第35話 あやふや

「でまぁ俺と新が喧嘩して、しばらく経ってからかな。たまたま講義のグループワークで同じになったんだ」



 グループワークの成果が単位取得にも大きく重要であったため、新も出席せざるを得ない状況だった。まぁ同じグループになったとはいえ、話す事はないと思ったけど。

 グループワークの課題は、講義で紹介された問題は未来で解決されるか、という課題だった。今のインターネットやメディア環境について主に考える講義だったっけ。課題をグループで考え、軽くまとめて発表するという流れだったな。



 グループの中で意見を出しあって、俺たちは将来の自分と重ねながら問題と照らし合わせて発表する、という意見が採用された。


 例えば俺の場合、今は人工知能の発達で人間が書くよりも、人工知能の方が面白い小説が書けてしまう恐れがある。しかし人工知能にはこのような問題があり……みたいな感じで発表する。

 主に講義で紹介された課題はメディアリテラシー的なものがほとんどだったので、上手く自分の夢と絡めながら発表できると思っていた。



『俺、将来の夢なんかないし。適当にやっといてくんね』



 ただそんなグループワークの中でも、新はこういった態度を取っていた。俺からしてみれば、迷惑で舐めた態度。俺はまたキレそうになっていた。



『何だよ楽。文句あるのか』



 そんな俺の表情を見てか、新が俺に話しかけてきた。

 正直ここでまたキレてもよかったのだが、周りに人もいるので俺は我慢する。

 そして、新に一つ提案したんだ。



『新、今度二人で話さないか』


『ああいいぜ。上等だ』



 今思えば、この事もかなりの勇気が必要な事だったのかもしれない。ただ俺は一度思ったら、動かずにはいられないタイプ。そこについては、昔から変わっていない。



 そして、俺と新は二人で話す事になった。俺は新に言いたい事だけを言って、さっさと帰ろうと思っていたっけ。どうせこいつは聞く耳を持たないだろうし、どこかで無駄だと思っていたからな。



『俺、新のその人を下に見てる感じ嫌いだわ。将来の夢がない? だったら考えればいいだけの話だろうが。前の告白の時の話だってそうだ。メリットがないって、何様なんだお前はっ!』


『いいよな。お前には明確な小説家という夢があって。俺にはそんな明確な夢を持つことはできねぇよ』


『明確じゃねぇよ! 本当ならこの大学に来る事もなかったし、俺に才能があれば困っていない! だけど俺は……だけど俺は諦めきれないから、こうしてまだ縋ってんだよっ! こうしなきゃ、俺は壊れちまうんだよっ!』



 ほとんど俺の恨みというか辛みも新にぶつけてしまったが、気持ちはスッキリとしていた。嫌いな奴に自分のストレスをぶつける、ってのがかなり気持ちよかったのかもしれない。

 新はその俺の言葉を聞いて、俺の見たことのない表情になっていた。いつもの人を見下している表情ではなく、どこか少し悲しそうな表情になっていた。



『俺はよ、将来の夢とか恋人とか……そういった事を考えられないでいた。お前の言う通りだよ。冷徹で人を見下して……俺が一番嫌いな奴の特徴なのにな』


『だったらさ、考えればいいだけの話じゃないのか? それに、ただお前が変わればいいだけの話じゃないか』


『俺にも事情はあるんだよ。ま、お前みたいに夢に一直線な奴は凄いと思うけどね』


『何だよそれ。俺を認めてくれたのか?』


『ま、そんなとこ』


 こうして、俺と新の言い争いは終わった。

 その言い争いから、新は少し変わったと思う。効率的に考える事とかはそのままだったけど、少し明るくなって、他人の事を少し考えるようになって、少し優しくなった。



『楽~! 今日一緒に飯食いに行こうぜ~!』


『何だよ新。俺の事なんか嫌いじゃなかったのか?』


『それは過去の話だろ。一緒にいこーぜ』



 そして、新は俺にめちゃくちゃ絡んでくるようになった。それはもう知り合った当初の比にならないぐらいで、ほぼ毎日一緒にいた。

 俺としても変わった新は少し好意的だったし、新も俺を認めてくれた? みたいだったので、急激に仲は深まった。

 新は不器用で真面目な俺に色々と言いつつも、何やかんやで褒めてくれて……俺も新には色々と言いつつも、頭が冴える新の事を徐々に認めていった。



「でも何で、新くんはらっくんの事を認めたんだろ。夢に一直線ってとこが良かったのかな?」


「そう。仲が良くなってからは気にしてなかったけど……俺は新に答えを曖昧にされたままだった。新がどうして俺への態度を変えたのか。そして、新はどうして将来の夢を考えられないと言ったのか」



 俺の話を聞いていた唯が疑問に思うのもしょうがない。俺だって明確には分かっていないのだ。新にはぐらかされているうちに、いつのまにかあやふやになった。



「もしかして」


「今回はそういった類の問題だと思ってる。新はな、一度たりとも無理と言った事はないんだ。新があんな単純なメッセージだけ送ってくるはずがないんだよ」



 俺が感じた違和感。それはあの新が無理と言った事だった。新は自分が大変な時、こうしてくれないかという代替案を出すことがほとんど。

 それに短文なのも引っかかる。普段は俺の事を気にして、気遣うようなメッセージを送ってくるのが今の新の特徴だ。



「今思えば、俺は新に誤魔化されてばっかりだ。俺のことばっか気にするくせに、あいつは自分の事を一つも話さない。俺の事なんか、結局どうでもいいのかな」


「それは違うよ!」



 俺が少し弱気になったことを言うと、唯に強い口調で怒られる。



「私は二人の関係を詳しくは知らないし、何も言えない。だけどね、新くんはらっくんの事を一番大事に思ってるよ。新くんが行動するときってね、いつもらっくんが主体なの」



 渋谷先輩の時は手を貸してくれた。理子の時は悩んでいた俺のアシストをしてくれた。

 前からそうだ。俺が悩んでいる時は意見をくれて、困っている時は助けてくれる。それが新だった。



「らっくんも新くんを信じてみなよ。変わって親友になった新くんをさ!」


「……そうだな。俺が信じなくてどうする」



 新は俺の事を助けてくれていた。



 だったら――



 今度は俺が新を助ける番だ。


 

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