着ぐるみに宿る魂(奇跡の1日)※着ぐるみオーナー様向け小説

前書き


当小説は、同性愛と溺愛要素たっぷりで指定にならない程度でお送りします。

1度読んだ後は、自分の子がこんな風になったら と想像して

各自想像の世界を楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、△とその飼い主〇さんの1日の物語お楽しみ下さい。


諸注意


資料として伺ったものについて 着ぐるみの名前 種族 大人になれない大人な性格イメージ ぐらいで

主人公の〇さんの性格は、実際と多少異なります。ご了承ください。



以下本編



いよいよ1週間後は久しぶりの獣化オフ。この仕事が終わったら、うちの子に合うちょっとした小物を探しに行くんだ。心なしか仕事が順調に進む。上機嫌のせいか、鼻歌が弾む。


「んんん~♪ んんん~♪……」


そんな中、肩を叩かれた。恐らく部長だろう。なぜか嫌な予感がした。


「な、なんでしょうか?」


振り向くと、部長は視線を下に下げ、目を合わせずに口を開いた。


「すまないが、先日の有給の件、別の日に変えてもらえるかね?」


「へっ!?……」


目の前が真っ暗になった。この日を何ヶ月も待ちわびていたのに。それでも、社会人としての経験があるため、


「わ、分かりました……」


「……代わりに明日は休んで良いよ、すまないね、明後日から新しい……」


その後のことは言うまでもなく、死んだ魚のような目つきのまま仕事を終えた。不思議と涙は出なかった。意味もなく腹が鳴った。空腹だが何も食べる気になれない。喉が渇いているかも分からない。


「……帰ろう」


誰に言うでもなく、ただ暗い独り言を漏らし、一言挨拶をして職場を後にする。車に乗り、自宅へ帰る。


「……」


精神的にぐったりしている。もうこのまま寝よう。イベントに行けなくなったことも報告しなければ。でも……今日はもう良いかな。


……


ガチャッ


気がつけば、鍵をさして自分の家に入ろうとしていた。


「……ただいま」


一般的一人暮らしサイズのこの部屋。部屋の電気をつけると、目に入るものがあった。


「……ライガ…」


それは、オレの自作の着ぐるみライガ。シベリアンハスキーをモデルに作った着ぐるみのヘッドだ。ボディーと両手両足は袋に入っているため視界には入らない。立体的な体型を再現するため、着用の際にアンコ(綿を詰めたもの)を装着しないといけない。とはいえ、本物さながら……とまではいかないが、かなり良い出来だ。


ライガの中で拘った部分の一つが目のところだ。狼の鋭いイメージとは違い、つぶらで優しい目を何時間もかけて仕上げた。ライガが部屋に出してあったのには理由がある。改善補修をしていたのだ。慣れている人や拘る人はその工程を何度も繰り返すという。自分はそこまで慣れているわけではないが、変な箇所ができたり、気づけば直していく。現時点でオレのたった一つの子供のような存在なのだ。何時間も、何十時間もかけて作った子、それがライガだ。


イベントに備え、改善補修を張り切っていたわけだが、行けなくなった以上、今は取り掛かる気になれない。100%行けるわけではないのは分かっていたのだが、限りなく行けると期待していた。その期待が裏切られ、憂鬱になっているオレがいる。


「ライガごめんね……行けなくなっちゃった……」


ライガもきっと楽しみにしていただろう。人と戯れ、人を喜ばせ、同じ着ぐるみと交流することを。口に出すことで実感し、認めることでもある。その瞬間、目元がカァーッと熱くなった。


「……んぐっ……」


そして、オレは、ライガのヘッドを優しく抱いて、少しだけ泣いた。本当に少しだった。でも泣くことでちょっとだけ気持ちが整理できた。また数ヵ月後に似たような別のイベントがある。そのイベントには絶対参加しよう。人生は長いんだ、これからだ、なんて思うと少し楽になれた。ライガの顔を見て、頭を優しく撫でた。


「ありがとう、ライガ、次回のイベントまでにもっと綺麗になろうね」


勿論、ライガは何も言わない。でも……


「……ん?」


気のせいか、コクリと頷いたような気がした。それは気のせいではなかったと気づいたのは、次の日の急遽休みになった時だった。


泣いてすっきりしたせいか、お風呂に入って軽くご飯を食べる気力までは回復した。そして、ライガを本来の部屋の隅に置いてから、頭を撫でた後、ホコリ防止のための袋を被せ、床についた。




そして、朝が来た。


「……ん、んんっ……」


気のせいだろうか、体を揺さぶられている。一人暮らしなのに……


目を開けると、起こそうとするライガが居た。


……?あれ?これは夢?それとも、昨日は着ぐるみ仲間を呼んで騒いでたっけ?


頭の中でゆっくりと思考が始まる。


……。


思い出したのは、1週間後のイベントのために有給を取っていたのだが、それが駄目になったことだ。それに伴い今日は休暇を貰った。思い出すだけでため息が出そうな、厳しい現実。しかし、ため息を出す前に、目の前の光景で息を飲む。


この家には、一人(着ぐるみのライガをいれると二人)


「だ、だだ、誰!?」


ライガはライガだが、何かが違う。いや、この言い方はあんまり好きじゃないけど、とりあえず一言。中に入ってる人、誰!?


友達に合鍵を渡してたような人で近場に居たっけ?


寝起きのドッキリを喰らうってこんな感じなのだろうか。正直めちゃくちゃ辛い。でもライガに起こされるなんて夢のまた夢…。


幸せと寝起きで頭が回らず、事態を把握しきれないストレス。嬉しいとも言えないし、完全に嫌だとも言えない。


そんな中、先ほど問いかけた「誰!?」の問いかけに対し、ライガは首をかしげた。


「キャゥ?……」


……心なしか、いつもより可愛いし、目が輝いている気がする。……というよりも、製作者だからこそ分かる細部の違い、それが所々に見える。動きがリアルだ。驚いているオレを不思議そうに眺めるライガは、四つ指だが人間でいう小指の辺りを咥えてオレを観察していた。


もしかして、まさか……


「……ライガ?」


その問いかけに対しライガは、


「ワゥッ!」


と小さく返事をした。


勿論、ライガはライガだけど、そういう意味で訪ねたんじゃない。正真正銘の、他の誰でもないライガなのだろう。


やっぱりそうだ、多分ここは夢の世界なのだろう、そして、ライガがオレを励ましに来てくれたのだ。


「わぁー 嬉しいなぁ……」


わざとらしく声をあげてしまう。着ぐるみオフの癖が抜けない。その返事に、ライガの大きい尻尾が左右に振れた。


「会いたかった、会いたかったよぉー、ライガ」


「ワゥ、ワゥ!」


推測だがライガの今の身長は175cmぐらい。少し背の低い自分より大きい。シベリアンハスキーがモデルなので、少しだけ体つきがふっくらしている。そして、獣化の場合どうしても生じる中身の人間との隙間もなく、犬を撫でている感覚とかなり似ている。


これ本当にファーなのだろうか?


「ライガちょっとごめんな?」


「がぅ?」


ライガの片腕を引き、匂いを嗅ぐ。優しく落ち着く匂いがした。手入れで使っている道具の匂いと同じだった。なんだろう、ファーであってファーでないのだろうか。あれこれ追求しようと思ったが、


「がぅー……」


嬉しそうなライガの声を聞いてどうでも良くなった。


「ありがと、ありがとなぁ」


そっと腕を解放し、手を伸ばして頭を撫でる。気持ち良さそうに目を閉じて行為を受けるライガ。ずっとこの夢が覚めなければ良いな……。


暫く頭を撫でていると、ライガは何かを思い出したかのようにグーにした右手で左の手の腹を叩いた。


「ん?どうしたんだ?ライガ」


「がぅ!」


しゃがんだと思ったらすぐに起き上がり、両手で鞄を差し出してくれた。ライガなりの『いってらっしゃい』なのだろうか?それに対し、『今日は休みだよ』と返事をしようとした時に気づいた。夢ってこんなにリアルだったっけ?


ライガの中の人について考えたり、今日は仕事が休みで、と思ったり、冷静にライガを観察する自分がいたり。気がつけば無意識に頬をつねっていた。


「ん……」


夢の中のような鈍い痛みではなく、はっきりとした痛みだった。


「ん?……夢?現実?」


「がぅ?…」


それから、少し試した。携帯を触り、受信ボックスの内容が昨日触った携帯のままだったということ。テレビ番組をつけると、時間にあった番組が放送され、聴いたことないニュースだったこと。どうやら、多分、現実のようだ。


とそんな考えをしていてもライガは、心配そうにずっと両手で鞄を持っていた。


「がぅ……?」


言いたいことは『仕事行かないの?』だろうか。


「今日は休み貰ったんだ、だからずっと一緒だよ?」


「きゃぅ?きゃうきゃぅ♪」


『休み』『ずっと一緒』に反応してかライガは上機嫌に吠えた。現実でライガと過ごせる?これ以上ない幸せじゃないだろうか?


何をしようか考えていると、ライガのお腹が鳴った。


「……きゅぅぅ……」


「ん?お腹減った?」


「くぅ……」


「分かった!オレと同じ物で良いかな?」


「わぅ!!」


元気に返事するライガ。ちらりとライガの口元が視界に入った。舌も歯も動物のように本物になっていて、尻尾も左右にゆったりと動いていた。今完全に、ライガは獣人になっている。そして、疑問に思うよりも、一緒にあれこれできることを想像すると胸がこれ以上にないくらい高鳴った。


誰かに自慢したい、報告したい気持ちはあったが、今は自分優先で行こうと思う。


「……わぅ……」


「あ、うん、すぐ作るからね」


食パンをオーブントースターに2枚入れ、簡単なサラダを作り、ベーコンと卵を焼く。買い置きのオレンジジュース100%の紙パックを取り出し、二つのコップに注ぐ。それをライガに差し出すと、少しぎこちない様子ながらも観察していた。


「んと、こーやって飲めば良いんだよ?」


そう言って、食中に飲む予定だったオレンジジュースをグビッと飲み干してみた。


「がぅ……」


人間で言えば『ほぅほぅ……』と納得している様子に似ていた。本当に愛くるしく、抱きつきたい衝動にかられたが、ライガが飲み始めたコップが目に入り、行為を制止した。


久々の賑やかなご飯だった。最近は仕事で忙しかったので、本当に数ヶ月ぶりの誰かと食べる朝食である。ライガにフォークを渡し、オレもフォークを使って見本を見せるかのようにサラダとベーコンを食べた。案の定不器用ながらも真似て食べるライガがそこにいた。オレの真似をして食べているのもあるが、とても行儀がよく可愛かった。


「ご馳走様」


手を合わせるとライガも手を合わせた。


「がぅがぅ!」


「良い子だなぁ……」


まるで自分に子供ができたような気分だった。本当に幸せなひと時だった。


ライガは言葉を話せないが、言語を理解しているようで、仕草やジェスチャー、声の感情のいずれかでオレはライガの言葉を理解していた。半分はイメージ通りの、大人になれない子供っぽさが少し残っているライガ。人見知りという一面もあるが、ライガの主人であるオレには関係なかった。むしろ、時々抱きついてきたり、オレの行動の一つ一つ、洗濯や洗い物を傍で眺めている。


ためしに、洗い物に興味を持っていたライガに皿を洗わせようとしたら、ライガの掴む皿が掴もうとするドジョウのように逃げ、宙に舞い、そのままある程度の高さからステンレスに落下し割れた。


「がっ、がぅぅ……」


落ち込むライガの頭を撫で、


「大丈夫だよ。可愛いぞ、ライガ」


ライガは手を洗い、オレが皿の後始末と、皿洗いを済ませた後、傍にいたライガがオレを優しく抱きしめて、頭を優しく撫でてくれた。


「がぅがぅ」


「ありがとう、ライガ」


「くぅーん……」


端から見れば、親から良い子良い子されている子供のようだった。


「はぁ……。幸せだ」


……


いつまで続くのかな、この時間は。


ふと、これから楽しいことをしようとするのにネガティブな考えが働く。未だ夢心地が覚めない。だからこそ、いつか終わるのだろうと思う。そのことを思うと胸が苦しくなる。その考えに連想して、ふとしたキッカケでライガが元に戻っているような気がして怖くなった。


魔法の効力が1時間だとしたら、もう、消えてしまう寸前ではないのか。それとも1日だろうか?仮にトイレに行って戻ったら居なくなっているということもありえない話ではない。だって、今ライガが生きてる1秒1秒が奇跡なのだから。


目元がカァーッと熱くなると同時にオレはライガを抱きしめた。


「……ぐぅ?」


突然のことに驚くライガ。


「ありがとう、ありがとうライガ!」


『ありがとう』と言葉に発した時、ライガが来たキッカケと原因が分かった気がした。昨日イベントに行けなくなったことが悔しくて、ライガのヘッドを抱きしめたまま泣いたのが原因じゃないだろうか?


そんな、映画のようなことが起こっている。嬉しい気持ちが半分、いつかお別れの時が来るという寂しさが半分で素直に喜べなかった。気がつけば、すすり泣いていた。


「グゥゥ……」


それを分かっているからか、ライガは、低くうなりながらもオレの背中を撫で続けてくれていた。


「ありがとう、ありがとうライガ……」


いつか夢に見た光景だった。惜しいことに内容はうろ覚えだったが、ライガと遊んだ夢。内容は覚えていないけど幸せで、その日一日気持ちよく仕事できたのを覚えている。ただ、内容を覚えていないせいか、その感動は日を追うごとに色あせていっていた。現に今殆ど忘れかけていたのだ。


そういえば、元気ない時や嫌なことがあった時は、ライガによく添い寝してもらったなぁ…。それだけで心が満たされてた。運がよければ、自分がライガに獣化して着ぐるみ仲間と遊ぶ夢も見れたし。


……


どれぐらいハグしていただろう。ようやくいつか訪れる寂しい気持ちにけじめがついた。


『楽しまなきゃ勿体無い』


心の中でそうつぶやいた。ライガとの時間をもっと楽しむべきだと。


「よし、ライガ、今日はいっぱい遊ぼう!」


「わぅ!」


ライガも嬉しそうに尻尾を振った。




どれぐらいハグしていただろう。ようやくいつか訪れる寂しい気持ちにけじめがついた。


『楽しまなきゃ勿体無い』


オレはライガと何がしたいだろう。ツイッターやメールで自慢もしたいけど、オレはライガと遊びたい。お世辞にも上手いといえる腕前ではないけど、ダンスダンスレボリューションや太鼓の達人なんかもやってみたい。まさかこんな機会が来るなんて夢にも思わなかった。


とりあえず、散歩に行きたい!そう思い、財布と携帯をポケットに入れ、オレはライガに問いかけた。


「散歩行こう?」


その問いかけに、数秒ほど間が開きライガは答えた。


「がぅ!」


「そっかぁ、行きたいか。じゃあ、行こうか」


そして、ライガの左手を引っ張り外へ出ようとした時だった。いや、或いは、出ようとした最中だった。家の玄関を出たときだった。ライガの片腕を掴んだ手にはライガの体温と肉付きがじんわり伝わっていたのだが、それがぱったりとなくなったことに背筋がゾッとした。


「ライガ?……」


恐る恐る振り向くと、そこにはまだ魂の宿ったライガが居たのだが、玄関から先に出た片腕は綿のない人形のように少しぺっしゃりと毛皮だけになっていた。驚いたことにより手の力が抜け、ライガの手を放してしまった時だった。


……


『バサッ』


先ほどまで触れていたライガの腕が地面へ落ちた。


「ぇ……」


ゾクッと背筋が凍った。血も肉も見えていないにしても、オレには残酷な光景だった。絶句とはこのことなのだろうか。悲鳴をあげるよりもただそれだけしか声に出せなかった。その代わり、目がじんわりと熱くなると同時に視界がぼやけた。


痛くなかっただろうか?怖くなかっただろうか。そう思い、ライガの腕をそっと抱いたまま玄関を少し入ったところでライガに抱きついた。すると、見えない糸で紡がれるかのように、手繰り寄せられるかのようにライガの元へ落ちた片腕がつながれた。


再びそこには、さっきまでの正常なライガの腕があった。光景を見て理解する。もしかして……


奇跡なのは家の中だけなのだろうか。


「くぅ……」


少ししてライガが鳴いた。痛くなかったみたいで良かった。ホッと胸を撫で下ろすと同時に、もしやと思いポケットに入れていた携帯をかざす。


カシャっとシャッターの音がなる。ライガは不思議そうにこちらを見ている。写真は撮れたのだが、目に映る光景と写真に撮られた瞬間とでは、何かが違っていた。動画はどうなのだろうか。そう思い動画に切り替えて撮影開始のボタンを押そうとした時だった。


突然携帯の画面が英語の文字列になり、再起動を始めた。それと同時に、ライガは急にしゃがみこみ蹲った。


もしかして、ライガが奇跡で動いていた証を記録してはいけないのだろうか?あれこれ考えていると携帯の再起動が終わった。画像フォルダを開くと先ほどの写真はあったのだが、やはり目の前に映るライガとは違っていた。


どこかで見たことある姿なんだけどな……。そう思ったときだった。一つ前のライガの写真は、その写真と同じだった。嗚呼……。そういうことか。直接見る分にはまるで本物のようで、何かを通して見る場合は、着ぐるみのままなのか。


状況を把握してひとまず携帯を閉じ、ポケットに入れ、家に戻るとライガは元気になっていた。しかし、ライガの気持ちは、まるで申し訳なさそうに俯き低い声で唸っていた。


「きゃぅ……きゅぅぅ……」


なんとなくライガが言おうとしていることが分かったような気がした。中途半端な奇跡の形でゴメンと言っているのだろう。思ったよりも不便な奇跡の形なのは残念だったが、落ち込むライガを見ていると、飼い主である自分がしっかりしなくてはいけないと思えた。


「そんなことない、来てくれてありがとう。やりたいことはいっぱいあるから大丈夫だよ」


その問いかけにライガは、そっとオレを見上げ『ワンッ!』と小さく吠えた。


奇跡の時間はいったいどれぐらいなのだろう。別れを考えると少し寂しいが、目の前にいて目をランランと輝かせているライガを見ると気持ちが沈むことはなかった。


「改めて宜しくな、ライガ」


そしてオレは、ライガを抱きしめた。それは、今までハグした、してもらったどんな着ぐるみよりも暖かかった。


ただ何も考えずオレはライガをハグしていた。優しい柔軟剤の香りと、文字にはし難いライガの息の匂い。動物臭い訳でもないが、無臭でもない。一言で言うなら好きな匂いだった。さて、改めてライガと何をしよう。ずっとハグしたまま休日を終えるのもあるが、そうすると思い出という思い出が出来ずに惜しい気がする。


ふと、部屋を見渡すと、部屋の隅にポツンと置かれていたとあるゲームのコントローラーが目に入った。以前、友達から借りたが手付かずにいた、Wiiの太鼓の達人だった。


ゲーセンには行けないけど、ゲーセンに行った気持ちにはなれるかも?逸る気持ちに笑顔が溢れ、Wiiを起動して、コントローラーであるリモコンに拡張コントローラーの太鼓型の物を装着する。2Pは出来るらしいが、生憎、太鼓のコントローラーは一つだけだった。ちらりと、Wiiのコントローラーのリモコンが目に入る。そして、ライガの手を見る。ケモ手でボタンを押すのはきっと困難だろう。つまり、ライガに太鼓のコントローラーを使ってもらえば良いわけだ。


Wii自体パーティーゲームが主流なので予備用にリモコンを買っておいてよかった。まさか予備コントローラーを初めて触るのがライガになるなんて夢にも思わなかっただろう。


ライガに見守られながら、コントローラーを認識させる。買った当初以来のコントローラーを認識させる作業。ついついWiiの入っていた箱を開けて説明書を開いて確認するはめになった。


太鼓の達人をやろうと決めて約5分ほど経った頃、なんとか用意が完了した。


「えっとね、太鼓を叩いて遊ぶゲームなんだ、ちょっと見ていてね」


実際にやるのは初めてだったりする。記憶をたどる。このゲームをやるのは実質初めて、友達がやっていたのを眺めたことがある。確か、赤い譜面が普通に叩いて、黄色い譜面が連打、青い譜面がふちを叩けばよかった気がする。曲セレクトまでをWiiリモコンで操作し、バチに持ち替えて、試しに軽く叩いてみる。すると


『トンッ トンッ』


『この曲で遊ぶドンッ』


普通に叩く操作は、決定ボタンだったらしく、『かんたん』の☆3が始まる。


「おわっ、始まっちゃった。良い?ライガ、赤い譜面は普通に叩いて、青い譜面がふちっていってこの外側を……おわっ!!」


説明する間もなく、初めの譜面を逃す。きょとんとオレの方を見るライガに、テレビを見てと指示をする。そして、説明しながらやるが、初めてなのと説明を兼ねているため、ミスが目立った。


「……えっと、この黄色いやつは連打みたい。いっぱい叩けば……」


つい力が入り、連打中、息を止める。6回しか叩けていない。これは多い方なのだろうか?そう思いながらも、ライガに見られている、ライガと本当に遊んでいる。そんなことを実感してバチを持つ手に力が入った。


演奏が終わり、


『ドンポイント集計っ!』


テレビ画面には、ベストなタイミングの『良』、とりあえずOKの『可』、叩けていなかった『不』がそれぞれ何回か表示される。一応クリアにはなっているらしい。


「はぁ……はぁ……こんな感じ、だいたい分かった?」


息が上がる。肩に力が入っていたとはいえ、意外と体力を使うゲームなんだなぁ……と実感する。


「きゃぅ~~♪」


急に声をあげて拍手をしてくれるライガ。簡単な曲だし、説明しながらっていう理由もあったけどミス連発。こんなスコアで褒められて良いのかと複雑な気持ちな反面、自分の子に褒められて悪い気はしない。ライガが起き上がり、両手を前に差し出し、『ハグする?』みたいにジェスチャーをしてくる。


「愚問だな……」


ぽつりと呟く。その独り言はライガに聞こえただろうか?聞こえたとしても『愚問』の意味はわからないだろう。


「きゃぅ?……きゃきゃぅ~~ きゃぅ きゃぅー きゃぅん……」


……


ベッドに押し倒しライガの腕を押さえる。はじめはジタバタするが、それは最初の数秒だけ。体を押し付けていると観念したのか無抵抗になる。


「きゃぅぅ……」


……本物のうちの子にそれされると無理だわ……。


「ありがとぅー、ライガゥーッ!」


そう言ってから無抵抗なライガに思いっきり抱きついた。ライガは雄で、オレも男だけど……つまり男同士だけど、良いよね?別に。


それから、自分がWiiリモコンを横持ちしてプレイ、ライガが太鼓を使ってプレイをした。リモコンでやるとやりやすかった。連打する場所も太鼓の3倍ぐらい押せた。ゲームに対するライガの飲み込みは早かった。自分も初プレイだったが、ライガはオレよりリズム感があるみたいで、太鼓のコントローラーとWiiリモコンというハンデがあるのに、ライガとオレのスコアはほとんど変わらなかった。


飲み込めてからは、演奏を終わる度にハイタッチをする。


「よっしーっ!」


「きゃぅーぅっ!」


けして難易度が高いわけでもないし、ましてやフルコンボを取ったわけではないのに、一曲一曲終わる度にお祭り騒ぎだった。5曲程プレイしてから、少し疲れたのでライガに一人でやってもらっている間にコーヒーを用意した。


オレは、コーヒーにはミルクを入れない派で砂糖を少し入れる。ライガは、砂糖多めが良いだろうか?大人になりきれない大人子供という設定だから甘い方が良いだろうか?あと、熱いから飲めないかもしれない。冷蔵庫に牛乳があったので少し入れ、飲み頃の温度にする。


こうして準備している間も楽しかった。


『ドンッドンッカッカッ……ドンドン……』


「きゃぅ♪ きゃっきゃぅー♪」


ノリノリのライガ、これ以上可愛いものがあるだろうか?否!思わずにやけて見入ってしまう自分がいた。ふと携帯が視界に入る。携帯を開き、撮影しようとカメラをさわろうとした時、記録できなかったさっきの光景が脳を過る。


「……」


ムービーに取りたい衝動は冷め、少しでも目に焼き付けようと真剣に見ながら、プレイ中にもかかわらず、オレはライガの背後から抱きつこうとした。その時だった……。


『ドンドンドンドンドンドンドドンッ!』


「きゃぅわぅっ!」


あ、やばいと思った時には後の祭りだった。状況を説明するなら、たまたまちょっと長めの連打の部分で、16回程叩きに叩いたライガは、一息入れるためか、バチを持った両手を振り上げた。その手が……


「うぐっ!!」


「……きゃぅ?」


「な、なんでもない……つ、続けていいよライガ」


「きゃぅっ!」


ゲームに専念しているせいか、ぶつけたことを気にするでもなくライガは再び……


そして、コーヒーをあげる前に、ライガを再びベッドの上で吟味したのは言うまでもない。


それからいろんなことをした。ライガの設計図を見せたり、スケブを見せたり、そして、なんとなく手書きで五十音表を書き、あいうえお~わをんまで、言葉を簡単に教えた。


夕飯を買いに行くか迷った。なにせ家を開けて戻ったらライガが元に戻っている気がしてならなかった。結果、なんとなく取り入れていたポストに勝手に入れられていた宅配ピザを注文することになった。迷惑としか思わなかった広告がこんな時に役立つとは思いもしなかった。


それから、ピザを待っている間、何枚か写真を撮った。動画を撮れるか試そうと思ったが、悶えるライガが脳裏に浮かび、写真以外は撮れなかった。


やがてピザが届き、楽しい食事の時間が過ぎる。以前撮ったオフ会の動画や写真を見たりしながらライガと楽しいひとときを過ごした。喋れれば話が弾むかもしれないが、身振り手振りと、感情たっぷりの鳴き声でライガの言わんとせんことは手に取るように分かった。だから不便には思わなかった。


そして、何回目だろう。


「ライガ、ありがとう」


「きゃぅ~♪」


そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていった。





気がつけば時計が夜の12時を指していた。


楽しい時間で体は興奮していた。疲れはないが、睡眠を求めてか大きなあくびが出た。その様子を見ていたライガは、今やっていることを中断し、シングルのベッドまで歩み寄るとポンポンと叩いた。


本当はまだやりたいことがあるのだが、むしろ寝たら幸せな時間が終わるのではないかと不安がよぎる。それでもベッドに手招きするライガを見ていると、しょうがないなと思いつつもベッドに入る自分がいた。


ライガは、オレを見守りながら、一定のリズムで胸を優しく叩いてくれた。今日一日、本当に色んなことをした。一つ一つの仕草がライガを更に可愛いと思わせた。本当にオレが思い描いた、いや、それ以上のライガだった。


それなりの大人なんだけど、どこか子供っぽさが抜けていなくて、甘えん坊で。オレは手を伸ばし、ライガの喉仏あたりを優しく撫でた。


「ぐぅぅぅ……」


猫なで声を出すライガ。そして、端に移動してからライガを手招いた。


「おいで、ライガ」


「ぐぅ……」


恥ずかしそうに頭を掻くライガにオレは腕を伸ばし引っ張った。仕方なさそうに同じベッドの上の同じ布団に入るライガ。少し狭いが心地よさは何倍にもなっていた。


暫く会話をした後、気がつけば手を握っていた。


……


どれぐらい経っただろうか?


寂しさも少しずつ紛れ、意識がふわりふわりしてくる。寝たらお別れなのにやっぱり眠気が来た。そりゃ、寝る時間になって、ベッドにいたら、いやでも眠くなるはずだ。視界のライガが徐々にぼやけ……そして、抱きしめていた手がじわりじわりと緩んでいった。


……


『ありがとう、ライガ』


……





### ライガの視点


我輩はライガである。名前はまだ無い。


……? あ、ライガが名前でした。


……


……


っと、そんな前置きを書きつつ、ボクには、今のが何なのかが分からない。でもなんか必要な一文らしいので書いておく。というか書かされたというか。


え……コホンッ 


今、ベッドで産みの親兼、ご主人様のタクマさんが眠りました。実を言うとボクの命はたった1日のもので、明日の朝には元の着ぐるみに戻ります。でも、本当に今日一日楽しかったなぁ……。


ボクは言語を発してないけど、簡単なジェスチャーと声の感情でご主人様は理解してくれた。だからこそ、ボクも人間のように思えた。人間のように、オフ会の時みたいなタクマさんの笑顔を間近で見れて良かった。


そういえば確認してなかった。タクマさん、ボクと遊んで楽しかったかな? ボクは、すっごい楽しかった。キッカケをくれたタクマさんと神様に本当に感謝する。せめて、もう一度あの笑顔見たいなぁ……。朝早く起こせばもう一度見れるかな?でもそれだと……消えちゃうところ見せちゃうかな?


……あれ……目元が熱い……。何だろこれ……。タクマさんが最初流してたものと一緒なのかな?……。苦しい、苦しいけどどこか暖かくて、その苦しさを紛らわせてくれるような。


「……んぐっ……」


えっと……あ、これが涙ってやつなのかな?……。タクマさんが泣いてるとこ見たくないな……。だからもうお別れなんだよね。本当は、ボクだって寝たくなかったよ?でも……でもね。それは、大人になりきってないボクでも分かる。わがままなんだって。だってタクマさん朝から仕事だから。


……


1日って長いね……。いっぱい色んなことしたよ。ご飯食べて、お皿割っちゃって、頭撫で撫でしてもらって。でもね、1日って短いね……。気がつけば終わってた。神様……。もう一日、もう一日だけでも、傍に居たいです。


……


適わない願いだって分かってるんだけどね。1日の奇跡をありがとう、一生の思い出をありがとう、タクマさん、神様。何より、ボクを創ってくれてありがとうタクマさん。


「ぐぅ……」


思わずため息が出てしまった。起こしてないかな?……


「ん……、すぅ……すぅ……」


問題なく寝息をたててるタクマさん。


「はふぅ……」


安堵のため息を漏らす。


……


そして、何か今できる事を考えようと思った。だからボクは、ゆっくりベッドから起き上がった。起こさないように気をつけたけど、ベッドから離れる体を、タクマさんの手から離れるボクの体をタクマさんがとってくれないかなとちょっとだけ期待していた。


……


多分、どっちに転んでも涙を流してたと思う。だから、ちょっと寂しくて涙が出た。良かった……起きなくて。タクマさんの寝るベッドから数メートル距離をとって安堵のため息を漏らした。


「がぅ……」


あんなにも楽しかった部屋の中は、月明かりと小さな明かりはあるもののほとんどが闇で、今までの部屋とは似て非なるもので、それが少し怖かった。何ができるだろう、腕を組んで『う~ん』と考える。そして、ふと目に入った、机の上に広げられたボクのラフスケッチ。


「……ぐぅ……」


あれ、なんでまた涙が出てるんだろう。そういえば、ボクは、あれこれ必死に書いてるタクマさんを見ていたっけ。あーでもないこーでもないと、鉛筆を何度もスケッチブックにこすらせ、消しゴムを使い、何時間もかけた頃ようやく出来たのが今の、ボクが触れてる絵だ。


暗闇に慣れたせいか、目は暗い室内を見渡していた。暗いけど、なんとか見えるこの空間。消えるまでの間、何かと暇つぶしは出来そうだ。良かった。


……


良かったのかな?……


「ぐぅ……」


まただ、また泣こうとしている自分がいる。


「んっ……」


必死に堪えた。それでも絵の上に浮かんだ、楽しかったあの時が、パソコン?とかいうもので見た動画みたいに、つまりは、絵の上がその画面になっているみたいにあの時を、あの光景を再生しはじめていた。


……


目をそらせば良いのに、タクマさんを目に焼き付けるようにボクはじっとその光景を見守った。


『お待たせ、これがライガを描いた時の絵だよ。あんまり上手くなくてごめんね』


えへへ、と頭を撫でるタクマさん。ボクには絵の上手い、上手くないは分からない。でも確かに、さっきスマホ?とかいうもので見せてもらった絵よりは見た目的に劣るかもしれない。でも、ボクはこっちの絵が凄く好きだ。絵を見ているだけで素人のボクでも分かるぐらい、苦労して描き上げたラフスケッチなのだ。そしてなによりボクを描いてくれた絵なのだから。


走り書きで書かれたコメントの文字も一つ一つが嬉しかった。矢印が引いてあり、そこに走り書きのコメントがある。


『目は可能な限り優しく見えるように!』


『尻尾、可能な限りふさふさの太めで』


そして、近くの別の絵には、改めて描かれたボクのラフ絵と設定が事細かに書かれていた。文字も心なしか、楽しそうに心を込めてあるような気がした。最初の走り書きが荒いと表現すれば、こちらは、逆で一文字一文字に力がこもっていた、少し丁寧だった。


『名前:ライガ (シベリアンハスキー)


性格:大人になりきれず、子供っぽさが少し残る、人見知りだが一度懐けば甘えてしまう困ったちゃん(笑)


身長……』


他にも事細かにボクのことが書かれている。


覚えてるよ……全部。


「ぐぅ……」


再び涙が出た。そっとその紙に触れる。その紙はとっても温かかった。


タクマ……


「あぅ……」


本当に小さい声でか細い声で名前を呼んだ。大好きだ、幸せだ、ボクは世界一の愛された着ぐるみなんだ。


「っうぐっ……うぅぅぅ……」


ボクは、申し訳ないと思いつつも描かれたラフ絵2枚を抱きしめた。


「うぐっ……ううぅ……」


声が部屋に小さく響く。慌てて片腕でボクはマズルを塞ぎ、恐る恐る振り返った。


……


見る限りベッドに変化はなかった。


大丈夫だろうか?


それと同時に『起きて抱きしめて欲しい』と切に思った。声を大にしていいたい。言葉が喋れればなぁ……。ジェスチャーと鳴き声で理解してくれたんだけど……。やっぱり、タクマさんみたいにボクも……そう考えると同時に再び光景がカムバックした。


朝起きてお腹が減った時のことだ。


『……がぅぅ……』


ボクのお腹の音と思わず漏れた声で、


『ん? お腹減った?』


と問いかけてくれた。


『くぅ……』


コクリと頷くと、タクマさんは、にっこり笑った。


『分かった!同じ物で良いかな?』


『わぅ!!』


ボクの奇跡の制約の制限を知り落ち込むタクマさんを見て、ボクは申し訳ない気持ちになった。そんな時でも、


『そんなことない、来てくれてありがとう。やりたいことはいっぱいあるから大丈夫だよ』


と声を掛けてくれた。そして、ハグをしてあげると、タクマさんは満面の笑みを見せてくれた。心がぽっとした瞬間だった。


そして、ゲームをしたり……


『おわっ、始まっちゃった。良い?ライガ。赤い譜面は普通に叩いて、青い譜面がふちっていってこの外側を……おわっ!!』


慣れてない様子で懸命に説明するタクマさんは愛らしかった。しっかりしたご主人様でも不得手はあるのだと安心した。


……


そして、何故か背後にいたタクマさんにバチを勢い良く当ててしまったせいか、その直後ベッドで押し倒されたのもいい思い出。別に変なことはしてないんだけど、ベッドで乗っかってこられるのもなんか凄く幸せな時間だった。


そして、文字を教えてもらったり、設計図を見せてもらったり……。『ピザ』というものを食べたり。本当に色々なことがあって楽しい一日だった。様々な場面が交差する。むしろ、気持ちを汲み取るように分かってくれたタクマさんだから、こんなにも幸せなんだろうか?意思疎通とか言うんだっけかな?


だったら、もしかして……


ふと、考えてはいけない事を、望んではいけないことを考えてしまう。


……


もしかして、起きてるかな?……


そう思うと、いっきに涙が戻った。でも、なんて話そう。そんなことを悩もうとしたときだった。片腕で抱いたしわしわになったラフ絵が目に入った。


……


それに伴い、とある光景が思い浮かんだ。


これはいつかの着ぐるみでのイベントの時だ。何やら、どなられてる人が居た。原因は、マナーが少し悪かったとのことだ。


「いい? そうしたいのは、君だけじゃないんだからね。それに、視界が悪いから視界外からは触ったりハグしちゃダメなの。怪我しちゃったら責任取れる?」


……


状況を説明すると、ボクに後ろからハグをして、ボクが驚き転倒してしまったのだ。とはいっても、中身はタクマさんだったのだが……。幸い、タクマさんは怪我はなかった。ボクの体自身も損傷はない。


すると、タクマさんは何を思ったのか、タクマさんを思って説教している人に話しかけ、


「……はい?…… あ、分かりました」


何かをジェスチャーで伝えたタクマさん。快く了承する着ぐるみ全体の安全監視をしている人。


「えっと、ちょっとだけ待っててくれるかな?」


「ぁ……はい」


そして、足早にタクマさんとその係員はその部屋の外に出る。


「えっと、一回ヘッドだけ被ってもらった方が早いかも?」


「え? あの子に? いやいや、そこまで……」


「うん、マナーがちょっと悪くて浮いてるのは分かるんだけど、好きすぎて我慢できないのかなって思うんだ」


「ああ……なるほど……でも、ヘッドは……」


「オレの貸すよ。ただ、1分ぐらいつけてもらったら返してもらってきて、顔無しじゃ部屋に居づらいし」


「……本当、人生の先輩ですね……勉強なります! じゃ、更衣室で」


「……」


そして、『OK』と合図するタクマさん。更衣室でヘッドをとる。


「じゃ……これを」


「あ……待って。この頭保護するやつも、口のところはつけなくていいから、怪我させないように」


「あ……はい」


明らかに、尊敬のまなざしで接していた係員さん。


凄いでしょ? ボクのご主人様は。


2分後、係員が戻ってくる。走ったのか息を上げていた。


「あ、ありがとうございました。直ぐ、分かってくれました」


「あー、本当? それなら良かった。でも、オレもライガにもふもふされたり、撫で撫でされたり……」


「へっ?」


急に尊敬のまなざしが疑問の表情に変わった。


「あ、なんでもない。やっぱ人って立場代わらないと分からないことあるからね。じゃ、戻るね」


「あっ、はい。本当勉強なりました!」


ペコリと頭を下げる係員。なんか見ていて気持ちよかった。そして、再び、着用して会場に戻る二人であった。


……


……


長い回想になってしまった。


なんでそうなる?と思ってしまうかもしれないが、怒られてみたいと思った。大事なラフ絵に皺をつけてしまったのだ。少し怖いと思うのと、どういう風に怒るのかなと気になってしまう。ひょっとしたら、全然怒らないかもしれない。


『正直者だなぁ、ライガはいい子だなぁ~』


と頭を撫でてくれるかもしれない。


「ぐふっ……」


期待で胸が高鳴った。ってボクは悪いことをしたんだ。反省しないと……。ボクは、ゆっくり小さく深呼吸をしてから、そっとタクマさんに近づいた。


……


「くぅ……くぅ……」


気持ち良さそうな寝息だった。起こすのはまずいかな……。一度だけ、タクマさんの顔を目に焼き付け、ボクはそっと絵を元の場所に戻した。近くにあったスケッチブックに、何かを書こうと思った。絵を描こうと思ったが、思いのほか動かず、にょろにょろした線が数本かけただけだった。


描いてもらった五十音表の歌を歌いながら※歌ではなく、あいうえお かきくけこ さしすせそ……とタクマさんの声を思い出しながら。


何分かかっただろうか、なんとか『あ り が と う』と字がかけた。とっても難しかった、そして、下手糞だった。でもなんとか読めると思う。


書きあがった後は、なんかボクでも字が書けたんだという感動に包まれた。そしてつい……


ボクは……


……


「ガゥガゥ~ ガゥ…………」


声を上げてしまった。何で上げてしまったのか一瞬分からなかった。でもそれは、褒めて欲しいからだと思う。タクマさんに悪いことをしてしまったと、目元が急速に熱くなるのを感じた。


……


どうしよう、どうしようと焦る中、数分が経ったがベッドは微動だにしなかった。


……


起きてくれなかった。良かったという安心感よりもボクは、心底『起きてくれなかった』と失望していた。逆を言えば、『起きてくれるかな』と期待していた訳だ。


なんでだろう、寝て欲しいのに、寝ないと万が一が危ないかもしれないのに。ボクは、生き物として失格かもしれない……。こんなに素晴らしい主人に迷惑をかけようとするなんて……。そんな時だった。声が聞こえた。


「ライガはライガのままで良いんだよ。無理しなくて良いんだよ。居るだけで良いんだよ。」


……はっと我に返るが、タクマさんはしっかり眠っていた。そういえば、先日、とある男の子に会った。変わった子だった。不器用な子だった。でも、何かにおびえて、言葉を何度も飲み込んでいた。


『え、えっとですね、だからその……ぁ……でもなぁ……』


うじうじしていた。なんか情けないなとさえ思った。そんな時だった。ライガになったタクマさんは、その男の子を優しく抱きしめ、


『頑張らなくていいんだよ。君は君で良いんだよ』


その言葉を聞いた男の子は、ボクに抱きつき半べそかきながら、お礼の言葉と言いたいことを言った。


でも、なんで、その言葉が今となって聞こえたのだろう。そして、ボクは、そっとタクマさんに近づいた。すやすやと寝息を立てるタクマさんの顔を覗き込んだ。気持ち良さそうだった。


本当にボクのままで居て、ありのままで接して良いのだろうか。そんな時だった。


また、以前の光景がフラッシュバックした。


『ライガ、今日はお疲れ様、ありがとう。楽しい一日だったよ。また行こうね!』


大きな2万円ほどする旅行鞄がボクの寝床なのだが、タクマさんは、ボクのヘッドをしまう時、優しい言葉を掛けてくれて、頭を撫でるのだ。幸せそうなタクマさんを見てボクも凄く嬉しい。


『うんっ! また連れてってね!』


声にならない声で返事をするボク。そして、蓋が閉まろうとしボクは長い眠りにつくかに思えたときだった。


『あっ、忘れてた、ライガ……愛してるよ』


そしてボクのヘッドを優しく持ち上げ、触れるだけの口付けをする。さながら、親が子供にする愛情溢れるキスと似たものだと思う。それと同時にふと思ってしまう。


キスがしたい。せめて最後に……感覚がある今に……一度で良いから。そう思うと同時に、それさえ出来れば奇跡が解けて元通りになっても構わないとさえ思った。


それでも緊張した。そして、そっとタクマの顔に触れるまで、あと少しとなった時。ボクは目を閉じた。このままいけば、5秒後には口付けをしているだろう。そして、ボクの吐息がタクマさんにかかっているであろう、その時だった。


しかし、予想よりも早く口付けをしていた。慌てて驚き目を開けるのと、後頭部を触れられたのがほぼ同時に半目でボクを優しく見つめるタクマさんがそこに居た。5秒ほど触れるだけの口付けが終わると同時に、ボクの目には涙が溢れていた。


「……ったくぅ……」


「がぅがぅ……(ごめんなさい)」


ボクはそれをいうので精一杯だった。しかし、タクマさんは、少し間を空けてから、


「トイレに起きようとしたらオレに何かしようとしてるんだもん。オレ以上に無理してたんだよな……ありがとう」


「ぐっ……ぐぅ……」


言葉を発せ無いけど、何を言えばいいか分からない。ただ、涙が出て声が漏れた。


「ライガはライガのままでいい。無理に喋らなくていいから」


優しく背中を撫でられる。本当に世界一のご主人様だ。


「んぅ……」


コクリと頷いてから、ボクは、ボクからそっとタクマさんに口付けをした。


たとえ奇跡がとけようとも……


またいつか会えるよね?……





### タクマの視点


ベッドでただ抱き合うオレたち。

片方が泣いて、もう片方が慰め、また片方が泣いてもう片方が慰め。


何度『ありがとう』や『大丈夫』と言い合っただろう。

もちろんライガは喋れないが、背中をさすりながら声を上げるライガはきっとそういう風に言ってくれてたのだろう。


それでも、直に来る別れが寂しくないと言えば嘘になる。時間が止まればと真剣に願う。


さらには、何が『大丈夫』なのだろう。それでもオレはライガを落ち着かせるため、自分に言い聞かせるため、何度も『大丈夫、ありがとう』と言った。


いくら体を重ねても、言葉を掛け合っても、無情にも朝は来た……。


布団の中で寝ることなく、互いを愛撫しあっていたオレたち。別れの時は突然来た。ライガの腕が紡がれたあの時のように、ライガの周りに小さい光の粒子が現れた。


脈が早くなり、堪えていた涙が溢れた。


「ライガッ!! 待って!」


……


その問いかけに、ライガは初めて大人びた態度を見せた。ゆっくりと首を左右に振った。


そして……


「きゃぅ……」でもなく、「がぅ……」でもなく……


「タクマ、大丈夫だよ、また会えるから」


優しい声だった。そして、ライガは、オレの顎をそっと捕らえ、暖かく、優しく、短いキスをしてくれた。


なぜ喋れたのか、ライガの声が聞けたのは嬉しかった。しかし、そんなことよりも、ライガの周りの粒子がカーテンをした部屋の中に輝きだした。喋れている理屈よりも、なんとか説得して1分でも、いや1秒でも、コンマ1秒でも奇跡の宿ったライガと一緒に居たかった。


「会えるって!? いつ? 何時何分、何秒!?」


子供みたいなことを言う、せめて1時間ライガとゆっくり喋りたい。何時間もかけて受け入れた別れの時を、なぜか再び拒絶している自分がいた。視界がぼやけて、アパートだから大声を出しちゃいけないのに、そんなの関係なく声を上げてライガにギュッと抱きつく自分がいた。


「やだっ!行くなっ、行くなっ!!」


「もぉ……タクマはずるいなぁ……」


「えっ?……」


思いもしない言葉が返ってきて、顔を見上げたその瞬間だった。


「うっ、うっ、ボクだって、ボクだってね、別れるの嫌だよ」


「……」


そして、理解した。大人になりきれない大人のライガが大人びていたのは強がりだったんだと。


「……すー……はぁ……」


ライガが深呼吸をした。その後だった。


「ボクを作ってくれてありがとう、大事にしてくれてありがとう、ご飯を食べさせてくれてありがとう、一緒に1日過ごしてくれてありがとう、ゲーム中バチ当ててごめんなさい。仕事から帰ってくる度に、頭を撫でてくれてありがとう。ボクのために泣いてくれて……ボクの分まで泣いてくっ、泣いてくれっ、くれて……」


「だ、大丈夫、全部伝わってるから、全部……」


再び立場が逆転する。強がっていたのを堪えきれなくなり泣き出すライガをオレはあやした。そして、オレがしっかりしなきゃいけないんだとそう実感できた。


それでも、じわりと、涙はこみ上げた。そして、粒子は徐々に増えていった。ライガの体にあまり変化はない。それでも、少しずつ、少しずつ原型に戻ろうとしているのだろう。


……


それから、ベッドの上で少し体勢を変え、大きい子供を寝かしつけるようにオレはライガをあやし、他愛もない会話をした。やはり、喋れるというのは数倍早く話が進んだ。ジェスチャーでしゃべるのがチャットをしているような感覚だとしたら、こうしてしゃべっているのは、まさに直接通話しているような感覚だった。


どれぐらい話したかわからない、長いようで短い、あっという間の充実した時間だった。そして、気持ちが落ち着いたせいか、まばゆい粒子を、夜空の星を楽しむようにライガと一緒に見守った。泣いたせいか気持ちはすっきりしていた。


今なら別れられる気がする。そう思った時だった。


「ん……そろそろかな、足が動かない……タクマギュッとしてて」


「わかった」


それでもやはり、別れが近づいているのを知るのは少し辛かった。いわれた通り、ベッドで仰向けになるライガをギュッと抱きしめた。そして、1分、2分……


5分ぐらい経っただろうか、もう腕も動かなくなったライガ。


「じゃあ……時間みたいだから、だいぶ伸ばしてくれたんだなぁ……神様、ありがとうタクマ」


「うん……じゃあ、またねライガ」


本当は、気持ちの整理が落ち着く前にライガの奇跡は溶けたのだろうと思う。ただ、奇跡は、いや神様は、猶予をくれて別れの時間をくれた。今更だけど、喋るライガも可愛かった。強がって大人ぶった時も……


ふと、光景が脳裏によぎった。


『タクマ、大丈夫だよ、また会えるから』


会話の内容ではなく、強がってくれたライガが愛らしくやっぱり別れたくない気持ちがこみ上げてきた。それでも、もう『行くな!』とは言えない。


そして……その時がきた。


「タクマ……あのさ」


「うん? 何?」


「我、(ウォー)ウ、愛イ尓(ウォーアイニー)」


……


涙があふれた、視界がいっきにぼやけた、涙をぬぐってからオレもその言葉に答えた。


「うん、オレも、我愛イ尓(ウォーアイニー)……」


今までかけてもらった言葉で一番嬉しいかもしれない。中国語で愛してるという意味の我愛イ尓(ウォーアイニー)。なぜライガが知っているかは、オレが時々聞くとある曲で覚えたんだと思う。


「タクマ、大好き」


「オレも大好きだよ」


そして、粒子が減ってきたと思った矢先だった。ライガの胸のところから、あたたかい光の塊が浮き上がってきた。直径15cm程の光の塊。魂、いや奇跡そのものに見えた。


それから、光の塊は予期せぬ方向へ動いた。初めは、そのまま昇天するのかと思ったのだがゆらゆらと揺らいだ後、ゆっくりとオレの体に入っていった。そして、ゆっくりと体から抜けると、そのまま窓から昇天していった。


ふと、目を奪われていて気付かなかったが、体がぽかぽかしてきた。そして、ほとんど一睡もしてなかったのに、体が軽く、眠気も飛んでいた。


……


時間を見ると朝の7時6分だった。


……さて、1時間後には出勤だ。


そして、相変わらずの日常が始まった。


一週間が過ぎ、二週間が過ぎ……。


奇跡の時間の記憶が薄れかけてきた時だった。それでも、ライガが一生懸命描いてくれた手紙がその日を夢じゃないと証明してくれている。お守りとして持ち歩きたいが、しわくちゃになってはダメだとクリアファイルに入れてライガのヘッドを置く場所の近くに丁重に保管してある。


そして、根拠はないが、またライガに会える気がする。その時のために、室内で遊ぶためのゲームを用意したり、太鼓の達人を練習しとかないとだなぁ……。


日常はいつものように流れていく。会社では変わらず忙しい日々が続いていたが、心の中にはいつもライガの存在があった。仕事の合間にふとライガのことを思い出して微笑んだり、夜になるとライガとの時間を振り返って感謝の気持ちでいっぱいになる。










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