第3話

 後は御津羽に任せ、家屋に背中を預けて目を閉じ休憩に入る。


 すると、かなり疲れていたのか比較的早く睡魔が襲ってきた。


 気が付くとそこは、幼い頃お世話になった魔人貴族の屋敷だった。

 背丈も記憶のまま、当時のものとなっている。


「コウヤ、こっち!」


 優雅なドレスに身を包んだ可憐な少女が元気よく跳ねながら両手を高く上げ手招きしている。


 彼女には見覚えがあった。

 魔人貴族アルカディス家のご令嬢、セレニア。非常に活発で行動力の高い少女であると記憶している。


「はいはいお嬢様」


「その呼び方は辞めてって言ったでしょ!」


「あー……そうだったね、セレニアさま」


「さまもダメ! セレニア! さん、はい!」


「セレニア……」


「そう! よく出来ました!」


 ニコニコで煌矢の頭を撫で回してくる。

 あちらの方が少しだけ背が高いが、より幼い雰囲気を纏っていた。


「ね、コウヤは本当にニッポン? に戻りたいの?」


 どこか寂しそうで、悲しそうな瞳をしていた。


「お母さんやお父さんが心配してるし、友達も……」


「ママとパパはコウヤが来てくれて嬉しいって言ってくれたよ? 家族のように思ってくれてもいいって……それに友達なら私もそうでしょ……?」


 セレニアは言葉を遮り、捲し立てるように矢継ぎ早に言った。


「コウヤくん。異界裂が開きそうだ」


 後ろからセレニアの父、およびこの屋敷の主が呼びに来た。


「……ありがとうございます」


「……もし、もしもだが、コウヤくんが良いならこの世界に留まってはくれないか? ここは確かに君にとっては不便だろう。人間を快く思わない魔人魔物も多い。だが、きっといつか人間と魔人が手を取り合える日は来るはずだ。君と我々のように。安全も保証する」


 その言葉は本心から来るものであると、子供ながらに分かる。だからこそ、煌矢も本心で話すことを決めた。


「ありがとうございます、お父様。ですが、僕は生まれ育った場所でやり残したことが沢山あります。……でも、いつか! 帰ってきます! もうひとつの故郷として……必ず!」


「……わかった。決意は固いようだね」


「パパ!」


 セレニアが駄々をこねるようにしがみつく。


「ダメだよ、わがまま言ったら。これはコウヤくんが決めたことなんだ」


 セレニアは悔しそうな表情を浮かべたまま、涙を浮かべていた。


「近々必ずあの最悪の魔王は、コウヤくんのいる世界を狙うだろう。きっと、命を落として……いや、一生会えないかもしれない。私としてもそのようなことは望まない。だから……最後の魔法訓練だ。セレニアも来てくれ」


 そうして連れられた先は、いつも魔法訓練に使っている庭園だった。


「コウヤくんは人間だが、魔法の筋が良い。だから、この魔法もきっと、上手く扱えるだろう。見せてあげなさい、セレニア」


「……はい、パパ」


 セレニアは俺の方を向き、何やら覚悟を決めたような形相をしていた。


「ごめんっ!!」


「っ!?」


 次の瞬間には気を失い地面に突っ伏していた。


―――


「おぉ、起きたか。爆睡だったぞ」


 目を覚ますと御津羽が傷だらけで目の前にいた。


「……御津羽? あぁ、ありがとう。おかげで気分が晴れたよ」


「おう。そりゃよかった」


 辺りには魔物の焼死体が散乱していた。


「……やっぱりお前は強いな」


「まあな。親父は迦具土隊の隊長、火野 夜藝速(ひの やぎはや)。負けてらんねぇのさ」


 一位成績の神崎 迅の影に埋もれがちだが、御津羽も充分化け物じみた強さを持っている。

 炎の擬似魔法を組み込んだ刀を駆使したその戦闘スタイルは、いつ見ても豪快で頼もしい。


「おい、金等級が出現したぞ! お前らも逃げろよ!」


 上から男性の声がする。屋根を跳び継ぎ素早く逃げていた。

 確かに、耳をすませば遠くから何かを破壊するような音が微かに聞こえてくる。


「だってさ。やってみるか?」


「馬鹿言え。逃げるぞ」


 逃げ出そうとしたその時だった。

 目の前の家屋が突如として破壊され、瓦礫が舞う――


「はぁっ!?」


 粉塵と共に眼前に現れたのは、ミノタウロス。コボルトの狼部分が筋骨隆々な闘牛となり、より凶暴で強靭な肉体を得た個体――

 それが砲弾のように家屋を破壊しながら突き進んできたのだ。


 異界の本で見ただけだが、特徴やクセは分かる。ハマれば充分に勝てる相手だ。


「御津羽、コイツは直線でやり合うな。以上」


「任せろ」


 それぞれの武器を構える。

 ミノタウロスは突進の際、足に力を貯める動作を行う。こうなれば――


「散れ!」


 その合図と同時に左右に跳ぶ。ほぼ同時にミノタウロスが圧倒的な走力を持ってして突進を繰り出してきた。


 突風が軌道上を遅れて流れる。

 それだけでもかなりのパワーであると思い知るに足りる。


「当たったらひとたまりもねぇな!」


 そして、突進の直後は大きな隙が出来る。そこにチクチクと攻撃を入れていけば理論上は勝てるが、毎度避けられるかというとあまり自信はないのが現状。決定打も心許ない。


 持久力も体力も圧倒的に相手の方が多い。それに、ミノタウロスは突進する度にヒートアップしていく習性を持つ。この個体は身体の傷を見る限り、既にいくつかの交戦を得て充分に温まっているのが見て取れた。初手の突進を避けることが出来たのが奇跡とさえ言える。


「逃げるぞ!」


「おう!」


 一目散に市街地内を逃げる。


「散れ!!」


 ほぼ勘で掛け声をかける。


「っぶねぇ!!」


 真横をミノタウロスが過ぎ去って行った。少しでも遅れていれば諸共肉片になっていただろう。


 一瞬だけ見えた左足の傷はかなり深いものだった。


「……行ける」


 風魔法による風の刃をその傷口に当てると、想像以上にダメージが入ったようで、膝を突きよろめいた。


「はぁ!? 逃げるんだろ!?」


「お前は逃げろ。これは、誰かが託してくれた討伐への糸口だ」


 防衛士志望として、このチャンスを逃す訳には行かない。


「……あーもうっ! 作戦は!」


「土魔法で足場を奪い、機動力を削ぐ。その隙を任せた」


「わかった。行けるんだろうな」


「後悔はさせない」


「それが聞けりゃ充分だ」


 ミノタウロスは再び突進の姿勢を取る。


「散れ!」


 発した掛け声と同時に、御津羽は真横へ跳ぶ。

 煌矢は剣を地面に突き刺し、魔法を発動した――


 前方に巨大な溝が現れる。


 ミノタウロスはそれを飛び越えようと大きく跳躍した。


「はぁっ!」


 真上を跳ぶミノタウロスの左足へ土魔法弾を放つと同時に、着地点を予想し、岩で出来た棘を張り巡らせる。

 体制を崩し、背部から岩棘地帯へと不時着する――


「――!!!」


 鬼神の如く業火を纏った御津羽が、まだ息のあるミノタウロスの首を断ち切った。


「……勝った!」


 息を付き、よろよろと座り込む。流石に身体を張りすぎたか、はたまた緊張感から解放された安心感からか、もう力を出せそうになかった。


「ふぃ〜怖かった怖かった。わりぃなポイント食っちまって」


「もとよりそのつもりだ」


「よしよし、あと2分で終了か! ゆったりするかね」


「待て、まだ終わってない……」


 地面がグラグラと揺れ始める。これは地震じゃない、魔物の仕業に違いない――

 気付いた時にはすで遅く、砂埃が舞うと同時に御津羽の身体が宙に投げ出された――


「っ!?」


 土色の縦に長い胴体。強靭なペンチのような顎と節足動物のような骨格を持つ大型魔物――サンドワーム。紛うことなき金等級の魔物だ。


「後は任せた!」


 血飛沫が飛び散る――


「お、おい……」


 この人工異界の中では死んでも問題は無い。それは分かっている。きっと今は控え室でリスポーンして、観戦室に戻った際には先に散った仲間達から注目を浴びることだろう。


 御津羽が遺した刀を拾い上げる。


 やってみたいことが一つ二つと湧き上がる。きっと、出来るだろうと心が奮い立っていた。


 サンドワームによる地面の隆起攻撃が煌矢を襲う――


「はぁ!!」


 自分の剣を地面に刺し、発動した土属性魔法で威力の軽減を狙う。

 結果、目論見通り隆起攻撃の勢いは衰えるが、相殺には至らない。


 一呼吸置き、隆起攻撃に合わせて風属性魔法を地面に勢いよく噴出し高く飛び上がる。

 位置はサンドワームより少し高く、充分に頭部を狙える位置取り――


 サンドワームは口から勢いよく砂をビームのように吐き出した。


 避けられないと直感で感じ取り、急遽避けるために、水魔法の噴出を使い空中制御を行う。


「チィッ!!」


 左脚を掠め、血飛沫と共に失う。立て続けに空中制御は失わる。捕食せんとサンドワームの口がすぐそこまで来ていた。


 その口に目掛けて多量の水流と業火を纏った刀を投げ入れる。


 次の瞬間、身体は控え室にあった――


 つまり、死んだのかタイムアップ、どちらかとなる。しかし不思議と気分は良かった。

 倒せなかったとしても、やれることはやった。実戦であれば、仲間へ繋げる程度のことは出来ただろう。

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