第12章 青き龍

極寒の南国



 アラシの消えたドローマでは、ディザスとの戦いで破壊された街の復興作業が進められていた。

 クーロン城も例外ではなく、多くの職人が忙しなく出入りしている。

 買い物帰りのシナトは、ふと城に向かう職人たちの噂話を聞いた。


「アラシ様、今も行方が分からないんだってな。もしかして死んだんじゃ……」


「バカ言うな! あのアラシ様が、俺たちを置いて死ぬわけないだろ!」


 彼らの言葉に、シナトの胸は締め付けられる。

 今すぐにでもアラシの行方を明かし、国民を安心させてやりたい。

 だが、それは当のアラシによって固く禁じられている。

 『すまない』と心の中で謝りながら、シナトは壊れたクーロン城に目を向けた。

 全ての始まりは、ディザス戦当日に遡る。


「アラシ、しっかりしろ! もうすぐ病院に着くからな!」


 重傷を負ったアラシを背負いながら、シナトは力を振り絞って歩いていた。

 この森を抜けた先の病院ならば、きっとアラシを治してくれる。

 一縷の望みに賭けて進むシナトの背で、アラシがゆっくりと瞼を開けた。


「シナト……」


「アラシ! よかった。今病院に」


「下ろしてくれ」


 アラシは目覚めたばかりとは思えない程にはっきりと言う。

 シナトは考えるよりも先に、彼を背中から下ろしていた。


「なあシナト。お前、なんでオレたちがクーロン城を戦士に改造できたか分かるか?」


「今そんなこと話してる場合か。歩けるならさっさと歩いて」


「質問に答えろよ」


 アラシの鋭い眼力に、シナトは思わず気圧される。

 答えない限り動かないと察して、彼は正解を告げた。


「……紅い宝玉」


「そうだ。オレがドローマの守護者になった時に拾った紅い宝玉。クーロン城を超動勇士クーロンにできたのも、その力のお陰だだが、その紅い宝玉が消えた」


 それはつまり、軍事力の中核が失われたということだ。

 愕然とするシナトに、アラシは続ける。


「意識を失う直前、オレは紅い宝玉が空の向こうに吹っ飛んでくのを見た。幸い方角は覚えてる。だから」


「探しに行くっていうのか!? そんな体じゃ無理だ!」


「無理でもやるんだよ! ドローマの弱体化を知られたら、それこそ終わりだ!」


 武器を失くした武装国家など、餌食以外の何者でもない。

 アラシの焦りを理解しつつも、シナトは彼を制止した。


「お前は守護者だろう。この一大事にお前がいなくてどうす……」


 説得するシナトの眼前に、アラシがあるものを突きつける。

 それはドローマ国の守護者であることを示す、国章が刻まれたバッジだった。


「シナト、守護者にはお前がなれ」


「……アラシお前」


「オレには腕っ節しかねえ。でもシナトには知恵がある。だから、頼む」


 シナトを見据えるアラシの目が、大粒の涙で滲む。

 長い葛藤の末、シナトは彼の頼みを引き受けた。


「……必ず帰ってこい」


「……おう!」


 突き合わせた拳をそっと離し、アラシはシナトに背を向ける。

 主君の旅立ちをしかと見届けて、シナトは街に戻っていった。

 現在はアラシの帰還を待ちながら、新守護者としての仕事に明け暮れている。

 仮宿に戻って書類の山と格闘するシナトを、白い太陽が見守っていた。

 同じ頃、ファイオーシャンの港では。


「着いたーっ!!」


 セイたちの船が汽笛を鳴らして、大きな船着場に停泊する。

 船を降りた彼らはひとまず街に向かおうと、椰子の木が林立する道を歩き始めた。


「街に着いたら、早速この国の守護者に会いに行くぞ」


「シイナか。あいつが味方につけば心強いな」


「ねえアラシ、シイナってどんな人なの?」


 ミカが尋ねる。

 腕を組んで考え込むアラシの耳に、少女の元気な叫び声が響いた。


「うおおーっ!!」


 彼女は椰子の木を駆け上がり、野猿の如き身のこなしで木から木へと飛び移っていく。

 そして空中で見事な三回転を決めると、綺麗な縦一文字のポーズで着地した。


「……こういう奴だ」


 南国らしい薄着から小麦色の肌を惜しげもなく晒した、超健康優良児。

 短い茶髪をハイビスカスの花飾りで彩ったその少女は、勢いのままセイに抱きついた。


「カローハ!!」


「おう、カローハ!」


 情熱的なハグを交わす二人を見て、ミカは瞬く間に赤面にする。

 少女はセイから体を離すと、今度はミカに抱きついた。


「カローハ!!」


「あっえっええっ!?」


 ミカは羞恥と混乱に飲み込まれてジタバタするが、少女を振り解くことができない。

 見かねたセイが少女に言った。


「その子はファイオーシャン初めてなんだ。優しくしてやってくれ」


「そうだったの!? ごめん!」


 少女は慌てて体を離し、掌を合わせてミカに謝る。

 そして彼女は顔を上げ、改めて自己紹介をした。


「あたしはシイナ! ファイオーシャンの守護者やってるんだ! あなたたち、巨神と歌姫だよね!?」


 リョウマに聞いた情報から、シイナはセイとミカの素性を言い当てる。

 二人が頷くと、彼女はアラシの方を見て言った。


「そっちの仮面の人は?」


「オレか? オレはスーパーファイバーファイアーサンダーブルーアイズホワイト」


「ボブだ!」


「おい!!」


 渾身の偽名を中断させられたアラシがセイに突っかかり、二人は小競り合いを始める。

 シイナはボブがアラシだとは少しも気づいていない様子で質問した。


「長いからボブでいいよね? ねえ、ボブさんはこの国初めて?」


「イ、イエス! ボブハジメテ!」


「そっか! とにかく三人とも、ファイオーシャンへようこそ!!」


 太陽と見紛うばかりの明るい笑顔で、シイナはセイたちを歓迎する。

 三人は彼女に連れられるまま、大都市へと足を踏み入れた。

 絶え間なく笑い声が飛び交う街並みには多くの店が軒を連ね、人々の熱が街中を埋め尽くしている。

 ドローマの中心で暮らしていたアラシでさえ、その活気には面食らった。


「凄ぇな……」


「でしょ!? あっそうだ、この近くにできたケーキ屋さんがね……」


 語りながらセイたちを案内しようとしたその時、シイナの額に何か冷たいものが触れた。

 街の人々も違和感を覚え、皆一様に空を見上げる。

 つい先程まで晴れ渡っていた空は、いつの間にか灰色の雲に覆われていた。

 灰色の雲から、白く冷たい粒が降り注ぐ。

 故郷で嫌というほど見たその名を、セイは小さく呟いた。


「雪だ」


 降るはずのない雪にファイオーシャン国民は大いに驚くが、特に危機感を抱くこともなく珍しい一日を楽しもうとする。

 しかし雪は猛吹雪に変わり、露天の屋根ごと彼らの気楽さを吹き飛ばした。


「ぎゃあぁあああっ!!」


 近くのビーチで泳いでいた人々が悲鳴を上げて、街の建物に逃げ込む。

 海水浴客の一人を呼び止めて、シイナが尋ねた。


「どうしたの!?」


「海に災獣が現れて暴れ出したの!」


「ありがとう、後は任せて!」


 シイナは海水浴客を逃すと、真面目な顔でセイたちに向き直る。

 彼らは互いに頷き合うと、災獣が出たというビーチに急いだ。


「いたぞ!」


 災獣の姿を視認した途端、周囲の温度が一気に冷え込む。

 どうやら青龍の姿をしたこの災獣こそが、ファイオーシャンに冬をもたらした張本人らしい。

 砂を孕んだ突風が、ビーチパラソルを薙ぎ倒してセイたちに襲いかかった。


「あのパワー……間違いねえ。あいつが宝玉の持ち主だ!」


「だといいな。待ってろ、すぐに終わらせてやる」


 ミカ、アラシ、シイナを岩陰に隠して、セイが青龍と対峙する。

 勾玉を握るセイの腕が、本能的な恐怖に震えた。


「この感じ、ディザスの時と同じだ……!」


 気を抜けば喰われてしまうような、凶悪なまでの威圧感。

 セイは恐怖を振り払い、勾玉を掲げて叫んだ。


「超動!!」


 吹雪を吹き飛ばす嵐に包まれて、セイは巨神カムイに変身する。

 極寒の島国を舞台に、カムイと青龍の戦いが幕を開けた。

—————

龍を追え



 カムイが雷の大太刀を構え、青龍目掛けて振り下ろす。

 青龍は硬質化した尾で斬撃を受け止めると、数十メートルの巨体を鞭のようにしならせてカムイを締め上げた。

 至近距離で絶対零度のブレスを吐きつけ、動きを鈍らせる。

 劣勢に陥るカムイに、アラシが叫んだ。


「長引けば長引くほど不利だ! 一気に決めろ!」


「分かってる!」


 カムイは風雷双刃刀を召喚し、雷撃で青龍を怯ませる。

 そして双刃刀に雷を宿し、渾身の力で振り下ろした。


「クァムァァァイ!!」


 雷の刃と青龍の吹雪がぶつかり合い、凄まじい爆発がビーチを揺るがす。

 後退したカムイの左脚が、冷たい海水に浸かった。


「これで少しはダメージが……」


 カムイは青龍の様子を観察しながら、次の攻め手を考える。

 しかし降り注ぐ雪が青龍の体に触れた瞬間、青龍についた傷はいとも簡単に塞がってしまった。


「そんな! こんなことされたら、幾らカムイでも」


「大丈夫」


 弱気になりかけるシイナに、ミカは毅然とした態度で告げる。

 彼女はカムイの勝利を疑わず、ただ真っ直ぐに彼を見つめていた。


「セイを信じて」


 そんなミカの気迫に押され、アラシとシイナも何も言わずカムイを見守る。

 三人の期待を一身に受けながら、カムイは反撃の糸口を探していた。


「トルネード光輪!!」


 青龍のブレスに合わせて小竜巻を放ち、綿飴の容量で敵の攻撃を巻き上げる。

 氷の刃を孕んだ竜巻を、青龍は飛翔して回避した。

 突進してくる青龍を躱しつつ、双刃刀で少しずつダメージを与えていく。

 その都度雪で回復する青龍に、カムイは小さく毒吐いた。


「ったく、インチキはやめろよな」


 尚もカムイは双刃刀を振るい、青龍との小競り合いを続ける。

 青龍の尾を紙一重で避けながら、彼は一つの仮説に辿り着いた。

 『青龍は自分の攻撃では回復できない』という仮説に。

 その証拠に、青龍は自分のブレスを巻き込んだ竜巻を回避していた。

 後は敵の攻撃を跳ね返し、それを雪の当たらない場所に命中させるだけだ。


「危険な賭けだが……やるしかないか!」


 頃合いを見計らって、カムイがとうとう勝負に出る。

 一直線に突進してくるカムイを氷漬けにせんと、青龍がブレスの体勢に入った。


「3、2、1……」


 カムイは足を止めることなく、青龍との距離を詰めていく。

 青龍がブレスを発射する刹那、カムイは渾身の掌底を突き出した。


「0!!」


 白い爆発が巻き起こり、ミカたちの視界を覆い尽くす。

 数秒ほどの静寂の後、巨大な何かが倒れる音がした。

 その風圧が煙を吹き飛ばし、戦いの決着が明らかになる。

 極寒の砂浜に最後まで立っていたのは、カムイだった。


「やった……カムイが勝った!」


 シイナが喜びの声を上げる。

 次の瞬間、カムイも光の粒子となって消えた。

 変身を解除したカムイ––セイが、覚束ない足取りで仲間の元に戻ってくる。

 ミカは急いで駆け寄ると、彼を近くの岩に座らせた。


「よかった、セイが無事で」


「ありがとう! あなたはファイオーシャンの恩人だよ!」


「いやぁそれほどでも……あるかな! あっはっはっは!」


 二人の賞賛を受け止めながら、セイは合格な笑い声を上げる。

 調子に乗る彼の腕に、アラシが乱暴に湿布を貼った。


「痛ってえ!?」


「聞かせろ。お前、どうやってあの災獣を倒した」


「ああ、そのことか」


 アラシの手当てを受けながら、セイは青龍を撃破した作戦について語り始める。

 それは何とも合理的かつ危険なものだった。


「奴は冷気で回復できるけど、自分の攻撃では回復できない。俺は風の御鏡を使って、その弱点を突いたんだ」


 風の御鏡を青龍の口の中に突っ込み、零距離でブレスを反射する。

 そして体内で破壊力を炸裂させたことで、セイは青龍を倒したのだった。


「ギリギリだったけど、上手くいってよかったよ。これであのインチキドラゴンもくたばって……」


 得意になるセイの背後で、何かが蠢く。

 気配を感じて振り向くと、そこには倒した筈の青龍がいた。


「ない!?」


 勝利の余韻は完全に粉砕され、驚愕と混乱がセイたちを襲う。

 セイは再び変身しようとするが、消耗した体では幾ら念じても勾玉は光らない。

 万事休すかと思われたその時、青龍はそっと彼らに背を向けた。


「えっ?」


 龍は海中深くに姿を消し、後には荒れ果てたビーチだけが残される。

 寒さが幾分か和らいだのを感じながら、ミカが呆然と呟いた。


「逃げた……?」


「多分、ゆっくり傷を癒すつもりだ。俺たちの手が届かない深海でな」


 セイの言葉に、シイナの表情が暗くなる。

 次の標的を予測して、彼女は思わず呟いた。


「ハタハタが危ない……!」


 弾かれたように走り出すシイナを、セイたちは急いで追いかける。

 戦いの舞台は、遥か海底のドトランティスに移ろうとしていた。

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