第6話 必要なのは、きっと、そう。

 リビングで、ふたり。

 男と女。大人と子供(?)

 そして、わたしとあなた。


「それでは、第一回共同生活会議を始めます」

「……はい」


 ポカンとする夏樹くん。

 まあ、そりゃそうだよね。社会人経験ないといきなり会議ってなんだよって思うよね。


「うんとね、色々考えたんだけど、このままだとわたしたちの暮らしはピンチだと思ったのですよ。だから話し合いの場を作らないといけないと思ったわけです。これ、社会人の知恵ってやつ。わかる?」

「なんか、ちょっとわかる気はします」

「すばらしい。もうそれだけで合格点だ!」


 ちなみに酒は呑んでません。

 でも呑んでるレベルでテンション上げないとやってらんないくらいの気分ではある。


「それでは議題を説明します」

「はい」


 一.お互いの予定を説明しましょう

 二.連絡手段を整理しましょう

 三.家の当番を決めましょう


「この三つです」

「はい」

「疑問は?」

「いまのところ、ないです」

「よろしい」


 って言ったけど、ふと我に返った。


「いやよろしくないわ」

「えっ?」

「少しは疑問を持てよ、少年」


 今ドキの少年が抱くべきなのは大志ではなく、大人の一方的な発言に対する正しい疑問ではないのか!


「あ、いえ、そうですね。その、明日でも良くないかな? とはちょっと思いましたけど」

「いや、そこじゃないでしょ」


 ちなみに明日は土曜日なので、夏樹くんの言ってることはたぶん間違ってはない。

 ただ、朝のテンションでやるのも、それはそれでへんな気がする。


「とりあえず、ですね。だいじな話なので最初になぜ、いまやらないといけないのかを言わせていただきます」

「…………」

「来週水曜日、きみんとこの入学式でしょ」

「そういえば……そうですね」

「それまでにね、そろそろちゃんと考えないといけないなーって思ってたの。それが、ずっとわたしはダラダラ酒飲んでたし、きみはどこかしらフラーっとしてるしで」

「……すみません」

「いや、わたしも悪いんだけどさ」


 さすがに少し反省した。

 ほんとに酒飲んでる場合じゃなかった。


「互いにね、ちょっと遠慮してたのかな、ていまにして思うのよ。きみもそうだけど、わたしもね」


 夏樹くんは首を傾げた。


「というか、わたしばっかり喋ってるから、そろそろ夏樹くんにも意見というか、しょうじきなところを聞かせてほしい、です。その……なんだ、うちって居心地よくない?」

「あ、いえ、その──」


 わたしはあえて、待った。

 少し前のめりになって、夏樹くんの目があっちこっちに移動しているのを、いつになったら落ち着くのかわからんまま、それでも、じっくり待つことにした。


 沈黙には慣れている。

 まあ、沈黙の痛みに慣れただけだけど。


「居心地いいかって話でいうなら、ほんとうのことをいうと、まだ、フワフワしてて、よくわからないんです」

「うん」

「親からは女のひとのひとり暮らしって聞かされてて、ぼくみたいなヒトが入っちゃっていいのかなー、とか、なんかへんに棚開けたらだめかなー、とか、考えすぎちゃって、落ち着かない感じはします。そもそもぼくは人の家に泊まるってことも、枕を変えて寝起きするのもそんな経験ないから──」

「うん、うん」

「だから、慣れてない、だけかなって気もするんですよね」

「いや、そんなことないよ」


 そんなことない。


「気づかなかった。わたしがよくなかった。もっと早いうちに、ちゃんと聞いてればよかったね。もしかして、帰りが遅いのって」

「──言いにくかったですけど、近くの公民館の図書室にいました」

「……ごめん」


 バカなのは、わたしだった。

 少し頭を抱える。

 どーしよ。夏樹くんってば。


 勉強も運動もそこそこ頑張ってるってことだから、頭も良くて、なんでもできるってどっかで期待してたのかもしれない。

 でも、考えてみれば、夏樹くんは勉強と部活に精いっぱいやってきておいて、それ以外の遊び方とか楽しみ方とか、全く知らない人だった。一人で何かを楽しむってことが、ちっとも得意じゃない人間だったのだ。


 放置してどうにでもなる人間はいる。

 わたしなんかがそう。

 誰かに強制されるって大嫌いで、親にはいつも逆らってばかり。自分が好きになった人と一緒に生活したいって思うし、やりたいことは自分で見つけて行動しないと気が済まない。だから、働いてるし、そこそこお金も稼いでるし、自己管理もやってのけた。


 でも、そうじゃない人もいる。


「いや、ぼくも言い出せてなかったのが良くなかったです」

「いやいや、初めて来た人ん家で『居心地悪いです』なんて言えるわけないって」

「いやいや」

「いやいやいや」


 このままだとどれだけ「いや」を積み重ねられるかのジェンガをしそうになったので、ほどほどに打ち切って、本題に戻った。


「じゃあ、あらためてさ。二人でこの家で生活してくことになるから、かんたんなルールを決めよう、ね?」

「はい」


 それから先は案外トントン拍子だった。


 話をしてみて思ったのは、やっぱり夏樹くんは夏樹くんなりにパーソナルスペースが必要で、プライバシーもあって、おまけに綺麗好きだってことだった。

 そして、思ったよりも、ちゃんと自分の意見を持っている。


「火曜日と金曜日が燃えるゴミの日だって言うなら、その前日の夜──つまり月曜と木曜の夜にはキッチンのゴミ箱のゴミ袋は替えておきます。排水溝も洗いますし、掃除機の中身も捨てますので」

「えっ、そんなにやるの?」とわたし。

「やりますよ」

「ひえーっ」


 さすがに生ゴミとかほっとくとヤバそうなのはすぐ捨ててたけど、紙ごみとかは溜めてたし、排水溝とか月一回レベルよ、わたし。


「べつに無理強いはしません。でも、それくらいやるのがぼくの中では当たり前になってしまっていて、やりたいんですよ」

「まあ、家が綺麗なのに越したことはないから、有難いけど……なんか、悪いなぁ」

「そうですか?」

「うん──あ、そうだ」


 ふと、財布を開いた。


「大学生のさ、遊ぶお金って、どんくらいかわかんないけど。お小遣いっていうのも失礼かもだけど、掃除とかやってくれたら、その分お礼は出すから」

「いいですよ。そんなに」

「お金はあって損しないから、ほら」


 変な押し合い問答をして、とりあえず月五千円ということになった。

 週二回の定期清掃の代金だ。

 しょうじき安すぎる気もしたが、まあそれはともかく。


「逆に渚さんの部屋は頼まれないとやりませんよ。さすがに失礼だと思うんで」

「あー、まあわたしのはクローゼットとか開けなきゃ、べつにいいよ。というか、定期清掃してほしいくらい」

「そうなんですか?」

「うん。しょうじき、自宅の掃除が苦手なのですよ」

「なら、常識の範囲内で、やります」

「ヨロシク」


 あと、ご飯とかは──

 と言い出した時も、結構あっけなく。


「常備菜つくりますので大丈夫ですよ」

「え」

「ちょっと、手を入れていいのかわからなくて遠慮してたんですが、道具の場所や冷蔵庫のスペースがわかれば自分でやれます」

「げげげ」


 なんか、なんかそれって。


「もしかして、家庭科満点だったり?」

「確かそうだったと思います」


 急なフラッシュバック。そういえば、夏樹くんってば、自分で自分の弁当作って登校してたって向こうのご両親から聞いた気がするような──


「ひょっとして、家政婦?」

「渚さん、漢字間違えてません?」


 メタなツッコミするなよ。

 家政な、家政「夫」。


 そうこうして、ふたりの生活の役割分担を整理して表にしていくと──


「結論! わたしは働いて稼ぐ! 夏樹くんは家をピッカピカにしてメシを作る!」


 なんだ、そりゃ。

 そりゃあ、まあ、ちょっと、さあ。


「……なんか言ってて虚しくなってきた」

「ちょっとそこにはコメントしにくいですけど……」

「余計なことは言わんでいい」

「すみません」

「はあ」

「でも、〝お役に立てる〟ってわかって嬉しいですよ。一方的にお世話になりっぱなしっていうのも、それはそれで居心地が悪かったんです」


 ……ふーん。

 そーかー、そーゆーもんなのかー。


「だから、渚さんも甘えてください。ぼくの全力で渚さんを甘やかしますんで」


 ……ん?

 その笑顔は、なんだ。

 それでわたしの心を掴んだつもりなのか。


 甘い。甘いぞ少年。

 ショコラテのように、甘い!


 わたしはちょっとむかついて、こぶしの先っちょで夏樹くんのでこを小突いた。


っ」

「こいつ、年下のくせにナマイキだぞ」


 ということで、わたしたちの会議は無事終わりを告げたのだった。

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