第29話 高輪先輩とのGW②
「手料理って言っても、初歩中の初歩でしたね」
「だから言ったじゃん! 小学生の時の家庭科の授業でも、確かこれを最初に作ったはず!」
「まぁ、俺もカレーとか野菜炒めとかぐらいなんで、人の事は言えないんですけど……」
高輪先輩……じゃなくて、波瑠先輩が一人暮らししている部屋に招かれた俺は、先輩のご両親が帰った後、先輩の手料理を食べる事になった。
先輩だけ名前で呼んでいなかったので、名前呼びになる事自体は当然かな……と思いつつ、相変わらずのヘタレの俺は、異性の名前呼びというイベントだけで緊張してしまう。
経験が足りないって。いや厳しいって。
そして今、机に置かれている先輩の手料理を見る。
料理を練習中とはいえ……手料理という単語を聞くと、何か豪勢なものが出てくるという認識になっていた。
そう、俺が全て悪いのである。
「まさか、日本の誇りであるおにぎりとお味噌汁が出てくるとは……波瑠先輩の手料理物語の、エピソードゼロですかね?」
「ま、まぁ最初はこれぐらいかな! 私にかかれば、ちょちょいのちょい!」
確かに、初めての調理実習って味噌汁とかだったような気がする。
あの頃はまだ、俺も少しは戦力になれていたのに……いつの間にか、準備片付けや炒め専門になっていました。
「俺は料理とかも面倒だと思ってやらないので……努力しようとするのは、素直に尊敬します。あと、普通に美味しそうだし」
まぁ味噌汁はともかく、おにぎりが美味しくなかったら、それはそれで問題ではあるんだけどね。
実際、食欲をそそられるいい匂いもするし、おにぎりの形も綺麗で見た目が良く、めちゃくちゃ美味しそう。
それに……波瑠先輩が作ったというだけで、何か物凄いプレミア価格がつきそうだ。先輩のファンも多いし、先輩が好きという人もかなり多そうだもんなぁ。これは転売しないで、俺が頂くぜ!
「じ、じゃあ、楽くん! 召し上がってくださいっ!」
「ここはお言葉に甘えて、頂かせてもらいます」
この世の食材、この場を提供してくれた先輩のご両親と神様、そして数多くの男の
そして俺は味噌汁を少し飲んだ後、おにぎりを食べ始める。先輩の表情はどこか固く、俺の言葉を待つように固唾をのんで俺を見ていた。そんな顔、全然しなくても大丈夫なのに。
「波瑠先輩、めちゃくちゃ美味しいですよ、星、三つです!」
「ほんと!?」
「この調子でいけば、きっと色々な料理が作れるようになりますよ」
「じゃあ、楽くんにいっぱい食べさせられるね!」
俺の感想に安心したのか、波瑠先輩は破顔する。その破壊力に、危うく昇天するところだったぜ。
俺って、先輩の手料理を全部食べることになるんですか? 俺、めちゃくちゃ太ってしまいそうなんですが、幸せなのでオーケーですね。
こんなような事をナチュラルに言うから、多くの男が恋に落ちていくんだよなぁ。本当に天使であり、悪魔でもある魅力的な先輩だ。
「俺、幸せすぎて何か
「……私はさ、楽くんの事を尊敬しているし、本当に感謝しているの。だから、私は楽くんにお礼がしたいし、そうやって真っ直ぐに進む楽くんが好き」
ここでの
その屈託のない笑顔と真っ直ぐな言葉に、ドキっとしてしまったんだよな。
――先輩にとって、俺はどう映っているんだろう、
「波瑠先輩は、どうして俺の事をこんなにも大切にしてくれるんですか?」
「色々な理由があるけど、一番は私がチョロかったんだろうね」
「チョロかった?」
「私ね、こんな自分になるまで、本当に大変だったの。孤独で色々と辛い事もあったし、見向きもされない時もあった。そんな事があった中、楽くんが助けてくれたり、頑張っている姿を見て……本当に凄いなぁって。私の中では、本当にヒーローなんだよ」
先輩が孤独で、見向きもされない時があったとは信じられないが、ここで嘘をつく必要は全くないので、全て本当の事だろう。
先輩に今まで何があって、それを経て現在の姿があるのかについては、おおよそ予想はついている。そして、その事を先輩が言いづらそうにしていて、悩んでいることも分かっている。
「……波瑠先輩が何を抱えているか、俺はおおよそ分かってます。でも、俺は先輩を信じているので。波瑠先輩も、俺たちを信じてください」
「楽くんは、何でもお見通しなんだね。でも分かった。いつか話せるタイミングが来たと思ったら、その時は私の口からちゃんと話すね」
「約束ですよ。先輩は、意外と一人で逃げ出しちゃいそうなので」
波瑠先輩も何かと一人で抱え込みそうだから、色々と不安ではあるんだけど……先輩ならきっと大丈夫だと俺は信じている。
周りの大事な人が幸せになってほしい。これが俺の一つの願いでもあるからな。
「でもまぁ、楽くんになら話せるかな。楽くんは一番信頼できる人だと思ってるし。もし裏切られたりしたら、もう立ち直れないよ」
「だから俺を何だと思ってるんですか。俺はそんな悪者になる勇気すらないっすよ」
「そういや、楽くんはどこまで気づいているの? 私も
「それは分かってますよ。理子と話した時、先輩も不自然に反応してましたし。それに、先輩に何か嫌な過去があった事も分かってます。先輩の行動理念や考えって、その過去の出来事から来てるんじゃないですか?」
俺が先輩について推察した事については、ほぼほぼ合っていたようだ。
理子と波瑠先輩と三人で話した時、普段の頼られる人気者の自分を演じようとしている姿、そしてその事について話さない様子……そういった事から、先輩が今のようになった原因が、過去にあったのではないかと思っていた。
理子と話した時に、波瑠先輩も大学デビューをしたのかと、確信を持った。そして今日の様子や、先輩のお母さんやお父さんが心配している様子も、何かと辻褄が合う。
過去に何があったかについては、詳しくは分からない。ただ、かなり重い話になるのは間違いないだろう。
「私ね、本当は純粋でか弱い人間なの。でも今は楽しいし、無理はしてないよ?」
「……過去に何があったんですか?」
「私がもう少し前を向いて話す事ができるようになったら……その時は楽くんが話を聞いてくれる?」
「もちろんですよ。もう何時間でも付き合います」
「えへへ、ありがと楽くん」
今日は、先輩と濃い時間を過ごした一日だった。
先輩のご両親と会って、名前で呼ぶようになって、先輩の根幹に触れて、何となくの約束をして。
また仲が深まったと思える一日になった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます