第16章 核心への確信
地底の超マグマ
地球破壊を目論む玄武を追って、カムイ、ミカ、ディザス、シンは地底に降り立った。
ディザスが角の先に火を灯し、正面を照らす。
その灯を頼りに入り組んだ道を進みながら、ミカは何気なく呟いた。
「不思議。地面の中にこんな大きな道があるなんて」
「玄武が掘り進めたんだ。あいつ、土建屋に就職すればいいのにな」
「無駄口を叩くな。今、ディザスが敵の気配を探っている」
口元に人差し指を当てたカムイたちを尻目に、シンは右腕から流れてくるディザスの感覚を読み取る。
もうすぐだ。
シンの命を受けたディザスが、体当たりで右側の岩盤を破壊した。
「いたぞ!」
今まさに地面を掘り進めている玄武の姿を見つけ、カムイとシンは同時に叫ぶ。
玄武は甲高い咆哮を上げると、腹部からの電撃でカムイたちを迎撃した。
猛攻の中を掻い潜り、カムイとディザスは玄武との間合いを詰める。
カムイの刀とディザスの角を、玄武は螺旋甲羅で受け止めた。
甲羅を回転させて二人を吹き飛ばし、硬い地面に叩きつける。
掘削を再開しようとする玄武を睨み、ミカが風の歌を激唱した。
「はっ!」
神話の書から真空刃が放たれ、玄武の腹に直撃する。
玄武にとっては蚊に刺された程度の痛みだが、それでも注意を惹きつけるには充分だった。
「ミャ……」
玄武の不気味な目がぎょろりと動き、ミカの姿を捉える。
小煩い虫を焼き尽くさんと、玄武は素早くエネルギー球を吐き出した。
「っ!?」
エネルギー球はカムイとディザスを擦り抜け、吸い込まれるようにミカの元へと飛んでいく。
光と熱がミカを呑み込む刹那、彼女の眼前に黒い影が飛び込んだ。
「シン!!」
シンは体一つでエネルギー球を受け止め、その威力に抗おうとする。
意地と力の激突の果て、エネルギー球はついに爆散した。
「ぐあぁッ!」
爆発の衝撃をもろに受け、シンの体が宙を舞う。
吹き飛んだ彼を抱き止めて、ミカは震えた声で言った。
「シン、どうして」
「……お前を守ったんじゃない。お前の中に眠る秘密を守ったんだ」
「それでもありがとう。シン」
「ああ。俺からも礼を言わせてくれ」
カムイたちの言葉から逃げるように、シンはミカの手を払って立ち上がる。
ディザスに指示を出そうとする彼を、カムイが呼び止めた。
「ちょいと待った!」
「何だ」
「一つ作戦を思いついたんだ。協力してくれ」
「……聞くだけ聞いてやる」
カムイはシンに目線を合わせ、彼に作戦を説明する。
シンは深い溜め息を吐くと、その目を大きく見開いた。
「付き合ってやる。いけ、ディザス!」
「あっ! 待ちなさいっての!」
嘶くディザスの後を追い、カムイも立ち上がって走り出す。
そしてカムイは跳躍し、ディザスの背中に跨った。
「行くぜっ!!」
カムイは騎士さながらにディザスを駆り、刀を構えて玄武へと肉薄する。
そして攻撃を仕掛ける––と見せかけて素通りし、背後に陣取って挑発した。
「やーいノロマ! 悔しかったら追いついてみろ!」
玄武は激昂し、重い甲羅を背負ってカムイの方を向く。
すかさずカムイはディザスの腹を蹴り、元の位置、つまりは玄武の反対方向に回り込んだ。
「ほらこっちだこっち!」
挑発しては回り込み、回り込んでは挑発する。
愚直に追いかけ続けたことでとうとうバランスを崩した玄武の体が、土煙を上げて地面に倒れ込んだ。
弱点たる腹部を無防備に晒し、仰向けになってじたばたと暴れる。
カムイとディザスは呼吸を合わせて、玄武の真上へと跳び上がった。
最後の抵抗とばかりに放たれた電撃の嵐を掻い潜り、刀と角に全ての力を込める。
そして二人は玄武を目掛け、渾身の必殺技を繰り出した。
「神威一刀・鳴神斬り!!」
「ディザスターカラミティ!!」
二つの破壊力を喰らい、鉄壁の大災獣玄武はついに爆散する。
その体から弾け飛んだ黄色い宝玉を、シンは華麗な身のこなしで掴み取った。
「戻れ、ディザス」
ディザスを右腕に封印し、新しい包帯を巻き付ける。
変身を解いたカムイ––セイが、無邪気な笑顔でシンに駆け寄った。
「ハイタッチ! イェーイ……あらら?」
シンはハイタッチを求めるセイを擦り抜けて、ミカに宝玉を差し出す。
ミカは呼吸を整えると、恐る恐る宝玉に手を伸ばした。
「……っ!」
眩い光が迸り、二人の意識に共通のイメージを映し出す。
薄暗い殺風景な部屋の隅で、何処かミカに似た雰囲気の少女が寂しそうに蹲っていた。
やがて扉が開き、幼き日のシンが部屋に入ってくる。
顔を上げて駆け寄った少女は、右腕に刻まれた悼ましい痣を見て息を呑んだ。
「……お兄ちゃん」
週に二、三度、大人たちはシンをこの部屋から連れ出す。
そして戻ってきた時、彼は決まって傷だらけになっていた。
もう驚かないつもりでいたが、今度のは一段と酷い。
急いで救急箱を取り出そうとする少女を、シンは変声期前のやや高い声で制止した。
「駄目だ。そのままにしろって言われてる」
「でも!」
「大丈夫」
不安がる少女に、シンは柔らかく笑いかける。
彼は痣のない左手で少女を抱き寄せ、優しくも力強い口調で言った。
「何があっても、お前だけは絶対に守る。だから心配するな……」
そこでイメージ映像は途切れ、シンとミカの意識は現実に戻る。
シンはミカの手から宝玉を引き離すと、ソウルニエに帰還するべく闇の力を発動した。
「おい、それ返せよ!」
「断る。だがお前たちのお陰で、また一つ秘密を解き明かすことができた。……それだけは感謝している」
シンは闇に身を隠し、地底から姿を消す。
戦いを終えて静かになると、それまで張り詰めていた緊張の糸が一気に緩んだ。
「つっかれたあぁ〜!!」
心からの叫び声を上げて、セイはその場に座り込む。
彼がハンカチーフを差し出すと、ミカもそれを下に敷いて座った。
先ほど見たイメージの中のシンと戦いの中で自分を庇ったシンの姿が重なり、ミカは膝に顔を埋める。
散々渇望した過去の記憶が、今となっては恐ろしい。
腕を震わす彼女に、セイは普段通りの調子で語りかけた。
「俺は、ミカちゃんにどんな秘密があろうと構わないと思ってる。俺にとっては、今目の前にいるあんたが本当のミカちゃんだから」
「……うん」
「でも、一つだけ約束してくれ。絶対に一人で無茶したり、抱え込んだりしないこと」
ミカは俯いたまま頷く。
セイは彼女の右腕を取ると、その小指に自らの小指を絡ませた。
「無茶するなら、二人だ」
ミカは思わず顔を上げ、何も言えないままセイの顔を見つめる。
それから暫くして、二人は地底からの帰還を果たすのだった。
—————
剥がれた仮面
「……あの二人、行ってしまったな」
光の消えた夜の街を見下ろして、ミリアが呟く。
彼女に戦果を報告したセイとミカは、例の取り引きを終えるとすぐに国を出てしまった。
宝玉と引き換えにミカの歌声を録音した真意を明かし、彼女の処刑を取り下げる取り引きである。
結果としては宝玉をシンに持ち去られたため処刑の取り下げのみが行われることとなったが、セイたちは嫌な顔一つしなかった。
きっと、後者が本命だったのだろう。
つくづく人のいい奴らだと思いながら、ミリアは研究室の青年に話しかけた。
「君は行かなくてよかったのか? ……アラシ」
「何度も聞くなよ。残れっつったの自分だろ」
仮面をつけたままのアラシはぶっきらぼうに答える。
何故、彼はセイたちに同行しなかったのか。
そして何故ミリアはアラシの正体を知っているのか。
全ては数時間前に遡る。
「……ボブ君。少し落ち着いてくれるかな」
落ち着かない様子で室内を歩き回るアラシを、ミリアがやや苛立った口調で咎める。
地底に飛び込んだセイたちの帰りを待つ間、二人には険しい空気が漂っていた。
「そういうお前はいつも冷静だよな。何考えてんのか分かりゃしねえ」
「『いつも』? その言葉を使うには付き合いが浅すぎる気がするが」
やってしまった、とアラシは体を震わせる。
自分がボブであることを完全に失念し、普段の調子で憎まれ口を叩いてしまった。
青褪めるアラシを尻目に、ミリアは彼の正体を推理する。
彼女はアラシの仮面に手をかけて、素顔の持ち主を言い当てた。
「外れならこの手を退けてくれ。……君の正体は、アラシだな」
アラシは静かに仮面を外し、傷ついたままの素顔を明かす。
彼はミリアから距離を取ると、精一杯の強がりを口にした。
「弱みを握ろうとしても無駄だぜ。オレはもう、ドローマの関係者じゃねえ」
「別にそんなことはしないさ。ただ、君に協力を頼みたいと思ってね」
突然態度を軟化させたミリアを、アラシは訝しげな目で睨みつける。
幾ら共同戦線を敷いているとはいえ、疑いが晴れた訳ではないのだ。
アラシの疑念を察して、ミリアが一枚目の切り札を使った。
「私がミカの歌を録音しようとした本当の狙いを明かせば、疑いは解けるかな?」
「はあっ!? それは取り引きの」
「私が契約を交わしたのは『ボブ』だ。『アラシ』への情報提供は問題ない」
その二枚舌が疑われる原因なんだよ。
そう言いたくなるのを堪えながら、アラシは話を聞く体勢に入る。
ミリアは脳内の情報を整理して、ゆっくりと口を開いた。
「私がミカ君の歌を録音したのは……歌姫の人形を作るためだ」
「人形?」
「そうだ。歌声を録音して人形に組み込めば、歌姫の力のみを安全に使えるようになる。だから私は躊躇いなくミカ君の排除に乗り出せたのだが……」
大災獣の出現にハタハタの脱退、そして玄武戦におけるミカの戦いぶり。
ミカがソウルニエ人であることを差し引いて尚、それはミリアに歌姫を信用させるには充分すぎる出来事であった。
「そういうわけで、私は人形の運用方法を変えたいと思う。具体的には、クーロンの支援兵器にする予定だ」
「……クーロンだと?」
クーロンは謂わば人造巨神と呼ぶべき代物。
人造歌姫が組む相手としては妥当だが、そのクーロンは現在修復中だ。
どうするのかと問うアラシに、ミリアは極めて単純な答えを告げた。
「ドローマと協力し、新型クーロンを作る」
「ドローマを舐めるなよ。お前らの手なんか借りずとも、自力で新型クーロンくらい作れる」
「ほう。どうやって?」
「大災獣の宝玉を使うんだ。初代の時もそうやって」
「それは自力とは呼べないな。どうせ別の力に頼るなら、より安全な方を選ぶのが得策だと思うのだがね」
アラシを論破したミリアの瞳から、余裕の色が消える。
彼女は真っ直ぐ立ち上がり、深々と頭を下げて頼み込んだ。
「頼む。私に力を貸してくれ」
これまでの慇懃無礼さを潜め、ただ切実に頭を下げ続ける。
神に頼らず、人間の力で世界を守りたいという思い。
それはアラシの心にも伝わり、拒絶することを躊躇わせる。
彼は深く考えた末、ミリアの申し出を受け入れた。
「……分かったよ」
そして現在、二人は新型クーロンのための資料集めに明け暮れている。
工学関連の本を粗方読み尽くしたミリアが、本のページを閉じて立ち上がった。
「よし、大体の理論は構築できたぞ」
「マジか! どうやったらそんな頭よくなれんだ!?」
「沢山本を読むのがコツだな。今度お薦めの本を貸してあげよう」
「いやいい。……さて、これで手札は揃ったな」
「ああ。後はドローマに行き、同盟を締結させるだけだ。確か、今のドローマ守護者は」
「シナトだ」
アラシは苦々しい声で答える。
これまで自分を支えてきたシナトの姿を思い浮かべながら、彼はミリアに忠告した。
「気をつけろ。あいつは手強いぞ」
「大丈夫さ」
やがて深い夜が明け、太陽の光が窓から差し込んでくる。
アラシとミリアは頷き合い、ドローマの地に旅立つのだった。
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