第9話

 ひとまず、銃声のする方へ向かうことにした。

 道中の武装した反対策組織は圧倒的な機動力と無力化技術で抑える。未だ一度の被弾もない。


 全て、風鳴の風を押し出し高速移動を可能にする魔法操作のおかげだ。

 彼女ほどの精密な操作は出来ないが、一度に使える魔力量は上回る。一度踏み込みさえすれば、直線なら負けない。


 演習で戦ったミノタウロスを彷彿とさせる動きだ。ひとつ違うのは――


「死ねやァ!!」


 とり逃した敵が銃口を向け引き金を引こうと指をかける――


「ア、アレ?」


 その銃身はブツ切りとなり、床へ音を立てて落ちていった。


 ミノタウロスと圧倒的に違うのは、左右への攻撃手段も持っていることだ。


「や、やめ――」


 狼狽え隙ができた敵の首根っこを掴み、雲晴の操作で制圧電流を流す。


「この階はこれで終わりか」


 不気味なことに戦闘音は聞こえるが、一度も異界対策庁の戦闘員に出会っていない。とてつもなく嫌な予感がする。


「ちょォっと魔力の使い方、雑すぎない? いくら魔力が多いとは言え。この電流だって君の魔力を使って出してる擬似魔法なんだから」


「あー、俺は精密な魔力操作は苦手なんだ。集中力と時間がいる。だから戦闘の時は結構適当に使ってる」


 魔力ゲージもまだ7/10は残っている。帰りの人工異界裂を出すのに1割を使うため、無駄使いが出来ないというのは正しい。


「へェ、じゃあそれが君の弱点だ」


「そういうことになるかな。まあ、二回しか魔力切れを起こしたことは無いからその辺は任せてくれ」


 そのまま階を上がって行く。

 踊り場に出た時だった――


 今までのフェイスマスクを着けた反対策組織の構成員とは明らかに風貌が違う様変わりなトレンチコートの男性が居た。

 両手をポケットに入れ、まじまじとこちらを見てくる。


「ありゃ、新型のスーツ型アーケインギアかな? もう全て喰ったと思ったけど、まだいたんだ」


 何処か掴みどころのない、飄々とした雰囲気のその男性は、ポケットから右手を引き抜こうとした――


 直後、背後から強烈な殺気を感じ取る。


「!」


 背後に出来た、異界裂とはまた違う黒い渦から、巨大な黒い狼のような獣が、その大きな口を開け丸呑みにせんと、襲いかかってきていた――


 間一髪のところで身を翻し、殴打を一発入れる。


「グルゥウウウ!!」


 獣は叫び声を上げながら、その男のもとへ擦り寄る。その仕草はまるで主人に甘える犬のようだった。


「おぉ、痛かったなぁ。よしよし……ははっ! すごいな、避けた上に反撃までこなして見せるなんて!」


「魔法使いか?」


「あぁ! 契約魔法使いの霧影 契きりかげ ちぎる。こっちは契約獣、ノワールフェンリルのショコラだ。こう見えて甘えん坊で可愛いんだぜ〜」


「グルルゥ……ガゥッ」


 ヘラヘラと笑っている霧影と、歯茎を全開に見せながら威嚇するノワールフェンリル。その歯は赤に染まっていた。


「……全員殺したのか?」


「ん? あぁ、対策庁の戦闘員のことか? まあ、普通に殺すでしょ。銃口向けられちゃ。こっちだって生身の人間だし。アーケインギアなんて大層なもの持ってないし」


 今まで、ここに来るまで一度も異界対策庁の戦闘員を見なかった理由が分かった。

 全員、この霧影と名乗る男に殺されたのだ。


「まあ、どうせ侵攻エリアに突っ込んで死ぬだけの命だ。早かったか遅かったかの違いでしかないよ。君もそうなんだろ? 防衛士」


 実力も、戦闘経験も、全てにおいて眼前の男が上回っていると、本能が理解し忌避しようとしている。


「君たちの目的は分かってる。魔法被検体の救助だろ」


「そうだ。今すぐ解放すればお前もそのショコラとかいう化物も特別に見逃してやる」


 別に対策庁の戦闘員でもない。本当は始末しておきたいが、正直な話出来る気はしないのが現状だ。

 フェンリルは金等級上位に分類される魔物。普通に考えれば勝てる相手では無い。サンドワームやミノタウロスはあれでも金等級下位であり、その差は歴然。データも少ない。その亜種個体ともなれば最早人類は何も知らないと言える。


「マジ? えーどーしよっかなぁ。君強そうだしもしかしたら負けて殺されるかも。だからといってタスクはこなさなきゃだしなぁ」


 腕を組みながら、上半身だけ左右に揺れ考えている素振りを見せている。


「うーん、うーーん」


 暫く考えた後――


「却下」


「グルガァアウ!!」


 ノワールフェンリルが再び襲いかかってきた――

 そう来ると踏み、風魔法で高く飛び上がり、霧影と同じ階へと上がる。


「うぉっ! また避けたな!」


 風貌的に肉弾戦は得意でないと見受けられる。アーケインギアのような武装もない。であれば真っ先に叩くべきは、男の方。


 殴りかかろうとしたその時だった。


 仄暗い影になっている部屋の隅に子供達が拘束されているのを発見してしまう。救出対象の魔法被検体達だ。その中には麗夏もいた。


 そして、その背後には黒い渦が巻いていた。

 即ち、ノワールフェンリルは何時でも人質を殺せる状況にあるといえる。


「俺に指一本でも触れてみろ。この人質は全員もれなくあの世行きだ」


 拳を収める他無かった。

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