第13章 深海の令嬢
元気娘と人魚姫
神秘の海底国家・ドトランティス。
その中央に聳え立つ宮殿に、守護者ハタハタは住んでいた。
真珠貝を模した寝具に横たわり、自室の天井をぼうっと眺める。
海月型の照明器具が、漫然と薄青く揺らめいた。
「はぁ……」
眠ろうとすればするほど首をもたげてくる心配事に、ハタハタは大きな溜め息を吐く。
無理やり目を瞑ったその時、部屋の扉が軽く叩かれた。
「失礼します」
初老の執事が扉を開けて、ハタハタの部屋に入ってくる。
彼は軽く頭を下げると、単刀直入に要件を伝えた。
「お客様がお見えです」
「お客様?」
「ええ。シイナ様と巨神、歌姫。それにボブという仮面の男です。ハタハタ様に、災獣討伐への協力を求めています」
「……災獣」
敵同士の筈の自分にまで頼るとは、それだけ切羽詰まっているのか。
シイナとは関わりたくないが、野放しにしてドトランティスが被害を受けても困る。
ハタハタは暫く考えた末、折衷案を提示した。
「クリオ。この件は貴方に一任しますわ」
「はっ。では、失礼します」
執事クリオは再び頭を下げて、ハタハタの部屋を後にする。
そして翌朝、彼はセイたち四人を宮殿の食堂に呼び出した。
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたかな?」
「ああ。あんなにいいベッドで寝たのは久しぶりだよ」
「それはよかったです」
セイの賞賛を、クリオは素直に受け止める。
彼は徐ろに立ち上がると、上品な所作で自己紹介をした。
「改めまして私、ハタハタ様の側近のクリオと申します。以後お見知り置きを」
「俺はセイ」
「私はミカ」
「あたしはシイナ!」
「アラ……ボブだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
五人が自己紹介を済ませると、メイドが人数分の朝食を運んでくる。
サンドイッチとコーヒーだけの、宮殿で食べるには少し質素な献立だ。
ロングスカートの裾から覗く脚を見て、ミカが言った。
「あの人、魚のヒレがついてる」
「人魚だな。ここじゃあ珍しくも何ともないよ」
ドトランティスの魚は高度な知能を持ち、人間のよき隣人として共に暮らしている。
クリオはホットコーヒーを一口啜ると、いきなり本題に入った。
「それでは早速、皆さんが交戦したという災獣についてお聞かせ願えますか?」
「おう。あいつはこれまでにない強敵だったが、最後はオレのパンチで粉々に」
「しゃしゃんなボブ! えっと、まず奴の能力は……」
セイは記憶を掘り返しながら、敵の能力や戦った状況を詳細に語り聞かせる。
殆ど全てをメモに記して、クリオが礼を言った。
「詳しいお話、どうもありがとうございます。これで対策を練ることができます」
「おう。ところでさ、何でハタハタは俺たちに顔を見せないんだ?」
災獣の出現は国家の一大事であり、その対策会議に守護者が顔を見せないというのは些か不自然である。
クリオがセイの疑問に答えた。
「ハタハタ様は、歌姫ミカ様の処遇でシイナ様と対立しておられます。そのため、皆様に顔を見せたくないのです」
「そんな……」
クリオの話を聞いて、シイナの目から明るさが消える。
勢いよく椅子から立ち上がった彼女を、クリオが呼び止めた。
「あたし、ハタハタ探してくる!」
「お待ち下さい! ……私自身、何度もハタハタ様を説得しました。しかしハタハタ様自身が考えを改めないことには、どうしようもありません」
ずっとハタハタに仕えてきた者の言葉には、シイナも反論できない。
彼女が席に戻ると、セイが両手を合わせて頼み込んだ。
「そこを何とか頼むよ。あの災獣を倒すためには、どうしてもハタハタの力が必要だ」
「私からもお願い」
セイとミカの真剣な態度に、クリオは大きな溜め息を吐く。
彼は懐から桃色の割引券を取り出すと、二人に一枚ずつ手渡した。
「ハタハタ様は甘い物がお好きです。少し先のスイーツショップに行けば、『偶然』ハタハタ様に出会えるかもしれませんよ」
「オッケー。『偶然』だな」
「ありがとう、執事さん」
「あたしも行く!」
「シイナ様はまだ駄目です。まずはハタハタ様の心を解きほぐさなくては」
「はーい……」
落胆するシイナの皿に、アラシが自分のサンドイッチを置く。
セイとミカは自分の朝食を平らげると、ハタハタのいる店に向かった。
クリオも通常業務に戻り、食堂にはアラシとシイナの二人だけが残される。
皿のサンドイッチに気づいたシイナが、瞳を輝かせて言った。
「……あっ、サンドイッチ! くれるの!?」
「おう」
「ありがとう!」
サンドイッチ一切れで元気を取り戻したシイナに呆れながら、アラシも朝食に手をつける。
すっかり冷めたコーヒーを飲み干して、アラシが口を開いた。
「お前、ファイオーシャンの守護者なんだよな」
「そうだよ!」
「……お前、守護者としてどんな国を作りたい? お前が思う力って何だ?」
シイナはまだ、ボブの正体がドローマの元守護者であることを知らない。
それでも彼女は自然体を崩さず、正直な答えを告げた。
「笑顔かな。みんなを笑顔にするために、まずは自分が笑顔になるの。そしたらみんなが集まって、大きな笑顔の輪ができる。それが、あたしの目指すファイオーシャン!」
シイナの言葉を、アラシは神妙な態度で心に刻む。
一見お気楽に見えるシイナにもしっかりと矜持があることを知り、彼は深く頭を下げた。
「……ありがとう。勉強になった」
「そう? ならよかった!」
立ち上がるシイナの後に続いて、アラシは食堂を後にする。
同じ頃、スイーツショップ近くの広場では。
「ついに買えましたわ! 期間限定メガ盛りトロピカルパフェ! ファイオーシャンの太陽を浴びて育った果実と一流シェフの腕前が出逢い
「よっ」
「ウギャアアアーッ!!?」
セイに背後から声をかけられ、高貴な装いの女性は気品もへったくれもない悲鳴を上げて椅子から転げ落ちる。
彼女の服に守護者を示すバッジがついているのを見つけて、ミカが言った。
「セイ、この人」
「ああ。あんたが守護者のハタハタだな」
セイはハタハタを助け起こして尋ねる。
ダンマリを決め込む彼女に、今度はミカが話しかけた。
「スイーツ、好きなんだね」
「だ、誰がそんな軟派な食べ物! ……ちなみに何処から聞いてましたの?」
「『ついに買えましたわ!』の辺りから」
「……大好きですわ」
もはや誤魔化せないと悟り、ハタハタはがっくりと肩を落とす。
彼女はぬるりと顔を上げると、眉を吊り上げて質問した。
「で、何の用ですの?」
「もうすぐこの国に災獣が来る。そいつを倒すために、あんたに協力してほしいんだ」
「その件はクリオに一任した筈ですわ」
「そのクリオが、こいつをくれたんだよ」
セイたちの割引券を見て、ハタハタは自分がクリオに図られたことを悟る。
彼女は特大の溜め息を吐くと、ミカを睨みつけながら言った。
「……そこのソウルニエ人を殺すと約束すれば、すぐにでも全面協力致しますわ」
「そんなにミカが憎いのかよ。こいつに何かされたわけでもないのに」
「個人の人間性など関係ありませんわ! ソウルニエ人は処刑、それがこの世界に千年続くルールですわ!」
ハタハタは厳格な審判者というより、頑固な子供のような態度で断言する。
彼女の牙城を切り崩すべく、セイは低い声で問いかけた。
「……ルールと国、どっちが大事だ」
ミカを殺して災獣の侵入を許すか、処刑を取り消して共闘するか。
悩むハタハタの脳裏に、シイナの言葉が過ぎった。
『迷ったら楽しい方! トロピカな方に行こうよ!』
「シイナっ!!」
ハタハタはテーブルを叩いて叫ぶが、そこにシイナはいない。
はっとしてセイたちを見ると、二人は驚愕に目を丸くしていた。
「ち、違いますわ! これはっ」
ハタハタは慌てて弁明しようとするが、もう遅い。
セイたちは誤解を抱いたまま、しみじみと頷いた。
「そうきたかぁ……」
「ハタハタは友達思いなんだね」
「シイナなんか友達でも何でもありませんわ! ただおバカで危なっかしいから側にいないと心配なだけで」
「やっぱり友達思いだ」
ミカは嬉しそうに笑う。
ハタハタは大きな溜め息を吐くと、最後の気力で姿勢を正した。
「……処刑はひとまず保留にしますわ。戦えないわたくしの分まで、どうかこの国を守って下さいまし」
「おう、任せろ」
ハタハタはゆっくりと立ち上がり、覚束ない足取りで宮殿へと帰っていく。
ミカが置き去りになったパフェを指差して言った。
「パフェはいいの?」
「差し上げますわ……」
ハタハタは振り向きもせず答え、やがて雑踏の中に消えていく。
街を歩いていたアラシとシイナが、彼女と入れ替わるように現れた。
「その様子だと、説得には失敗したみたいだな」
「でも収穫はあったぞ。彼女はまだ、シイナとの友情を捨てちゃいなかった」
セイの言葉に、ミカも頷く。
安堵するシイナを、セイは力強く励ました。
「クリオとも協力して、必ず話し合いの機会を作る。きっと仲直りできるさ」
「うん! 二人とも、本当にありがとう!」
「気にすんな。……絶対、あの災獣を倒そう」
ハタハタのために。みんなのために。
セイたちは互いの掌を重ね合い、改めて結束を確かめ合う。
そして四人はハタハタの残したパフェを分け合い、賑やかな午後を楽しむのだった。
—————
水底の乙女たち
「災獣が出たぞぉ!!」
ドトランティス全土に、危険度最大を示す警報が鳴り響く。
体力を回復した青龍が、ついに活動を再開したのだ。
国を包む防護結界を破壊せんと、青龍は強靭な尻尾を叩きつける。
迎撃に出た兵士たちの怒号を聞きながら、アラシとシイナは避難誘導を開始した。
「こっちだ!」
「早く逃げて!」
やがて避難は完了し、青龍討伐作戦は第二段階に移行する。
兵士たちが迎撃を止めて散開し、殿に控えていたセイに道を開けた。
「今です!」
「おう!」
セイは勾玉を構えて走り出し、全身に風雷の力を漲らせる。
光に包まれたセイの体が、防護結界を擦り抜けた。
「超動!!」
セイ––巨神カムイは濃紺の深海に飛び出し、青龍と真正面から激突する。
ハタハタは戦いの始まりを確認すると、ミカにハート型の装置を手渡した。
「ドトランティスに代々伝わる秘宝です。歌の力を高める効果がありますわ」
「ありがとう、ハタハタ」
ミカは装置を起動し、雷の歌を歌い始める。
セイたちの勝利を祈りながら、ハタハタは急いで部屋を出た。
自らも避難し、国民たちを鼓舞しなければならない。
しかし駆け出そうとした彼女は、思わぬ人物に遭遇して足を止めた。
「シイナ……!?」
「待って!」
逃げようとするハタハタの手首を、シイナが掴む。
真っ直ぐな瑠璃色の瞳が、振り向いたハタハタを射抜いた。
「ちゃんと話そう」
長い渡り廊下の中心で、二人の守護者が相対する。
ハタハタは静かに息をして、変わらぬ主張をぶつけた。
「……わたくしは守護者として、ソウルニエ人ミカを処刑しますわ。この世界を守るために」
「でもあの子は何もしてないよ! むしろ歌姫として、必死に災獣と戦ってる! ハタハタだって分かってるでしょ!?」
「……っ」
根拠のないしきたりを理由に人を殺す行為がどれだけ愚かしいか、それに気づかないほどハタハタは愚かではない。
だが未知への恐怖が、彼女を排除論に縛りつけていた。
「……関係ありませんわ。わたくしの行動には、一点の曇りも」
「だったら何で、そんな辛そうな顔してるの?」
はっとしたハタハタの姿が、壁掛けの鏡に映る。
やつれ青褪めた顔の彼女に、シイナは穏やかに語りかけた。
「あたし、ハタハタにも笑顔でいてほしいよ」
「……笑顔なんて」
「例えあの子が本当に脅威だったとしてもさ、その時はみんなで立ち向かえばいいじゃん。だから今は、信じてみない?」
血を吐く思いで作り上げた拒絶の壁が、少しずつ崩れ去っていく。
シイナはそっと手を伸ばし、震えるハタハタの掌を包んだ。
「あたしたちが初めて会った、あの日みたいに」
シイナの言葉をきっかけに、二人は初めて出会った日のことを思い出す。
それはまだ二人が幼い少女だった頃の、ある暑い日のことだった。
「よーし! 今日こそあっちの島まで泳ぐぞーっ!」
数十メートル先の浮島を指差して、シイナは力強く宣言する。
準備運動を済ませた彼女が助走をつけて飛び込もうとしたその時、海面から少女が浮かんできた。
「ぅわーっ!?」
慌てて急ブレーキをかけたシイナの体がビーチに倒れ、砂埃を巻き上げる。
浮上してきたその少女は、シイナの顔を覗き込んで言った。
「だ、大丈夫?」
「うん、全然平気……ってその足! あなたもしかして人魚!?」
シイナの言葉に驚いて、ハタハタは足元に目を落とす。
まだ子供である自分は、人間への変化に失敗したらしい。
子供の人魚が一人で地上に行くと、地上の人間に食べられてしまうというクリオの話が、不意に脳裏を過ぎる。
涙ぐむハタハタに、シイナは猛烈な質問責めを開始した。
「あたしシイナ! あなたのお名前は!? どこから来たの!? ねえねえ教えて教えて!!」
「わ、わたくしはハタハタ。ドトランティスから来たのだわよ……あ、いやっ、ですわ」
ハタハタは不慣れな敬語で答えながら、海に逃げようと後退りをする。
そんな彼女の手を掴んで、シイナは瞳を輝かせた。
「ハタハタちゃん、一緒に遊ぼ!」
「でも、人間は人魚を食べるってクリオが」
「そんなことしないよ! だってあたし、ハタハタちゃんとお友達になりたいもん!」
シイナは純粋無垢な言葉をぶつける。
尚も躊躇うハタハタに、彼女は太陽よりも眩しい笑顔で言った。
「あたしを信じて!」
その瞬間、ハタハタの心から恐怖が消えた。
この子と仲良くなりたい。一緒に遊びたい。
堰き止められていた本音が溢れ出し、ハタハタは大きく頷く。
そして彼女はシイナに手を引かれ、ファイオーシャンの大地に足を踏み入れた。
二人の時間は瞬く間に過ぎ去り、やがて別れの時が訪れる。
ハタハタはシイナとまた遊ぶことを約束して、沈む太陽と共に水平線の向こうへと消えていったのだった。
「あの時ハタハタが信じてくれたから、あたしたちは友達になれた。だから今度も大丈夫だよ、絶対!」
「なんて無根拠な。……でも、そうかもしれませんわね」
ハタハタの心から刺々しいものが消え、胸につかえていた膿が涙となって溢れ出す。
シイナは何も言わず、ただ彼女の言葉に耳を傾けた。
「わたくし、信じますわ。あなたを……あなたが信じるミカを。だってわたくしは、あなたの」
ハタハタは涙を拭うことさえ忘れ、両腕いっぱいにシイナを抱きしめる。
抱き返してくるシイナの温もりを感じながら、彼女は心からの言葉を告げた。
「お友達だから……!!」
その瞬間、シイナたちのバッジが輝き始める。
二人は互いに頷き合うと、ミカの部屋に駆け込んだ。
「シイナ、ハタハタ……うっ」
ハタハタは倒れ込むミカを抱き止め、部屋のベッドに座らせる。
咳き込むミカの背を摩りながら、シイナが心配そうに言った。
「ミカちゃん、大丈夫!?」
「平気。でも、それよりセイが」
カムイが追い込まれていることを、ミカは歌姫としての能力で感知している。
彼女は毅然と立ち上がると、再び歌い始めた。
しかし掠れた声では歌の力を引き出せず、悪戯に喉を傷つけるばかりである。
苦しむミカの肩に手を添えて、シイナが親指を立ててみせた。
「あたしたちも手伝うよ!」
「三人の声を合わせれば、より強い力になる筈ですわ!」
「……ありがとう」
三人は深く息をして、増幅装置に手を添える。
そしてカムイを救うべく、清らかな歌声を響かせた。
か細いミカの声を追いかけるようにシイナとハタハタが歌い出し、ミカを追い越して主旋律となる。
活発さと気品の調和したメロディが、カムイに再び活力をもたらした。
「これは……!」
風雷双刃刀が蒼く輝き、荒波のようなオーラを纏う。
双刃刀を構えるカムイに、青龍が咆哮を轟かせた。
「これでも喰らえ!!」
カムイは双刃刀から超巨大ココナッツを放ち、青龍の大口に噛ませてブレスを封じる。
青龍との激戦に終止符を打つべく、カムイは必殺技を発動した。
「神威一刀・常夏深海斬り!!」
怒涛の連続斬撃を受け、青龍の体は海底の藻屑となって沈んでいく。
そしてカムイ––セイは光の粒子となり、ドトランティスに帰還した。
「やったな、セイ!」
待っていたアラシとグータッチを交わし、ミカたちの待つ宮殿に戻る。
満身創痍の三人に、セイは真っ直ぐな感謝を告げた。
「ありがとう。みんなの声、ちゃんと届いた」
ミカはゆっくりと頷く。
ハタハタはセイたちの方を向くと、彼らに頭を下げて謝罪した。
「巨神カムイ、そして歌姫ミカに対するこれまでの非礼、深くお詫び申し上げます。今後は守護者として、国を挙げてお二人を支援致しますわ」
「おう、よろしく!」
セイはハタハタを笑って許し、彼女と固い握手を交わす。
二人を見守るシイナの目を見て、アラシがニヤリとして言った。
「その様子だと、仲直りもできたみたいだな」
「うん! ハタハタ大好き!」
「わたくしも大好きですわ、シイナ」
「……ごゆっくり〜」
二人だけの世界で戯れるシイナたちに苦笑しながら、セイたち一行は客室に戻る。
セイが荷物を纏めていると、アラシが話しかけてきた。
「あの災獣、宝玉持ってたか?」
「いや、持ってたっちゃ持ってたんだけど」
そう言ってセイが取り出した宝玉は青色で、アラシの探している赤い宝玉とは似ても似つかない。
鞄の中に仕舞おうとしたその時、二人の間を黒い影が擦り抜けた。
「こいつは頂いていくぞ」
黒い影はマントを脱ぎ去り、正体である青年の姿を現す。
右腕に巻いた包帯を見て、セイは彼の名に思い至った。
「シン!」
セイとアラシはシンを追い、渡り廊下で乱闘を繰り広げる。
彼らの喧騒を聞きつけて、ミカが部屋から飛び出してきた。
「……あなたは」
「そいつを捕まえろ! 宝玉を奪い返せ!」
シンは突進するミカに足払いをかけ、彼女を容易く転ばせる。
果敢に挑みかかる三人を捌きながら、シンは彼らに問いかけた。
「お前たち、そもそもこれが何か知っているのか?」
「そんなこと俺が知るか!」
「……だろうな。これは『大災獣』の心臓だ」
「大災獣?」
聞き慣れない単語に、セイたちの動きが止まる。
宝玉を掌で弾ませながら、シンは大災獣について語り始めた。
「災獣を超えた災獣だ。そして大災獣は、まだ三体いる」
「あんなのが三体も!?」
青龍との死闘を思い出し、セイは驚愕の声を上げる。
シンを鋭く睨みつけて、ミカが低い声で問いただした。
「大災獣の心臓を集めて、どうするつもりなの」
「お前には関係ないことだ」
「関係なくない。もしあなたがその力で誰かを傷つけるなら、私は戦う。歌姫として……世界を守る!」
ミカの叫びで、再び廊下は戦場に変わる。
激しい争いの中、シンとミカの指が同時に宝玉を触った。
「っ!?」
電流が迸り、二人の体が吹き飛ばされる。
背中から床に叩きつけられたシンの足元に、宝玉が転がった。
「大丈夫かい、ミカちゃん」
セイに抱き止められたミカは返事もせず、虚ろな表情でシンに歩み寄る。
彼女は宝玉にすら目もくれず、動けないシンに覆い被さった。
「思い出した」
目を見開いたシンの頬に、生暖かい液体が溢れる。
混ぜすぎた絵の具のような声で、ミカはシンをこう呼んだ。
「やっと会えたね、『お兄ちゃん』」
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