第5章 クーロン大地に立つ

薄明草



 セイとミカがシヴァル国に捕えられてから1週間後、ユキは2人を釈放した。

 地下に広がる巨大な街を散策しながら、セイが言う。


「あのクソガキ、いきなり俺たちを釈放するとはどういう風の吹き回しだ? おまけにあんな上等な宿まで与えて」


 ユキとミカが言葉を交わしたことを、セイは知らない。

 ユキの行動の真意を考えるセイの耳に、威勢のいい声が飛んできた。


「セイ!?」


 声をかけてきたのは、体格のいいスキンヘッドの男だ。

 彼が営むアクセサリーショップの店先には、雪の結晶や花をモチーフとした様々な装飾品が並べられている。

 振り向いたセイの顔を見ると、男は嬉しそうに声を上げた。


「……やっぱりセイだ! 久しぶりだな、元気にしてたか?」


「それなりにな」


「しかもかわいい彼女まで作りやがって! このこの!」


「彼女じゃないよ。ただの旅仲間」


「そうか。どちらにしても、プレゼントくらい買ってやりな。安くしとくぜ?」


「流れるように営業しやがった」


 商品を選ぶ素振りをしながら、セイは現状における自分たちの立場について考える。

 国民たちにどこまで情報が行き渡っているのか、彼はそれとなく探りを入れた。


「……最近、何か事件は起きなかったか? 誰かが逮捕されたとか」


「んー、特にないな」


「地上のことは?」


「さあ? てか、知ったってしょうがないだろ。どうせ一生地下で過ごすんだし」


 男の無気力な言葉を聞いた時、セイは自分が故郷を発った理由を思い出した。

 外の世界に興味を持たない、投げやりで排他的な態度。

 そんな場所から逃れたくて、セイはシヴァルを捨てたのだ。

 たった一輪の花をお供に。


「……これ、幾らだ?」


「750エンだな」


 セイは金額ぴったりに支払いを済ませ、その花を手に店を去る。

 穏やかな表情で花の朝焼け色を眺める彼に、ミカが問いかけた。


「……それ、なんて花なの?」


薄明草はくめいそう。雪の中で逞しく咲くんだ。……旅立ちの時、こいつを摘んでお守りにした」


「花がお守りなんて、素敵だね」


「よければやるよ。ご利益あるかもだぜ」


 ミカの掌に、セイは薄明草の花を手渡す。

 花弁とセイの顔を交互に見て、彼女は嬉しそうに礼を言った。


「……ありがとう!」


 思い出をまた一つ増やして、2人は散歩を再開する。

 同じ頃、地上では。


「シヴァルの寒さは、流石に堪えますわね」


 雪の降り頻る凍土を歩きながら、蒼いロングスカートの美女『ハタハタ』が呟く。

 フクロウを抱いて隣に立つ和装の男『リョウマ』が、彼女の言葉を豪快に笑い飛ばした。


「何を言うぜよか。この厳しい寒さこそ、心と体を鍛えるにはもってこいの環境ぜよ。それイチニ、イチニッ!」


「いきなりスクワットを始めないで下さる? 幾ら何でも熱苦しすぎますわ」


「熱苦しいじゃと!?」


「事実を述べたまでですわ」


 睨み合うリョウマとハタハタの間に、バチバチと火花が飛び散る。

 リョウマが抱えていたフクロウが翼を広げ、2人の間に割って入った。


「やめんか。お主らは仮にも一国の守護者なのだぞ。もっとそれに相応しい落ち着きを……」


「申し訳ありません。わたくしとしたことが……あなたも謝りなさい!」


「す、すまんのう。オボロ爺」


「分かればよい。ほれ、もうすぐ城に着くぞ」


 喋るフクロウ、『オボロ』は氷の城を指し示し、ゆっくりと翼を畳む。

 2人と1匹は門を潜り、城内に足を踏み入れた。


「カローハ!!」


 リョウマたちが入城するなり、少女の元気な挨拶が響く。

 ハイビスカスの髪飾りをつけたその少女は裸足で氷の床を駆けると、ハタハタを思い切り抱きしめた。


「相変わらず情熱的ですのね、『シイナ』」


「勿論! いつでも常夏トロピカルが、シイナのモットーだもん!」


 シイナは全身を使い、太陽のような笑顔を見せる。

 先んじて城に来ていたミリアが、呆れ気味に彼女を窘めた。


「そのくらいにしておけ」


「……これで全員か?」


 ミリアたち5人を見渡して、ユキが言う。

 ハタハタが答えた。


「アラシさんがまだですわ。今日は大事な会議だというのに、一体どこで油を」


 ハタハタの文句を遮って、城の扉が開く。

 現れた男に、ユキが訝しげな目で言った。


「……お前は?」


「シナトです。ドローマ国守護者・アラシの側近を務めております」


「アラシ殿はどうした?」


「都合により来られなくなりました」


「お前が代理というわけか。いいだろう、会議への参加を認める。但し発言権はないぞ」


「ありがとうございます」


 シナトは深々と頭を下げ、守護者たちの列に加わる。

 7人はそれぞれの国章が刻まれたバッジを掲げ、堂々と名乗りを上げた。


「ドトランティス守護者、ハタハタですわ」


「レンゴウ守護者、ミリアだ」


「ミクラウド守護者、オボロじゃ」


「ファイオーシャン守護者、シイナ!」


「ラッポン守護者、リョウマぜよ!」


「……シヴァル守護者、ユキ」


「ドローマ守護者代理、シナト」


「我ら7人、これより『守護者会議』を執り行う!!」


 彼らは等間隔に丸くなり、円卓に座る。

 守護者会議とは、世界を揺るがす一大事にのみ行われる7ヶ国合同の話し合いのことだ。

 今回の議題は、新たに発見されたソウルニエ人ミカの処遇。

 召集をかけた張本人であるユキが音頭を取り、会議は静かに幕を開けた。

 すぐそこに迫る災獣の脅威にも、この場にいないアラシの野望にも気づかずに。

—————

龍VS狼



 ソウルニエ人ミカの処遇を決めるため、ユキは氷の城に各国の守護者を集めた。

 彼に促され、ミリアが口を開く。


「通常なら、ソウルニエ人は皆死刑だ。だが問題は、ミカが歌姫であるということだ。……正直な所、前例のない事態を前に困惑している。だからこそ慎重に話し合いを重ね、有意義な結論に辿り着きたいと思う」


「儂は死刑に反対じゃ。巨神の伴侶たる歌姫を殺せば、この世界にどんな災いが降り注ぐか分からん」


 オボロがしゃがれた声で言う。

 リョウマが威勢よく手を叩いて、皆に呼びかけた。


「いっそ、今の規則そのものを変えるというのはどうぜよか? 禁術やら戦争やら、昔のことに拘ってばかりではいかんぜよ!」


「リョウマさん!!」


 ハタハタが柄にもなく声を荒げる。

 柳眉倒豎の彼女は円卓を立つと、リョウマに詰め寄って叫んだ。


「かつての悲劇が繰り返されたらどうするつもりですの!? ここは神聖な守護者会議の場。軽率な発言は控えなさい!」


「軽率じゃないぜよ! 拙者は真剣に考えて……」


「落ち着いて! 喧嘩はトロピカルじゃないよ!」


 シイナに仲裁され、ハタハタは渋々自分の席に戻る。

 怒りに震える彼女の背中に、シイナは自分の意見を告げた。


「……あたしもリョウマに賛成。どんな理由があっても、人を殺すのはトロピカルじゃないから」


「……そう。ユキさんとミリアさんはどうですの?」


 ハタハタに質問され、2人は深刻な面持ちで考え込む。

 先に結論を出したのはミリアだった。


「彼らは災獣から街を守ってくれた。だが、このまま野放しにすれば世界が滅びかねない。大変心苦しいが、私はミカの死刑に賛成する」


「……僕もだ。守護者として、使命を果たさなきゃいけない」


 ユキも同意し、賛成と反対の数は等しくなる。

 黙々と議事録を書き込むシナトに、全員の視線が集まった。


「アラシさんの意見を待つしかなさそうですわね」


 シナトはあくまでアラシの代理であり、発言権はない。

 決裂した議論に終止符を打つためには、やはりアラシの意見が必要不可欠だった。


「仕方ない。今回の守護者会議はこれで終了だ。後日、アラシ殿も含めた全員で再び会議を……っ!?」


 ユキの言葉を遮って、足元が大きく揺れる。

 氷人形の衛兵たちが駆けつけ、ユキたちに状況を伝えた。


「災獣が現れただと!?」


 白銀の毛並みで雪に紛れ、俊敏な動きで獲物を狩る銀狼災獣シルヴァング。

 その咆哮が残響し、城内の空気が一気に張り詰めた。


「国民を守らねば……衛兵! 出入り口を封鎖しろ!」


 ユキの命令に従い、衛兵たちは地上と地下を繋ぐ全ての出入り口を堅く閉ざす。

 災獣の気配を察知したセイが、悔しげに唇を噛んだ。


「災獣を倒さなきゃいけないのに、動けないなんて」


「セイ……」


 セイとミカの懊悩など知る由もなく、ユキは吹雪に潜むシルヴァングの紅い目を見据える。

 守護者たちが見守る中、彼は大鷲ブリザードに跨って猛吹雪の空に飛翔した。


「ガルッ!!」


 シルヴァングの眼前へと躍り出たユキは鋭い爪を躱し、すれ違い様にダガーナイフで斬りつける。

 挑発を繰り返した後、ユキが叫んだ。


「走れ!!」


 ブリザードは一気に加速し、城とは真逆の方向に突っ走る。

 追いかけてくるシルヴァングを横目に見ながら、ユキは更なる加速を指示した。

 しかしシルヴァングはそれ以上のスピードで凍土を駆け、両者の距離は徐々に小さくなっていく。

 そして振り下ろされた鋭利な爪が、ユキの背中を斬り裂いた。


「がはッ!」


 ユキの体はブリザードから引き剥がされ、堅い凍土に墜落する。

 出血と打ち身の痛みが全身を支配する中、ユキは声を振り絞って叫んだ。


「お前だけでも、逃げろ……!」


 しかしブリザードは主人の命令に背き、怒りの籠った鳴き声を上げる。

 シルヴァングの牙がブリザードを噛み砕かんとした、その時。


「ガルゥアッ!?」


 目の前で凄まじい爆発が起こり、シルヴァングが大きく吹き飛ばされる。

 爆炎の中に見えたのは、龍を模した巨大な城塞だった。


「あれは、クーロン城……?」


 ドローマの象徴である筈の城が、何故シヴァルにあるのか。

 今のユキには、そんな疑問を持つ体力さえなかった。

 意識を手放したユキを掴んで、ブリザードが安全圏まで飛んでいく。

 玉座に座るアラシがハイタッチするかのように左手を振って、手元のレバーを奥に倒した。


「クーロン砲!!」


 龍の口に備えられた砲門が狙いを定め、鉛の弾丸をシルヴァングに打ち込む。

 左右のレバーを操作するアラシの口元に、豪快な笑みが浮かんだ。


「カムイの戦闘資料を分析し、腕利きの職人たちを総動員して作った最強兵器だ。こいつがあれば、もうカムイはいらなくなる!」


 内部機関の配列を特殊モードに移行させ、アラシは深く息をする。

 そして彼は2つのレバーを手前に倒し、巨神にのみ許された口上を唱えた。


「超動!!」


 けたたましい駆動音を轟かせて、クーロン城が変型していく。

 巨大なる戦士に姿を変えた城の玉座で、アラシは高らかに名乗りを上げた。


「『超動勇士クーロン』!!」


 どうにか持ち直したシルヴァングが、尖った牙をクーロンに突き立てる。

 しかしクーロンの装甲はシルヴァングの牙をまるで通さず、むしろ破壊してしまう程の防御力を持っていた。


「アームバルカン!!」


 クーロンはお返しとばかりに拳のバルカン砲を撃ち、集中砲火でシルヴァングを追い詰める。

 瀕死のシルヴァングにトドメを刺すべく、クーロンは最大の必殺技を発動した。


「クーロン砲・全砲一斉射!!」


 装甲に隠れていた全ての銃火器が出現し、九十九の砲門がシルヴァングを捉える。

 そして永久凍土をも焼き尽くす爆炎の中で、シルヴァングは灰すら残らず消えたのだった。


「さて、行くか」


 戦いを終えたクーロンはゆっくりと踵を返し、氷の城へと歩いていく。

 7人目の守護者として、会議の結論を出すために。

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