第3章 不思議な双子
すれ違う2人
セイとミカがジャングジラを撃破してから数日後、その報せはアラシの耳にも届いた。
事件の特集記事を読みながら、アラシが呟く。
「奴ら、レンゴウに逃げてやがったか」
「どうするアラシ。追っ手を出すか?」
「いや、今は手出しする時じゃねえ。暫く自由にさせる」
側に控えるシナトに雑誌を渡して、アラシはクーロン城の玉座から立ち上がる。
物見櫓に出た2人の髪を、春先の風がそっと撫でた。
広がる城下町を眺めて、アラシが言う。
「それに奴らの戦闘を見学するのも、計画のために必要なことだしな」
「……計画?」
「ああ。この計画が成功すれば、ドローマをオレたち自身の手で守れるようになる。究極の武力が手に入るんだよ!」
アラシは掌を目一杯に広げ、天に掲げて握り締める。
際限なき理想を脳内に描いて、彼は飽くなき野望を曝け出した。
「千年王国を築き上げてやる。もう二度と、オレたちの暮らしは壊させねえ!」
穏やかな春の空に、アラシの高笑いが響く。
同じ頃、アラシたちのいるドローマから遠く離れたレンゴウの地では、もう1つの2人組がとある山を歩いていた。
セイとミカである。
数メートル先を行くミカの背中に、セイが呼びかけた。
「ミカちゃん、少し疲れてるんじゃないの? ここらで休憩しようよ」
「私は疲れてない」
「疲れてからじゃ遅いんだよ。それに、冒険ってのはゆったりたっぷりのーんびり……」
「私は先を急ぎたい!!」
気楽な調子のセイに、ミカが叫ぶ。
気まずそうに頬を掻きながら、セイは目線を上に向けた。
2人が目指す山頂上には、『追憶の祠』と呼ばれる小さな祠がある。
そこに物を供えると、それが作られた年代や当時の記録が分かるというのだ。
祠にミカが持つ神話の書を供え、秘密を解き明かす。
そのためにセイたちは万全の準備を整えて、険しい山に挑んでいたのだった。
「……ミカちゃん。これは1人の旅じゃないし、そもそもあんたは素人だ。経験者の言うことは、素直に聞いた方がいいと思うんだがねえ?」
頑ななミカを、セイは少し厳しい口調で諭す。
しかしミカは彼を睨みつけると、背を向けて走り去ってしまった。
「こら待て! 待たんかい……うわあっ!」
慌てて追いかけようとしたセイの眼前に、突然濃霧が立ち込める。
霧はすぐに晴れたが、その時既にミカの姿は消えていた。
「あぁもう! ミカの馬鹿、略してバカ! どうなっても知りませんからね!」
セイはふてくされながらも、ミカの後を追って歩き出す。
暫く歩いて冷静になると、セイの頭に先ほどの霧に対する疑問が浮かんできた。
「山の天気は変わりやすいっていうけど、普通はあんな突然に濃霧が出て消えるなんてあり得ない。この山、何かあるぞ……」
侵入者用の罠か、はたまた災獣か。
いずれにせよ、まずはミカを見つけなければならない。
セイは真面目な顔つきになると、慎重かつ迅速にミカ捜索を開始した。
「セイったら、私の気も知らないで」
草木生い茂る獣道を大股で歩きながら、ミカは1人呟く。
セイと離れてから数十分後、彼女はひたすら真っ直ぐに進んでいた。
心の中に満ちるセイへの憤りを原動力に、険しい山道を急ぐ。
しかし怒りでは誤魔化しきれない疲労に負けて、ミカは近くの岩に座り込んだ。
「つ、疲れた……」
彼女は大きな溜め息を零し、未だ遥か先にある山頂を見上げる。
一体どこまで歩けばいいのだろうかと途方に暮れていたその時、背後から幼い少年の声が聞こえてきた。
「お姉ちゃん」
「ひゃっ!」
ミカは驚きのあまり、座っていた岩から転げ落ちて尻餅を突く。
黒い服を着た少年は不思議そうにミカを見下ろすと、彼女に手を差し伸べて言った。
「僕がこの山を案内してあげるよ」
「……あなたが?」
少年はにっこりと笑って頷く。
ミカは恐る恐る彼の手を取ると、少年に引っ張られるようにして立ち上がった。
衣服についた土を払い、登山を再開する。
同じ頃、セイもまた奇妙な子供に遭遇していた。
「お兄ちゃん! お花あげる!」
黒服の少年と対を為す白服の少女が、天使のような笑顔で一輪の青い花を差し出す。
セイは花を受け取ると、芝居がかった口調でプレゼントの意図を問い質した。
「ありがとうお嬢ちゃん。対価は親探しかい?」
「わたし迷子じゃないよ! この山に住んでるの!」
「面白いジョークだな。ここ、地元民でも立ち入らない危険な山なんだぜ?」
セイは少女の言葉を嘘と断定し、乾いた笑い声を上げる。
少女は頬を膨らませると、セイの腕を掴んで無理やり引っ張った。
「何だどこに連れていく気だ……うわっお嬢ちゃん力強っ!?」
「わたしのお家!」
少女に腕を引かれて、セイは岩肌をくり抜いて作られた洞穴に辿り着く。
洞穴の中には、古いぬいぐるみやおもちゃ、そしてボロ布が散乱していた。
「……まだ信じないぞ。1億歩譲ってダイナミックおままごとだ」
「この後、雨が降るよ」
少女は徐ろに予言する。
「またまたぁ」と鼻で笑うセイの頭に、冷たい雫が落ちてきた。
「……マジかよぉ!?」
雫は瞬く間に豪雨へと変わり、セイは慌てて洞穴の中に避難する。
誇らしげに胸を張る少女に、彼は小さく頭を下げた。
「疑って、すいませんっした」
「分かればいいの。そうそう、今夜はここに泊まっていくといいわ。この雨、朝まで止まないから!」
「……ありがとう。そうさせて貰うよ」
セイは素直に少女の提案を受ける。
少なくともこの山のことに関しては、自分より彼女の方が詳しいらしい。
少女が作ったという野草茶を飲みながら、セイは探し人の名を呟いた。
「ミカ……」
「ミカちゃんって誰? お兄ちゃんの彼女?」
「ただの旅仲間。なんだけど、色々あってはぐれちゃってさ。探してるとこなんだ」
「……どんな人?」
「そりゃもうやべー奴だよ! 何度言ってもノースリーブの服しか着ないし、ちくわは1日5トン食べるし、語尾には『ゲス』ってつけるし!」
「お兄ちゃんそれ絶対嘘でしょ!」
「バレたか!」
狭い洞穴の中に、2人の笑い声が響く。
一頻り笑うと、少女は小さく呟いた。
「……私のお兄ちゃんも、よくそんな風に笑わせてくれたなぁ」
「へえ、兄貴いるのか」
「うん。10年前に、この山ではぐれちゃったんだけどね」
どう見ても9歳未満にしか見えないのに、10年前。
普段のセイなら一笑に付すところだが、この時は茶化さず少女の話を聞き入れた。
「10年前、私とお兄ちゃんは、この山に薬草を取りに出かけたの。病気のお母さんを助けるために」
だが些細なことから2人は喧嘩し、別々の道を歩いた。
それが兄妹の最後だった。
「お願い! もう一度お兄ちゃんに会いたいの! 一緒にお兄ちゃんを探して!」
少女は頭を下げて頼み込む。
喧嘩をし、別行動の果てに遭難するという兄妹の経緯は、セイにとって他人事ではなかった。
セイは大きく頷く。
「分かった」
「ほんと!?」
「俺の探し人のついでだけどな。明日の雨上がりを待って捜索を開始する」
早く寝た方がいいと忠告し、セイはボロ布を一枚拝借する。
そのまま眠ろうとした彼の体からボロ布を剥ぎ取って、少女が駄々を捏ねた。
「わたし、まだ眠くない」
「ええ……? だったら紙芝居を見せてやるよ」
「ほんと!?」
「ああ。俺は紙芝居屋なんだ」
セイは手際よく紙芝居の準備をし、1人の少女のための特別公演を開始する。
そしてあまりにつまらないセイの紙芝居は、彼女を無事に眠りの淵へと落としたのだった。
「うわっ爆速で寝やがった……まあ寝かしつけるためだし別にいいんだけど」
釈然としない気持ちを無理やり納得させ、セイも道具を片付けて眠る。
降り頻る雨の音が、妙に煩わしかった。
「無事でいろよ、ミカ……」
—————
楽しい旅を
翌朝、雨は予想通りに上がった。
ぬかるんだ地面を踏みしめながら、セイと少女はそれぞれの探し人の名を叫ぶ。
枯れてきた喉を水筒の水で潤しながら、セイが言った。
「なあお嬢ちゃん、一体どうして喧嘩なんかしたんだ?」
「下らないことよ。分かれ道を右に行くか、左に行くかで喧嘩になったの。私は左がいいって言ったんだけど、お兄ちゃんは右だって譲らなくて」
「ははっ、そりゃ確かに下らんな」
笑いながら、セイは喧嘩の理由に大きな既視感を覚える。
右か左か、休むか進むか。
考えてみれば、自分たちの喧嘩の原因も同レベルだ。
気まずさを悟られないようにしながら、セイは質問する。
「……お嬢ちゃん。なんで君の兄貴が右に行きたがったって、考えたことあるか?」
「ううん、ない」
「ないかぁ……そっかぁ……」
薄ら笑いで誤魔化しながら、セイはミカが無理にでも進もうとした理由を考える。
思索に耽るセイの耳に、聞き覚えのある歌声が響いた。
「静かに! 何か聞こえる」
2人は黙り込み、針の落ちた音すらも聞き漏らすまいと耳を澄ます。
木々の騒めき、鳥の囀り、歌声。
セイはすぐに声の主を確信すると、少女を背負って走り出した。
「ミカの歌だ!」
岩を飛び越し、草を掻き分け、風の速さで山を駆ける。
歌声に導かれるままに辿り着いた先は、山の頂上だった。
「セイ……」
雨の中を強行突破したのだろうか、振り向いたミカのドレスは雨に濡れている。
セイにおぶさっていた白服の少女が、ミカの隣に立つ黒服の少年を見て叫んだ。
「お兄ちゃん!」
少女はセイの背中を降り、少年に駆け寄る。
少年も両腕を広げて少女を迎え、2人は固く互いを抱きしめ合った。
「これ、感動の再会ってやつ?」
「……うん」
微笑ましい幼い兄妹の姿を見て、セイとミカの表情が和らぐ。
しかしまだ喧嘩中であったことを思い出し、セイはごほんと咳払いをした。
まずは仲直りをしなければならない。
「あー……あのさ」
「ごめんなさい」
先に謝ったのはミカだった。
硬直するセイに、彼女は続ける。
「私のためを思ってアドバイスしてくれたのに、それを突っぱねて迷惑をかけた。だから、ごめんなさい」
「わ、分かればいいんだよ。それに俺の方こそ……悪かった。あんたが急ごうとする理由も聞かず、自分の意見ばっかり押しつけちまった。許してくれ」
「……うん」
セイの不器用な謝罪に、ミカは安堵して頷く。
無事に仲直りを果たした2人は改めて、今回の目的である追憶の祠の方を向いた。
この祠に神話の書を供えれば、ミカの記憶を取り戻す手掛かりが得られるかもしれない。
ミカが書を取り出したその時、地面が激しく揺れ動いた。
「危ないっ!」
ミカと兄妹を庇って、セイは首の勾玉に手をかける。
土竜のような災獣が、大地の底から雄叫びと共に現れた。
「地底災獣……モグール!」
セイとミカは兄妹を下がらせ、モグールと対峙する。
勾玉に力を込めながら、セイが言った。
「ミカちゃん、今日もいい歌頼むぜ!」
「うん。セイも頑張って!」
「おうよ! 超動!!」
風雷の力をその身に宿して、セイは巨神カムイへと変身する。
ミカたちが見守る中、カムイの拳がモグールに炸裂した。
「クァムァイ! クァムァイ!!」
先手を取った勢いのまま、カムイが猛烈なラッシュを叩き込む。
締めの大技を放とうとしたその時、モグールが反撃に出た。
「クァムァッ!?」
カムイの拳を受け止め、異常発達した爪を振るう。
その威力は近くの木々ごとカムイを薙ぎ倒し、彼を大きく怯ませた。
無防備なカムイに狙いを定め、モグールが大技の構えを取る。
モグールは両手の爪を重ねて自らを巨大なドリルにすると、カムイ目掛けて高速回転突撃を敢行した。
「くっ!」
回避不可能の一撃を、カムイは風の御鏡で受け止める。
しかし攻撃を防ぎ切ることは叶わず、モグールは御鏡諸共カムイの肉体を貫いた。
「セイっ!!」
ミカの悲痛な叫びが響く。
吹き飛ばされたカムイの腕が、追憶の祠を叩き潰した。
「祠が……」
記憶を辿る好機を逃し、カムイは悔しげに拳を握りしめる。
怒りをバネに再起した彼に、モグールが再びドリル突撃を繰り出した。
「その技は見切ったぜ! トルネード光輪!!」
幾つもの小竜巻が集結し、一つの大きな竜巻となる。
カムイは竜巻を横倒しにすると、それを発射台に見立てて中に入り込んだ。
「クァムァァァイ!!」
そして雷の大太刀を突き出し、モグールとは真逆の向きに回転して飛び出す。
山に火花の雨を降らして、2つのドリルが激突した。
「……クァムァイ!!」
ドリル対決を制したカムイが、モグールを大きく吹き飛ばす。
戦いに終止符を打つべく、ミカは雷の歌を歌い上げた。
「雷鳴の如き太刀を手に、全ての闇を切り捨てよ」
雷の大太刀に古代文字が浮かび上がり、最大出力が解放される。
『神』の字の刻印で動きを封じたモグール目掛けて、カムイは渾身の必殺剣を放った。
「神威一刀・鳴神斬り!!」
太刀の軌跡に閃光が迸り、数瞬の後に雷音が轟く。
両断されたモグールの肉体は、大爆発と共に地上から消滅したのだった。
「……っ」
戦いを終えたカムイの肉体が消散し、セイの姿に戻る。
壊れてしまった祠を横目に見て、彼は申し訳なさそうに言った。
「ごめんな。祠、壊しちまった」
「気にしないで」
ミカは何でもないように答えて、祠だった木の板を掻き分ける。
板に埋もれていた一枚の写真を拾い上げて、彼女が口を開いた。
「よかった。これが無事で」
セイたちを待つ間、ミカは黒服の少年から彼らの正体を聞かされていたのだ。
写真についた煤を丁寧に払いながら、ミカは語り始める。
「これはあの子たちが最後に撮った家族写真なの。この山を登る時、お守りに持っていったんだって」
喧嘩の後、1人で登頂した黒服の少年は、祠にこの写真を置いた。
その直後に兄妹揃ってモグールに捕食され、死んでしまったのだという。
「じゃあ、俺たちが見たあの子たちは」
「祠の力で現世に残された残留思念……平たく言えば幽霊ね」
ミカの言葉を証明するかのように、兄妹の体が透けていく。
愕然とするセイに、兄妹は晴れやかな笑顔を見せた。
「お兄ちゃんと会わせてくれてありがとう。これでようやく成仏できるわ」
「2人のこと、天国で応援してるからね!」
「……おう! じゃあな!」
セイとミカに見送られ、兄妹の魂は天の国へと還っていく。
兄妹の成仏を見届けたセイたちは、近くの岩場に腰掛けて昼食を摂り始めた。
好物の明太子おにぎりにかぶり付きながら、セイが尋ねる。
「それでミカちゃんよぉ、どうしてあんなに急いでたんだい?」
「……不安だったの。どういう性格かも、どんな人間かも分からない自分が。だから1日でも早く、過去の記憶を知りたかったの」
だけど、とミカは続ける。
「だけどもう怖くない。私がどんな人間かは、旅の中で見つけるから」
「……そっか」
自分なりに吹っ切れたミカの様子に、セイの口元が綻ぶ。
雨上がりの虹を見上げながら、彼はそっと語りかけた。
「じゃあ、たくさん寄り道しよう。色んな人に出会って、色んな物を見て、とびきり楽しい旅をしよう。そうすればきっと、でっかい自分になれるから」
「……うん!」
セイとミカはこれまで以上に絆を深め、決意を新たにする。
昼食を終えて下山しようとした2人の頭上を、黒い影が覆った。
「ん?」
正体を知る間もなく、黒い影がセイたちを捕える。
次の瞬間、彼らは大空を舞っていた。
「キョエーッ!!」
影の正体である大鷲は天に向かって咆哮し、風を切って飛んでいく。
爪に背中を掴まれながら、セイが喚き散らかした。
「キョエーはこっちの台詞だよ! 降ろせバカ! 焼き鳥!」
「今降ろされたら死んじゃう!」
「あっそうだった! ごめんやっぱ降ろさんといて!」
人間たちの喧騒など意にも介さず、大鷲は目的地を目指して加速する。
行き先は世界の最北端・凍土と洞穴の国シヴァル。
セイの生まれ故郷。
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