第17話 ごちそうさまでした
~~~~~~~~
『おかえり亭』・・・。
飲み屋街の店なのに、
酒より食事がメインのようだ。
「はい、
まずジュースね」
飲み物はすぐに来た。
薄いオレンジ色のジュースで、
そのグラスは、
意外にもよく冷えていた。
(この異世界にも、
冷蔵庫みたいなものがあるのか・・・?)
そんな風に思いながら、
一口飲んだ。
(なるほど・・・)
色から予想した通り、
オレンジとレモンを混ぜたような味の、
サッパリした
前世と比べて、
この異世界の果物は糖度が低いようで、
コーラなどの清涼飲料に慣れた俺には、
少々甘さが物足りないが・・・。
(ま、
海外の食事なんかでは、
よくある事か・・・)
俺は、
前世で両親に連れていってもらった、
海外旅行を思い出しながら、
ちびちびとやっていた。
「はい、
お待ちどおさま!」
と、再び店の・・・ドワーフの女性が、
トレイに料理を乗せてきた。
小柄な彼女が、
トコトコと給仕に来るさまは、
何か微笑ましいものがある。
席に黒いパンと、
ポトフが置かれた。
木の深皿に盛られたポトフからは、
じっくり煮込んだ肉と野菜の一帯となった香りが、
温かい湯気と共に漂ってくる。
(ゴクリ・・・)
色々あって、
さっきまで食欲などなかったのに、
見事に胃袋を起こされてしまった。
「いただきます」
俺は、
軽く一礼してスプーンを取った。
――考えてみれば、
これが初めて食べる異世界の食事だ。
俺はまず、
ポトフのスープを一口取ってすすった。
(美味い・・・)
前世のジャンクフードのような、
強烈な旨みはない。
だが、
これは自然な・・・、
しみこむような穏やかな旨みだ・・・。
心身の疲れがスーッと引いていくのを感じる。
この旨みは、
ゴロゴロと入っている肉と野菜から出たものか。
(赤身の肉、
ジャガイモ、
ニンジン、
玉ねぎ、
キャベツ・・・。
わずかな酸味は、
トマトが溶けているのか・・・?)
どの具も柔らかく煮えている。
かたまりの野菜など、
前世では一人になってから、
ほとんど食わず嫌いだったものだ。
それが美味い。
俺はゆっくりと、
一口一口味わうように食べた。
決して、
特別な味付けがされているわけではない。
塩と、
申し訳程度のコショウだけだろう。
当然、
『味の素』や『コンソメ』、
『鶏がらスープの素』など入ってはいまい・・・。
だが、
(それがいい・・・)
俺の、
異世界最初の食事は、
何故か懐かしい味がした・・・。
~~~~~~~~~~~~
「はい、どうぞ」
俺が食べ終わって一息つくと、
ドワーフの女性がお茶のポットを持ってきた。
いや、
頼んでいないが・・・。
「あの、これ・・・」
「サービスだよ。
今日も一日お疲れ様」
彼女は笑顔でそう言って、
またトコトコと奥に戻っていった。
俺が急いでその背中に、
「ありがとうございます、
いただきます!」
と言うと、
彼女は、
「はいは~い♪」
と、
ひらひらと手を振ってみせた。
俺は、
ポットに向かって軽く一礼し、
カップにお茶を入れてみる。
ほうじ茶や紅茶に似た、
赤茶色のお茶だ。
カップのハンドルを持ち、
香りをかいでみるが、
何のお茶か分からない。
俺はやけどしないように、
ゆっくりと一口飲んだ。
(ああ・・・)
思わずため息がこぼれるような優しい味だ。
紅茶ともほうじ茶とも違う。
(台湾の『東方美人』というお茶に似ているような・・・)
あれも、
しみる味だった・・・。
見れば、
他の席の客たちも、
お茶を飲んでゆっくりしている。
若者、
おじさんおばさん、
おじいさん・・・。
にぎやかさもない。
華やかさもない。
穏やかな空気だけがここにある。
(『おかえり亭』か・・・)
穏やかに、
ゆっくりとお茶を飲みながら俺は思った。
(今ここで、
コロッと死ねたら・・・、
きっと幸せだろうな・・・)
と・・・。
~~~~~~~~~~~~
「はい、お勘定。
小銀貨1枚ね」
(小銀貨・・・これか)
俺は、
ポシェットに入っている小さいほうの銀貨を取り出すと、
やや中腰になって、
小柄な彼女の手に渡した。
背丈のわりに、
意外と手は大きい。
『ドワーフ』の特徴だろうか・・・?
「ごちそうさまでした」
俺がそう言うと、
ドワーフの彼女は、
俺の顔をじっと見上げて、
「絶対、また来てね」
そう言った。
「はい・・・」
と、
思わず条件反射で答えてしまう。
そんな彼女に見送られながら、
俺は外に出た。
静かなのはこの店だけで、
通りは先ほどと変わらずにぎやかだ。
俺は、
あまり目立たないように、
意識して肩の力を抜いて歩いた。
(『絶対、また来てね』・・・か)
何故、
彼女はあんな風に、
真剣に言ってきたのだろうか。
考えてみれば、
最初彼女は何故、
店の外に来たのだろう。
そして、
何故俺に声をかけたのだろう。
(――元気づけられたのかな・・・)
店の中から、
何気なく外に目をやった彼女。
疲れ切った顔で、
外を歩いている俺がいて・・・。
(考えすぎかな・・・だけど、)
もし、
そうだとしたら・・・
(商売上手だな・・・)
と、
俺は苦笑を浮かべた。
実際、
俺はあの店での食事で元気づけられた。
多分、
俺はまだ死ぬ事はなく、
またあの店に行くだろう。
ひょっとしたら、
この先も通い続けるかも知れない。
(とりあえず、
近いうちにもう一度来てみるか・・・)
俺は、
道を曲がり、
静かな裏通りへと入りながら、
次は何を注文しようか、
などと考えていた。
【残り3586日・・・】
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
??は語る・・・。
「彼にとって、
久々に心安らぐ時間だったようですね。
どうか皆さん、
ようやく平穏が訪れた彼を祝う意味でも、
作品の『フォロー』はもちろん、
下にある☆や『ハートのマーク』も押してくださいね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます