第38話 顔合わせ

 ゴールデンウィークが明け、またいつもの日常の空気が流れている今日。

 新の許嫁に会うため、俺と新は広島駅の喫茶店に来ていた。広島駅はアクセスがしやすいため、集合場所はここになったという流れである。



「はぁ……まさか新に許嫁がいたなんて……。それに大学サボっちゃったし」


「どうせ楽単だから大丈夫だって。それに楽も俺の許嫁は気になるだろ?」


「そりゃあまぁ。それと家族から連絡は来てないか?」


「むしろ何か楽しんでいるみたいだわ。とことんやってみろ、って感じ」



 普段は親に色々と助けてもらっているために真面目に大学に通っているが、流石に今日は通う気にならなかった。サボりは罪悪感が凄いが、どこか癖になっちゃうなこれ。悪魔的発想っ……!


 それにしても、孝さんも本当に新の父親なんだなと感じる。こういう時は子を心配するのが普通な気もするが、孝さんとしては息子がどこまでやるのか興味を抱いているのかもしれない。そして……自分の力を証明して服従させるために。性格が意地悪なところは、新もしっかりと遺伝してんだな。


 でも新と似てるのなら戦いやすい。新との関係は深いと思っているし、新の事もある程度は分かっているつもりだ。

 それに孝さんだって、俺たちの話をある程度は聞いてくれるはずだ。少しは子を思う気持ちもあるだろうし、新と似ている性格なら……真剣な気持ちが伝われば納得してくれるはず。


――俺がやることは決まっている。



 新の気持ちを引き出し、正しい道へと導いてあげることだ。

 新も不器用で弱い、一人の普通な人間なんだ。



 ◇◇◇



 新とある程度話していると、新のスマホが振動する。どうやら許嫁さんが、もうそろそろ到着するみたいですね。何か凄く緊張してきた。



「何で楽が緊張してんだよ。俺だって久しぶりに会うし、少し緊張してるのに」


「いやどんな人かと思ってなぁ。それに俺がチェックしないといけないし」


「出たその親目線」


「だって新は俺にプロポーズしてくれたじゃん」


「うるせぇ。弄ってくんじゃねーよ」



 それにしても新の許嫁って、どんな人なんだろう。新の色々な事を踏まえると、かなりの格式が高い方が相手だったりするんだろうか? それにまぁ……容姿とかも気になるし。

 こればっかりはしょうがない。どうしても、友達の彼女とかはどんな人か気になってしまうものだ。


 でも見せたら見せたで恐ろしい世界が待ってるんだよなぁ……。優しそうな人だねっ! とかもう絶対何か思ってるやん。容姿褒めないあたり、気まずい感じですやん! ってなる。まぁ別に自分が好きだったら関係ないとは思うけどね。

 新は許嫁の事をどう思ってるんだろう。俺がそうやって考えていた時だった。



「こんにちは」



 スラッと細い体型に涼し気なスカートが似合っていて、ボブカットの銀髪がとても輝いている。それに鼻筋が通っていて目も綺麗で……何というかまぁ、めちゃくちゃ美人な女性だ。



「あ、あ、新。も、もしかして」



 俺は驚きすぎて呂律で上手く回らなくなる。新もかなり容姿は整っている方だとは思うが、まさかこんな美人な女性が新の許嫁なのか?



「あぁそうだよ。一応は俺の許嫁の、大崎おおさき 晃代あきよ


「一応とかつけなくてもいいのに……アラくんったらツンデレだなぁ。改めまして、私が大塚 晃代って言います。気軽にアキとか、好きなように呼んでくださいね」


「よ、よろしくアキ。新から話は聞いているかもしれないけど、俺は有明 楽。こっちも気軽に名前とかで呼んでくれ」


「これが噂の楽さんですか。アラくんを落とした極意、私にも教えて欲しいです」


「別に落としたつもりはないんだけどね?」



 アラくんとアキ、って呼び合うあたり、かなり仲が良さそうな雰囲気が感じられる。新は一線引いているけど、アキは新の事をかなり好意的に思ってそうだし。許嫁だから当たり前っちゃ、当たり前の事かもしれないけど。

 あと俺って噂になりすぎじゃない? 別に俺、新を落とそうとして落としたわけじゃないよ?



「それでアラくん。ついにお父様に反抗したんですね。私としては遅すぎた気もしますけど、その気持ちは嬉しいです」


「あれっ? アキって新のそういった気持ちを否定しないんだ?」


「おかしいですか?」


「おかしいとは思わないけど……新が反抗したら許嫁の関係もなくなっちゃうと思ったからさ。少し悪いけど、アキって孝さん寄りなのかなって思って」



 俺としては考えてもいなかった展開だった。アキは新の事をかなり好きそうだし、てっきり新の父親である孝さん寄りの立場なのかと思っていた。

 許嫁関係についてはよく分からないが、俺が見た作品だとかなり不遇というか何というか。まぁラブコメの読みすぎなのかもしれないけど。



「甘いですね。楽さんがアラくんを思うように、私もアラくんの事は大事に思っていますよ。といっても、本当に好きになったのは最近かもしれませんが」


「昔からの関係なのか?」


「はい。私の家族とアラくんの父親である孝さんと関係がありまして。家族ぐるみの関係だったんですが、そこから孝さんが話を進めていくうちに、いつのまにか許嫁になってしました」


「おおぅ……家族ぐるみの関係だと思ったら、いつのまにか許嫁が出来た件」


「ふふふ。アラくんは昔から頭が良くてカッコ良かったので、私は許嫁の関係をそこまで嫌だとは思っていませんでした。でもこの好きっていう感情は、単純な浅い気持ちだったんです。中学、高校と変わっていく新くんを見ていましたが、孝さんに似ていく新くんはあまり好きになれませんでした」



 俺が最初に出会った新は、めちゃくちゃ自己中心的な奴でプライドも高かった。新は父である孝さんを嫌に思っていたんだろうけど、反発して気づかないうちに孝さんに似てきてしまった。

 アキとしても、その新は嫌いだったんだな。



「もちろん好きな部分もありましたよ。私とアラくんは昔からの幼馴染みたいな関係もあるので……何だかんだで優しくしてくれる部分もありました。まぁ、それ以上に酷い部分も多かったですけど」


「げふっ!」



 俺と同じように静かに話を聞いていた新が、飲んでいたアイスコーヒーを少し吹き出してしまう。

 アキはそんな新に少し笑いつつ、また話し始める。



「アラくんも大学生になって、関係は昔より薄くなったといいますか……大学も別々になったので、会う事は少なくなりました。アラくんが色々と悩んでいたのは知っていたのですが、私ではどうにもする事ができませんでした」


「アキも新をどうにかしたいと思ってたんだな」


「もちろんです。アラくんの事を私は好意的に思ってましたし、深刻に悩んでいたことも知っているので……そんな大切な人をどうにかしたいという気持ちが一番でした。でもそんなアラくんと大学一年生の冬休みぐらいに久しぶりに会った時……アラくんは変わっていました」



 大学一年生の冬休みってことは、俺と新がだいぶ仲良くなっている時か。

 その頃に二人もあっていたんだな。



「アラくんはだいぶ明るくなっていて、尊敬する奴が出来たと話していました。それが楽さんの事だったんですね。アラくんはかなり他の人を考えるようになって、自分の頭を色々と使うようになりました」



 新も何から何まで変わったわけではない。

 でもそんな嫌な父親に似ている自分を、新は上手く活用するようになったんだ。



「私は本当に嬉しくて、そんなアラくんがやっぱり好きだと思ったんです。そして今のようにまた悩みを解決しようとする楽さんにも、本当に感謝しています」



 俺と新にも深い関係があるように。

 アキと新にも、許嫁の関係以上に深い関係があるのだろう――

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