第6章 零下30度の脱出

死刑宣告



 災獣を撃破した超動勇士クーロンは、その足で守護者たちのいる氷の城に向かった。

 クーロンの玉座、もとい操縦席を立って、アラシが氷の城の扉を潜る。

 彼の代理を務めていたシナトが、真っ先に駆け寄ってきた。


「アラシ!」


「ようシナト。議事録はちゃんと取れたか?」


「当然だ」


 アラシはシナトから一冊のノートを受け取り、中身をざっと確認する。

 会議の流れを粗方把握して、アラシはぶつぶつと呟いた。


「歌姫がソウルニエ人、ねえ……」


「今の所、処刑賛成派と反対派の数は同じだ。よって、君が決めた方を本会議の結論としたい」


 守護者たちは頷き、それぞれの思惑を秘めた目でアラシを見る。

 ぞくぞくと背筋が震えるのを感じながら、アラシは自分の意見を告げた。


「オレは、ミカの処刑に賛成する」


 その言葉で、張り詰めていた城内の空気が微かに、しかし確実に変わる。

 最も激しい動揺を見せたシイナが、アラシに向かって叫んだ。


「どうして!? その子は何も悪いことしてないのに!」


「どうしてって、ルールは守んなきゃだろ?」


 アラシは道徳心の欠片もない口調で答える。

 彼の中の野望を嗅ぎ取ったオボロが、低い声で忠告した。


「……その者は歌姫でもあるのじゃぞ。処刑などすれば、巨神の怒りを買うことは必至。それこそ大いなる災いの引き金になろうというものじゃ」


「だったら巨神も殺せばいい。要は災獣と戦う力があればいいんだろう?」


 アラシは悪びれもせずに続ける。


「時代遅れの神様なんか忘れろ。この世界は、超動勇士クーロンが守る」


「そのクーロンだって、何処まで通用するか分からんぜよ!」


「カムイだって同じことだ」


「我々はミカの処遇について話しているんだ。論点のすり替えはやめて貰おうか」


 シイナ、オボロ、リョウマの反論を立て続けに封じたアラシに、今度はミリアが舌戦を挑む。

 アラシはあっさりと反論した。


「すり替えなんかしてないさ。オレは歌姫の処刑に賛成する。……だが、カムイは間違いなく妨害しに来る。この際その時の対応も一緒に決めてしまおうぜ」


 ミリアの正論すらも利用し、アラシは完全に場の空気を支配した。

 彼は傷ついたユキに近づき、決断を迫る。


「さあどうする、シヴァルの守護者さん?」


 規格外の戦力を有するアラシの圧力に、ユキは思わず気圧された。

 自分の城にいるにも関わらず、敵地で包囲されたかのような錯覚に襲われる。

 そして彼は、アラシに屈服した。


「……賛成多数により、我々は歌姫ミカを処刑する。その妨害をするならば、巨神カムイの殺害も辞さない」


 リョウマたちは俯き、処刑賛成派であるハタハタとミリアでさえも険しい表情を浮かべる。

 何も言えぬまま1人また1人と大広間を去り、最後にはユキだけが残された。


「これで、よかったのか……?」


 氷の城の透き通った柱に、ユキの表情が歪んで映る。

 会議に立ち会っていた1体の衛兵が、音もなく地下に潜っていった。


「災獣は去ったみたいだな」


 出入り口の封鎖が解かれていく様を眺めながら、セイが呟く。

 ミカが不安げに言った。


「私たちの処遇、そろそろ決まったかな」


「さあ……ん? 誰かこっち来るぞ」


 規則的な足取りで近づいてきた衛兵が、セイに1枚の紙を手渡す。

 そこに記されていた内容は、セイたちを大きく驚愕させた。


「『歌姫の処刑が決まった。すぐ逃げろ』……何だと!?」


「そんな……」


 ユキの心を動かすことはできなかったと悟り、ミカは呆然と天井を見上げる。

 彼女の意識を現実へと引き戻し、セイは意を決して言った。


「逃げようミカ。ここにいたら殺される」


「でもどうやって」


「あいつは国民に俺たちの情報を殆ど流していない。そこを利用するんだ」


 国民は自分たちを警戒しないし、氷人形に戦闘で遅れを取る道理もない。

 地上にさえ出てしまえば、後は変身して飛び去るだけだ。

 脱出作戦を遂行すべく、セイとミカは自然体を装って地上に繋がる出入り口へと向かう。

 門番の衛兵を気絶させて鍵を奪うと、セイは赤錆びた扉を開けた。


「よし、これで自由……」


 吹き込んできた北風に煽られながら、セイたちはおよそ1週間ぶりに地上の空気を浴びる。

 自由の身となった彼らを待ち受けていたのは、衛兵の大軍団だった。


「くっ!」


 セイは衛兵の鉄槍を躱し、武器を奪って衛兵をなぎ倒す。

 雷魔法で応戦しながら、ミカが叫んだ。


「どうして逃げた場所が分かったの!?」


「いや、予め配備してあったんだ! 全ての出入り口に、俺たちが逃げないために!」


 セイの仮説を裏付けるように、四方八方から援軍が押し寄せてくる。

 僅かに手薄な真正面を見据えて、セイは槍を構えた。


「こうなりゃ正面突破だ。気張れよ!」


「……うん!」


 ミカも覚悟を決め、2人は衛兵軍団目掛けて突撃する。

 槍捌きと魔法で敵を蹴散らし、彼らはついに包囲網を脱することに成功した。


「今度こそ変身できるぜ!」


「させるか!」


 勾玉を掲げたセイの手の甲に、鋭い矢が突き刺さる。

 痛みを堪えて振り向いたセイに、シナトが追撃の矢を放った。

 ミカは風魔法で矢を撃ち落とし、雷魔法で反撃する。

 黒い煙を斬り裂いて、アラシが戦いに乱入した。


「ユキに代わってお仕置きだァ!」


 アラシの刀とセイの槍がぶつかり合い、赤い火花が凍土に散る。

 鍔迫り合いを繰り広げながら、セイが激しく噛みついた。


「アラシ! ミカの処刑はお前の差し金か!」


「ああ。ついでにお前の命も貰うぜ!」


「何故だ!? ユキが殺そうとしていたのはミカの筈だ!」


「『ユキ』の狙いはそうだ。だがオレの狙いは違う!」


 強烈な前蹴りを喰らい、セイの体が地面を転がる。

 倒れたセイに刀を突きつけ、アラシが酷薄に呟いた。


「お前を倒せば、オレが唯一の戦士だ」


 氷より冷たい殺気を込めて、アラシはセイの首を刎ねんとする。

 セイが死を覚悟した刹那、獣の雄叫びが大地を震わせた。


「退くぞアラシ、災獣だ!」


 しかしアラシは撤退を拒み、自分を連れていこうとするシナトの腕を振り払う。

 戸惑うセイたちに、彼は不敵な笑みを浮かべて言った。


「カムイ。死ぬ前にいいもん見せてやる」


 アラシは単身クーロン城に乗り込み、砲撃で災獣を怯ませる。

 そしてレバーを力強く倒し、城を戦士へと変形させた。


「超動!!」


「ヴァオオオオン!!」


 蛮象災獣バンモスはひと鳴きし、大剣のような牙でクーロンの拳と激突する。

 セイも負けじと勾玉を構え、巨神カムイに姿を変えた。


「超動!!」


 カムイはバンモスの側面から膝蹴りを放ち、クーロンの助太刀に入る。

 困惑するクーロンに、カムイは共闘を持ちかけた。


「一時休戦だ。まずは災獣を倒すぞ」


「……分かったよ」


 カムイとクーロン、2人の超動勇士は並び立ち、災獣バンモスに向かっていく。

 絶対零度の銀世界に、爆音と咆哮が轟いた。

—————

束の間の共闘



「クァムァァァイ!!」


「おらァ!!」


 カムイとクーロンの同時攻撃が炸裂し、バンモスを大きく後退させる。

 続けてクーロンがアームバルカンを放ち、更なる追撃を繰り出した。


「脳天割り!!」


 しかしクーロンの手刀はバンモスの象牙に受け止められ、その衝撃が操縦者アラシを襲う。

 怯んだクーロンを庇って、カムイが言った。


「役割分担しよう! 俺は前衛、あんたは後衛だ!」


「何ぃ、オレに命令すんな……くっ!」


 クーロンは反論しようとするが、突進してくるバンモスを見て咄嗟に砲弾を撃ち込む。

 一瞬足を止めたバンモスに、カムイが雷の大太刀を振るった。

 電流を纏った斬撃を受け、バンモスの牙が宙に舞う。

 即席ながら息の合った連携を見せる2人を見上げて声援を送るアラシに、ミカが不思議そうに言った。


「……応援してていいの?」


「どういうことだ?」


「今の内に、私を捕まえた方がよくない?」


「……アラシが共闘してるんだ。部下の俺が勝手なことをする道理はないさ」


「じゃあ、今だけは味方ね」


「今だけは、な」


 シナトは念を押し、再びカムイとクーロンの戦いを見守る。

 災獣バンモスを倒すため、クーロンが必殺技を発動した。


「クーロン砲・全砲一斉射!!」


 九十九の銃火器による爆撃を喰らい、バンモスの体が凍土に倒れ込む。

 すかさずミカが雷の歌を歌い、カムイの大太刀に力を分け与えた。


「神威一刀・鳴神斬り!!」


 稲光りの如き太刀筋がバンモスの巨躯を両断し、雷鳴と共に爆散させる。

 燃え盛る真紅の炎を隔てて、カムイとクーロンが対峙した。


「……共闘は終わりだ」


 地上のシナトもクーロンに倣い、隙のない構えでミカを睨み据える。

 ミカが開いた神話の書のページを、北風が捲った。


「一つだけ聞かせて。どうして私たちを消そうとするの」


「それがドローマのためだからだ」


 もう話すことはないと、シナトは大地を蹴って走り出す。

 彼が拳を振るおうとした刹那、クーロンの機体に火花が迸った。


「これ以上は流石にキツいか」


 シルヴァング、バンモスと2連戦したことで消耗したクーロンにもはや余力はなく、アラシは深い溜め息を吐く。

 彼はクーロンを城の姿に戻すと、地上のシナトに呼びかけた。


「帰るぞ、シナト」


「……ああ」


 シナトはミカに背を向け、クーロン城へと引き返す。

 その背中を呆然と見送るミカの視界が、不意にぎゅんと高くなった。

 カムイが彼女を摘み上げたのだ。


「俺たちも行こう」


 ミカはゆっくりと頷く。

 そしてカムイは飛び立ち、氷の国シヴァルに別れを告げた。

 誰もいなくなった銀世界で、火柱だけが戦いの名残りを物語る。

 その炎さえ風が吹き消した頃、一体の衛兵が地上に姿を現した。

 セイたちに処刑のことを教えた、あの衛兵である。


「氷人形のフリも終わりだな」


 衛兵は低い声で呟き、兜を脱ぎ捨てて素顔を晒す。

 精悍な顔立ちの青年––『シン』は澄んだ青空を見上げると、闇を纏って姿を消した。


「……あの2人、逃げたか」


 その晩、ユキは沈んだ口調で呟く。

 医務室のベッドにブリザードと横たわりながら、彼は今日までの出来事について想いを馳せた。

 ソウルニエ人の歌姫ミカという前代未聞の存在に彼女との対話、そしてアラシの思惑。

 混乱の一途を辿る局面を前に、ユキは未だ自分の選択に自信が持てずにいた。


「失礼するぞ」


 軽いノックの後、医務室の扉が開く。

 現れたミクラウドの守護者オボロを見て、ユキが目を丸くした。


「オボロ殿、自分の国に帰ったのでは」


「もう1日留まることにしたんじゃよ。ねっ、ブリザードちゃん?」


 どうやらブリザード目当てだったらしい。

 ツンとそっぽを向くブリザードに落胆しながらも、オボロはユキの膝の上に止まった。


「……ユキよ。そなたは歌姫が逃げたことに安堵しているのではないか?」


 彼は真面目な態度で切り出す。

 言葉を詰まらせるユキに、オボロは更に続けた。


「本当は、歌姫の処刑なんかしたくないんじゃろう?」


「だが、ミカはソウルニエ人で」


「ソウルニエとて、昔とは違うかもしれんじゃろう?」


 禁術に溺れた国家からミカのような人間が生まれるとは、確かに考えにくい。

 悩むユキを、オボロは優しく諭す。


「伝統を守るのは大事なことじゃ。じゃがそればかりでもいかん。リョウマではないが、変革も積極的に行うべきじゃ」


「……どうなるかも分からないのに」


「だから変革なんじゃよ」


 それから暫く、無音の時間が流れる。

 先に沈黙に耐えかねたのはユキだった。


「……リョウマで思い出した。2人が逃げた先は東、ラッポンの方角だ」


「おお、そうか」


 極東の島国・ラッポン。

 そこに待ち受ける試練とは何か。

 セイとミカは神話の謎を解き明かすことができるのか。

 その答えは、夜明けの先にある。

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