第20話 楽しさ
理子が入部した日の夜。いつもの日課である小説を書いていると、スマホが振動している事に気が付いた。
本当に優しいんだよな、
「もしもし? 本当に優しいですね、高輪先輩は。渋谷先輩の時も、俺が迷っている時に助言してくれましたもんね」
「……何か見透かされてるなぁ。ま、今回も楽くんならどうにかするとは思ってるけどね」
新や唯や那奈と違って、高輪先輩は人一倍……いや人五倍ぐらい俺の事を信頼しているような気がしている。他の三人も俺の事を大事に思ってくれているのは理解しているが、高輪先輩はより一層……って感じがするんだよな。高輪先輩は天使なので、一向に構わないんですけどね。
「高輪先輩は、あの後輩の理子について気になる事がありましたか?」
「やっぱり、何かを誤魔化しているような気はするかな。私、そういう子は分かっちゃうんだよね」
「高輪先輩もそう思いますかね。理子は、いったい何を抱えてるんでしょうね……?」
「色々あると思うよ。我慢する気持ちとか、不安な気持ちとか……皆、色々な事を抱えて生きているからね」
俺も自分自身については深く考えてしまうし、唯や那奈も色々と悩んでいた。新や高輪先輩だって、何か隠している事があるかもしれない。
だけど、それで悩んで悲しんでいるのなら……俺は助けたい。人の役に立ちたい、という自分勝手のエゴなのは分かっている。でも見て見ぬふりをするなんて、気持ちが悪くて俺にはできないから。
「今回、楽くんはどうするつもりなの?」
「それについては、一つ案があります。唯の時と同じように理子を誘って、深く話を聞いてみる予定ですけど……今回は少し工夫してみようかなと」
「工夫?」
「理子って、いつもどこか楽しくなさそうな雰囲気なんですよね。だったら、こっちから新しい楽しさをぶつけてみようと思いまして」
今回は、高輪先輩に背中を押してもらう必要はない。もう、一人でも動きだせるようになったから。
理子が楽しくなさそうな雰囲気なら、こっちから強引に楽しさをぶつけてやる。
「何だかよく分からないけど、楽くんならきっと大丈夫だよね。今回は、先輩の協力はいらないかな?」
「そうですね……理子が本音を話しそうな時が来たら、高輪先輩を呼ぼうかなとは思っています。学内でいつも人気な高輪先輩なら、理子の気持ちを一番分かってくれる気がするので」
「楽くんのお願い、受け止めました」
いつも多くの人からの視線を浴び、注目されている高輪先輩が、俺は一番適任だと思った。
優しいし、人の本質を何か見抜く力もある。それに、理子と高輪先輩はどこか似た雰囲気があると感じていた。根拠はないし、ただの俺の勘なんだけどな。
◇◇◇
数日後。俺は理子を誘って、
広島駅に先に到着していた俺は、改札から出てくる理子を発見して、俺の居場所を知らせるために手を振る、理子も俺に気付いたようで、手を振りながら俺の方に向かってくる。
「すいません、待たせちゃいました?」
「俺もそんなに待ってないし、全然大丈夫だよ」
「それにしても、今日は私だけを誘って何する気ですか~?」
理子は俺をからかうような感じで、少し胸元の方を見せてくる。
こいつ、一応同い年だよな? 後輩とはいえ、何だろうかこのあざとい感じは……
「そんな卑猥な事はしねぇよ。理子、まさかそんな感じで他の人にも接していないだろうな?」
「何ですか急に……まぁやろうとしていた時期もありますよ。いいお小遣い稼ぎにもなるし」
「絶対やめろ。そんな事すると、もうまともな人間には戻りづらくなるぞ」
俺が少し語気を強めて理子に言うと、理子は悲しそうな表情を見せ、黙り込んでしまう。
いきなり暗い空気になってしまった事を反省しながら、俺は理子に今日の本題を伝える。
「まぁ、今日は楽しい会だから暗くなるな。今日は、理子と野球を観に行こうと思ってな。幸い、広島にはプロ野球球団の本拠地があるし」
「あ、あの……私、一応東京出身なんですけど」
「それは反則すぎない?」
他の地域がってより、関東圏が強すぎるんだよなぁ。何あの路線の数。渋谷とか新宿とか、もうダンジョンなんだよなぁ……でもめちゃくちゃ便利いいから、遊びには困らないだろうし、めちゃくちゃ羨ましい。
「ま、まぁ野球の大まかなルールなら分かるんですけど、現地で観戦したことはないので……」
「そこは俺に任せろ。野球歴十年の俺が、インフィールドフライやフィルダースチョイスとかの難しい野球用語を解説してやるから」
「あ~なんか聞いたことありますね。なんか球場飯みたいな」
「フライは別に揚がっていないし、チョイスじゃなくてチュロスなんだよなぁ」
俺も他のスポーツはあまり詳しくないのだが、スポーツの中でも野球はかなり難解なスポーツだと思う。データを表す指標、ルール、戦術、変化球や捕手のリードといった駆け引き、守備のカバーなどの見えない部分……色々と注目するところがあるからこそ、俺は面白いと思うのだが。
「最初の内は、ホームランとか有名選手とか見てればいいんだよ。興味を持てば、自ずとハマっていくから」
いつの間にかデータばっかり見るようになったり、変に知識マウントしたりしてしまうのが人間の性というか何というか。
知識がつくほど、昔のような楽しい気持ちを忘れていく人もいるぐらいだからな。
「まぁ、野球観戦はいいですけど……何でこんな事を?」
理子からしてみれば、最近知り合った先輩が休日に誘ってきて、野球観に行こうぜ! って言ってるだけだもんな。野球好きのパワハラ上司じゃないんだから。
「それは、野球観戦が終わったあとのお楽しみだ」
知ってるか? スポーツの現地観戦って、めちゃくちゃ最高なんだぜ。
本当の楽しさってもんを、教えてやるよ――
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