第33話 理子とのGW②

「あははは! 楽先輩の顔……あはははは!」


「せっかく撮ってやったのに、笑いすぎじゃありませんかね?」


「そ、それは分かってますけど、あははは!」



 理子は俺と撮影したプリクラを見て、めちゃくちゃ笑っていた。

 初めての加工作業に興奮した理子が、俺の目を大きくして無駄に小顔にしたりするなど、何かとおもちゃにされた結果、何とも凄いプリクラが誕生した。未来の人がこれ見たら、何か変な研究が進みそう。



「あぁだめだ……俺はお婿にいけない……」


「私が悪かったですって。いい思い出になりましたし、感謝してますよ。ぷぷぷ」


「少しまだ笑いが漏れてんなぁ」


「心配しなくても、新先輩とかには見せませんよ。私と楽先輩だけの、秘密の思い出ですっ!」



 恥ずかしい気持ちはあるが、こうして理子が笑顔で楽しんでくれたなら、俺の恥ずかしい気持ちも救われて良かったなと思う。

 理子には色々と親に禁止されていた過去もあるし、ここからは楽しい日常を過ごしいて欲しい気持ちもある。


 デジタルタトゥーならぬアナログタトゥ―は残ってしまったわけだが……まぁそれも一個の思い出という事で。



◇◇◇



 プリクラを撮った後はダーツやビリヤードなどを少し楽しみ、少し疲れたのもあって次はカラオケに行くことになった。カラオケだとドリンクバーもあるし、座ってゆっくりする事もできるからな。

 まぁ俺の提案というより、理子がウキウキで色々と提案してきてこの流れになったんだけどな……



「ここが噂のカラオケですか! ここも一度来てみたかったんですよね~!」


「まぁカラオケって、遊びの定番中の定番みたいなところあるしな」



 大学生って、居酒屋やカラオケをもう庭だと思ってるよね。いつの間にか色々と毒されていくのが、人生というものである。



「少し休んで歌ってみようかな~! 楽先輩は歌が得意だったりします?」


「そういや、理子は今年の選挙の候補で気になっている人誰?」


「いや特にはいないですけど……楽先輩は歌う事が得意だったりします?」


「話変わるけど、理子はここ数年のGDPの成長率の推移を見てどう考察している?」


「……楽先輩は歌が苦手なんですね」



 ちっ、流石にごまかせなかったか。

 だってしょうがないじゃん! 合唱コンクールとかでよくある、この音出してみてとか全然分からないんだもん! どの音なんだよ! 何で音程が正確に分かるんだよ!



「そういう理子はどうなんよ?」


「私ですか? あんまり歌った事ないので分からないですけど……じゃあ一曲歌ってみましょうか? 私もそんなに上手くはないと思いますけど」


「あーはいはい。もう出尽くしたよそのパターン。どうせ上手いから気にするな」



 俺も音痴だから大丈夫! という言葉は、マラソンで一緒に走ろうぜ! って言う奴と同じぐらい信用がない。何回そういった言葉を信じて騙されたことか。俺はピュアでいい人間なんです。騙すのは辞めてください。



「これって、このパットみたいなので曲を入れるんですか?」


「そうそう。デンモクって言うんだけど、これで歌詞や歌手からでも曲を検索できる時代になっているから、何かと便利だよ」


「へぇ~」


 

 理子は喋りながらポチポチとデンモクを操作し始める。画面上に曲名が表示されたので、どうやら一曲目を予約する事ができたみたいだ。



「おっ、上手く予約できたみたいだな。まさか国歌を歌うとは思わなかったけど」


「だって私、流行りの曲とか疎いんですもん。親の影響もあって、エンタメに触れるみたいなこともあまりないですし」


「確かに昔からの習慣とか癖って、なかなか抜けないしな。大学生になってある程度は触れることができるようになっても、昔から触れていないと難しい事もありそうだしな」



 大学生になって急に自由になっても、何かと持て余してしまうというか、どうしていいか分からなくなる気がする。

 理子だって最初に会ったときはクズ大学生化してたし、何かと捻じ曲げられちゃうのかもしれないな。



「き~み~が~」



 音が流れ出すと、理子は少し緊張しながらも綺麗な声で歌い出す。音程のバーもほとんど正確に合っていて、耳にとても心地よい声が入ってくる。



「ま~ぁぁで~」



 理子はその歌い出しの良い調子を崩す事なく、綺麗に最後まで歌い上げた。

 画面が移って採点の画面になり、93点とかなり高得点だ。


 そして理子は歌い終わると、何とも言えないような視線を俺に向けてくる。

 おいやめろ。こんなに歌うの簡単なのに、正確な音程で歌う事も出来ないんですか? みたいな残念な表情をするな。泣いちゃうだろ。



◇◇◇



 その後、理子がかろうじて知っている曲を歌ってカラオケを楽しんだり、俺が音痴ながらに頑張って歌うのを理子が応援してくれたりという楽しい時間が過ぎ、俺と理子はくたくたになっていた。



「……何だか、カラオケで盛り上がる人の気持ちが分かった気がします」


「歌うのは楽しいからな。音痴を受け入れてくれる優しい世界線なら、俺も生きていける」


「楽先輩も歌い方みたいなの学べば、普通に上手くなりそうな気もしますけどね。それで……休憩がてらにお話ししませんか?」



 理子はそう言いながら少し前かがみになり、真っ直ぐと俺の目を見る。

 この表情は既に知っている。何か話したい事がある時の表情だ。



「いいよ。何か言いたい事があるんだろ?」


「……今日、私はめちゃくちゃ楽しかったです。楽先輩はどうでしたか?」


「俺もめちゃくちゃ楽しかったよ。俺としても、理子が楽しんでくれて何よりだ」


「本当にズルいですよ。私をこんな楽しい世界に引きずり込んでくれたんですから」


「俺だけじゃないよ。理子が自分で動き出そうとしたことがあって、今があるわけだし。皆の色々な気持ちが重なって、皆幸せになってるんだ」



 唯も新も那奈も波瑠先輩も理子も……みんな違った境遇やここまで生きてきた過程があって、こうして出会って、それぞれの色々な事が重なって、今がある。

 偶然であり、必然でもあるんだ。人生は一回きり。こんな幸せな事がなければ、釣り合ってない。



「楽くんありがと。楽くんたちといて、私は本当に楽しい」


「あっ、今……」


 理子はいつもの先輩呼びのような少し固い話し方ではなく、くだけた話し方になる。



「楽くん、一応は私も同い年だからね? たまにはこうしてもいいかなって。 それとも普段の後輩モードの私の方が好きだったり?」



 理子は俺をからかいながら、意地悪な笑みを浮かべる。

 普段の丁寧な口調が印象に残っているせいで、余計に今の理子は破壊力がある。



「おいこら。俺をからかうのはやめなさい」


「あーあ残念。素直に答えてくれたら、楽くんの好きな方に統一しようと思ったのに。まぁでもいっか。たまに見せるからこそってのもあるしね。だから楽くんは覚悟しててね?」



 ああ本当に。


 理子は本当に意地悪であざといである――

 

 



 

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