第4話

 失ったはずの右足があることを確認し、観戦室へ続く通路を歩く。

 すると向かいから、歪なシルエットをした人物が歩いてくる。

 雲晴 華月くもばれ かつきだ。相変わらず蜘蛛のような機械腕を有した装備を身に纏っている。


 じぃっと見ていると、急に走ってきた――


「うぉあっ!?」


 すぐに距離を詰められる。ありえないほど近い。そういう怪異と言われたら信じてしまえるほどには、煌矢に恐怖心を植え付けた。

 機械腕が煌矢の腕を掴み、身動きできないよう制限をかけてきた。


「ちょっと!?」


 それは動きを封じるだけに飽き足らず、服の中にまで侵入してきた。冷たい鉄の感触が肌を伝う。


「ねっ! 見てたよ! 君が四属性魔法を使える防衛士候補だね!?」


 興奮した様子の華月は、始め見た時のような天才少女の様な知的なものではなく、ただ気が狂ったマッドサイエンティストのような形相だった。


 紛うことなき、関わったらダメな人の典型例がそこにある。強めの恐怖を覚えた。


「え、あ、はい」


「ちょォっとだけ質問に答えて! 嘘ついたら電流が流れるから!!」


「待て待て!? 今なんつった!?」


「じゃあいくよ! 何故複数の属性魔法を使えるの!?」


「えっと、教えてもらったから……」


「誰に!?」


「……魔人」


「ふぉおお!! ははっはァっ!! それは何時ぐらい!?」


「5歳ぐらい……?」


「おぉぉお! 幼少期って訳だね! じゃあさじゃあさ、どうやって魔人と出会ったの!?」


「異界裂に迷い込んだ時」


「なるほどー! てことは今は2035年だから、当時5歳だとすると……ちょうど10年前か! 異界裂による侵攻が始まった時期になるね。いやあ、興味深いねぇ。じゃあさー!!!」


 次の質問が来ると身構えていると、華月の背後に防衛士科でクラス担任教師の、須黒 瑪瑙すぐろ めのう先生が立っていた。


 黒髪三白眼。気怠げな雰囲気を纏ったギザ歯が特徴の一見かなり怖い人だ。どういう訳か女子生徒からの人気はかなり高い。


 面倒臭いのか基本は省エネで業務に当たっているが、必要なことは最低限しっかりと行う為、誰も何も言えないのが現状。生きるのが上手いタイプの人だ。


「おい、天才問題児。うちの生徒に何してんだ」


「あァ! 須黒先生! 今彼にインタビューしてるところです!」


 須黒先生が発する圧に臆するところか果敢にも立ち向かって行った。

 何処かネジが外れてそういった危機管理能力が欠如しているだけのようにも見えた。


「にしては手荒だな? 俺も活躍したらこうしてくれるのか?」


「ナチュラルウィザードにしか興味はないので、残念ながら」


「そうか、それは残念だな。で、そのインタビューの名を冠したセクハラはどれぐらいかかりそうだ」


「ざっと……3時間ですかねェ、彼を貸してくれれば、技工全体の技術レベルの向上が見込めるんですがァ」


「今すぐである必要が無いなら、手を引いてくれると助かる」


「ふむ……」


 考え事をし始める。何をそこまで考える必要があるのだろうか。


「あぁっ! 華月ちゃん!? 急に居なくなったと思たらなにしとんよ!? ほんますいません、いくよ!」


 桃色髪の少女が慌て様子で来て、考え事をしている雲晴を引き剥がしてくれた。


「ぁ、ああぁぁぁ……」


 そのまま、何度か謝られるとズルズルと連れられて行った。


「……はぁ、遅いから呼びに来たらこれだ。行くぞ」


「助かりました、ありがとうございます」


「あー? いや、邪魔して悪いとは思っている。さっさと寝たいから、理解してくれるとこちらとしても助かる……」


「は、はい……?」


 観戦室に入ると、辺りはドッと湧き上がった。ここまで注目の的になると気分もいいものだ。


「煌矢がやりやがったぞ!」


「流石、魔法使い煌矢!」


 かなり皆からの評価が上がっているようだった。


「いえーい。やったったぜー」


「はいはい、落ち着け。コイツは今疲れてんだ、激闘のあとだからな。さっさと結果発表して、今日は解散する。いいな」


 須黒先生による今回の演習による結果発表兼解説が始まった。


「まず、これがお前らの獲得ポイントだ。この順に評価解説を行う」


 1位 354ポイント 神崎 迅かんざき じん

 2位 347ポイント 火野 御津羽ひの みつは

 3位 270ポイント 風鳴 奏恵かぜなり かなえ


 1位と2位はかなりの接戦が繰り広げられていた。


 また、12位 188ポイントで霜凪 煌矢しもなぎ こうやの名があった。


 そのポイント表を見て辺りがざわめく。


「あぁ、わかってる。霜凪は最後に知恵を振り絞り、サンドワームを倒した。その点は間違いない。だが、同時にタイムアップ。残念だったな。評価解説は後ほど行う」


「よかった……倒せていたんだ」


 ふと頭に浮かんだ水蒸気爆発。それを実現出来るかもしれないと、咄嗟に行ったはいいもの、実際に火力が足りているのかなどの要因により結果は分からずモヤモヤしていたところだった。

 成功したなら何も言うことは無い。


「まずは相変わらず1位の神崎。ミノタウロスに喧嘩を売らず今まで通り銅銀等級の魔物を狩り続けていればもっと高かっただろうな。だが、神崎の犠牲は霜凪と火野が繋いでくれた。その点は間違いない。よくやった」


「……うっす」


 何処か不服そうだった。


「次に、上位常連の火野。何があったかは知らんが、霜凪を護りながらの銅銀等級討伐は見事だった。また、ミノタウロス戦で見せたチームワークも悪くない。戦場は単独では成り立たないからな。個人的評価はかなり高い」


「ありがとうございます!」


 こちらは素直に嬉しそうだった。


「次に、同じく上位常連の風鳴。得意の風魔法に特化した戦いは相変わらず見事だった。銅等級討伐速度なら誰にも負けないだろう。だが防御面に不安を持っているな。銀等級にもなると硬さも増す。低威力で手数中心の近接主体だと反撃も喰らいやすいだろう。今後の課題だな」


「ご教授ありがとうございます」


 風鳴 奏恵。魔法が使える女性の防衛士志望。薄緑の長い髪をしており、丸メガネをかけた物静かな人物。あまり口数は多くないが、実力は高く一目置かれている存在である。あと、身体のラインが美しすぎる。装備が喜んでいる。


 この調子で淡々と評価解説が行われていく。次に煌矢の番となった。


「次に霜凪。まあ、今回の演習のMVPだな。スライムの粘液の後処理や、神崎がつけたミノタウロスの傷に気付き、勝利に繋げた点は流石と言える。加点方式が評価制なら間違いなく上位だったろうな」


「ありがとうございます」


「サンドワームの討伐をほぼ単独で成し遂げた点も評価に値する。まあ、タイムアップで加点はされてないが。あとは……言うことがあるとしたら、戦法が魔法に依存しすぎている点か。使えるに越したことはないが、窮地に陥っても魔法で何とかできるという傲りが全体を通して見て取れた。まずは身の安全が第一だ。気をつけるように」


「はい。善処します」


 そして次の評価解説に移る。

 30人全てが終わると、解散とだけ言い残して一人勝手に元の世界へ戻る人工異界裂を作り出し帰って行った。


「俺らもかえろうぜ」


「あぁ」


 元の世界に帰る。後は通常授業だけとなる。


「霜凪くん」


 御津羽と雑談していると、風鳴が神妙な顔で話しかけてきた。


「はい?」


「教えて……ください。風魔法」


 あまりに突然の申し出で、煌矢と御津羽は数秒間固まってしまった。


「え、でも風鳴さんの方が詳しいんじゃ」


「サンドワームの時、空中機動に使ってたよね」


「あはは……挑戦して失敗したけどね……」


「……もっと強くなりたい……だから、使い方、教えてください!」


 その眼差しはただ一点。霜凪を貫いていた。

 流石にそこまで真剣な眼差しを向けられて、邪険にする訳には行かなかった……


「わか……った」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る