第15章 大地の破壊者

玄武の激進



 レンゴウ東部の峡谷地帯を、一体の災獣が重々しく進んでいる。

 螺旋状の甲羅を背負ったその災獣を見下ろして、軍服の男が大砲に弾丸を装填した。

 後に続く仲間たちも彼に倣い、砲撃の準備を整える。

 そしてしっかりと狙いを定め、災獣を消し炭にするべく集中砲火を実行した。

 爆音と硝煙が周囲を埋め尽くし、火薬の匂いが辺りに立ち込める。

 煙越しに災獣を睨みながら、男は祈るように叫んだ。


「やったか!?」


 風が硝煙を吹き払い、災獣の姿が晒される。

 ありったけの弾丸を浴びた筈の災獣は、何事も無かったように進撃を続けていた。


「馬鹿な……」


 愕然とする男たちをよそに、災獣は地鳴りのような咆哮を上げる。

 たったそれだけで谷は崩れ、軍隊は大砲諸共谷底に突き落とされてしまった。

 逃げ惑う軍隊を踏み潰し、災獣は鈍重な足取りで突き進む。

 東レンゴウ防衛部隊壊滅の知らせがミリアに届いたのは、それから数時間後のことだった。


「国民に避難勧告を出せ。それと、残存戦力は全て防御に回すように」


「はっ」


 連絡係が駆けていくのを見送って、ミリアは塔大最上階の窓から空を見上げる。

 報告から考えると、災獣がこの中心市街地に来るまであと半日と言ったところか。

 策を組み立てる彼女の視界を、一条の光が通過した。


「……カムイ」


 ミリアは外行きのローブを羽織り、光を追って塔大を飛び出す。

 そして災獣の現在地まで辿り着くと、戦おうとするカムイを呼び止めた。


「倒すのは待って貰おうか!」


 その声でミカとアラシが振り向き、敵対者たるミリアを威嚇する。

 カムイはセイの姿に戻ると、二人を庇うように前に出た。


「何しに来た」


「忠告に来たのさ。けれど……信頼されてはいないみたいだね」


「当たり前だろ。恩を仇で返しやがって」


 ミリアはかつてセイたちに助けて貰ったにも関わらず、歌姫ミカの処刑に賛同している。

 セイが厳しい態度で臨むのも、無理からぬことだった。


「……それより、本題に入ろうか。あの災獣の特色は、何と言っても螺旋状の甲羅だ。我がレンゴウ防衛部隊も、その頑強さに敗れている」


 未だ歩み続ける災獣の足元には、防衛部隊の屍肉や大砲の残骸などが無残に転がっている。

 しかし肝心の災獣本体には傷一つついておらず、セイたちは改めて災獣という生き物の脅威を思い知った。

 この場所で行われたのは戦いではなく、蹂躙。

 人間が知らない間に蟻を踏み潰しているように、防衛部隊もまた災獣にそれと気付かれぬまま虐殺されたのだ。

 戦慄するセイたちをよそに、ミリアが虫眼鏡を取り出す。

 虫眼鏡で災獣観察をしながら、彼女は滔々と語り始めた。


「このレンズには特殊な薬品が塗られていてね。空気中の微粒子に作用して、映したものの内部構造を読み取ることができるんだ。おおっ、これはこれは」


「勿体つけやがって、オレにも見せろ……っ!?」


 ミリアから強引に虫眼鏡を奪ったアラシは、災獣を見て驚愕した。

 災獣の体内で、黄色い宝玉が鼓動を刻んでいる。

 大災獣だ。


「心臓の方に何かあるのかい? 是非教えてほしいな」


「べ、べべ別に何も?」


 誤魔化そうとするアラシだが、下手な嘘を吐いたせいでかえって疑いが深くなってしまう。

 セイとミカに無言で促され、彼はやむなく真実を告げた。


「……奴の心臓部に宝玉がある。大災獣だ」


「大災獣か。やはり私の仮説は正しかったようだな」


「どういうことだ?」


「私も宝玉と災獣の関連性について研究していたんだよ。恐らくは、君たちより先にね」


 身構えるセイたちに、ミリアは事の次第を語り聞かせる。

 ユキから預かった青い宝玉が研究室を飛び出し、その直後に青龍がファイオーシャンとドトランティスを襲ったこと。

 それを根拠に宝玉が災獣の心臓であるという仮説を立てたことを。


「この虫眼鏡も、宝玉の研究成果を元に作ったものだ。しかしまだ資料が足りない。そこでだ、君たちがあの大災獣とやらを倒し宝玉を回収するというのは」


「却下だ。そんな都合のいい話、通るわけないだろ」


 セイは即座にミリアの提案を一蹴する。

 ミリアは動じずに言い返した。


「レンゴウの民を見殺しにするのか?」


「……それはあんたの出方次第だ」


 本当なら、駆け引きなど放り出して今すぐ災獣を倒したい。

 しかし権謀術数に長けたミリアの前でそんな真似をすれば、どんな罠にかけられるか分からない。

 世界を守る大義のために、セイは舌戦を続けた。


「こちらの言う条件を飲め。そうすれば提案に乗ってやる」


「条件?」


「ミカの処刑を撤回しろ。そして、あの時ラッポンに現れた目的を話せ」


 セイの言葉で、ミリアの目が僅かに鋭くなる。

 彼女はすぐに慇懃な笑みを浮かべると、挑発するような態度で言った。


「あの時とはどの時だ?」


「俺たちがディザスと戦った時だ。蓄音機なんか持って、一体どうするつもりだったんだ?」


 ミカも頷き、ミリアに回答を迫る。

 彼女は暫し曇り空を見上げると、セイたちに目線を落として言った。


「……全ては大災獣を倒してからだな」


「誤魔化してんじゃねえ!」


「誤魔化してなどいないさ。話すだけ話して、もし君たちが災獣に敗れでもしたら損だろう? 取引はあくまでフェアにやるべきだ」


 激昂するアラシを諭しつつ、ミリアは色白な腕を伸ばす。

 ミカとアラシに見守られる中、セイとミリアはしっかりと握手を交わした。


「取引成立だ」


 セイたちは宝玉と引き換えに、情報とミカの安全を手に入れる。

 しかし大災獣を倒さなくては始まらない。

 共通の敵を討つために、セイたちとミリアは塔大へと帰還するのだった。

—————

鋼鉄の螺旋



「会議の結果、出現中の大災獣をこれより玄武と呼称することが決定した」


「その会議いらねえだろ……痛って!」


 ミリアの話に茶々を入れるアラシを、セイが肘鉄で黙らせる。

 ミリアは咳払いをすると、玄武討伐作戦について語り始めた。


「では改めて作戦を説明しよう。まずは玄武の進行ルートにありったけのダイナマイトを設置し、奴の体をひっくり返す。そしてカムイが露わになった腹部を叩くんだ」


「ダイナマイトの設置状況は?」


「つい先ほど完了したと連絡があった。君たちも持ち場についてくれ」


「了解!」


 セイたちは立ち上がり、塔大から数キロの地点にある見張り砦に移動する。

 玄武との対決を間近に控えながら、セイは敢えて明るく言った。


「ミカちゃん、今日もいい歌頼むぜ」


「うん。セイも頑張ってね」


 見守るミカたちに手を振って、セイは砦の外へと飛び出す。

 ミリアは鞄から耳栓を取り出すと、ミカたちに手渡して言った。


「急いでつけるんだ。ダイナマイトの衝撃から耳を守らなくてはいけないからね」


 ミカたちは耳栓を装着し、今か今かと戦いの時を待つ。

 緊張の糸が極限まで張り詰めた瞬間、くぐもった爆発音が街に響いた。


「ミャアアアアアッ!!」


 甲羅に守られていない腹部を攻撃された玄武の悲鳴が、第二波となってミカたちの鼓膜を襲う。

 噴き上がる砂塵を切り裂いて、巨神カムイが姿を現した。


「クァムァッ!」


 カムイは玄武の甲羅を掴み、思い切り持ち上げて地面に突き刺す。

 続けて露わになった腹部を目掛け、風雷双刃刀を振り上げた。


「これで終わ……っ!?」


 カムイが玄武を両断しようとした刹那、玄武の腹部にエネルギーが集中する。

 それは瞬く間に漆黒の奔流となり、猛烈な破壊力を持ってカムイに襲いかかった。


「クァムァアアイ!?」


 カムイは大きくよろめき、背後の建物を巻き添えにして倒れ込む。

 神話の書を開いたミカが、カムイのための歌を歌い始めた。


「……この時を待っていた」


 ミリアは心の中で呟き、蓄音機のスイッチを押す。

 間髪入れずにスイッチを切ったアラシが、彼女に詰め寄った。


「なに勝手に録音してんだ」


「『録音するな』とは言われてないだろう? やれやれ、仮面くんの噛みつき癖は重症だな」


「仮面くんじゃねえ。アラ……ボブだ!」


「そうかい。ではボブくんに重大なミッションを授けよう。ミッション名は『静かにしろ』だ。いいか? し・ず・か・に・し・ろ」


 ミリアに極限までおちょくられ、アラシの怒りが頂点に達する。

 しかしここで喧嘩をしても意味がない。

 憤懣やるかたないアラシを満足そうに眺めながら、ミリアは再び蓄音機のスイッチを入れた。

 荘厳ながらも勇ましい歌は高らかに響き、カムイを熱く奮い立てる。

 カムイは雄叫びを上げて立ち上がり、今度は風の御鏡を構えて走り出した。


「その技はもう効かないぜ!」


 鏡の力で電流を相殺し、雷の大太刀で一気に攻め立てる。

 しかしカムイが玄武に肉薄した瞬間、玄武は攻撃を電流から爆発に切り替えた。

 爆発の勢いで拘束を脱し、再び堅牢なる螺旋甲羅に身を隠す。

 玄武の放つエネルギーを浴びて、甲羅が漆黒に輝いた。


「クァムァ!?」


 玄武は甲羅をドリルのように高速回転させ、カムイ目掛けて真っ直ぐに突撃する。

 反応が遅れたカムイはそれを正面から受け止めるが、玄武の力はカムイの想像を超えていた。

 螺旋形状で強引に壁をこじ開け、力づくで突っ込む。

 シンプルながらも圧倒的な攻撃を前に、カムイはとうとう膝を突いてしまった。


「まだだ! 俺が倒れたら、みんなが……」


 大太刀を支えにしながら、カムイはドリル突撃の対策を考える。

 青龍に弱点があったように、この玄武にも必ず攻略法がある筈だ。

 硬い螺旋甲羅、腹部から放つエネルギー。

 どうにか逆利用できないかと思索していた、その時だった。


「えっ!?」


 玄武が地面に穴を掘り、その中に潜っていく。

 呼び止める暇もないまま、玄武の姿は地底の闇に消えていった。


「この流れで逃げるのは無しだろお前! おーい!! ドローマの人聞こえますかー!」


 穴に向かって叫んでみるが、自分の声が虚しく反響するばかり。

 カムイ——セイは仕方なく変身を解き、ミカたちの元へ帰還した。


「なあ……ミリア的にどうなんだこれ」


 セイが釈然としない口調で尋ねる。

 堂々と蓄音機を抱えながら、ミリアは澄ました態度で答えた。


「嬉しいよ。ひとまずレンゴウの危機は過ぎ去ったのだからね。さ、取り敢えず塔大に戻って……」


「まだ終わっていないぞ」


 セイたち四人しかいないはずの部屋に、誰のでもない声が響く。

 声の主・シンは闇の中から姿を現し、セイたちに警告を発した。


「今すぐ追いかけて奴を倒せ。でなきゃ取り返しのつかないことになるぞ」


 シンは神話の書を開き、大災獣についての記述を見せる。

 セイはページを凝視しながら、玄武についての解説を読み上げた。


「ええと、地の大災獣はその鋭い甲羅で穴を掘り、地底のマグマまで辿り着く。そして全てのエネルギーを解放し、地球を内部から崩壊させる……何だと!?」


「それがマジなら、ヤバいどころじゃ済まねえぞ!」


「……本当なの?」


「そんな嘘を吐いてどうする」


 不安げなミカに、シンは冷たく答える。

 尚も疑いの眼差しを向けるセイたちに、彼は背を向けて吐き捨てた。


「信じないなら一人でやる。宝玉も俺のものだ」


 シンは砦を出て、玄武が掘った穴に向かう。

 包帯に手を掛けるシンに、セイとミカが急いで駆け寄った。


「待てよ! 俺たちも行くぜ」


「みんなのために、私のために、逃げるわけにはいかないから」


「罠かもしれんぞ?」


「それは飛び込んで確かめるさ」


「……好きにしろ」


 セイたちとシンは穴を隔てて向かい合い、突入のタイミングを伺う。

 乾いた風が吹き抜けた瞬間、三人は同時に飛び降りた。


「超動!!」


 セイは勾玉を掲げてカムイとなり、掌にミカを乗せて落下する。

 その横でシンはディザスを呼び覚まし、颯爽とその背中に跨った。

 地底に眠る未知の脅威に、彼らは敢然と飛び込んでいく。

 光も届かぬ深い闇が、静かにカムイたちを呑み込んだ。

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