第37話 プロポーズ

「あ~やっちまった。しばらく家に帰れねぇぇぇえ……」


「新は俺の一人暮らしをしてる部屋に泊まってくしかねぇぞ? 携帯と財布さえ持ってればどうにかなるっしょ」



 少し熱くなったとはいえ、勢いで家を出たのはまずかったか……と新は少し後悔していた。いつもは物事を深く慎重に考えるくせに、今回は先に身体が動いたみたいだったし。



「らっくん。それでこれからどうするつもりなの? ちょっと色々ありすぎて、まだ私は混乱しているんだけど」


「悪いな唯。俺と新の過去を説明したとはいえ、俺も感情で動きすぎた」



 俺と新の関係を詳しく知る奴は誰一人いないわけだし……唯がこの問題について掴みにくいのも当然だ。那奈や高輪先輩に理子だって、問題の表面は分かっても奥底の中身までは分からないだろう。



「……楽、ここは素直にお前に感謝しておく。あと上野さんにも色々と迷惑をかけて……本当にごめん」


「唯。こんな新は珍しいから脳裏に刻んでおけよ」


「俺が素直になってるくせにお前なぁ!」



 新もいつもの調子を取り戻したようで一安心。暗い新は付き合ってられないし、違和感が凄い。

 さてさてさて……あとは今ある問題をどう対処するか考えないとな。


 孝さんを説得するのはかなりの無理筋だとは思うが、代替案を出せない事もない、そこら辺は新に色々と聞きながら、作戦を練るとするか。



「そういや新のお母さんは?」


「今は軽い別居みたいなもん。俺も母さんの方に主についていく予定だったが、あのクソ親父が俺を手放すわけがなかったな」


「孝さんは経営者だっけ?」


「ああ。俺の親父の経営者として……というか、人を使うセンスは一流だと思う。仕事に関していえば、超一流とは言えるだろうな」



 そういや渋谷先輩のお父さんも経営者だったっけ。

 新と渋谷先輩が一緒に帰ったのは、何か通ずるものがあったからなのだろうか?


 まぁ、とにかくまずは新の本音を聞くことからだ。今まで隠していた新の一面を知りながら、解決策を考えていくしかない。



◇◇◇



 唯と別れた後、俺と新は今日の夕飯の弁当などを買って、俺の一人暮らししているところへと向かった。唯には那奈たちに事情の説明をしてもらい、協力が必要になった時は手を貸して欲しいという連絡をお願いした。



「皮肉なもんで、今日は遊ぶ予定だったこともあってある程度は綺麗だわ。新はその少し空いてるスペースを使ってくれ」


「……本当にすまねぇ。ここは素直に言葉に甘えるよ」


「タオルや歯ブラシとかの最低限の生活用品はさっき買ったからいいとして……服は今着ているのと俺の服で我慢してくれ。本当はもう少し段取りをしっかりとすべきだったんだろうけど」


「しょうがねぇさ。困ったら最悪買えばいいだけし、こうして場所を提供してくれているだけでもありがてぇ」



 それから少しして風呂に入って買ってきた弁当を食べて……そして少しゲームをして楽しんで。

 そしてここからは、親友との楽しいお喋りタイム。夜は何かと話したくなる時間だよね。



「楽はさ、ぶっちゃけ俺の事をどう思ってんの?」


「俺は新の事、最初は物凄く嫌いだった。何か見下しているような気もしたし、態度もめちゃくちゃ嫌いだった。だけど……言い合ってから少し新が変わってさ。こいつって凄い奴なんだなと思った。そこから徐々に仲良くなっていったけど、俺は良かったと思ってるよ」


「正直に話をすると、俺は有能な人間だと思っていたんだ。親父のアンチテーゼじゃないけど、俺はこんなにも力があるって誇示したかったのかもしれねぇ。それが親父や渋谷先輩と同じってことも気づかずにな」



 俺と新はテレビで流れている人気のバラエティー番組をBGMにしつつ、二人でそれぞれの本音を話し始める。

 新と一番接してきた俺だからこそ分かる、新の姿。そして更に関係を深める始まりの一歩でもある。



「でも新は変わったと思うよ。俺と接する時だけもしれないけど、色々と丸くなった。それに新は頭が切れるし、俺が困った時も助けてくれた。俺の一番の親友だよ」


「……楽を最初見た時は、ただ真面目で使える奴って印象だった。俺はどうせ進路というか未来も決まってるわけだから、この世界とやらを幸せに感じた事もないし、自分の事を真剣に考えた事もなかった。でも楽は輝いていた」


「俺なんか輝いてねぇよ。何となくで生きてるだけの、ちょっとしたオタクさ」


「楽はいつも真剣に何でも考えて……考えすぎなところもあった。俺は凄いと思ったよ。こんなに自分の事や他人を考えている奴がいるんだって。楽はさ、不器用で自分の事も好きだとは思ってないんだろうけどよ。俺からしたら、夢をちゃんと持っていて、その夢に努力して挑戦して、そしてめちゃくちゃ真面目で優しくて。めちゃくちゃ尊敬してんだぜ?」



 いつもは俺に軽い口調で話しかけてきてるせいもあってか、真剣な新は久しぶりに見た。

 新が俺の事をここまで大切に思っていることも、もちろん知らなかった。俺が新の事を思っている以上に、新は俺の事を大切に思ってくれていたんだ。



「俺とは立場もここまで生きてきた過程も全然違うけどよ。そうやって明るい未来を目指そうとする楽が、俺には凄く輝いて映った。だから……だから俺はお前に惚れて、お前のそばにいる」


「何だよ新。ほぼプロポーズじゃねぇか」


「たまにはこんな恥ずかしい事言ってもいいだろ。前に渋谷先輩に言われたんだ。このままだといつか喧嘩して、俺と楽はバラバラになるって。だから俺も素直に話さないとって、今思ったわけ」


「とはいってもよぉ、その新の言葉は反則じゃねぇかぁ?」


「何だ楽。俺の言葉に照れてんのか? あいにく俺はお断りだぞ。お前は恋愛対象じゃないし、俺には許嫁もいる」



 新からこんな恥ずかしい事を言い始めたんだろ……って、うん? 今の俺の聞き間違いか? 許嫁? 許嫁ってあの物語とかによく出てくる婚約者って意味の、あの許嫁?



「どうせゴールデンウィークが終わっても、こんな雰囲気じゃ登校する気持ちにもならんだろ。明日会いに行くか? 俺もしばらく会っていないし、今の事情を説明したい」


「あ、あ、新の許嫁ぇぇぇぇぇぇぇっ!?」



 おいこら親友。俺はもうパンクしそうなんだけど?

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