第22章 蛮族タウン
新型クーロン・完成
ディザスの爪痕は未だ残りつつも、少しずつ活気を取り戻してきたドローマ国。
その中心地である城郭都市には、国中の人々が詰めかけていた。
彼らの目的はただ一つ、遂に完成した新型クーロンの披露式典。
白い布に覆われた巨大建造物を背にして立つ各国の守護者が、声を揃えて宣言した。
「これより、新型クーロンの完成披露式典を執り行います」
騒めきが万雷の拍手に変わり、ドローマの街に響き渡る。
拍手の音が鳴り止むと、守護者たちを代表してミリアとシナトが前に出た。
「この新型クーロンは、レンゴウとシヴァル、そしてドローマの共同開発で作られました。自国の防衛のみに留まらず、全ての国が手を取り合って危機に立ち向かう理念の象徴として……」
ミリアが誇らしげに語っている内容を、民衆たちは半分も理解していない。
無軌道で画一的な喧騒に囲まれながら、アラシは仮面の奥の眼を細めた。
「ドローマは国際社会に復帰して、クーロンはみんなの英雄になる。これでいい。これでいい……筈だ」
やがて話は終わり、プログラムは新型クーロンのお披露目に移行する。
守護者きっての元気者であるリョウマとシイナが、会場を大いに盛り上げた。
「それではいよいよ! 新型クーロンの大発表ぜよ!!」
「大きな声でクーロンを呼んでね! いくよ? ……クーローン!!」
人々のレスポンスが反響し、重低音となって腹の底に響く。
二人から発言を引き継いで、ミリアが堂々と合図を出した。
「お見せしよう。これが、新型クーロンだ!!」
両端に控えていた男が白い布を取り払い、遂に新型クーロンの姿が明かされる。
それは多くのドローマ国民が待ち望んでいた、要塞復活の瞬間だった。
初代の重装備を踏襲しつつも随所に改良が加えられ、より逞しく洗練されたデザインとなっている。
冷静であろうとするアラシも、これには興奮を隠せなかった。
「レンゴウの技術で精錬したレアメタルを使うことにより、あらゆるスペックが初代の300パーセント上昇している。また冷却剤にはシヴァルの溶けない氷を使用しており安全性も高い。現代科学の粋を集めた、まさに叡智の結晶だ。我々はこの新型クーロンを、『クーロン
9世代先の技術、故にG9。
クーロンG9の存在は歓声を以て人々に受け入れられ、ミリアとアラシは心の中で胸を撫で下ろす。
ミリアはユキの方を向いて、歌姫の人形を出すよう促した。
「そしてこの人工巨神クーロンG9は、同じく人工の歌姫によって更なるパワーアップを果たす。……ユキ、人形を」
しかし、ユキは動かない。
戸惑うミリアたちに囲まれて、彼は狂ったような高笑いを上げた。
「そんなもんないよ。だって、壊しちゃったんだから」
ユキが袖を捲ると、氷像を殴ってついた生傷が露わになる。
彼はミリアの頭蓋を粉砕せんと、ノミを振り上げて走り出した。
「やめろ!!」
「ダメっ!」
止めに入ったリョウマとシイナを薙ぎ倒し、オボロとハタハタを邪悪な気魄で威圧する。
ユキが凶行に及ぼうとした刹那、アラシが群衆を掻き分けて飛び出した。
「ッ!」
ユキの凶器が仮面を砕き、アラシの素顔が晒される。
度重なる異常事態に、民衆は騒ぎ立てることすらできなかった。
「……アラシ」
自分の名を呟くシナトに、アラシはそっと頷く。
彼は背中の剣を抜きながら、鋭い眼光でユキを睨みつけた。
「てめえ、ユキじゃねえな。何者だ?」
「……察しがいいね。流石は野生育ちの山猿だ」
ユキはアラシを挑発しつつ、手にしたノミを無造作に捨てる。
そして彼は眼の色を紫に染め、高らかに本当の名を告げた。
「そうとも。ボクの名はフィニス! ユキの体を乗っ取り現世に顕現した、『終焉の使徒』だ!!」
ユキ––否、フィニスは黒い勾玉を掲げ、合身災獣ロアヴァングへと変身する。
逃げ惑う人々を見下ろしながら、彼は嗜虐心を剥き出しにして言った。
「まずはこの虫ケラどもを、一人残らず殺してくれる!」
避難誘導に取り掛かる守護者たちを嘲笑うように、ロアヴァングは鬣にエネルギーを蓄積する。
そしてエネルギーが最大まで溜まった瞬間、ロアヴァングはそれを破壊光線に変えて撃ち出した。
「させるかッ!!」
刹那カムイが飛び込み、御鏡で破壊光線を相殺する。
戦いを繰り広げるカムイを見上げながら、ミカが手の中の小鳥に礼を言った。
「ありがとうリンちゃん。邪悪な気配を教えてくれて」
「ピィ!」
リンは得意げに鳴いて応える。
避難誘導を終えたミリアが、アラシに駆け寄って言った。
「今だアラシ君。早くクーロンG9に」
「させないよ!」
ロアヴァングは体当たりでカムイを倒し、口から白銀の突風を放つ。
大木さえ容易くへし折る風圧に晒されたアラシ、シナト、ミリアの体が、呆気なく空中へと浮かび上がった。
「飛んでけ!」
三人は遥か遠くに吹き飛ばされ、戦線離脱を余儀なくされる。
操縦者の消えたクーロンG9に、ロアヴァングが再び破壊光線を放った。
「やめろ……!」
踠くアラシの視界に、小さくなったカムイとロアヴァングの姿が映る。
真紅の破壊光線が、人類の希望を焼き尽くした。
—————
アンダーグラウンド・ガンマン
ロアヴァングによって吹き飛ばされたアラシたちは、肉の焼ける匂いで目を覚ました。
カウンター席で酒を飲んでいた男が、彼らを横目に見て言う。
「気がついたか」
「おい! ここは一体……シナト! シナトは!?」
シナトがいないことに気づき、アラシは大声で彼を呼んだ。
立ち上がろうとするアラシだったが、縄で縛られた四肢では上手く動けない。
男たちの下卑た笑い声を浴びながら、アラシは噛み付くように叫んだ。
「お前ら、シナトを何処へやった!」
「知らねえよ。黙ってろ」
鳩尾に本気の蹴りを浴び、アラシは血反吐を吐いて倒れ込む。
極力平静を装いながら、ミリアは周囲の様子を観察した。
カウンター席の手前に3つの丸テーブルがあり、赤いバンダナをつけた男たちが酒盛りやトランプに興じている。
酒場だ。
それも、治安最悪の。
「……どうやら我々は、とんでもない所に飛ばされてしまったようだな」
ミリアが口を開く。
その真意を問う間もなく、トランプで負けた男の怒鳴り声が響いた。
「くそっ!!」
男は椅子を蹴り倒し、大きな足音を立ててアラシたちの方に詰め寄る。
彼はアラシには目もくれず、ミリアに顔を近づけて恫喝した。
「おい女ァ!」
「……私の名はミリアだ」
「んなこたどうでもいいんだよ! さっきので大富豪1億連敗だ! どうしてくれんだコラ!!」
「君のゲームに私は関与していない。負けたのは君の責任だ」
「何ィ!?」
ミリアに正論をぶつけられ、男はますます逆上する。
男がミリアの首に手をかけた瞬間、酒場の扉が勢いよく蹴破られた。
「ボス……!」
直前まで強気だった男の顔面が、みるみるうちに青褪める。
赤いバンダナを巻いたボスは静かに歩み寄ると、素早く男の手首を掴み上げた。
「カタギに手は出さない。復唱」
「カタっ、ギ、に、手……ああぁっ!!」
そして男の手首をへし折り、店の外へと投げ飛ばす。
呆気に取られるアラシたちに、ボスは威厳ある声で言った。
「うちのもんが迷惑かけたな」
「えっ?」
「お詫びにいい酒を飲ませてやる。着いてこい」
ボスはアラシたちの縄を解くと、静まり返った酒場を後にする。
彼の背中に着いていった二人が見たものは、煉瓦造りの大きな邸宅だった。
「上がりな」
ボスに促されて、アラシたちは邸宅の敷居を跨ぐ。
テーブルを挟んで座った三人に、使用人が赤紫色のワインを差し出した。
「100年もののヴィンテージだ。飲んでくれ」
「私を酔わせたいのなら、酒より情報だ」
ミリアはそう言ってワインを拒む。
ボスは嫌な顔一つせずにワインを下げさせると、粛々と自己紹介をした。
「そうだったな。俺は『ミタス』。ミタスファミリーの
「ミタスファミリー……」
「知ってんのか? ミリア」
「というより、顔見知りだ」
ミタスは確かに首肯する。
彼の承諾を得て、ミリアはこの町について語り始めた。
「ここはレンゴウ西部の鉱山都市だ。数世代前より鉱山資源に目をつけた荒くれ者たちの溜まり場になり、現在に至るまで彼らによる実質的な自治が続いている。俗称、
「ああ。そして今この町を牛耳っているのが、俺たちミタスファミリーってわけだ」
「彼らとはそれなりに仲良くやっていてね。クーロンG9に使っているレアメタルも、彼らとの取り引きで得たものだ」
「そうだったのか! ありがとな!」
アラシは真っ直ぐに礼を言う。
そんな彼を遠い目で見つめながら、ミタスが自分のワインを飲み干した。
「……さて、そろそろ本題に入ろうか」
ミタスの言葉で、室内に漂う空気が引き締まる。
彼は咳払いを一つすると、アラシたちに問いかけた。
「お前ら、何だってこんな町に来た? 今月分の取り引きは終わった筈だが」
「災獣に吹き飛ばされたんだ。急いで戻らなければならない。失礼する」
ミリアは簡潔に状況を伝える。
邸宅を去ろうとした二人を、ミタスが低い声で呼び止めた。
「ただで帰すわけにはいかねえな」
「……何?」
「こっちでも厄介なことが起きてる。お前らには、その解決を手伝って貰いたい」
「悪いが、俺たちも暇じゃないんだよ」
アラシが苛立ちを露わにして言う。
しかしミタスはその言葉を待っていたかのように指を3本立てた。
「これで手を打とう」
来月以降のレアメタル輸出量を3割増やす、という破格の条件。
ミリアは大きな溜め息を吐くと、席に戻って言った。
「いいだろう。で? そうまでして解決したい問題とは何だ?」
「……『タリル』のことだ」
ミタスは重々しい口調で語り始める。
タリルは幼い頃からこの町で生きてきた、ミタスの幼馴染だった。
ミタスがファミリーを立ち上げてからも、タリルは腹心として彼を支え続けてきた。
そしていつしか、二人は最強のコンビとして名声を欲しいままにするようになっていった。
「だが数ヶ月前、奴はとんでもないことを言い出した。『町を出よう』ってな」
当然、ミタスは反対した。
自分たちは所詮ギャングだ。外界に夢など見ずに、この町の中だけで満足するしかないと。
激しい口論の末、タリルはミタスファミリーを離脱。
そしてミタスに不満を持っていた他の構成員を束ね上げ、新たなギャングチームを結成したのだった。
「それ以来、奴らは毎日のように襲撃をかけてくる。……元は仲間同士だったのになァ、畜生」
アラシは悲痛に俯く。
冷静なミタスの語り口が、少しずつ熱を帯び始めた。
「このまま抗争に明け暮れれば、必ず俺たちの支配体制は崩れる。そして必要のない血が流れ、昔の俺やタリルみてえなガキが増えちまう。そうなる前に、早く……!」
理解し合った筈の相手との、望まないすれ違い。
ミタスの置かれた状況を聞いて、アラシの心が風向きを変えた。
「任せろ」
「……お前」
「必ずお前たちを満足させてやる」
「そいつは頼もしいぜ!」
アラシとミタスは向かい合い、固い握手を交わす。
作戦会議を始めようとした刹那、邸宅の扉が蹴破られた。
「よう、ミタス」
扉を破壊した男が、馴れ馴れしく声をかけてくる。
ミタスファミリーへの当てつけのように青バンダナを身につけたこの男こそ、タリルその人であった。
「……タリル」
かつて栄華を手にした二人が、敵同士として対峙する。
バーサクタウンの荒野に、乾いた風が吹き抜けた。
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