第14章 悪天候
迷走ドールズ
カムイが青龍を撃破してから数日後、ハタハタは正式にミカの処刑を取り下げる手続きを済ませた。
ユキがその知らせを聞いたのは、レンゴウ国・塔大でのことだった。
「彼女が計画を降りるとは……どうするミリア殿」
「慌てることはないさ。ドトランティスの増幅装置を使いたかったのは確かだが、代案は他に幾らでもある」
歌姫と同じ能力を持つ人形を作り上げることで、ソウルニエ人の排除と災獣対策を両立する『氷の人形計画』。
ハタハタが脱退しミリアもミカの歌声を録音できていない今、進捗は停滞を極めていた。
「そうだ。君が渡した青い宝玉だが、一応の調べがついたぞ」
「本当か?」
「ああ。着いてきてくれ」
ユキとミリアはエレベーターに乗り、研究室に向かう。
宝玉を調べていた研究室の入り口は、立ち入り禁止を示す黄色いテープで遮られていた。
室内は殆ど凍結し、ユキはそこだけが故郷シヴァルになってしまったような錯覚を覚える。
呆然とする彼に、ミリアは調査結果を伝えた。
「私たちの調べによると、あの宝玉は災獣の臓器である可能性が高い。そして持ち主は恐らく、数日前南部で暴れ回ったあの災獣だろう」
「どうしてそう思うんだ?」
「宝玉は研究室を凍結させた後、南に飛び去った。その直後に青龍の出現だ。時期や能力を考えれば、不自然な話じゃない」
「ソウルニエ人がいるから、そんな危険な災獣が」
「そこは何とも言えんな。とにかく計画は続行する。私は録音と増幅装置開発を急ぐから、君も人形製作を頼むぞ」
「……分かった」
ユキは頷くが、その表情は晴れない。
ミリアはユキの不調を読み取ると、彼に一枚のチラシを手渡した。
「『世界の人形展』だ。帰りがけにでも寄ってみるといい。参考になるかもしれないぞ」
「……ありがとう、ミリア殿」
ユキは塔大を出ると、愛鳥ブリザードに乗って人形展の開催されている街に赴く。
同じ頃、セイたちもまたその街を訪れていた。
「本当に覚えてないのか? お前、シンにお兄ちゃんって言ったんだぜ?」
「……ごめん、全然覚えてない」
アラシの質問に、ミカは申し訳なさそうに首を振る。
ドトランティス宮殿での出来事を思い返して、セイが言った。
「結局シンには逃げられたし、宝玉も取られてしまったけど……これではっきりしたな。あの宝玉は、ミカの記憶と何らかの関わりがある」
「だから宝玉のことを調べるためにレンゴウまで来たってわけか。だけど、ミリアはミカを処刑しようとしてるぞ。大丈夫なのか?」
「地方都市を回るから大丈夫だ。まあ、最後は塔大に殴り込むけどな」
「おいおい……」
「とにかく! 俺とミカは図書館に行くから、お前はあっちに行ってこい」
セイが指差した先には、人で賑わう博物館がある。
アラシは大きく頷くと、博物館の方に駆けていった。
「絶対手掛かり見つけるからなー!」
セイたちに手を振り、彼は建物の中に入る。
そこには古今東西の様々な人形が、解説つきで並べられていた。
世界の人形展という触れ込みは、あながち嘘でもないようだ。
「ここなら手掛かりがありそうだぜ」
ミカの記憶とクーロンの力を取り戻すべく、アラシは展示品を舐めるように観察する。
しかし宝玉や大災獣についての情報はまるで得られず、幾ら頭を働かせてもヒントすら見つけることができない。
これなら獣を追う方がずっと楽だと、アラシは大きな溜め息を吐いた。
「……腹減ったなぁ」
気づけば時刻は午後3時になろうとしている。
アラシが館内を出ようとしたその時、彼は見覚えのある人物を目撃した。
氷のように冷たく、大人びた雰囲気の少年––ユキだ。
アラシはユキに気付かれないよう背後に回り、人形を見るふりをして彼の様子を伺う。
ユキはアラシの視線にも気付かず、ただ目の前の人形を見つめていた。
鎧を纏い剣を携えたその人形には、『戦乙女の加護』という副題がついている。
人形を眺めるユキの目に何かただならぬものを覚え、アラシはユキに話しかけた。
「その人形が気になるのか」
「……あなたは?」
「オレはボブだ」
ボブと名乗ったアラシに、ユキは訝しげな目を向ける。
警戒心を剥き出しにしながら、彼も自分の名を告げた。
「……僕はユキ。シヴァルの守護者だ」
「守護者! 若いのに立派だなぁ」
白々しい態度を取りながら、アラシはここからの立ち回りを考える。
ユキはミカの処刑に賛同する者の一人だ。
上手くいけば、処刑賛成派の情報を聞き出せるかもしれない。
思惑を悟られないようにしながら、アラシが口を開いた。
「……で、ユキはどうして人形展に来たんだ?」
「ミリア殿に勧められたんだ」
「レンゴウの守護者か。何を話した?」
「あなたには関係ないことだ」
アラシとユキは刹那に睨み合い、また目線を人形に移す。
二人の間に漂う緊張を、奇妙な館内アナウンスがぶち壊した。
『ピンポンパンポーン! 午後3時33分33秒をお知らせしまーす!』
「な、何でそんな中途半端な時間に……」
「おい見ろっ!」
困惑するユキの腕を引いて、アラシが右の展示ケースを指差す。
動かない筈のピエロの人形が、カタカタと小刻みに揺れていた。
「アソンデ!」
ピエロ人形がケースを突き破り、刃物を持って客たちに襲いかかる。
それを皮切りに人形たちが次々と暴れ出し、博物館は一瞬にして大混乱に包まれた。
「アソボ! アソボ!」
「キャハハハ!」
人形に傷つけられた客たちが昏倒し、綺麗な床に人の山が積み上がっていく。
アラシは倒れた警備員から剣を拝借すると、ユキを背中に隠して言った。
「逃げるぞ! 着いてこい!」
「あ、ああ!」
二人は猛然と走り出し、廊下の向こうの扉を目指す。
必死のアラシたちを嘲笑うかのように、人形が扉に鍵をかけた。
「ザンネン! シメチャッタヨーン!」
「くっ……」
人形たちを牽制しながら、アラシはこの状況について考える。
何故人形たちが暴れ出したのか、どうすれば事態を解決できるのか。
分からないが、やるしかない。
「僕も戦う」
「当然だ」
ユキはダガーナイフを逆手に構え、アラシと背中合わせになる。
狂気の殺戮人形を相手に、二人の共闘が始まった。
—————
雪に凍えて
「こっちだ!」
立ちはだかる人形たちを斬り捨てて走るアラシの後を、ユキは全速力で追いかける。
側面と背後の敵に対処しながら、彼は突き当たりのスタッフ用扉を指差した。
「向こうの扉に隠れよう!」
「よし!」
アラシは施錠された扉を蹴破り、ユキを室内に押し込んでから自身も中に入る。
体全体で扉を押さえながら、素早くユキに指示をした。
「バリケード作るぞ! 重そうなもん片っ端から持ってこい!」
「わ、分かった!」
扉に向かって雪崩れ込む人形たちの音に怯みながらも、ユキは機敏に命令を実行する。
ものの数分でバリケードは完成し、やがて人形たちの攻撃も止んだ。
未だ気配は残っているが、暴れている様子はない。
ともかく危機は凌いだと、ユキは安堵の溜め息を吐いた。
「はぁ……これで暫くは安全だな」
「だが長くは持たねえ。今のうちに作戦を考えるぞ」
扉の警戒を続けながら、二人は作戦会議を開始する。
アラシは敵の行動から、人形軍団についての仮説を立てた。
「これはオレの勘だが、奴らにはリーダーがいると思う」
「何故?」
「さっきの館内放送もそうだが、それ以上に人形たちだ。切られる直前、奴らは妙な動きをしていたんだ」
どんなに攻撃的な人形でも、アラシやユキが反撃に出ると即座に回避行動を取っていた。
しかし多対一の状況になると、攻撃への対処をしない個体も幾つか出現した。
リーダー格が何処かで自分たちを監視し人形たちを操っているのであれば、全てに説明がつく。
ユキが納得すると、アラシは勢いよく立ち上がって言った。
「お前はここでバリケードを見てろ。オレはダクトから怪しそうな部屋を……」
「待って!」
ユキが慌てて立ち上がり、アラシの背中にしがみつく。
困惑するアラシを、彼は震える声で引き留めた。
「行かないで……!」
「はぁ? 何言ってんだお前」
「一人は嫌だ。怖い」
怯え竦むユキに先程までの威厳はなく、ただの幼い子供にしか見えない。
アラシは後頭部を掻くと、ユキに着いてくるよう促した。
「……あ、ありがとう」
アラシとユキは梯子を登り、匍匐前進でダクトを進む。
通気孔越しに各部屋の様子を確認しながら、ユキが徐ろに口を開いた。
「ボブは凄いな。敵の動きからあれだけの情報を読み取るなんて」
「まあ、できなきゃ死ぬからな」
アラシは短く答え、匍匐前進の速度を早める。
やがて彼はリーダー格のいる部屋を見つけ出し、闘争本能を爆発させて叫んだ。
「コソコソやるのもここまでだ! 一気に行くぜ!」
拳で鉄柵を突き破り、大の字になってリーダー格にのしかかる。
大きな熊のぬいぐるみの姿をしたリーダー格が、笑いながらアラシを投げ飛ばした。
「ヨウコソ! アハハハ!」
「キショい人形だな。殴らせろ!」
アラシは猛攻を仕掛けるが、謎のぬいぐるみは見た目からは想像もつかない機敏な動きでアラシの攻撃を捌く。
そしてアラシの剣を奪い取り、鋭い袈裟斬りを繰り出した。
「ボブ!」
ユキの叫びも虚しく、アラシは血を流して倒れる。
尚も闘志を漲らせながら、彼はユキに向かって叫んだ。
「降りて戦え! もう頼れるのはお前だけだ!」
アラシに促されても、ユキは動くことができない。
ユキはとうとう恐怖心に屈し、戦いから目を逸らして喚いた。
「……できないよ。僕には無理だよ!」
「お前それでも守護者か!!」
「なりたくてなったわけじゃない!!」
ユキは泣きそうな声で言い返す。
ぬいぐるみと戦い続けるアラシに、彼はずっと抱え込んできたドス黒いものをぶつけた。
「小さい時からずっと、寒い所に独りぼっちで……。お前なんかに、僕の気持ちが分かるもんか!」
「分かんねえよ! 口を開けてりゃ誰かが餌を運んでくれる鳥公の気持ちなんてなぁ!!」
アラシがぬいぐるみを投げ飛ばし、壁に勢いよく叩きつける。
彼はぬいぐるみを昏倒させると、その手から剣を取り戻して問いかけた。
「望もうが望むまいが、お前は守護者だ。お前はどんな国を作りたい? お前がなりたい守護者って何だ?」
アラシの質問に、ユキは思わず押し黙る。
ただ与えられた役割を果たせば、それでいいのではないのか。
戸惑うユキに、アラシは自らの答えをぶつけた。
「オレは最強の守護者になりてえ。カムイよりもディザスよりも強くなって、この手でみんなを守ってやる!」
「ボブ……」
それは単なる絵空事か、或いは現実を見据えた上での気高き理想か。
アラシの言葉を聞いている内に、恐怖はいつの間にかユキの中から消え去っていた。
「僕は……」
「アハハハ! オモシロイオモシロイ!」
ぬいぐるみが態勢を立て直し、無邪気にはしゃいで手を叩く。
両掌に紫の波動が集中するのを見て、アラシが叫んだ。
「大技が来るぞ! 逃げろ!」
ユキに退避を促しながら、アラシは剣を構えてぬいぐるみに突撃する。
ぬいぐるみが紫の波動を放つ刹那、ユキが動いた。
「うおおおおっ!!」
通気孔から飛び降り、ぬいぐるみの目掛けてダガーナイフを振り下ろす。
防御の遅れたぬいぐるみは呆気なく両腕を切り裂かれ、中の白い綿と共に蓄積されたエネルギーが霧散した。
「……ユキ」
「これで決めるぞ!」
「誰に指図してんだ!」
アラシとユキは走り出し、渾身の同時攻撃を繰り出す。
二人の刃を受けたぬいぐるみは狂った笑い声を上げながら踠き苦しみ、やがて紫の炎に包まれて消滅した。
「……終わったな」
奇妙な事件の終幕を悟り、アラシは博物館を去ろうとする。
彼は背中を向けたまま、ユキにもう一度尋ねた。
「答えは出たか?」
作りたい国、理想の守護者像。
考えた末、ユキは素直な言葉をぶつけた。
「……分からない。でも、もう少しだけ頑張ってみるよ」
「そうか。じゃあな」
「うん、ありがとう」
ユキに見送られつつ、アラシは博物館を後にする。
セイたちに合流すべく外に出ると、空はすっかり夜の青に染まっていた。
「遅いぞ、アラシ」
「悪い悪い……あっ」
二人の顔を見て、アラシはようやくユキに接触した本来の目的を思い出す。
アラシが慌てて博物館に戻ろうとすると、遙か上空からブリザードの羽撃きが聞こえてきた。
「やっちまったぁああ〜!!」
頭を抱えて崩れ落ちるアラシに、セイとミカは慌てて駆け寄る。
三人が賑やかに夜を過ごしていた頃、ソウルニエでは––。
「災獣の亡霊が生者の世界に這い出したか。やはり、こちらとあちらの境界線は日に日に曖昧になってきている……」
水晶玉で博物館の様子を監視しながら、ソウルニエ上層部の男は重々しく呟く。
彼は神経を集中させると、別室のシンにメッセージを送った。
「次の指令だ」
シンは無愛想な態度で神話の書を開き、上層部からの指令を確認する。
それは次なる大災獣の撃破と、宝玉の回収だった。
『時間がない。急げ』
「その前に質問だ。俺と歌姫ミカにはどんな関係がある? ……まさか、あいつは俺の」
「それについて教えるのは、宝玉を全て揃えてからだ」
「……チッ」
無理やり質問を遮られ、シンは顔を顰めながら支度を整える。
新しい包帯を巻いて、彼は生者の世界に繋がる扉を開いた。
「行ってくる」
誰もが寝静まった新月の夜を、シンは颯爽と駆け抜ける。
二体目の大災獣が、真紅の眼を静かに開いた。
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