第28章 最強の合身災獣
銀世界の中心で哀を叫ぶ
ミカ、オボロ、ハタハタ、そして十人の人質が見守る中で、カムイとロアヴァングの戦いは幕を開けた。
爪と牙で素早く攻撃を繰り出しながら、ロアヴァングが吼える。
「どうしたの!? さっきから守ってばかりじゃないか!」
カムイは少しの反撃もせず、最小限の動きで攻撃を捌くことのみに集中している。
普段のカムイらしからぬ消極的な戦い方に、ミカは一抹の不安を覚えた。
「セイ、やっぱり体が……」
ただでさえロアヴァングの方が強いというのに、人質と毒のせいで戦力差は更に開いてしまっている。
それでも戦うことを選んだカムイのため、ミカは懸命に歌い続けた。
「ふん、うるさい虫め」
不快な歌をやめさせんと、ロアヴァングはミカに爪を向ける。
しかしカムイが彼女を庇おうとした瞬間、ロアヴァングは標的をカムイ自身に切り替えた。
「クァムァッ!!」
ロアヴァングの一撃をもろに受けて、カムイは氷の地面に叩きつけられる。
倒れたカムイの体を執拗に甚振りながら、ロアヴァングは彼を嘲り笑った。
「守るべきものがあること、それがキミの弱点だ……!」
「それは、あんたも一緒だろう」
猛攻と毒に耐え、カムイは途切れ途切れに言い返す。
フィニスの中に眠るユキに向かって、彼は切々と語りかけた。
「ユキ! あんたはこれでいいのか!」
「……はぁ?」
「城の中を見てみろ」
氷の城には、未だセイが連れてきた住人たちが人質として捕らえられている。
ロアヴァングの剛腕を押し返しながら、カムイは続けた。
「あいつらにあんたの声を届けるんだ。嘘偽りない本音を。それができるのは今しかない!」
「ほざくな! ボクはフィニスだ!」
カムイはロアヴァングが力を込めた瞬間に飛び前転でこれを躱し、大太刀から放つ電撃で怯ませる。
立ち上がって説得を続けるカムイを見ながら、ミカはようやく彼の思惑に気がついた。
「セイは最初から、ユキの心をみんなに伝えるために……」
ミカは人質たちの方を向き、彼らにカムイの作戦を伝える。
怒り心頭だった人質たちが冷静さを取り戻すと、それまで余裕を保っていたロアヴァングが初めてよろめいた。
ユキの人格が目覚めつつあるのだ。
「もう一押しだ」
カムイは大太刀を地面に突き立て、両腕を大きく広げる。
表出してきたユキの心に、カムイが問いかけた。
「あんた、俺にムカついてるだろ」
「当然だ……」
「だったらあんた自身の拳で殴れよ。人任せなんて、カッコ悪いぜ」
カムイの挑発を受け、ロアヴァングは爪を尖らせる。
怒りに任せて振るわれた爪を、カムイは仁王立ちで受け止めた。
「……そんなもんかァ?」
「ッ!!」
ロアヴァングの攻撃は更に激しさを増すが、カムイは微塵も怯まない。
何度切り裂いても倒せない怨敵に、彼は募らせてきた黒い感情を吐き出した。
「どいつもこいつもムカつくんだよ! みんな守護者なのに決まりを守らなくて……真面目にやってるのは僕だけだ!!」
ロアヴァングは叫び続ける。
その矛先は、やがて守るべきシヴァルの人々にも向けられた。
「守護者の一族に生まれたってだけであんな寒い所に閉じ込めて、自分たちだけのうのうと暮らして……僕の気持ちを少しでも考えたことがあるのか!! シヴァルなんか嫌いだ! 大嫌いだっ!!」
ロアヴァングの訴えを聞き、人質たちは顔を見合わせる。
暴れ回る獣を見つめながら、彼らの一人が呟いた。
「俺たち、ユキ様をここまで追い詰めてたんだな」
「ユキ様に謝らないと……」
人質たちは頷き合い、口々に罪を懺悔しようとする。
しかし獣と成り果てたユキは、慟哭と共にその声を拒絶した。
「守護者もお前もこの世界もみんな憎い! ぶっ壊れてしまえばいい!!」
ユキの怒りがロアヴァングの力を引き出し、カムイを追い詰める。
限界を迎えつつある体に鞭打ちながら、カムイは心の中で呟いた。
「もう少し耐えてくれよ、俺……!」
このままユキの人格を表に出し続ければ、ロアヴァングとユキを切り離すことができる。
ロアヴァングが鬣に力を込めた瞬間、カムイは最後の力で地面を蹴った。
ロアヴァングの胴体に大太刀を突き刺し、雷の力を解き放つ。
体内に満ちる闇を払って、彼は狂乱するユキに向かって叫んだ。
「戻ってこい! ユキッ!!」
闇に溺れたユキの眼前に、カムイの手が差し伸べられる。
ユキは遮二無二その手を掴もうとするが、虚空より這い出た紫色の腕がユキの手首を押さえつけた。
「させないよ……」
腕はたちまち無数に増え、ユキを再び闇の中に引き摺り込む。
消えたユキと入れ替わるように、肉体の主導権を取り戻したフィニスが姿を現した。
「ふッ!!」
フィニスは黒い波動でカムイを締め出し、勢いのまま氷山に叩きつける。
倒れ伏したカムイの背中に、白い雪崩が降り注いだ。
「セイ!!」
ミカは堪らずバルコニーを飛び降り、カムイの元に駆け寄る。
雪を掻き分けてようやく見つけ出したカムイは、既にセイの姿へと戻っていた。
「逃がさないよ」
ロアヴァングの衝撃波が、ミカの足元を焦がす。
退路すら奪われた二人の前で、ロアヴァングは深い闇に包まれた。
「闇の力よ、ボクに集え……」
凍土に眠る災獣たちの力が煙となって噴き上がり、闇の中に吸収されていく。
そして全て力を取り込んだ時、フィニスは真の姿を顕現させた。
「これでボクは究極の存在となった! あははッ、あははははッ!!」
異形の悪鬼フィニスの高笑いが空に黒雲を呼び、吹雪と雷鳴が大地に降り注ぐ。
戦慄するセイとミカに、フィニスが黒い雷撃を放った。
—————
闇封じの瓶
真の姿を取り戻したフィニスが、セイとミカに向けて黒い雷撃を放つ。
二人が死を覚悟したその時、巨大な影が彼らの前に立ちはだかった。
「あれは……!」
クーロンG9が雷撃を受け止め、フィニスの横面を殴りつける。
互角以上の格闘戦を繰り広げながら、操縦席のアラシが叫んだ。
「セイを連れて逃げろ!!」
ミカは頷き、力尽きたセイを連れて戦場を離れる。
ほんの数メートル歩いただけで、氷の城は吹雪に隠れてしまった。
「とにかく、セイを休ませないと」
セイに打ち込まれた毒は全身に回り、体の所々にドス黒い膿を作っている。
ここまでの傷を受けて尚生きていられるのは巨神の加護か、それとも彼自身の執念ゆえか。
ともかく、これ以上セイに負担はかけられない。
血眼になって安全地帯を探していると、不意に何者かがミカの肩を掴んだ。
「ミリア、どうして」
「話は後だ。あちらに洞窟がある。行くぞ」
ミリアに案内され、ミカは小さな洞窟に入る。
焚き火の近くにセイを寝かせると、奥からシナトとブリザードが現れた。
「あなたたちも、クーロンG9に乗ってきたの?」
「ああ。我々は万が一に備え待機していたのだが、どうやら事は想定を遥かに超えていたらしい」
「クーロンG9の整備が間に合っていれば……すまない」
シナトは拳を握りしめて呟く。
ミリアが普段通りの態度で言った。
「アラシ君が時間を稼いでいる内に、作戦を立てるぞ」
目の前で人が死にかけているとはとても思えない冷静な振る舞いだが、今のミカにはそれがむしろ有り難い。
しかし作戦といっても、何をすればいいのだろうか。
考え込むミカたちの前に、ミリアが透明な瓶を取り出した。
「それは?」
「『闇封じの瓶』だ。これを使えば、フィニスを封じ込めることができる。……急造品だがな」
新たなアイテムの出現に、ミカたちは微かな希望を見出す。
だが、とミリアが続けた。
「そのためには、ユキ君とフィニスを切り離す必要がある。君たちには分離の方法を考えてもらいたい」
「……分離って、そんなのどうやって」
「俺がやるよ」
倒れていたセイの唇が動く。
セイはゆっくりと上体を起こして続けた。
「残りの力を全て使えば、分離くらいはできるだろ」
「ダメ、セイが死んじゃう!」
ミカが慌てて叫ぶ。
セイは毒の混ざった血反吐で地面を汚しながら、泣きそうな声で訴えた。
「でも救いたいんだよ! 俺はあいつが背負ってきたものから逃げた。俺には、その責任がある」
「セイ……」
ミカは体を屈めると、傷ついた彼の左胸にその手を翳す。
洞窟の外で、一際大きな雷鳴が響いた––。
「マグナムナックル!!」
白い大地を蹴り上げて、クーロンG9が渾身の拳を放つ。
パンチと同時に砲撃する破壊力特化の一打を、フィニスはいとも簡単に受け止めた。
「全く、学習能力のない奴だなァ!」
そのままクーロンG9の脚を払い、鋼鉄の胴体を執拗に踏みつける。
振動と圧迫感に耐えながら、操縦席のアラシがレバーを動かした。
脚の動きに合わせて弾を放ち、フィニスを怯ませる。
その隙に背部バーニアを吹かしたクーロンG9が、フィニスの頬に強烈な回し蹴りを見舞った。
「学習能力ねえのはどっちだ、バァカ!」
確かな手応えを感じて、アラシが叫ぶ。
クーロンG9の眼を眩く輝かせ、彼は一気に反撃へと転じた。
「クーロン砲!!」
「遅い!」
フィニスはクーロンG9の砲撃を躱し、再び間合いを詰めようとする。
しかしクーロン砲によって舞い上がった煙に視界を封じられ、彼はその場に立ち尽くした。
「がっ!?」
不意に死角からの攻撃を受け、フィニスの体がよろめく。
彼を取り巻く煙の外側で、クーロンG9が次の弾丸を装填した。
「いくぜぇ!!」
クーロンG9は砲撃による目眩しと死角からの打撃を凄まじい速度で繰り返し、一方的にフィニスを追い詰めていく。
痺れを切らしたフィニスが、低い声でクーロンG9を糾弾した。
「卑怯な……!」
「卑怯? ユキの悩みに漬け込んで好き放題してるテメェが……言えた口か!!」
クーロンG9は咆哮し、怒りの鉄拳を叩き込む。
宙を舞うフィニスに狙いを定めて、彼は必殺技の構えを取った。
「クーロン砲・最強爆裂波!!」
全ての火力を解き放ち、集中砲火でフィニスを焼き尽くす。
黒煙を上げて墜落したフィニスに、クーロンG9がゆっくりと歩み寄った。
握り拳を振り上げて、戦いに終止符を打とうとする。
しかし、クーロンG9の拳がフィニスを打ち据えることはなかった。
操縦者であるアラシが、既に力尽きていたのだから。
「……やった、やったぞ! 天はボクに味方した! もうボクを邪魔するものは何もない!!」
自らの勝利を確信して、フィニスは邪悪な笑い声を上げる。
カムイもクーロンも倒れた今、地上は自分の思うがままだ。
敵の消えた世界にフィニスが軽やかな一歩を踏み出そうとした、その時だった。
「……ん?」
フィニスは足元に一人の少女が現れ、真っ直ぐな眼でこちらを見上げているのに気づく。
あまりにも非力なその姿を嘲笑いながら、フィニスが尋ねた。
「誰かと思えば歌姫ミカか。巨神カムイはどうしたの?」
「寝かせた」
ミカは簡潔に答える。
そして彼女は白い息を吐くと、神話の書を広げた。
「最期の一曲、聴いてあげようじゃないか。殺すのはその後だ」
フィニスは余裕たっぷりにそう言って、ミカの歌に耳を澄ませる。
清く高らかな歌声が、シヴァルの大地を包み込んだ。
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