第6話
「じゃあね。おにぃ、いつか帰ってくるよ。そんときにゃ彼女の一人や二人ぐらい作っとけよな〜」
「あぁ……出来たらな。異界対策庁の皆様、麗夏をよろしくお願いします」
「責任をもって妹様をお預かりさせていただきます」
こうして早朝に麗夏は異界対策庁の人と共に去っていった。
麗夏がいなくなった家の中はすっからかんのもぬけの様な、奇妙な錯覚に陥る。
「帰ってこいよ……待っているからな……」
ゲームは開封もされず、机の上に置いてあった。
異界対策庁の魔法被検体は実態こそ隠されているものの、被検体が死亡したとの噂も立っているほどの場所。そこで長くて2ヶ月は暮らすことになる。
もしもの事があればきっと、正気じゃいられなくなるだろうと、煌矢は考えていた。
「なあ煌矢」
ほぼ常に麗夏の無事を考えていた。
「おい煌矢!!」
「ぅぉあ!?」
「うああ!? 急に驚くなよ!?」
「いやこっちのセリフだ! なんだよ!?」
「あ、いや……浮かない顔してんなーって」
顔にまで出ていたらしい。
「あぁ、そうだったか。なんでもないよ」
「ならいいけどよ。今日は技工士を選ぶ日だぞ? 女の子がいたら即ピック!」
「あはは、目的は何も変わらないな」
「ったりめーだろ。神崎は良いよな、きっと雲晴さんと組むんだろうな〜ナンパしてたし」
雲晴 華月……煌矢はふと昨日、酷い目にあったことを思い出す。蜘蛛脚装備の自己中心的な狂人。きっと組むことになれば心労絶えないものとなるだろう。
対する神崎は平然と装っているが、気が気じゃない様子だった。
「お、おはよ! 煌矢くん、と……火野くん」
風鳴がぎこちない様子で寄ってくる。
「おはよう。風バリアの調子はどうだ?」
「うん、良い感じだと思う! でも、約束忘れてないよね?」
「覚えてるよ。安心して」
「うぉ!? なんだ煌矢、女の子と話せるのか!? てかなんだよ約束って!?」
「なんだお前……ただの魔法訓練だよ」
「なんだよぉぃ……仲間だと思ってたのによぅ」
おいおいと泣き真似をする。
「どうしたの? 彼」
「まあ、そういう時期だよ。気にしないであげて」
「わかった……」
「でさ、昨日発売したアレ、対戦できる所まで進めたから帰ったらやろうぜ!」
「あー」
あのゲーム、そういうタイプか〜
「ごめんちょっと昨日は家の用事で出来なかったんだ。何時間ぐらいかかるんだそれ?」
「1時間ぐらいだったかな」
「じゃあ出来るようになったら連絡するよ」
「おけまる」
「なに? アレって」
風鳴が少し興味を持ったのか問う。
「ただのゲームだよ。ちょっと変な」
「まあ、変なゲームではあるな」
総評、変なゲーム。前作も変なゲームだし、その前も変なゲームだ。故に謎の人気がある。
「ふ〜ん……じゃ、また後でね」
授業が始まるため、席へ戻って行った。
御津羽が近くまで顔を近づけて、隠し話をするように口元を手で隠す。
「……風鳴さんって意外と胸デカイし可愛いよな。あの眼鏡が最高に似合ってる」
「……お黙りなさい。風鳴さんは身体のラインが最高に良いんでしょうか。見ろ、制服が喜んでる」
「……っ!」
男子中学生の様なテンションで猥談が繰り広げられる。聞こえていないことを願い、この瞬間を楽しんだ。
「あーい、おはよう。欠席者は、見た感じ無し。よし、いいことだ」
津黒先生が出席簿と、タブレットを持って来る。
「んじゃ、今日は昨日の合同演習を経て、技工士からオファーが来てると思うんで、それの候補を決める日です。君達のタブレットに情報送ったんで、候補三人まで決めてくれ。実際につくのは一人だがな。オファーが無い人、選びたく無い人は決めんで良いぞ」
一息置いて、言うべきか言わないべきかを考えている素振りを見せた後――
「分かってるとは思うが、専属技工士とはいえ同じ一年生のペーペーが作る装備だ。戦場じゃ使い物にならん玩具。ある程度技術力がついて来るであろう二年から決めるってのも一つの手。それは技工士側も重々理解している。提出は三日後な」
こちらをチラリと見て続けて言う。
「中には例外もいるがな」
例外。きっとそれは雲晴のことだろう。
意を決して、タブレットに送られた情報を見る。
結果は四人。その中には案の定、雲晴 華月の名があった。技工士側の演習成績と共にコメントも書いてある。
よく分からないが全ての項目でトップに君臨しているようだ。唯一常識という項目を覗いて。
コメントは……長いから後回しだ。
ふと御津羽を見ると、ニマニマしていた。非常に分かりやすくて助かる。2位成績なのだからやはりそれなりに多く貰っていることだろう。選びたい放題みたいな顔をしている。実際に選べるのは一人だけというのを聞いていたのだろうか。
雲晴の次には、古藤 永莉(ことう えいり)の名があった。こちらは雲晴と比べると流石に見劣りする成績だが、魔物知識と製造技術は負けていないようだった。常識に関しては比較対象が悪すぎる。
コメントはなんだか謙虚で良い子そうな感じが伝わってくる上に熱意溢れるものだった。恐らくはあの時引き剥がしてくれた桃色髪の子だろう。
最後に、華月ちゃんが狙っているので気を付けてください! の文言があった。なんだこれは。
次の人も、その次の人も同じような注意喚起が書かれている。
推察するに雲晴の興味の矛先が俺へと向いており、狙われていると察しが付けられている状況にあるらしい。
彼ら彼女らは雲晴の魔の手から救うために立ち上がった者たちなのだろう。なんとも悲しい。
順当に考えれば雲晴を選ぶのはリスキー。初対面でいきなり電撃を流してこようとする狂人だ。正直関わりたくない。生命維持に難をきたすトンデモ装備を作ってきそうな危うささえある。
とはいえ古藤やその他二人を選ぶとなると、あとが怖い。となるとそもそも選ばないのが得策な気がしてきた。
ふと神崎を見ると、明らかに動揺していた。こいつもわかりやすい。あの様子だときっと雲晴からのオファーが無かったのだろう。正直あけ渡したいぐらいだ。
「なー、煌矢。この子とこの子ならどっちよ? ……って」
すぐさま御津羽の口を抑える。そしてアイコンタクトで神崎を刺激するようなことはしないように伝えた。
妙に察しがいいからか直ぐに理解すると小声モードに移行した。
「……正直、俺は無理。怖い」
「……とんでもねぇ文量だな。もうここまでくりゃ狂気だ」
二人でじーっとその文を見る。
初めまして(=・ω・)ノ雲晴 華月です(((o(*゚▽゚*)o)))
昨日はゴメンねm(_ _)m驚かせちゃったよねΣ(゚д゚;)
こんな調子で一文一顔文字のトンデモ文章が続く。最後に、参考までに実績を記載するね(*´ω`*) の文言と共に実績がずらりと並んでいた。
・異界対策庁主催 技術コンテスト 最優秀賞
・魔法科学コンテスト 最優秀賞
・新型装備アーケインギアV 当方開発の魔法装填システム※採用
・異界対策庁 技巧技術協力
.etc
※ 擬似魔法装填システム : 魔法を再現した魔法データを魔力と共に封じた専用リキッド、及びそれを使用可能とするシステム。
回数制限が存在するが、リキッドの入れ替えにより手数の向上が見込める。また、リキッド内の魔力を消費するため、従来の擬似魔法システムの欠点であった使用者の魔力消費の欠点を克服
……と、どれも豪勢なものだった。
「……ヤバいな」
「……ヤバイよ」
文言も、実績も。どちらも圧倒的にヤバい。
「……どうするんだ?」
「……ちゃんと考えることにする」
休み時間。神崎がいないことを確認し、風鳴とも合流して会議をすることになった。
「そうだよね。煌矢くん凄いから」
「でもよ、この文言見るに魔法が使えれば誰でも良さげな感じだぞ。別に煌矢である必要はなさそうだ。それなら風鳴さんも使えるよな?」
「うん、私にも来たよ。でもこんな友達に送る感じじゃなかった」
そうして見せられたタブレットには、同じ人物が書いたとは思えないほど淡白で律儀な文章が書かれていた。
「本当に同一人物か? これ」
「ありえない……」
自分の中にもう一人の自分がいるタイプかもしれない。
そして時は流れ、本日の授業は全て終了となり晴れて自由の身となった。
後は風鳴の風バリアの調整を手伝うだけだ。
「うげ〜、津黒先生に頼まれた仕事があって帰れね〜よ〜」
御津羽はダルそうに机に突っ伏しながら、ぶつくさ言っている。
「まあまあ」
「煌矢は良いよな、これから風鳴さんとデートだろ?」
「魔法訓練な」
「ちぇ〜俺も魔法使えりゃな〜」
不服そうに教室を出て行った。
「煌矢くん?」
入れ替わるように風鳴が来る。
「魔法訓練の前にちょっと御手洗。先に行っといてくれ」
「うん、待ってるね」
済ませて風鳴が待っている訓練空間へ行こうとしたその瞬間だった――
ひんやりと冷たい感触が身体を襲ったと同時に、宙に浮かび上がっていた。間髪入れず猛烈な倦怠感に苛まれ、視界が暗転する。
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