第4話 身バレ即バレ素顔バレ

「それで、その年下ボーイとふつうにモスバーガー食べてきたの?」

「だって未成年だし。ほかにロクな選択肢なかったんだって」

「そりゃあ、まあ、もう少し前もって連絡くれればできたこともあっただろうけど、それにしても、ねえ」


 土日を挟んで出勤するなり、ヒロミがいつもの調子で話しかけてきて、結局洗いざらい喋ってしまった。

 最初は「あっきれた」のひと言で、「オトコに振られた翌日に年下ボーイのお世話がかりとか、目も当てらんないわね」と言いたい放題だったが、ディティールを理解するにつれて、おもしろ可笑しく茶々を入れてきた。


「で、結局どうしたの?」

「どうしたって? なにが?」

「寝るところ」

「やだー、もう。いまはまだ昼間ですぅ」

「渚のほうこそ頭ピンクじゃん。わたしが聞いてるのは布団あったのかって話」

「まあ、なんとか見繕いましたよ、ええ」


 リビングでふとんにくるまってもらいましたけどね。


 別に夏樹くんはそういうのでがっかりするわけでもなく、「わかりました」と答えたっきりふつうに寝てくれた。すまんね。今度枕は新しいの買ったげるから。

 彼自身の家具は大してなく、せいぜい勉強用にリビングのローテーブルを使う以外に特に目立ってやることもなかった。あいにく本を置く余裕もないのだがそこは大学の図書館でやってくれるとのことだった。


 となると、あとは食う寝る遊ぶをどーすんの、て話だけども。


「入学式までは東京で会いたかった友人と会ってくるって。わりと家いないのよ。夜も遅いし」

「へー、意外と活動的なのね」

「わかんない。SNSで作った友達だっていうけど、オフ会とかってそんなに私たちやったっけって感じだしな」

「そういや、マッチングアプリで会うのはオフ会になるのかね?」

「んー……」


 ときどきヒロミは鋭いとこを突いてくる。


「時代が時代よ。わざわざ〝オフ会〟とか言わなきゃいけない時点で年齢感じちゃうわ」

「それもそーかー、」

「まあ、九つも違えばエイリアンよ、エイリアン。今は可愛い男の子かもしれないけど、そのうちシガニー・ウィーバーみたいな若くてシャキッとした女追っかけ回す化け物になっちゃうわ」

「ヒロミちゃんそれも古い」

「えー、そう? シリーズまだまだ続いてるよ?」

「シガニー・ウィーバーはもういないの。あとはリドリーの作り直した小難しいやつしか残ってない」

「ちぇーっ、なんで映画は続けば続くほど小難しくなっちゃうんだろうね」


 さあね。知らんよ、そんなこと。

 ていうか、あなたはテレビ再放送と配信サイトで見直した勢でしょーが。


「まーいいや。てことは、そのナツキくんは今日も都会をほっつき歩いてるってワケ?」

「らしいよ。まー、大学始まるまでは暇だろうし、わたしも同じ立場だったらそうしてたから、いいんじゃない?」

「あっそー」


 そんなこんなで今日の業務が終わってしまうと、わたしはいつも通り帰って、いつも通りスーパーに寄って、いつも通り缶ビールを買ってしまった。

 気づいたのが会計後というのだから、余計にタチが悪い。


 しまった。なんでこう……


 習い、性となる。だとか、なんとか。

 確かマザーテレサも、孔子先生も、イエス・キリストもみんな日頃の行いには気を付けなさいとかいろんなことを言ってたはず。


 まあでも。

 この二日間、我ながらよく我慢した。


 良くも悪くも見栄を張ろうとして、夏樹くんの前でへべれけになることだけは避けてきたつもりだった。

 とは言いつつ、冷蔵庫の中を開けば本性というものはすぐバレるもので──


『渚さんってお酒好きなんですね』


 頭の中でフラッシュバックする。

 あんときなんて誤魔化したっけ。


 ええと。確か──


『まあねー。社会人になると、楽しみが少なくてね』


 ──はあ。


 いや、嘘はついてないけど、それはさすがにないだろうよ。

 大学生から大人の夢を奪ってどうする、社会人。だから「働きたくない」なんてのたまう若者を量産するんだぞ。


 ──でもよお、大人が働きたくないって本音言うのはこの二〇二三年、いまさら隠したってしょうがないことじゃないのかね。


 わたしの頭の中で天使と悪魔が交互にディベートタイムを繰り広げているあいだ、わたしはマンションの共同玄関を潜り抜け、エレベーターを上り、部屋にたどり着き、ゆっくり腰を掛けて、ぷしゅっと缶を。


 ぷしゅっと?

 無意識に開けてしまいましたとさ。


「あーあ」


 開けてしまったものはしょうがない。

 どうせ昨日今日のことで思った。夏樹くんは帰りが二十一時くらいになるから、まだ良いだろう。すこーし、すこーしだけなら。


 ぐびぐび飲んでしまう。

 やべぇ。禁断症状みたいな快感だ。


 この際だから土日に飲めずに余った缶も開けちまおう。

 そして、もう一杯、もう一杯も飲んでいるうちに──


 がちゃり。


「……ただいま戻りました」


 あ。


 あ、あ。


 あ、れ、れ?


「なんで鍵持ってるの?」


 思わず、思ってもないことを口走った。

 とっさに口を自分で塞いだ。

 もう酔いなんて醒めていた。


「今のナシ」

「いや、え? あの?」

「あ、違う違う、それはね。違うの」

「なにがどう?」

「とりあえず! 今のはなかったことにして! なんなら鍵開けて入り直すところから!」

「……」

「はりあっぷ!」

「は、はい!」


 がちゃり。


(鍵を閉める音)


 ごほん。


 リテイク撮ります。いいですかー!

 五、四、三、二、一……ッ!


(鍵を開ける音)


 恐る恐るドアを開けて、そこから覗き見る夏樹くん。

 え、演技下手くそなんだけど。


「これ、どういう状況なんですか?」


 あーもー、だめだめ。

 カット! カット!


「だめだよ。それ、そういうの」

「どういうの?」

「あのね、あのね」


 あ、の、で、す、ね!


「いい? 状況をおさらいするよ?」

「はい」

「ここに、独り暮らしに慣れきった三十路間際の女がいる。腐っても女なの。でも腐ってるから仕事帰りに飲み散らかすのがやめられないわけですよ」

「……はい?」

「なんの因果か知らないけど年下の男の子とひとつ屋根の下で暮らさなきゃいけない。それがどうにも悩ましい。なにって、年頃の男の子だからアラサーの女のただれた生活なんか見せるわけにいかないの。でも、一日二日で生活習慣変えろって方がむりなの。無茶なんですよ。わたしハリウッドの大女優みたいにできるわけないからね?」

「…………」

「だーかーらー、誰にも見られずにひそかに自分のほんらいのサガを爆発させたくなるのよ。でもね、ほんとは見られたくないの。見られたくないものを見るってどういうことだかわかる? プライバシーの侵害って言うんだからね!」

「そんな無茶苦茶な」

「無茶でも! それが本心なんです!」


 ここまで言ってしまうと止まらない。


「そーゆーときこそ、見なかったふりをするのが大人の対応ってものなのですよ。いいですか?」

「……あ、はい」

「返事もっとシャキッとして!」

「はい!」

「よろしい」


 とりあえずドアは閉めた。


「……で僕はどうすれば」

「とりあえず、あなたは何も見なかった」

「はい」

「お風呂入って、寝てください」

「はい」

「わたしはもう一杯飲んだら、寝ます」

「はい?」

「なによ」

「いや、あの」

「文句あるっての?」

「……渚さんが先にお風呂したほうが良くないですか?」


 ……言われてみれば、そうだ。


「ん。シャワーだけ浴びる」

「そうしましょう。渚さんは明日も仕事あるわけですし」

「おっ、わかってるじゃーん」

「ええまあ」

「ありがとう。んじゃ、後片付けとかお願いねー」


 翌朝、自己嫌悪に陥ったのは言うまでもなかった。

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