第21話 現地観戦

 広島駅に集合した後、俺と理子は歩いて球場に向かっていた。球場って、だいたい駅から近いのがいいよなぁ。集客のことを考えると当たり前なのだが、歩いていて球場が見えた時の興奮度はやばい。



「お、球場が見えてきたぞ。現地は本当にいいぞ~!」


「私も関東に住んでいて、何度か野球場を少しは見たことがありますけど……大きいですね」


「こんな広い球場でホームランとか打つんだから、本当に凄いんだよなぁ」



 こうして理子と話しながら、球場への入り口までの坂道を歩いていると、徐々に球場の全容が見えてくる。

 あのグラウンドを初めて見た時、テレビで見ていた世界に入り込んだような感じがしたっけ。急にグラウンドが見えると、より違う世界というか……俺たちとは別世界のような感じがするんだよな。



「うわっ」



 理子の様子を見ても、初めての野球場に興奮している様子だった。分かる、分かるぞその気持ちっ! わたくし、ただいま布教完了いたしました!



「な? 現地で見ると、めちゃくちゃ凄いだろ?」


「野球場って、こんな感じなんですね……大きくて、広くて、来ている人全員が……楽しそう」



 ただ同じ球団のファンだから、ただ野球が好きだから、今日たまたま現地で観戦しているから……そんな運命で偶然会った大勢の人が、選手の一挙手一投足を見て一緒に盛り上がるんだ。そりゃ、最高の場所だよな。他のスポーツにも言える話だけど、現地の一体感は本当に凄いし、何より楽しい。



「とりあえず、席の方に向かうか。やっぱ、最初は内野の指定席だろ」



 やっっっっぱ、内野の指定席なんだよなぁぁ。試合も見やすいし、ある程度近い距離で観戦できるから、内野の指定席は本当におすすめだぜ! 

 球場によっても色々な席があるし、席によって楽しみ方も違ってくるのも、現地観戦の良い所だよなぁ。



「あ、でもチケットは」


「俺が準備してないとでも思ったか? ちゃんと良い席、押さえてるよ。女の子と遊ぶときは、男がカッコつけないとな」


「え、でも」


「あ、ジェンダー的な問題も今だとあるか? ま、今日は俺が強引に連れ出したから、俺の奢りでいいよ。一応、俺が先輩だからな?」



 今日は理子に気を遣ってほしくない。ただのバカなお人好しかもしれないけど、俺は行動しないと気が済まない性格なんだ。

 ただコンビニでチケットを二枚買うのは恥ずかしかったな……何か変に生暖かい目線向けられたし。店員もラブコメ脳すぎるだろ。



「じ、じゃあお言葉に甘えて……」


「結構良い席だから、感謝してくれよ? あ、先に食べ物とか飲み物買っとくべきか。チケットに席の番号書いてあるから、理子は先に座っておいてくれ」


「……バイトしてないのに、大丈夫ですか?」


「……親に感謝だな」



 実際、普通の家庭よりも裕福だとは感じている。ちゃんと社会人になって、親孝行しないといけませんね。神よ、ありがとう。

 長期休暇でお金が貯まってもすぐに使っちゃうし、小説サイトの収入もまだ一日の昼食代ぐらいだしな……絶対に結婚できないタイプじゃねぇか。

 とことんカッコがつかないな、俺という人間は。



◇◇◇



 試合が始まってからは、俺と理子はあまり話す事もなく、ただ集中して試合を観戦していた。会話があったのは、理子に質問された時ぐらいか。理子も分からないところは俺に質問しながら、試合を楽しんでいる様子だった。


 そんな中、試合も進んでグラウンド整備の時間に入ると、理子にチョンチョンと肩を叩かれた。



「スポーツ観戦って、最高なんですね」


「ハマると金欠になるけどな。あっ、今日はお酒はいいのか? 理子って、ビールとか好きなんだろ?」


「別に好きじゃありませんよ。この前は、ただお酒に触れてみただけなんで」


「そっか。俺としてもよかったよ。球場でめちゃくちゃ飲むと、莫大なお金になっちゃうからな」



 流石の先輩も、次からはちょっと払ってくれない? みたいなダサい人間になるとこでしたわ。球場で飲むお酒も美味しいんだろうけど、飲み過ぎるとどんどん値段が膨れ上がっていきますからね。俺には分からない気持ちだけど、結構飲んでいる人多い印象だし、お酒の魔力は怖い。

 

 それにしても、お酒に触れただけねぇ……やっぱり。理子は何かしらを抱えてるんだろう。それが何かはハッキリしていないが、何か縋るものを探しているのではないかと思う。



 ――なぁ理子? お前は、いったいどういう人間なんだ?



「お酒で意識が飛んでもいけませんしね。今日は先輩とのデートなんで」


「同じ年だから、そんなに先輩を悪用しないでくれよな」



 理子は俺を弄りながら、とても楽しそうな様子だ。

 どこまでが建前で、どこまでが本音かは分からないけど、理子が心の底から楽しんでくれていたら、俺も満足である。

 


「大丈夫ですよ。先輩に負担になる事は絶対しませんから」


「良い後輩すぎる。一応、同い年なんですけどね?」



 少し関係性は不思議だが、大学は浪人する人も多いし、先輩と後輩の壁も薄くなるので、こういった関係性も多いのだろうか。



 ちなみに俺はめちゃくちゃ慣れないけど!!



◇◇◇



「あ~楽しかったな。最後の逆転ホームランはしびれたぜ」


「あまり知識のない私でも、ちょっと盛り上がっちゃいました。立ち上がっちゃう気持ちとか、声を出しちゃう気持ちも分かった気がしますね」



 試合終了後、俺と理子は試合の感想を話しながら、ファンの流れのままに駅に向かって歩いていた。来た道があいまいでも、帰りはファンの流れについていくだけなので、実に安心である。



「ありがとうございました。楽先輩とのデート、ちょっと楽しかったですよ?」


「ちょっとかよ」


「嘘ですよ。めちゃくちゃ楽しかったです」



 今日は特に面白い試合だったこともあって、理子も楽しんでくれたみたいだった。俺としても、その楽しんでいる姿を見れたのは嬉しい。



「よかったよ。今日は楽しんでもらえて……そうやって楽しそうにしてる方が、理子には似合ってる。張り付いている笑顔じゃなく、心から笑っている方が」


「……先輩、口説いているんですか?」


「口説いてねぇって。別に、ただの先輩からのアドバイス」


「何ですかそれ。でも、今日は感謝しておきます」



 これにて今日のデートは終わり……ではない。休日のデーゲームを選んだのにも、理由はある。



「じゃあ、いつもの居酒屋に行くぞ」


「えっ?」



 試合が終わり、時間はちょうど良い夕方の時間帯。実は、理子の本音を聞き出すため、俺がもう一つ計画していた案がある。渋谷先輩の件と同じような形で話を聞こうとする流れは同じなのだが、話を聞くのは




「まだ俺に付き合ってくれよ。デートはまだ終わりじゃないからな?」





 

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