第10章 風雷の双刃

心を繋げて



 ディザスの突進を躱しながら、カムイは地上の様子を確認した。

 シンを追い詰めたミカとリョウマの前にミリアが現れ、シンを庇うような動きをする。

 彼女が取り出した機械を見て、カムイの中に強烈な既視感が湧き上がった。


「前にお師匠と見た奴だ! アレは確か……蓄音機!」


 ミカの歌を録音されたら、処刑賛成派にどう使われるか分からない。

 シンの制御を離れ獣性を増したディザスの猛攻を凌ぎながら、カムイはミカに警告を発した。


「ミカ歌うな! 録音されるぞ!」


「でも!」


「心配しなさんな! こんな奴、気合いでぶっ倒す!!」


 カムイは渾身の力でディザスを殴り倒し、広範囲に土煙を起こす。

 追撃に出た瞬間、ディザスの眼に再び理性の光が灯った。


「しまっ——」


 思考する猶予もなく、カムイの脳天が揺れる。

 ディザスの体当たりをもろに受けたカムイに、ミカが叫んだ。


「セイ!!」


「さあ歌え! 彼を死なせたくはないだろう」


 蓄音機を手に、ミリアは決断を迫る。

 向かいに立つリョウマの表情にもまた、ミカの歌を望む色が滲んだ。

 この一戦にラッポンの命運が懸かっているのだから、無理もない。

 自分たちを取り巻く全てを天秤に載せた末、ミカはとうとう覚悟を決めた。


「……分かった。歌う」


 ミカの意思に呼応して、彼女が持つ神話の書が炎のような高熱を帯びる。

 独りでに開かれた白紙のページに、新たな詩が浮かび上がった。


「これは……!」


 ミリアが蓄音機を起動し、本の中身を覗き込む。

 ミカは彼女の腕を掴むと、リョウマが所まで走り出した。


「一緒に歌おう! 私とリョウマと、3人で!」


「はあっ!?」


 リョウマとミリアの声が重なる。

 戸惑う2人に、ミカは頭を下げて頼み込んだ。


「この歌は、誰かと心を繋ぎ合わせて初めて完成するの。だから、お願い」


 それは歌姫の直感か、或いは神話の導きか。

 考えていても仕方ないと、ミリアはミカの手を握った。


「いいだろう」


「これもラッポンのためぜよ!」


 リョウマも頷き、3人は互いの手を繋いで本を囲む。

 全員の心を共鳴させて、彼らは朗々と歌い上げた。


『手と手を取り合い心を結べ、されば巨神は災いを払う。刀と鏡、技と技。風と雷一つとなりて』


 本から眩い光の柱が立ち上り、ディザスを大きく怯ませる。

 柱は雷の大太刀と風の御鏡を取り込んで、新たな武器へと融合させた。


「……よし!」


 カムイは天高く跳躍し、光の中に浮かぶシルエットに手を伸ばす。

 新たな力の正体は、前後両方に刃を備えた薙刀だった。


風雷双刃刀ふうらいそうじんとう!!」


 カムイは風雷双刃刀を構えて駆け出し、狙いを定めて投げつける。

 一直線に飛んだ双刃刀の刃は、ディザスの堅牢な皮膚をいとも容易く貫いた。


「まだまだァ!」


 近くの肉ごと双刃刀を抉り抜き、舞うような動きで連続斬撃を繰り出す。

 カムイの逆転を阻止せんと、ディザスが必殺技を発動した。


「ディザスターカラミティ!!」


 火水風土のエネルギーを両角に集中させ、破壊光線と化して撃ち出す。

 地形すらを焼き尽くす光線の威力を、カムイは双刃刀で受け止めた。

 しかしディザスの力の前に、カムイは押し込まれていく。

 凄まじい熱を浴びながら、彼は敢えて守りを捨てた。


「風雷双刃刀……分離!」


 カムイは双刃刀の合体を解除し、元の大太刀と御鏡に戻す。

 絶大な攻撃力が体を砕く刹那、風の御鏡が破壊光線を映し出した。


「勝ちを焦ったな、ディザス!!」


 御鏡の中から出現したディザスターカラミティが、現実世界のそれと激突し互いの威力を打ち消す。

 そして発生した爆炎に紛れ、カムイはディザスに肉薄した。

 眼前で武器を再合体させ、すれ違い様に斬り裂く。

 今こそ勝負をつけんと、カムイが双刃刀を低く構えた。


「神威一刀・疾風迅雷斬り!!」


 音の速さで振るう刃が『神』の字を描き、ディザスの体を切り刻む。

 断末魔の咆哮を残して、ディザスは爆発四散した。


「ディザスっ……ぐわぁあああ!!」


 ディザスが戻ったシンの右腕に、疾風迅雷斬りのダメージが流れ込む。

 苦悶しながら退却するシンを見送って、ミリアが蓄音機のスイッチを切った。


「目的は達成した。さらばだ」


 呼び止めようとするリョウマを無視して、ミリアは平然と歩き去る。

 脅威が去ったことを知らしめるように、カムイの姿が光の粒子となって消えた。


「お〜い!」


 ミカとリョウマの元に、変身を解いたセイが駆けてくる。

 傷だらけになった彼を、ミカは思い切り抱きしめた。


「おかえり、セイ!」


「……ただいま」


 互いが生きていることを実感して、自然と笑みが溢れる。

 空を照らす夕陽を見上げるリョウマの目に、安堵の涙が滲んだ。


「綺麗な空ぜよ……」


 セイとミカも彼の隣に並び、夕焼けの空を眺める。

 戦いの終わりを噛み締めながら、3人は陽が沈むまでそうしていた。

—————

死闘の後



 カムイとの戦いに敗れた後、シンは満身創痍でソウルニエに帰還した。

 黒い煙を噴き上げる右腕を懸命に押さえながら、倒れるようにして水槽に飛び込む。

 治癒効果を持つ緑色の湯が、水槽の中で大きく波打った。


「巨神の力、想像以上だな……。だが、これでいい」


 カムイが世界の脅威たるディザスを倒せば、ミカの処刑は中止・少なくとも延期にはなる。

 そうやって彼女を守ることこそ、上層部が下した命令の真意だった。


「だが、手加減をしたつもりは微塵もなかった。あの時俺は……俺たちは本気を出していた。そうだろう、ディザス」


 右腕がビリビリと痛む。これは肯定の意思表示だ。

 長くディザスを宿し続けた影響か、シンはディザスとの意思疎通ができる。

 内容は簡単なものに限られるが、それでも孤独なシンにとっては貴重な話し相手だ。

 薄暗い天井を見上げて、シンがぽつりと呟いた。


「俺は妹に会う。必ず」


 決意を新たにして、彼はその身を水槽に沈める。

 水面に浮かんでは割れる気泡が、ぼやけた視界に揺らめいた。

 翌日、レンゴウ国・塔大では。


「音声は集めた。しかし、これでは意味がないな。やはり戦闘中では難しかったか?」


 ディザス戦で録音した音声を再生しながら、ミリアが頬杖を突いて言う。

 音声は雑音が大部分を占めており、辛うじて聞こえてきた歌にもミカの要素は微塵もなかった。


「まあ、やるだけやってみるか……」


 ミリアはペンを取り出し、現状報告の手紙をしたためようとする。

 書き出しを考える彼女の耳が、エレベーターの扉が開く音を聞いた。


「ミリア殿はいるか?」


「おお、ユキ君か。氷人形はできたか?」


「もう少しかかる。それより気になる物を拾ったんだ。よければ調べてくれないか?」


 ユキはそう言って、鞄から青い玉を取り出す。

 綻びも濁りもないテニスボール大の宝玉を、ミリアはまじまじと覗き込んだ。


「これを……拾った? 宝石店で買ったんじゃないのか?」


「本当に拾ったんだ。昨日、シヴァルの凍土で」


 訝しがるミリアに、ユキは宝玉を拾った時の出来事を語り始める。

 その日、ユキは衛兵を連れてシヴァル北部の峡谷を探索していた。

 歌姫の人形を作るのに使う溶けない氷を集めるためである。

 溶けない氷の品質は、冷たければ冷たいほどいい。

 故に北部まで足を伸ばしたのだが、その日はユキですらも凍えそうになってしまう程寒かった。


「んっ?」


 ユキは足元で輝く何かを見つけて、何事かとしゃがみ込む。

 そして彼は青い宝玉を掘り起こし、詳細を調べんとレンゴウに赴いたのだった。


「……なるほどな」


 宝玉を見ている内に、ミリアの中で純粋無垢な好奇心が首をもたげてくる。

 暇潰しにはちょうどいいと、彼女はユキの依頼を快諾した。


「分かった。責任を持って調査しよう」


「ありがとう」


 ユキは頷き、宝玉をミリアに手渡す。

 その後計画の段取りや政治についての意見交換などをして、ユキはシヴァルに戻っていった。


「……どれ、早速調べてみようか」


 ミリアは白衣を羽織り、宝玉を持ってエレベーターに乗る。

 35階まで降りると、彼女は実験室の扉を開けた。


「ミリア先生、お疲れ様です!」


「ああ。早速だが調べたいものがあるんだ。手伝ってくれないか?」


「勿論です!」


 学生たちは極めて迅速に設備を片付け、モーセに割られた海のように待機する。

 左手前の気弱そうな学生が、恐る恐る問いかけた。


「……それで、調べたいものって何ですか?」


「そんなに畏まるな。これだ」


 煌びやかな青い宝玉を、学生たちは興味津々に覗き込む。

 ミリアはゴム手袋を装着すると、特殊な回路に宝玉を繋いだ。


「電気を流して反応を見るぞ。まずは、100ボルト……」


 回路から電流が迸り、宝玉から白い火花が飛び散る。

 同じ頃、シンは夢を見ていた。

 赤、青、緑、黄色の宝玉がシンの周囲を漂い、淡い輝きを放っている。

 その光はやがて、四体の獣を形作った。

 朱雀、青龍、白虎、そして玄武。

 四体の獣が雄叫びを上げ、シン目掛けて襲いかかる。

 シンはディザスを呼び出そうとするが、幾ら力を入れても包帯を剥がせない。

 白虎の爪を喰らったシンが、赤い血の滲む右腕に訴えかけた。


「何故なんだ、ディザス……!」


 視界がぐにゃりと歪み、背筋を寒気が駆け上がる。

 薄れゆく意識の中、獣たちを率いる存在が姿を現した。

 それは––。


「ディザスーッ!!」


 そこで夢は終わり、シンはベッドから飛び起きる。

 脂汗の不快な湿り気を感じながら、彼は右腕に目を落とした。

 体内にディザスの気配を感じて、安堵のため息を吐く。

 薄暗い天井を見上げながら、シンは独り言を呟いた。


「さっきの夢は……」


 思考する間もなく、神話の書が開かれる。

 シンの内心など意にも介さぬまま、上層部が次の指令を下した。


『大災獣が動き出した。生者の世界に行き、全ての心臓を回収せよ』


「大災獣? 何だそれは!」


 白紙のページに大災獣についての情報が浮かび上がる。

 それは夢で見たのと同じ4体の獣であり、彼らの心臓はやはり夢の中の宝玉であった。

 あれはただの夢ではないと、シンは心の中で確信する。

 右腕を強く握りしめて、彼は上層部に告げた。


「分かった。これが終われば、今度こそ妹の手掛かりについて教えて貰うからな。だがもし教えなければ……」


『教えなければ、どうする?』


「ソウルニエを滅ぼす」


 シンは本を閉じ、生者の世界に繋がる闇の扉を出現させる。

 思惑と策略が渦巻く神話が、新たな局面を迎えた。

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