四大災獣編
第11章 謎のアラシ仮面
波乱の船旅
穏やかな海を進む帆船の甲板で、セイとミカはある男と対峙していた。
趣味の悪い仮面を被ったその男は2人に詰め寄り、不気味な笑い声を発しながら問いかける。
「お前たち、オレの名を知りたいか」
「もう知ってるよ。不審者だろ」
セイは冷たくあしらい、ミカを連れてその場を離れようとする。
仮面の男は慌ててセイたちを呼び止めると、聞き慣れた声で名乗った。
「オレは! 謎のアラシ仮面だ!!」
何故、謎のアラシ仮面はセイたちに話しかけてきたのか。
そして何故彼らは船に乗っているのか。
全ては数時間前に遡る。
「ディザスも倒したし、これでようやくファイオーシャンに行けるな」
セイが大きく伸びをして言う。
セイとミカが並んでいる列の先には、大きな白い帆船が停泊していた。
係員の指示に従って、人々が船に乗り込んでいく。
期待を膨らませながら、ミカが無邪気に言った。
「私、船って初めて」
「じゃあ、念のためこれを飲んでおかないとな」
セイはリュックから酔い止め薬の入った小瓶を取り出し、ミカに一粒手渡す。
彼女が錠剤を飲み下すと、係員が入り口を開けた。
「5列目までのお客様、どうぞー!」
人の流れに押されて、セイたちは船の中に入る。
やがて全ての客が乗船し、出航の汽笛が鳴り響いた。
「甲板に出ようぜ!」
「うん!」
海の眺めを堪能せんと、セイたちは階段を登って甲板に出る。
そして彼らが景色を見ていた所に現れたのが、謎のアラシ仮面なのだった。
「謎のアラシ仮面……なんてミステリアスなの!? 正体がまるで分からない!」
「アラシだよ! ドローマの!」
狼狽えるミカに鋭いツッコミを入れて、セイは謎のアラシ仮面の方を見る。
彼はたっぷり10秒溜めた後、やたらハイテンションな声で答えた。
「……よくぞ見破ったァ!!」
興奮冷めやらぬまま、謎のアラシ仮面は景品のタワシを贈呈する。
頭に浮かび上がる疑問を整理しながら、セイがタワシを投げ返した。
「何でこんな所にいるんだ。ディザスにやられた筈じゃなかったの……かっ!」
「だから逃げてきたんだよっ!」
アラシは外した仮面でタワシを打ち返す。
セイも紙芝居の板で応戦し、白熱のタワシテニスが開幕した。
鬼気迫るラリーを繰り広げながら、セイが疑問をぶつける。
「どうして俺たちに接触してきた? 目的は何だ!」
「お前らの仲間になりたいんだ!」
「こっちに得がねえ! それより……」
高く打ち上がったタワシを睨みつけて、セイは大きく跳び上がる。
そして板を振りかぶり、宙を舞うタワシに叩きつけた。
「先に言うことあんだろぉーッ!!」
弾丸のようなタワシがアラシの頬を掠め、深い海に落ちる。
硬直するアラシに、セイが眉を吊り上げて詰め寄った。
「ごめんなさいだ! 俺たちの命を狙ったこと、謝れ!」
「ふざけんな! 誰が謝るか!」
「ガキみたいな拗ね方してんじゃねえよ!」
「オレはガキじゃねえ!」
「だったらクソガキだ! ク・ソ・ガ・キ!!」
幼稚な言い争いを始める2人を、ミカは冷めた目で見つめる。
流石に仲裁しようとした瞬間、船の背後で水柱が噴き上がった。
「ッ!」
セイとアラシは喧嘩を止めて、海面に注意を向ける。
水幕を剥いで浮上した巨大な蛸が、吸盤のついた触手を振るった。
「危ないっ!」
咄嗟にミカを庇ったセイの頭上を、大蛸災獣オクダゴンの触手が掠める。
災獣の予期せぬ出現に、船は一瞬で大混乱に陥った。
「慌てないで下さい! 落ち着いて!」
「ボートの用意をしています! 救命胴衣を身につけてお待ち下さい!」
慌てる乗客たちを救わんと、係員が懸命に呼びかける。
殆どの乗船が救命ボートに乗り込んだのを確認して、セイが勾玉を構えた。
しかしオクダゴンの攻撃は止まらず、船体が激しく揺れる。
体勢を崩したミカの耳に、赤子の鳴き声が飛び込んだ。
「……下にまだ人がいる!」
「オレが行く!」
逃げ遅れた乗客を救わんと、アラシは階段を駆け降りる。
泣き喚く赤子を抱きしめながら、母親が部屋の隅で震えていた。
「ここは危ねえぞ、早く逃げろ!」
「……私はもう駄目です。この子を頼みます」
「この子にはアンタが必要なんだ。アンタも生きろ!」
アラシは母親の言葉を一蹴し、母子を背負って救命ボートまで連れていく。
満員となったボートが動き出すのを見届けると、彼は甲板に戻って叫んだ。
「避難終わったぞ!」
「ありがとう! これで心置きなく戦えるぜ!」
これまでの敵対関係が嘘のように、セイは素直な感謝を告げる。
そしてセイは翡翠の勾玉を掲げ、巨神カムイへと変身した。
「超動!!」
巨神カムイが飛沫を上げて着水し、オクダゴンの触手を掴んで振り回す。
ジャイアントスイングの要領でオクダゴンを投げ飛ばし、戦場を船から遠ざけた。
「ねえ」
ミカが徐ろに話しかけてくる。
「アラシって不思議だね。いい人なのか悪い人なのか、全然分からない」
「オレはオレだ。そんだけだ」
「じゃあアラシについて教えて。私、あなたのことを知りたい」
言葉に込められたミカの意思は硬い。
アラシは大きな溜め息を吐くと、これまでの人生について語り始めた。
「10年前、オレたちはドン底だった」
—————
嵐を呼ぶ晴天
10年前、ドローマは地獄だった。
先代守護者の死と相次ぐ自然災害によって政治体制は崩壊し、多くの人々が野山での暮らしを余儀なくされた。
危険な野生動物から逃げ回り、時には人間同士で殺し合う程にまで荒廃した世界。
アラシもまた、そんな世界に生きる人間の一人だった。
「しっかしデカいな。一人で食うには多すぎるくらいだ」
罠にかかった猪を眺めながら、アラシが呆れたように呟く。
ひとまず締めようとナイフを取り出そうとした時、彼は人間の殺気を感じて振り返った。
「金と食糧を置いていけ」
左右に取り巻きを従えた男が、ドスの効いた低い声で言う。
アラシは彼の全身をじっくりと観察すると、余裕たっぷりに話しかけた。
「お前、熊に襲われたことがあるな。賊とやり合った跡もある。なのに仲間を引き連れるだけの器量があるとは、大したもんだ」
困惑する男たちをよそに、アラシは満足げに頷く。
そして彼は男たちに向き直ると、額に人差し指を突きつけて言った。
「お前ら、オレの仲間になれ!」
唐突すぎる提案に、取り巻きたちは呆気に取られる。
唯一アラシのペースに乗せられなかったリーダー格の男が、冷徹に現実を突きつけた。
「ふざけんな。自分以外は全て敵だ」
「確かにな。だがオレは、今にそうじゃない時代を創る」
「……どういうことだ」
「オレが、ドローマの新しい守護者になるってことだ」
あまりにも大それた理想を、アラシは呆れるほど真っ直ぐに語る。
子供の夢物語のような口調でありながら、そこには実現への強い意志が込められていた。
「まずは中心部に行って悪徳商人どもを倒し、奴らが独占している物資を人々に分け与える。そこから徐々に街を復興させていけば……」
「ふざけるな!!」
男は激昂して、アラシの言葉を遮る。
彼はアラシの襟首を掴むと、怒りを爆発させて捲し立てた。
「戯れ事を垂れ流すのも大概にしろ! 今更希望なんか持たせるな! 飯も金も知恵もない俺たちが、今更何かを変えられるわけがない! クソみたいな地獄の中で、奪い奪われ死んでいく……それが俺たちの運命なんだよ!!」
「お前……」
「俺たちはもう終わってんだよ!!」
「だったらまた始めりゃいい!!」
アラシと男の拳が交差して、互いの頬を打ち据える。
爆発のような音に次いで訪れる鈍い痛みを感じながら、アラシは思わず笑みを溢した。
「何が可笑しい」
「……いや。オレたち生きてるなって、思ってさ」
拳に滲む赤い血も、全ては生きていればこそ。
無邪気に笑うアラシを眺めながら、男はようやく当たり前の事実を思い出した。
「お前、名前は?」
「アラシだ!」
「そうか。俺はシナト。……よろしくな」
「おうっ!」
握り拳を解いて、アラシとシナトは握手を交わす。
それから数年後、アラシは仲間と共にドローマの再建を成し遂げたのだった。
そして現在、アラシはミカと共に船上でカムイと大蛸災獣オクダゴンの戦いを見守っている。
木製の手すりを握り締めながら、彼は獰猛に呟いた。
「だからオレは、誰にも下に見られるわけにはいかねえ。オレを信じてついてきてくれた、あいつらのために……!」
強烈なリーダーシップと、それ故に抱えた孤独。
ミカはゆっくり頷くと、アラシに一歩近づいて言った。
「それがアラシの強さなんだね。なんだか、セイにそっくり」
「そっくり? オレがあいつと?」
「うん。セイはいつも私の手を引いてくれる。力も心も、いつでも少し先にいるの」
だけどね、とミカは続ける。
「私は、アラシならセイの隣に立てると思う。力を合わせてみんなを守れるって信じてる」
「お前……」
「お願い。私たちに力を貸して」
水晶のようなミカの目が、アラシを真っ直ぐに見据える。
アラシは大きな溜め息を吐くと、吹っ切れた表情で告げた。
「しょうがねえ……やってやるよ!」
「ありがとう、アラシ!」
二人は掌を重ね合い、高めた力をカムイに送る。
カムイは風雷双刃刀で力を受け止めると、その刀身に小さな竜巻を纏わせた。
「サンキュー二人とも! さあ、ここからが本番だ!」
カムイは目にも留まらぬ速さで双刃刀を振るい、オクダゴンの八つ脚を一瞬にして切り裂く。
続けて虚空をひと薙ぎすると、巨大な竜巻がオクダゴンの体を空に吹き飛ばした。
無防備なオクダゴンに狙いを定め、カムイが飛沫を上げて跳躍する。
そして風雷双刃刀の一撃が、すれ違い様にオクダゴンを両断した。
「神威一刀・疾風迅雷斬り!!」
真っ二つになったオクダゴンの体が海に墜落し、派手な水柱を噴き上げる。
水飛沫が太陽の光を反射して、空に七色の虹が輝いた。
「おーい!」
虹を眺めるミカたちの元に、戦いを終えたカムイ––セイが駆け寄る。
喧嘩中であることを思い出したセイに、アラシが乱暴な口調で声をかけた。
「おい」
「なんだよ」
「……今まで悪かった」
不器用だが誠意の籠った謝罪を、セイは神妙な面持ちで受け止める。
長い沈黙の末、彼はアラシに顔を上げるよう促した。
「もういいよ。これからよろしくな、アラシ」
「ほ、本当に許してくれんのか!?」
「ああ。旅は大勢の方が楽しいって、お師匠も言ってたしな」
「セイ……お前って奴はーっ!!」
感涙して飛び込んでくるアラシを、セイはひらりと躱す。
顔から床に激突したアラシが、額に瘤を作って喚いた。
「避けるこたねぇだろ!」
「うるせえ、距離感弁えろ」
「寂しいこと言うなよマイフレンド! 待てー! マイスーパーフレンドー!!」
「うわぁ追いかけてくるな! そしてしれっとランクアップさせるなー!!」
やかましく追いかけっこを繰り広げる二人を、ミカは微笑みながら見つめる。
やがて乗客やスタッフたちも戻り、船は予定より数十分遅れで運航を再開した。
「それにしても、どうして災獣が出たんだ? この辺りは穏やかな海域だし、そもそもオクダゴンはもっと暑い場所を好む筈なのに……」
「おい、さっきから何ブツブツ言ってんだ?」
海を見ながら考え込むセイの頬を、アラシが指でぐりぐりと押す。
セイはアラシの指を軽くはたくと、もう一つの疑問をぶつけた。
「別に。ところでお前、何で俺たちの仲間になろうとしたんだ?」
ドローマの守護者という責任ある立場であり国自体にも深い愛着を持つアラシが、理由もなく国を出るとは思えない。
アラシは少し考えた末、セイたちに事情を明かすと決めた。
「……ああ、実は」
残り少ない船旅の中、セイたちはアラシの話に耳を傾ける。
青空よりも尚蒼い光がファイオーシャンへと伸びていることに、彼らはまだ気がついていなかった。
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