第18章 天空、通行止め
草原空港
「こんなに買い物したの初めてだね、セイ」
セイの提げている鞄を覗き込んで、ミカが話しかける。
隣のセイは鞄の位置を直しながら、少し弾んだ声で言った。
「最近は守護者の世話になることが多かったからな。諸々の費用が浮いたんだよ」
セイは籠からドライフルーツの入った袋を取り出し、その中の一切れをミカに差し出す。
『ありがとう』とフルーツを頬張って、ミカは思わず頬を押さえた。
「美味しい……!」
「だろ? あの街の名物なんだ。気に入ってくれてよかった」
嬉しそうに頷いて、セイもドライフルーツを食べる。
口の中に広がる甘酸っぱさを堪能しながら、彼は頭の中にクエスチョンマークを浮かべて言った。
「うん、美味い。でもこんなに甘かったかな? お師匠と食べた時は、もっと酸っぱかったような」
「味覚が大人になったんじゃない?」
「そうかな……そうかも……」
「そうだよ。さ、急ごう!」
軽やかな一歩を踏み出して、ミカは快晴の一本道を駆け出していく。
ドライフルーツの袋を鞄の中に仕舞いながら、セイも彼女の後に続いた。
「着いたっ!」
目的地に辿り着き、ミカは大きく伸びをする。
少し遅れて追いついたセイが、目の前に広がる大平原を眺めて言った。
「ここだな。ハネダ空港……」
天上の国ミクラウドに行くには、鳥の力を借りなければならない。
それ故に専門資格を得た鳥が人や物を運び、空と地上を行き来するサービスが発達した。
そしてこのハネダ空港こそ、世界最大の規模を誇る空港なのである。
「だけど、何か様子が変じゃないか? 行楽シーズンだってのに、静かすぎるぜ」
「セイ、話を聞いてみようよ」
「おう」
セイとミカは空港に入り、手の空いている職員を探す。
その道中、二人の背中に聞き覚えのある声が降りかかった。
「お主ら!」
振り向いて見た声の主の姿に、セイたちは目を丸くする。
和装に身を包んだ大男の名を、二人は嬉しそうに呼んだ。
「リョウマ!」
「セイにミカ、久しぶりぜよ!」
ラッポンの守護者リョウマは、セイたちにとっては心強い味方でもある。
久々の再会を喜びながら、セイが質問をぶつけた。
「あんたもミクラウドに用事か?」
「オボロ爺と話し合いがな。しかし全ての便が運休中で、ミクラウドに行けないんぜよ」
「それで人が少なかったんだ……」
「でもどうして運休中なんだ? 風もなければ雲もない、絶好のフライト日和なのに」
セイたちを包む空模様は平穏そのもので、芝生に寝転がって昼寝さえしたくなる。
通りがかった空港の職員が、悲痛な様子で口を挟んだ。
「それはつまり、鳥型の災獣にとっても過ごしやすい環境ということです」
「あんたは?」
「責任者のトビタと申します。悪いことは言いませんから、早く逃げた方がいいですよ。私は仕事で離れられませんけど……」
トビタと名乗った男は苦笑しながら後頭部を描き、セイたちの元を去ろうとする。
猫背気味な後ろ姿を呼び止めて、セイが言った。
「つまり、鳥の災獣に飛行ルートをぶん取られたってわけだな? だったら話は早いぜ」
「えっ?」
「そいつを倒して、平和な空を取り戻すってこと」
「む、無茶ですよ! あんな化け物と戦おうなんて! あなたが巨神カムイなら話は別ですけど……」
露骨に狼狽するトビタを見て、セイは揶揄うような笑みを浮かべる。
何が可笑しいと詰め寄るトビタの眼前に、セイは翡翠の勾玉を突き出した。
「それは……」
「話は別、だったよな?」
大空を舞う巨鳥の影を睨み上げて、セイは勾玉を構える。
ミカたちが見守る中、彼の体が風雷に包まれた。
「超動!!」
天高く跳ぶセイ––カムイを、トビタは呆然と見上げる。
竜巻に乗って上昇するカムイが、災獣の姿を捉えた。
「クァムァッ!!」
カムイは一気に加速し、斧鷹災獣トマホークに斬りかかる。
トマホークは甲高い鳴き声を上げると、斧のような頭部でカムイの刀を受け止めた。
「なーるほどねぇ。こりゃ運休するわけだ!」
カムイはトマホークから距離を取り、トルネード光輪を乱射する。
カムイの戦いを、ミカは悔しげな表情で見守っていた。
「あの高さじゃ、歌が届かない」
カムイがその力を最大限に発揮するためには、ミカの歌が欠かせない。
しかし巨神と歌姫を隔てる力の差は、あまりに深刻だ。
もしこのまま、カムイが自分の手の届かない所まで行ってしまったら。
そこでカムイが危機に陥ったら、自分には何ができるのだろうか。
「強くなりたい」
見守るしかない現実を噛み締めるミカの胸に、小さな決意が芽生える。
カムイとトマホークの激突が、青い空を揺るがした。
—————
聖鳥ヤタガラ
青空狭しと駆け巡りながら、カムイとトマホークは幾度も激突する。
カムイの放った竜巻弾を切り裂いて、トマホークが頭部の斧を振り下ろした。
「くっ!」
カムイは両腕を交差させて受け止めるが、空中では満足に威力を殺せない。
吹き飛ばされたカムイ目掛けて、トマホークが更なる追撃を仕掛けた。
「セイ!」
風の御鏡を構えたカムイを見て、ミカが悲痛な叫びを上げる。
あれは属性攻撃には強いが、物理攻撃にはまるで無力だ。
判断の誤りを指摘する間もなく、トマホークは風の速さで迫り来る。
そしてトマホーク渾身の頭突きが、御鏡ごとカムイを打ちのめした––。
「……風?」
ミカの長い髪を、不意に突風が靡かせる。
隣に立つリョウマが、奥の方を指差して叫んだ。
「見るぜよ!」
リョウマが示した先では、トルネード光輪の一つが絶え間なく風を送り続けている。
カムイの作戦に気付いたトビタが、感動に目を潤ませて言った。
「最初の連射に紛れて、予め設置しておいたんですよ。そして追い込まれるフリをして、奴を送風地帯に誘導した……鏡の破片を飛ばすために!」
鏡の破片は風に乗り、鋭利な刃物となってトマホークの全身に突き刺さる。
大太刀を低く構えながら、カムイがミカに念を飛ばした。
「それだけじゃないぜ。この高さなら、ミカの歌が届く。さあ!」
「……うん!」
ミカは雷の歌を熱唱し、大太刀に秘められた力を限界まで引き出す。
破片を取り除こうと踠くトマホークに、カムイの必殺剣が炸裂した。
「やったぁ!」
爆散するトマホークを見て、トビタが歓喜の声を上げる。
しかしリョウマは神妙な表情のまま、はしゃぐ彼の肩を叩いた。
「これで元通り、に……?」
トビタたちの頭上を、不意に黒い影が覆う。
その正体を確認した瞬間、彼らの喜びは一瞬にして消え失せた。
「ピシャアーッ!!」
トマホークの群れが空を埋め尽くし、けたたましい鳴き声を轟かせる。
錯乱するトビタを避難させながら、リョウマが呟いた。
「トマホークは群れを作らない筈。なのに仲間の仇討ちとは、敵ながら天晴ぜよ……!」
「いらないっての! そんな天晴!」
カムイはトマホーク軍団の猛攻を捌きつつ、地上に戻ってミカの盾となる。
斧を受け止め続けるカムイの大太刀が、嫌な音を立ててひび割れた。
「セイ……!」
ミカは渾身で歌うが、戦況を変えるには至らない。
遂に倒れてしまったミカの視界に、新たな影が飛び込んだ。
トマホーク––否、これまでのどの災獣とも一線を画す白い影。
それは眩い光を放つと、トマホーク軍団を瞬く間に蹴散らした。
「『聖鳥ヤタガラ』」
トビタが思わず呟く。
彼は避難することも忘れ、ヤタガラの純白なる姿を目に焼き付けた。
「空を守護するという伝説の鳥……まさか、この目で見られるなんて」
ヤタガラはその身を弓に変え、カムイの手の中に収まる。
掌に迸る熱が、ヤタガラの意思をカムイに伝えた。
「分かった。よろしくな、ヤタガラ!」
カムイは『八咫烏の聖弓』を構え、一筋の閃光を放つ。
真っ直ぐに飛んだ閃光がトマホークに突き刺さると、その体は一撃で爆散した。
残りのトマホークたちは動揺し、矢を撃たれまいと接近戦を挑む。
しかし聖弓の力は、ただ矢を放つだけではなかった。
「光よ! 災いの獣を斬り裂け!」
光の力を弓の両端に纏わせて聖剣とし、襲いかかるトマホーク軍団を立て続けに撃破する。
最後の一体となったトマホーク目掛けて、カムイが八咫烏の聖弓を構えた。
「神威一射・
全力を込めて放った矢が極太の破壊光線となり、トマホークを焼き尽くす。
静寂を取り戻した空を見上げるカムイの手から、弓がそっと浮かび上がった。
「ありがとう、ヤタガラ」
弓は白い鳥の姿に戻り、再び大空へと舞い上がっていく。
カムイ––セイも変身を解くと、ミカたちの元に駆け寄った。
「ありがとうございます! 本当に、何とお礼を申したらいいか」
「お礼か。じゃあ、俺たちをミクラウドまで乗せてってくれ」
「はい!」
トビタは元気よく頷き、フライトの準備を整える。
そして数十分後、彼は高らかに宣言した。
「ただ今より、当空港は全ての便の運航を再開します!!」
セイ、ミカ、リョウマの乗った籠を持ち上げて、空港のユニフォームに身を包んだ鳥たちが勇ましく飛び立つ。
その姿を見守るトビタの隣に、一人の女性が音もなく現れた。
「営業再開したのだな」
「はい……ってミリア先生!」
「災獣退治の手伝いに来たのだが、どうやら先を越されてしまったらしい」
「あ、あの、ミリア先生」
「この空を頼んだぞ」
トビタに激励の言葉を残して、ミリアは空港を後にする。
塔大までの帰り道を歩きながら、戦いの模様を書き留めた。
「カムイが最後に放った一撃……あれはレーザーと言うのか。新型クーロンの武装に組み込むとしよう」
弾むような足取りのミリアを、雲一つない青空が包む。
その青を貫いて、セイたちはミクラウドを目指すのだった。
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