第16話 休日に那奈と②
パフェを食べ終えた俺らは、追加で何か注文したりしながら、カフェで会話を続けていた。
「楽はさ、私に新しい彼氏が出来たら……嫌?」
「藪からスティックに何だよ」
「それ、誰かの芸人さんのネタだったよね。楽ってちょくちょくお笑いネタ挟むけどさ、なかなかピンと来ないんだよな~」
「何でだよ! 俺にとっちゃ、履修登録でシラバスを確認するぐらい当たり前なんだぞ! 特に賞レースなんか、見るのが当たり前だと思ってたし、実質義務教育だろ」
「最近はSNSとかが強いからね……じゃなくて! 楽は私に彼氏ができたら、どう思うの!?」
ちっ、話を逸らすのに失敗したか。お笑いについては、ただ思っている事を言ったまでなんだけどな。
今年は誰がお笑いの賞レースで優勝しそうか、と話に乗ってくれる新は、やはり貴重な存在すぎる。趣味の合う友達は偉大なんだよなぁ。このままお笑いの話題に持っていければ、二時間は話せたのにな……
本題に戻そう。誰もが分かると思うが、話を逸らそうとしたのは、もちろん答えにくい問いだったからにすぎない。
一般的に考えれば、俺が口を出す理由なんてない。
俺と那奈は特殊な状況によって、今はイレギュラーな形で仲良い関係だが、一生関わらくなる人だっているはずだ。恋人関係を解消するのだから、気まずくなるのは当たり前だし、仲が悪くなった、というのが普通のケースなので、もう関わらないという人が多数派だろう。
一方で、復縁するケースも一定数あるだろう。そもそも恋人関係になったからといって、仲が良いのがずっと続くわけではない。付き合ってから分かる事や倦怠期など、付き合う事によって関係はまた変化するからな。喧嘩が一回もない、みたいなカップルはいないんじゃないか?
じゃあ俺の本心は? 俺が那奈に対して、今思っている感情は?
「……那奈に新しい彼氏ができても、俺は何も言う権利はない。けど、こうしてまた仲が良い関係に戻ると、正直思うところはある」
「思うところって?」
「自分の不甲斐なさとかも感じるし、那奈が知らない男に取られるのはさ、少し複雑というか何というか」
客観的に見ると、ただの気持ち悪い男じゃねぇか! とツッコみたくなるが、この気持ちが俺の本心だった。
那奈は、俺の言葉で黙り込んでるし……流石にドン引きされたかもしれない。
「よかったぁぁぁぁぁ~!」
「え?」
これから那奈にどんな馬頭をされるのだろうか、と怯えていた俺だったが、那奈のリアクションは何か安堵したような、俺が想像していないリアクションだった。
「え、ど、どういうことだ那奈? 俺、自分でもだいぶキモい事言ったと思うんだけど」
「んーそんな事はないんじゃない? 別に喧嘩や浮気とかで別れたわけじゃないし、また仲良い関係になったでしょ? それで複雑な気持ちにならないで、って言う方が酷じゃない?」
「まぁ、俺たちは嫌いになって別れたとかじゃないもんな。価値観が合わなくて、少しそういう節はあったけど」
「楽が言うように、自分についても色々と考えこんじゃうしね。昔の事とか、考えれば考えるほど自己嫌悪に陥るよねぇ」
那奈も、俺と同じように色々と考えこんだのかもしれない。もしかしたら、那奈も付き合ってた頃に、いくつか後悔している事があるのだろうか?
「楽、私だって同じだよ。私の権利なんてないくせに、彼女ができないでって思っちゃうもん。楽が唯ちゃんや高輪先輩と一緒に来た時、少し嫌な気持ちになっちゃった私がいるんだ」
「結局、俺も那奈も昔に毒されてるんだな……」
「そうかもしれないね。でも、楽は着実に女の子と仲良くなり始めてるじゃん。元カノの私と仲直りして、唯ちゃんと高輪先輩ともめちゃくちゃ仲が良いし」
那奈はじとーっとした目つきになって、俺の本心を探るような視線を向けてくる。やっぱり、女性って怖い。ボク、ニゲダシチャイソウ。
「俺はそんな変な気持ち持ってないぞ! 皆、仲が良いってだけだし!」
「でもさ、大学生ってもう獣じゃん。この前も渋谷先輩もそうだし、もう変な人たちの集まりじゃん、大学って」
俺が言えたことじゃないが、那奈も大学生に対して、どんな偏見をお持ちなんだ。まぁ、高校生や大学生あたりがピークなのは間違いないと思うけどさ。
俺も人間だし、そういう欲がある事は否定しない。ただその欲で、大事な人生や関係を壊そうとは思わない。
「まぁ、楽はムッツリだもんね」
「やかましい。そもそも、そんな欲を出しながら生活している方が異常だろうが。俺は紳士なだけさ」
「ふーん。紳士なくせに、唯ちゃんや高輪先輩にはドキドキしちゃうんだねぇ? あっ、私にもか」
何だろう、この既視感。この性格の悪さ、俺の親友の新の雰囲気を感じる。こいつらは、本当に人を弄るのが好きなんだから……いや、弄られているのは俺だけか? 俺だけ差別されているのか?
「うるせぇなぁ。俺の周りに、なぜか美人ばっか集まってくるのが問題なんだよ。俺とはレベルが違いすぎるんだよなぁ」
「楽もネガティブになるの辞めなよ。楽にもいっぱい良い所はあるんだし、少しは自信を持っている方がいいんだよ。見栄を張っている方がね、楽もカッコよく見えるよ」
「そんな事あるのか?」
「あるの。楽の人柄に惹かれて、高輪先輩や唯ちゃんも楽の周りにいると思うよ。私や新くんだってそう。だから、楽も少しでも良いからさ。自信を持ってよ」
「ありがとな。その気持ち、大事にする」
俺は、過去の事や劣等感などから、ネガティブな考えばかりするようになったと思っている。自分にも大きな価値はあるとは思っていないし、何で生きているんだろうと考えた事もある。
ただ、今は俺の周りに大切な人がいる。そんな大切な人たちが、俺を認めて、俺を受け入れてくれて、俺の背中を押してくれるのなら……俺ももう少し、自分を大事に思ってもいいのかもしれない。
結局、俺は人に助けられてばかりなんだけどな。
「だから、楽もいつか選ぶときが来たら……ちゃんと選んでほしいの。皆、真剣だから」
「ん、何の話だ?」
「なんでもなーい。てかさ、楽はバイトしないの? あそこの居酒屋、めちゃくちゃ良い環境だよ」
那奈の話はいまいち分からないところもあったが、話題は変わってバイトの話になる。
「仕送りで最低限度の生活は出来ているし、空いている時間は、趣味や小説を書く時間にあてたいんだよなぁ」
青春同好会のような楽しい時間が過ぎるのなら良いんだけど、どうしても働くっているのは拒否反応が出てしまう。ところところで、社会不適合者要素が出てくるの辞めて欲しいです。長期休暇ぐらいは、少しは働いているので、許して欲しいものである。実家にも感謝。
「そっか! 楽は小説書いてたもんね。また働きたくなったら、いつでも言って!」
「実際、オタクの弊害で金欠になるし、欲しいものが買えないこともあるから、また厳しくなったら言うわ」
「りょーかい。いつか楽と働いてみたいな。楽がパニックになってるところ、面白そう」
俺と那奈は、それからもしばらく話し続けた。俺と那奈は、付き合ってた頃の後悔を、どこかもう思い出させないようにしたかったんだ。
もう恋人関係ではないが、那奈とはまた良い関係が続いている。色々と回り道をして、色々な事を経た今だからこそ、この適度な距離感に落ち着いているのかもしれない。
また、俺が誰かと付き合う世界もあるのだろうか――
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