第2話

「思ったより女子いるな〜」


「意外だな。驚いた」


 女子割合が少ないと予想していた技工科だったが、実際は半数程度はいた。工業科とはまた違うだろうが、勝手にそういうのをイメージしていた為に予想に反した結果に戸惑いを隠せなかった。


 そんな技工士側でも一際異彩を放つ者がいた。


 蜘蛛の様に無数に生えた機械腕を巧みに使い、複数同時並行でタブレットやパソコンの操作をしている少女。

 きっと今この瞬間にも何かしらの装備を設計しているのだろうと思わせる程、ひたすらに熱中しているその姿……流石に目立つ。一人だけシルエットが違いすぎる。


「……お前も気になるか。天才、雲晴 華月くもばれ かつきが」


「まあ、有名人だしな」


 雲晴 華月。その実力は既に異界対策庁の技工部からスカウトが来るほどのもの。実際に彼女が開発した魔法機構が最新鋭の装備に使われていたりもするらしい。


「顔も良い。横顔美人、正面で見ても美人。立てば芍薬座れば牡丹。作業している姿は……ちょっと怖いな。まあ、噂には聞いてたが、まさに高嶺の花って感じだよな〜」


 周囲の視線を気にもせず、ただひたすらに作業に没頭している。

 そんな彼女のもとへ一人の男が近寄る。


「うわ行ったぞアイツ!」


 同じクラスメイトの優等生だ。入学時行われた防衛士適性試験では1位の成績で通過し、後の演習でも大きな功績を残している。

 いわば防衛士になるべくして生まれた存在。


「なあ、君が雲晴華月さんだよな? 俺は神崎 迅かんざき じん。自分で言うのもなんだが、俺はかなり強い。君の技術を活かせるのは俺だ。……どうだ、俺の専属技工士になってくれないか? 俺と君が組めばあの迦具土隊だって目じゃない」


 辺りがざわめき始める。

 迅も目鼻立ちが良く、いわゆるイケメンの部類に入る顔立ちをしている。実際に組むことになれば美男美女のタッグになる。


「……」


 かなり通る大きい声だったが、作業する手は一切止まらない。実際は気にもかけていなかった。


「……ははっ! 御託を並べる前にまずは実力を見せてみろってことだろ? ならすぐに分かるさ」


 迅は笑い飛ばしたあと、何時もつるんでいるメンバーの元へ帰って行った。


「……っはー、ビックリしたー。雲晴さん、おっかねー」


「あ、あぁ……そうだな」


 後に、防衛士と技工士で別れる。その後担任教師から内容を伝えられる。


「本日の演習内容は、仮想魔物の討伐。フィールドは市街地。加点方法はポイント制。技工士に見られてはいるが、いつも通りやってくれ。それと神崎、ナンパは止めないが相手の気持ちも少しは理解してやれ」


「彼女の凄まじい技術力を一番活かせるのは俺だってことを実力で分からせますよ!」


「あーうん……そう。じゃあ、10秒後それぞれランダムポイントに転送する。死ぬか1時間経過でここへ再転送される。これもいつも通りだ」


 そうしてカウントダウンが始まる。

 3に差し掛かった時だ――


「それと言い忘れてたが、金等級の魔物を模した仮想魔物も出現するから心するように。自分に出来ることを理解して最大限立ち回ってくれ」


 それが聞こえ、一瞬辺りがざわめく。次の瞬間には既に市街地エリアへと転送されていた。


「金等級か……」


 魔物にはランク付けがされている。銅、銀、金、白金の四段階。銅は過去の演習で何度か倒してきているため苦ではない。銀になると途端に苦戦を強いられるのが現状だ。複数人で戦いようやく勝ち星を上げられる程度のもの。金や白金にまでなると戦ったこともないから想像がつかない。基本は逃げに徹するべきだろう。


 そうこう考え事をしている内にも銅等級の魔物がわらわらと集まってきた。粘液系の魔物。名はスライム。如何にもな雑魚だが、粘液に守られた中央のコアを的確に破壊しなければどれだけ攻撃しても無効に終わる初心者キラー。粘液は打撃に強く、斬撃には弱い。


 装備の剣を手に取り、構える。


「はぁっ!」


 一振で同時に二体を薙ぎ払う。コアを破壊した後は爆散するように辺りに粘液を撒き散らす。それを吸収して、よりデカく、より強くなるのもスライムの特徴だ。三体分を取り込んだスライムともなると、コアを守る粘液が多くなり中々倒しにくくなる。そのため、迅速な対応を心掛ける必要がある。


 流れるように、残ったスライムのコアを破壊。散った粘液をなるべく集めて火属性魔法弾で一気に焼き払う。

 コアが無くなった粘液は意外とすぐに燃えるのも特徴だ。これをしておかないと残党がいた場合が大変であるため、念入りにしておく。


 人が魔法を使うには才能や、幼少期の頃に魔法に触れるなどの経験が必要になると言われている。訓練で後天的に身につけることも出来るが、それをしてまで使おうとする使用者は少ない。

 そもそも装備側にその仕組みである擬似魔法を取り入れた機構が用意されている場合が多い為、特段覚える必要は無いのだ。


 煌矢は一時期、魔法が使えることに大きなアドバンテージを感じていたが、実際は要らないと知りショックを受けた過去を持つ。


「……よし。なんとかいけるかな」


 この程度動いただけだが、何故か車酔いに近い気持ち悪さを感じていた。しかしそれもすぐに引いて無くなる。


 その後、煌矢は目に映る魔物を次々と倒して行った。少し休憩をしようと、朽ちかけたベンチに腰をかけた瞬間だった――


「ギャァアアアッ!! 助けてくれっ!!」


 耳をつんざくような悲鳴が聞こえてくる。割と近くだ。

 声のした方へ進むと、人狼型の魔物が、あまり関わりのない防衛科の男性を殺し終えていた。


 コボルト。人と狼が3:7ぐらいの割合で配合されたような銅等級の魔物。非常に狡猾で残忍な性格として知られている。人語を真似る種類もいる。

 単体での脅威度はそこまででも無いが、集団で対峙するとその脅威度は銀等級にまで匹敵する。その為スライムよりも一体当たりのポイントが高い。


 既にコボルトの亡骸がその場に2つ転がっており、生きているのは6体。いつもの演習ならば、よくやったと言える方だろう。


 先の悲鳴を聞きつけたのか、向かいから御津羽が駆けつけて来た。自然と挟み撃ちの体勢となる。


「おー、煌矢! 生きてたか!」


「そっちこそ。行くぞ」


「おうよ!」


 コボルトの攻撃は基本、手に持った棍棒を大きく振りかぶるのみ。少し成長した個体だとそこに知識や体術も絡めてくるが、この個体はその限りでは無いようだ。

 振りかぶる直前の隙に、一薙で首を切り落とした。

 膝からガクリと崩れ落ち、流血と共に亡骸だけが残る。


 その瞬間、次は酔いと同時にグラりと意識が遠のいた。


「煌矢! 後ろ!!」


 御津羽の声を聞き、背後に忍び寄る脅威の存在に気付く。


 次の瞬間、コボルトの身体は金切音と共に乱雑に引き裂かれた――


「……あぶね!」


 風を音速で発生させ、刃のような斬撃を実現した、風魔法の応用技。装備に内蔵されている擬似魔法では無く、煌矢が使える習得魔法だ。


「ひゅー! さすがだな。魔法ってのは!」


「擬似魔法で充分だよ」


 無惨に引き裂かれたコボルトに視線を落とす。流血と苦悶に満ちた顔が、プログラムで動く仮想魔物とはいえ多少の罪悪感を狩り立たせてくる。


 魔法は体内の魔力を消費して発動する異界の戦闘方法、あるいは日常的な技術。我々は火が欲しければマッチやライターを使うが、異界では火魔法を使う。水が欲しければ蛇口の栓を開けるが、異界ならば水魔法を使う。このように、科学技術が発展した世界がこの世界で、魔法技術が発展したのが異界となる。


 煌矢は幼少期に異界に迷い込んだ経験があり、それがきっかけとなり魔法が使えるようになった。

 その時に人間である自分を匿い、この世界に戻るための異界裂が発生するまで面倒を見てくれた異界の貴族がいた。今でもたまに思い返しては感謝をしている。


 別れの際、なにか大事なことを告げられた気もするが、思い出せずにいた。


 御津羽の方を見ると、ちょうど4体目を倒したところだった。


「なんか今日の煌矢はらしくないな。顔色悪いし。変なものでも食ったか?」


「そう……かもしれないな」


 明らかに体調が悪くなっているのを感じていた。今まではそんなこともなかった。


「まあまあ、ここは俺が見といてやるから座って休憩でもしときな」


 御津羽が気を利かせてか、休憩するように促してくる。


「ありがとう。助かる……」


 今はその言葉に甘えることにした。

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