第22話 縛り

はい、いつもの居酒屋に到着でございます。すっかり常連……というか、ただ便利に使っているだけなんですけどね。



「まさか夜までコースとは……楽先輩にどうにかされちゃうぅ」


「信じてくれ! 俺は誠実な男だ!」


「……誠実な男っているんですか?」



 誠実な男だっているに決まってるだろ! い、いるよな? 

 まぁ、まだ関係も浅い上に、いきなり居酒屋に誘うとか、もう渋谷先輩ムーブだけどね。脳内の渋谷先輩がささやいてくるの、誰か止めて。



「ともかく、俺の他にも誰かいるから安心せい」


「まさか複数人プレ」


「ちょっと黙ろうかぁっ!?」



 学生証の感じをみて、真面目な子だと思っていた俺は間違いだったのかもしれない。

 環境も大きく変わったから、これが理子の素なのかもしれないけどな。



「本当は全員で来てもいいかも、と思ってたんだけどな。それだと理子が委縮すると思って、俺がピックアップしておいた」


「全然状況が把握できないんですけど……」


「今日はさ、理子について知ろうと思ってな。だから一番適任な人を呼んだってわけ。那奈もシフト入ってるから、那奈もいるけどな」



 那奈に今日の事相談したら、なぜかまた怖かったし……


 別に俺は部長としての責任果たしてるだけだから! 色々な女の子と遊んで、楽しんでいるわけじゃないから! なお、脳内にいる渋谷先輩は無視するものとする。役得とか思ってないからね?



「私、についてですか」


「どうせ長くなるだろうし、とりあえず店内に入るぞ。先輩も着いているみたいだし」


「え、先輩って?」



 俺が呼んだのはもちろん――



「楽くんも理子ちゃんもこんばんは。野球はどうだった?」



 学内でもめちゃくちゃ有名人であり、俺の中でも天使と話題の高輪先輩だ。今日もいつも通りの美しさ。うーむ、最高。

 理子と同性で話しやすい点、高輪先輩の視野の広さ、などといった理由もあるが、俺が決定的に選んだ理由は別にある。



「最高でしたよ。理子も楽しめたみたいで」


「え、えっ? な、何で高輪先輩がっ?」



 冷静な俺とは対照的に、理子はめちゃくちゃ動揺していた。どうしても、理子とは何か壁を感じてしまう場面もあったが、動揺している様子は珍しくて面白い。実に愉快である。



「何でって、お前と高輪先輩が似てるからだよ。壁を作る理子さん、アンダースタンド?」


「わ、私は壁なんて」


「作ってるだろ。壁、というよりどこか隠したい部分があるのかもしれないが……それを壊すのが俺の役目でね」



 本当は話したくないのかもしれない。本当は一人でどうにかしたいと思っているのかもしれない。

 その気持ちはよく分かる。俺も、昔はそうだったから。


 ただ――


「ここは青春同好会だからさ、俺は皆に幸せになってもらいたいわけ。俺も色々な事があったけど、皆に助けられて今がある。だから、理子も何かあれば話してくれないか」



 理子は黙って、ただただ真剣な表情で俺を見ていた。



「勘違いだったら全然いいんだけど、俺には理子が何か悩んでいるように思えた。大学になって変わった雰囲気やどこか無理をしている様子が気になった。でも、理子は来てくれただろ?」


「えっ……?」


「俺たちと出会った後、青春同好会に来てくれたじゃないか。それってさ、何かを変えたからじゃないのか? なぁ理子、お前の本当の気持ちはどうなんだ?」



 理子とはたまたま会ったが、理子が青春同好会に来なければ、俺たちと繋がれていない。居酒屋で会ったのを最後に、そんな学生もいたなぐらいの認識で、徐々に記憶から消え去っていただろう。

 ただ、理子は青春同好会に来てくれた。渋谷先輩の件もあり、閉じたコミュニティになっていた中、理子は一人で来たんだ。理由は何か曖昧だったけど、理子の中に強い気持ちがあったのだと、俺は思う。



「……やっぱり、楽先輩って優しいんですね」


「そうでしょ? 楽くんは凄い人なんだもんっ!」



 だから、何で高輪先輩が自信満々なんですか。ドヤ顔も可愛いんで、まぁいいんですけど。高輪先輩は、何しても可愛い領域に達してるので、別に全然かまわないんですけど。もう最高なんですけど。


 実のところ、自分の事を素敵な人間だとは思ったことは一度もないんだけどな。自分の嫌な所ばっかり考えてしまうし、いつも他人と比べてしまう。

 だからこそ、他人を助けたくなるのかもしれない。



「……少し、先輩方に自分の話をしてもいいですか?」



 俺と高輪先輩は頷き、静かに理子の言葉を待つ。

 理子は俺たちの顔を見て少し笑い、自分の事について語り始めた。



「私は東京で産まれました。まぁ、めちゃくちゃ都会っ子ですよね。街はめちゃくちゃ煌びやかで、遊ぶ場所もたくさんある。家庭も裕福でしたし、そこだけを見ると恵まれていると言えます」



 日本の場合、田舎と都会では大きな差があると言われている。もちろん、双方にメリットデメリットはあるが、利便性などを考えると都会の方が圧倒的に良いだろう。



「小学生の高学年か中学生の頃ですかね。その頃って、少し身も心も発達していって……大きく成長していく時期だと思うんですよね。私も友達が出来て、色々な所に遊びに出かけていってました」



 遊ぶ場所も多い都会なら色々な所に行けるし、楽しそうな学生生活が送れるのではないかとは思う。イベントとかも、多く開催されているしな。



「そうやって楽しんでいた頃、ふと私の両親が言ったんです。お前はいつまでをしてるんだって。そんなバカらしい事をしていないで、まともな人間になりなさいって、そう言われたんです」



 理子の根幹にあったのは、強い両親からの縛りだった。

 高校受験や大学受験、就職活動……人生において重要なポイントは、ほとんど人生の序盤にある。勉強に力を入れている家庭だと、小学校や中学校から受験するという話もよく耳にする。



「両親の言っている事も分かりますよ? 勉強とかは積み重ねですし、間違いなく勉強はした方が良い。将来の事だって、ちゃんと考えた方がいいはずです。でも、私は納得できなかった。自分の好きな事や友達まで否定されて、一人でただ勉強だけしてればいいと言われるのが……本当に許せなかった」



 色々な事を縛られ、ただ孤独て戦い続けた。理子は俺が思った以上に、強い人間だったんだろう。

 


 それにしても、本当にこんなドラマで見るような家庭も存在するんだな……俺も努力は中途半端で色々と失敗してるから、この話は何かと刺さるんだけども。

 ただ、理子の場合は助言でも家族の優しさでもない。ただ都合の良いように、子供という存在の理子を動かしているだけ。俺には、それがどうしても許せなかった。


「なので、私は一人暮らしをすることにしました。一人暮らしなら基本文句は言われないし、ちゃんと勉強してある程度良い所に就職できれば、両親は満足するでしょう。まぁ、どうせ縁は切るつもりなんですけどね」


「理子が浪人した理由って何なんだ? あと、今の生活の感じを見て思うんだが……やっぱり親に縛られていた事が原因なのか?」



 理子の話がある程度終わったタイミングで、俺は気になっていた質問をぶつけた。

 理子は少し笑いながら、俺に優しい目線を向けてまた話し始める。



「……鋭いですね、まず私が浪人した理由ですが、両親に認めてもらえなかった、というのが原因ですね。俗にいう学歴好きといいますか、やっぱり自分が認めた所じゃないと、娘の私を行かせたくなかったんでしょうね」


「典型的な毒親だな……」


「でしょう? 次に今の生活の様子の話ですが、こちらも楽先輩の推測通りです。色々と禁止もされていましたし、色々と触れてみたくなるもんなんですよ」



 親に禁止されているからこそ、やってみたくなるって事か。

 その気持ちは何だか分かる気がする。何で俺はダメなんだろう、っていう疎外感を覚えるもんな。法に触れる事は流石に駄目だけど。


 



 ――こうして、今の理子が出来上がってしまったんだろう。




 過去の事はもう変えられない。ただ、過去を塗り替えることは今からも出来る。

 俺は理子の両親に強い怒りの感情を持ちつつ、こんな形になってしまった理子を大切にしたいと、強く思った。



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