第8章 ディザス覚醒

暴虐のアラシ




 バグンダンを撃破した翌日、セイとミカはラヅチ城に呼び出された。

 2人の手を握り、リョウマが素直に感謝を告げる。


「お主らのお陰でラッポンは救われた。改めて、お礼を言わせて欲しいぜよ!」


「みんなのお陰さ」


 セイの返事は本心だった。

 だが、単なる慈善事業で終わるつもりもない。

 不利な現状を少しでも変えようと、彼は躊躇いを装って切り出した。


「ただ……そうだな、少し頼みたいことがあるんだが、いいか?」


「おう! 何でも言うぜよ!」


 リョウマは景気よく応じる。

 この豪快さが国を纏め上げる資質なのだろうと思いながら、セイは頼み事を告げた。


「昨日の戦いは、ミカちゃんの活躍で勝てたことにしてくれないか。歌姫の重要性が分かれば、守護者たちの考えも変わるだろう」


 ミカはかつて禁術に手を染めて死の世界に追放された国、ソウルニエで生まれた。

 故に彼女は歌姫でありながら処刑されることが決まり、現在は各国の間で睨み合いが続いている状況にある。

 会議の席でミカの処刑に反対していたリョウマは、セイの願いを快く聞き届けた。


「勿論いいぜよ!」


「ありがとう。じゃあ、俺たちはこれで」


 リョウマたちに頭を下げて、セイとミカはラヅチ城を後にする。

 大地主の屋敷に向かいながら、セイは今後の動向を告げた。


「帰ったら畑のみんなに挨拶しよう。そんで荷物を纏めて、明日の朝にはラッポンを出る。あんたの記憶についても調べたかったが……時間切れだ」


「次は何処に行くの?」


「ファイオーシャンだな。あそこならそうそう手出しはされない」


「ファイオーシャンってどんな国なの?」


「それは後でのお楽しみだ」


 悪戯っぽく笑って駆け出すセイの後を、ミカは慌てて追いかける。

 その時既に2人がラッポンにいるという情報は、ドローマのアラシたちにまで伝わっていた。


「奴らもバカだな。戦えば居場所がバレるって分かってただろうに。あ、おかわり」


 向かいのシナトに空の器を渡しながら、アラシが言う。

 今日の昼食は焼いた猪と炊き立ての白飯だ。

 猪は強火でこんがりと、米は多めの水で柔らかく仕上げてある。

 アラシの器に料理をよそいながら、シナトが主人に問いかけた。


「なあ、何だって急に俺の手料理が食べたいなんて言い出したんだ? そんなに美味いもんでもないだろ」


「俺にとっては、これが一番のご馳走だ」


「相変わらず分からんな。お前の味覚は」


 アラシの褒め言葉を受け流しながら、シナトは猪の肉をもう一切れ載せる。

 受け取った大盛りの飯に目線を落として、アラシが口を開いた。


「……覚えてるか? 俺たちが初めて狩った獲物も、猪だったよな」


「ああ。そしてこれを作ってやったんだ」


 仲間と食べた猪ご飯の味は、今でも鮮明に覚えている。

 無邪気に笑うアラシの頬に飯粒がついているのも、昔のままだった。

 かつてのように飯粒を取ってやろうと、シナトはアラシの顔に手を伸ばす。

 彼の手が触れる刹那、アラシが唐突に切り出した。


「なあシナト」


「……何だ?」


「お前、国民にもっと美味い米を食わせてやりたいとは思わないか?」


「まあ、そうだな」


「特にラッポンの米なんか最高だよな。そうそう、ラッポンといやぁ今カムイが」


「言いたいことがあるならハッキリ言え。お前らしくないぞ」


 柄にもなくまどろっこしいアラシの態度に、シナトが声を荒げる。

 アラシはふっと息を吐き、獰猛な声で告げた。


「ラッポンを征服する」


 彼の宣言に、シナトは言葉を失う。

 取り落とした箸の乾いた音を、シナトの机を叩く音が掻き消した。


「……本気で言ってるのか」


 アラシは頷く。

 これまでになく険しいシナトの目を真っ直ぐに見返しながら、彼は作戦を語った。


「カムイ討伐にかこつけて攻め入る。クーロンの力があれば、侵略はあっという間だ」


「侵略戦争は禁忌だ! もしそんなことをすれば、ドローマは世界中を敵に回すことになるぞ!」


「ラッポンの肥沃な農地があればみんなにもっといい暮らしをさせてやれる! ドローマはもっと豊かになるんだよ!」


 楽しい筈の食卓が、一瞬にして論争の場に変わる。

 シナトの揺れる瞳を睨んで、暴君は低い声で呟いた。


「二度とあの頃には戻らない……!」


 その日食べる物にさえ困窮したかつての日々を思い出し、シナトは俯く。

 炎のような野心を滾らせて、アラシは猪丼をかき込んだ。


「……ごっそうさん」


 階段を上がっていく友の背を、シナトは無言のまま見送る。

 2人分の食器と空の釜を洗い流して、彼はクーロン城を後にした。

 あてもなく彷徨い歩くシナトの背で、クーロン城が動き出す。

 暴君を乗せた昇り龍を見上げるシンの右腕に、鋭い痛みが走った。


「時が来たか」


 シンは右腕の包帯を剥がし、血走った眼のような紋章を解放する。

 赤黒い鮮血を迸らせながら、彼は右掌を開いて叫んだ。


「超動!!」


 掌から黒い闇が噴き出し、一体の獣となってクーロンの前に立ちはだかる。

 聖獣・麒麟にも似たその獣の名は、『超動勇士ディザス』。


「荒れ狂え、ディザス」


 主人であるシンの命ずるままに、ディザスはクーロン城へと襲いかかる。

 それぞれの目論見を胸に秘め、要塞と魔獣の戦いが始まった。

—————

漆黒の麒麟



 玉座の間の窓の下に、シナトの姿が見える。

 思わず目を逸らしたアラシの視界に、今度は厭味なほど青い空が飛び込んだ。


「……ちきしょう」


 遣り場のない不満をぶつけるように、アラシはクーロン城を発進させる。

 ラッポンの豊かな土地をドローマのものとし、世界制覇の足掛かりとするのだ。

 加速するクーロン城を見下ろす青空が、不意に暗い影を落とした。


「何だ?」


 靄のような闇の塊が蠢き、聖獣・麒麟によく似た漆黒の災獣へと姿を変える。

 これまでの災獣とは一線を画す覇気に気圧されながらも、アラシは部下たちに呼びかけた。


「こいつはオレが引き受ける! お前らは今すぐ市民の避難誘導をしろ!」


「おう!!」


 部下たちは城を飛び出し、アラシの命令を忠実に実行する。

 アラシは左右のレバーを倒して、クーロン城を超動勇士クーロンへと変形させた。


「超動!!」


 竜の武人と化したクーロンは咆哮し、災獣目掛けて拳を振り下ろす。

 クーロンの攻撃を的確に捌く災獣に、彼は敵が人間の言葉を持たないと知りつつも叫んだ。


「ただの災獣じゃなさそうだな! お前、何モンだ!?」


「……ディザス」


「はっ?」


 クーロンは耳を疑う。

 返ってきたのは単なる鳴き声ではない。

 あの災獣は、確かに『ディザス』と名乗ったのだ。

 想像を絶する事態を前に、クーロンの動きが停止する。

 その隙を逃すまいと、ディザスが反撃に打って出た。


「うぐっ!」


 頭部の角を勢いよく突き出し、クーロンを後退させる。

 続けて身を翻しての後ろ蹴りを繰り出し、最後は渾身の体当たり。

 多彩な技を使いこなすディザスの戦いぶりに、クーロンは自分が獣ではなく人間を相手にしているかのような錯覚を覚えた。


「いや、錯覚なんかじゃねえ。こいつには意思がある! 目的があってオレと戦ってる!」


 クーロンは遠距離戦へと切り替え、黒鉄の砲弾を連射する。

 矢継ぎ早に迫り来る鉄塊を迎撃すべく、ディザスは角に真紅の炎を纏わせた。


「ディザス火炎斬」


 烈火の斬撃で弾丸を両断し、瞬く間に弾幕を消し去る。

 全てにおいてクーロンを上回る圧倒的な力を前に、操縦者アラシの手が震えた。

 侵略戦争を企てた自分への罰だろうかと、柄にもない考えが脳裏を過ぎる。

 両の頬をぴしゃりと叩き、アラシはクーロン最大の奥義を発動した。


「クーロン砲・全砲一斉射ァああああ!!」


 九十九の砲門から撃ち出される空を埋め尽くす程の弾丸が、ディザスを消し炭をせんと襲いかかる。

 しかしその攻撃も、ディザスにとっては些細な抵抗に過ぎなかった。


「ディザスターカラミティ」


 脚から闇の力を流し込み、クーロンの立つ地面を崩壊させる。

 倒れ込んだクーロンを見下ろして、ディザスは炎と風を巻き起こした。

 風に煽られた炎が城内にまで燃え広がり、操縦者アラシを追い詰める。

 尚も戦おうとするアラシを、攻撃の余波が無情にも操縦席から引き剥がした。


「くっ……うぁ!」


 運悪く頭部を強打し、視界に白い火花が飛び散る。

 遠ざかっていく意識の中で、アラシは誰かの叫び声を聞いた。


「シナ、ト……」


 相棒の名を呟いて、アラシはとうとう力尽きる。

 玉座の間に辿り着いたシナトが、倒れた主人の姿を見て叫んだ。


「アラシ! しっかりしろアラシ!!」


 シナトは躊躇いなく飛び込み、火の海からアラシを救い出す。

 もぬけの殻となったクーロンの姿を、ディザスの眼が冷淡に見つめた。


「アラシ様だ! 怪我をしてるぞ!」


「大丈夫なのか!?」


 アラシを抱えて逃げるシナトに、パニックに陥った市民たちが大挙して詰め寄る。

 焦燥と不安の中、シナトは腹の底から叫んだ。


「落ち着け!! 俺はアラシを病院へ運ぶ! お前たちは避難所に向かうんだ!」


 シナトの気迫に圧倒されるまま、市民たちはぞろぞろと捌けていく。

 避難を再開したシナトは、ディザスを見上げる黒髪の青年・シンとすれ違った。


「おい、避難所はあっちだぞ」


「……ああ」


 シンは曖昧に頷き、横目でシナトの姿を見やる。

 彼の背中が路地に消えた頃、シンは心の中で言った。


「戻れ、ディザス」


 ディザスを構成していた闇が霧散し、シンの掌に吸収される。

 体内を灼かれるような痛みに悶えながら、彼は新たな包帯で闇を封じた。


『任務は成功だ』


 悶えた拍子に落ちた神話の書の白いページに、文章が浮かび上がる。

 当然とばかりに鼻を鳴らしたシンに、文章が次の指令を下した。


『状況報告の後、傷を癒せ』


「分かってるよ。全ては」


『全ては祖国、ソウルニエのために』


「……祖国、か」


 白紙に戻った本を拾い上げ、シンは大きな溜め息を吐く。

 そして彼は全身を闇で包み隠し、ソウルニエへと帰還した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る