋を掴める!」
「誰の!?」
いきなり物騒なフレーズが飛び出したことで、セイは思わず大声を上げてしまう。
おずおずと姿を現した彼に、ハルが大きく手を振った。
「セイ。そんなとこいないでこっち来いよ。ほらアラシも」
「お、おう」
近くに来たセイとアラシは、湯気の立っている大鍋の中身を覗き込む。
季節の野菜と鹿肉を鶏がらベースの出汁で煮込んだその鍋からは、食欲をそそるいい匂いが立ち昇っていた。
「美味そう……ねえ味見していい?」
「ダメ。できるまで待ってて」
「はーい。じゃ、軽く散歩でもしてくるわ」
再び鍋を混ぜ始めたミカに背を向けて、セイとアラシは並んで歩き出す。
すっかり気の緩んだ二人の前に、黒いフードの男が姿を現した。
織り込まれた蜘蛛の巣の意匠から、ラストの関係者だと分かる。
セイとアラシは臨戦体制に入りながら、相手の隙を慎重に窺った。
「今だ!」
一瞬の好機を逃すことなく、二人は左右から飛びかかる。
しかし男は身を翻してセイを避けると、流れるような回し蹴りでアラシを壁に叩きつけた。
「この野郎!」
男はセイの放つ連続パンチを的確に捌きつつ、鳩尾に重い一撃を打ち込んで体力を奪っていく。
トドメを刺そうとしたその時、騒ぎを聞いたミカとハルが駆けつけた。
「どうした!?」
「説明は後だ! 二人とも手を貸してくれ!」
「分かった!」
ハルは即座に駆け出し、セイと二人で男を取り押さえる。
男は尚も対抗しようとするが、アラシの加勢により完全に動きを封じられてしまった。
「後は任せて!」
ミカは神話の書を広げ、歌の力で風弾を撃ち出す。
風圧が男のフードを吹き飛ばし、彼の正体を曝け出した。
「お兄ちゃん……?」
露わになった顔を見て、ミカは呆然と呟く。
セイたちを襲った男の正体はミカの兄・シンだった。
「あたしのサプライズよ。気に入ってくれたかしら?」
絶句するセイたちの前に、終焉の使徒ラストが姿を現す。
先の戦いの傷を未だ残したままの彼女は、シンの背後に隠れて勝ち誇った。
「最強の戦士シンの魂を蘇らせたの。等身大の敵相手には、流石に変身できないでしょう?」
カムイもヤタガラも巨大な災獣と戦うための戦力であり、人間相手に使うことは想定されていない。
卑怯な手段に憤りつつも、ミカはシンに訴えかけた。
「そんな奴に操られちゃダメ! 目を覚ましてお兄ちゃん!!」
「へえ、あんたシンの妹なのね。これはいいことを聞いたわ」
ラストは兄妹を交互に見て、ある作戦を思いつく。
彼女は糸の剣をシンに握らせると、邪悪な笑みを浮かべて命じた。
「シン。まずはそこの女を殺しなさい」
シンはゆっくりと剣を振り上げ、何も言わずミカを睨み据える。
セイたちの『やめろ』という叫びが響く中、シンは––。
––ラストを斬った。
「がはっ……!」
無防備な状態で攻撃を喰らい、ラストの口から赤黒い血が噴き出る。
体が引き裂かれていく感覚に悶えながら、彼女は途切れ途切れに問いかけた。
「な、ぜ」
「妹を傷つけたからだ」
シンは冷たく吐き捨て、躊躇いなくミカの隣に立つ。
闇となって虚空に溶けながら、ラストは最後の力を振り絞った。
「偉大なる終焉様……どうぞご覧ください。あたしの最期の忠誠を!!」
ラストは己の全存在を魔力に変換し、血の底に眠る大量の兵士たちを蘇らせる。
圧倒的な人数差にセイたちが戦慄する中、地上を突然の吹雪が襲った。
吹雪を降らせた存在を見て、シンが呟く。
「青龍……!」
「青龍だけじゃねえ。白虎に朱雀、玄武。大災獣が勢揃いだ!」
それぞれが天変地異に匹敵する力を持つ大災獣の、四体同時出現。
しかしセイは微塵も動じることなく、ハルに声をかけた。
「お師匠。鍋を頼む」
「ああ」
ハルは素早く走り出し、ミカが作った鍋料理を神殿の中に運ぶ。
鍋の無事を見届けると、セイは仲間たちに呼びかけた。
「こんな奴らさっさと倒して、絶対みんなで鍋食うぞ!!」
四人は勇ましい雄叫びを上げ、兵士の大群へと突っ込んでいく。
歴代の巨神たちに見守られながら、世界を守る戦いが始まった。
—————
戦士、集う
セイ、ミカ、アラシ、シン。
遂に集った四人の戦士とラスト率いる大量の死者兵士との戦いは、今まさに苛烈を極めていた。
セイたちが兵士を十人倒しても、すぐまた百人の兵士が襲ってくる。
大災獣の警戒をアラシに任せた今、セイたちは三人で終わりなき露払いを続けていた。
「一気に決めるぞ。合わせろよ、シン!」
「ふん。合わせるのは貴様の方だ」
「私も忘れないでね!」
セイとシンはミカを挟んで背中合わせになり、神経を研ぎ澄ませる。
ミカから風雷の力を受け取って、二人は同時に走り出した。
「はあーッ!!」
セイの飛び蹴りとシンの踵落としが炸裂し、喰らった兵士が周りの敵を巻き込んで爆発する。
ようやく兵士を掃討したと思った瞬間、強烈な殺気がミカの背後に忍び寄った。
「討ち漏らしたか!」
セイとシンはミカを助けようとするが、至近距離のナイフを止めるには遠すぎる。
しかし兵士がナイフを振り下ろそうとした刹那、彼は何処からか砲撃を受けて爆散した。
「ギリギリセーフだな!」
セイたちは驚いた顔のまま、アラシの声がした方を見る。
そこにはかつて破壊された初代クーロンが、勇ましく聳え立っていた。
「馬鹿な、あれは俺が壊した筈だ」
「だからだよ、シン!」
アラシは自慢げに答える。
ソウルニエは死の国であり、物にとっての死は壊れて使えなくなること。
そう考えたアラシは、セイたちと合流してから独自に初代クーロンを探していた。
そして密かに修繕し、この国での戦力としていたのだった。
「……今度は簡単に壊れるなよ」
「お前こそ足引っ張んなよな!」
クーロンの操縦席を隔てて、シンとアラシが火花を散らす。
睨み合う二人の間に割り込んで、ミカが空を指した。
「喧嘩は後! 敵はあっち!」
空には四体の大災獣が君臨し、世界に混沌を巻き起こしている。
かつて倒した厄災を再び葬り去るべく、セイが力強く号令をかけた。
「みんな、超動だ!!」
「おう!!」
アラシがレバーを動かすと同時にシンが右腕の包帯を解き、ミカはリンに力を与える。
最後にセイが勾玉を構え、四人は天に向かって叫んだ。
「超動!!!!」
カムイ、クーロン、ディザス、ヤタガラ。
遂に集結を果たした四人の超動勇士は、肩を並べて大災獣に立ち向かう。
まずはシンの操る超動勇士ディザスが、風の大災獣白虎と相対した。
「ディザス火炎波!」
シンは縦横無尽に駆け回る白虎を冷静に捕捉して、ディザスに攻撃を命じる。
放たれた火炎波は見事に白虎を撃ち抜き、その俊足を封じることに成功した。
更にディザスは強烈な破壊エネルギーで地面を砕き、白虎を地割れに閉じ込める。
そしてディザスは踠く白虎を見下ろし、ギロチンのように前脚を振り下ろした。
「ディザスターカラミティ!!」
ディザスの最大奥義が炸裂し、白虎は粉々になって爆散する。
兄の活躍に奮い立ったミカが、上空のヤタガラに呼びかけた。
「お兄ちゃん凄い……ヤタガラ! 私たちも!」
「ええ!」
ヤタガラは朱雀に狙いを定め、乱気流の中で幾度もぶつかり合う。
すれ違い様の蹴りで朱雀の守りを崩し、一気に上へと飛び上がった。
「ふっ!」
ヤタガラの羽撃きが鋭い刃を作り出し、朱雀の翼を切断する。
墜落する朱雀目掛けて、ヤタガラが全力の突撃を繰り出した。
「ヤタガラ飛翔斬り!!」
数瞬前まで朱雀だった爆発を背に、ヤタガラは美しく飛び立つ。
勝利に湧くミカの頭を撫でて、シンが言った。
「強くなったな、妹よ」
「ありがとうお兄ちゃん!」
「こらっ、油断するんじゃねえ!」
アラシに窘められ、二人は戦いへと意識を向け直す。
当のアラシが乗るクーロンは今、玄武と激しい取っ組み合いを繰り広げていた。
「力比べなら負けねえぞ……!!」
限界を超えて稼働する両腕が熱を帯び、玄武の体を少しずつ持ち上げる。
これまでにない重圧を感じながら、アラシは思い切りレバーを倒した。
「どりゃあああーッ!!」
アラシの指示に呼応して、クーロンが玄武を投げ飛ばす。
しかし玄武はすぐに立ち上がり、四方八方に電流を撒き散らした。
「なんのなんの!!」
全身を駆け巡る高圧電流に耐え、アラシはクーロンを進撃させる。
そして玄武を押さえつけ、零距離で必殺技を発動した。
「クーロン砲・全砲一斉射!!」
砲弾の雨を至近距離で浴び、玄武の肉体は跡形もなく焼き尽くされる。
それぞれの敵を撃破したミカたちは、視線を青龍と戦っているカムイに向けた。
「あんまり見つめると火傷するぜ? こんな風にな!」
カムイは青龍の尾を屈んで躱し、懐に潜って大太刀を振るう。
青龍が怯んだ隙に、彼は必殺技の体勢に入った。
「神威一刀・鳴神斬り!!」
雷鳴の一太刀を受けた青龍の死によって、大災獣は完全に消滅する。
しかしカムイたちが安心したのも束の間、白虎と朱雀の屍からドス黒い邪気の煙が立ち昇ってきた。
「あれはっ!」
煙が形作る獣の姿に、ミカは思わず戦慄する。
それはかつて兄を死に至らしめた強敵・火焔白虎そのものだった。
「やれディザス……む?」
ミカはシンの前に立ち、庇うように両腕を広げる。
火焔白虎をしっかりと見据えて、彼女は己の決意を告げた。
「お兄ちゃんはあの時、命を懸けて私たちを守ってくれた。今度は私が……いや、私たちがお兄ちゃんを守る!」
ミカはヤタガラの背中に飛び乗り、カムイと合流する。
そして三人は光に包まれ、最強形態カムイカンナギへと融合を果たした。
「何が起きている……!?」
驚愕するシンを一瞥して、カムイカンナギは火焔白虎の方に歩き出す。
彼は矛で火球を弾き返し、爪を受け止めて蹴りを打ち込んだ。
動きこそ緩慢ではあるが、破壊力に長けた一撃は火焔白虎を容易く吹き飛ばす。
堪らず飛んで逃げようとする火焔白虎を、カムイカンナギが竜巻の壁で拘束した。
竜巻は強烈な電気を纏っており、火焔白虎を絶え間なく痛めつけて抵抗の隙を与えない。
竜巻をゆっくりと地上に下ろして、カムイカンナギが矛を輝かせた。
「神威一刀・天地開闢斬り」
光の刃で火焔白虎を一閃し、闇で作られたその肉体を完全に抹消する。
穏やかになった空を見上げて、カムイカンナギは静かに変身を解いた。
「やったな!」
アラシはクーロンを下り、戻ってきたセイとミカを出迎える。
ハイタッチして勝利を喜び合う三人を横目に、シンもディザスを右腕に収めた。
「ほら、お兄ちゃんも」
「……ふっ」
シンは微笑し、ミカとハイタッチを交わす。
そのままなし崩し的にセイとアラシともハイタッチすると、彼は顔を逸らして言った。
「もういいだろう。俺は帰る」
「えっ、鍋は?」
「貴様らとこれ以上馴れ合うつもりはない」
シンはセイの呼びかけも無視して歩き出す。
セイはニヤリと笑い、大きな声で呼びかけた。
「今日のお鍋、ミカが作ったんだけどなー!」
その瞬間、シンは体の向きを百八十度変える。
そしてキビキビした動きで歩き出すと、極めて真面目な口調で言った。
「急げ! 鍋が冷めるぞ!」
欲望に正直すぎるシンに呆れながら、セイたちも彼の後に続く。
そして戦いから料理を守っていたハルと共に、五人で大鍋を囲むのだった。
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