第13.5話 似たものどうし ※新視点

 俺は親友の楽に少し嘘をつき、渋谷先輩と共に帰る事にした。渋谷先輩が自暴自棄……とか心配という気持ちは後付けで、俺は単純に渋谷先輩と話しかったからである。



「まんまとしてやられたね……まぁ僕としても、ある意味ではこれを望んでいたのかもしれないんだけどね。それで、君は僕にまだ聞きたい事があるのかな?」


 渋谷先輩に聞きたい事は、まだあった。頭が切れる渋谷先輩の思考が、俺は純粋に気になっていたんだ。



「今回の件、俺一人だったらどうしてました?」


「……君も野心家だね。でも君は、僕と同じだったんじゃないのかな?」


「それが分からないんすよ。俺と渋谷先輩が同じ? なんてありえないじゃないですか」



 俺が渋谷先輩と似ている? まだ、モテモテの楽の方が似ているまであるぞ。俺はこんなクソみたいな奴なんかじゃねぇ。俺はちゃんと、上手く物事を考えられているはずだ。



「新くんだって、気づいてるんじゃないのかな? 僕と同じで、心の奥底に本音を封印するタイプだろう?」


「……俺は経営者になんてなりませんよ。てか、なりたくないっす」


「でも、君の父もかなり有名な経営者だよね。僕と違って、君は後を継ぐように言われてるんじゃないのかい?」


「……だったらどうだっていうんすか」



 こいつ、自由になったのを良い事に俺の心を好きに抉ってきやがる。本当に性格が悪いな、この先輩。



「君はそれを拒んでいるようだけど、内心ではどうにもならないと諦めてるんじゃないのかな? 決まったレールを歩いているだけの人生がつまらないのは、実にぜいたくな悩みだけどね」



 やっぱり、この人は侮れない。

 今回は上手く行ったけど、渋谷先輩がもっと極悪人だったら……俺なんか足元に及ばなかったかもしれないと思った。



 それにしても、ぜいたくな悩みねぇ。確かに渋谷先輩の立場からすると、俺は羨ましいでしょうよ。

 ただ俺の親はクソだし、俺に自由なんかない。一回きりの人生なのに、ほとんど決まった道を歩むだけって、めちゃくちゃ不幸だろ?



「人間って、同じ立場にならないと分からないんですよ」


「……やっぱり僕と君の考えは似てるね。その調子なら、大多数の人を駒と思って便利に動かしていたのも、想像がつくね」


「!」


 どうしても似てしまう思考、冷徹に考えてしまう事の罪悪感、どこか冷めて過ごしてしまう日常。

 楽もネガティブで悩んでいるようだったが、それは俺も同じ。こんな不幸な俺を、どうしても好きになれないんだ。



「僕も新くんも、色々と経営者としての血が流れているからね。冷徹で人を駒としか思っていない、お父さんの経営者の血がね」



 確かに、遺伝の影響は大きいと感じている。どうしても父と思考が似てしまう俺が、本当に嫌いだった。

 今でも、あの野郎の血が身体に流れていると考えると、めちゃくちゃ気持ち悪い。俺の事も、都合の良い駒にしか考えてない癖に。



「そんな中、楽くんと出会ったのかな? 僕も最初は気にしていなかったけど、楽くんは本当に凄い人だと今日感じたよ」


「あいつ凄いでしょ。自分のためなら、気にせずに一直線に動くんすよ。あいつはネガティブ思考、とか奥手とか言いますけど……動こうと思えるだけで、立派なんすけどね」


「それ、本人に言ってあげればいいんじゃない?」


「言えませんよ。こんな恥ずかしい事」



 俺は、楽とだけは親密な関係を築いていると言える。

 それは、あいつの一直線な姿に惚れたから。あいつ、進学に失敗したのをバネに、まだ小説書いてるんだぜ? 

 

 そんな一直線に夢を目指す奴、応援したくなるに決まってるだろ?



「新くんは、今後どうするつもりなんだい?」


「その言葉、そっくりお返ししますよ」


「僕は親に土下座して、親のもとで働けないか交渉してみるつもりだよ。上手くいかなければ、フリーターになるかもね」


「俺はどうするのが正解なのか、考えてみるつもりです。まだ、大学生活の時間は長いですから」


「大学生活は思ったより短いよ? それに、楽くんを見習って仲間に頼ってみればいいと思うけどね」



 俺が相談したら、楽たちはきっと親身になって相談に乗ってくれるだろう。だけど、俺の父親がそう簡単に俺を認めるとも思えない。

 どうせ考えたって、無駄なだけだ。



「難しい話だし、僕も気軽にアドバイスはできないけどね。動いてみたら、後悔は減るんじゃないかと思っているだけさ。新くんにも、将来の自由はあるんだからね」


「てか何で、そんな優しい先輩みたいな感じなんすか。あんた極悪人でしょ」



 面倒見がいい先輩感出してるけど、本当に裏でやっている事はめちゃくちゃエグイからな。

 しかも、俺の全てを見透かしている感じも気持ち悪いんだよなぁ……



「はははっ、それは間違いないね。まぁ、最後の置き土産、といったところかな。楽くんには謝罪の気持ちを伝えたが、新くんはどこか危うい気がしたからね」


「危うい?」


「このままだと、君はどこかで壊れるよ。経営者になってからか大学生の内かは分からないけど、現実と本音の乖離でね。楽くんとも喧嘩する未来が見えてたし」


「そんな事……」



 絶対にない、と断言したかったが、俺は渋谷先輩に強く言い返せなかった。



「ないと言えるかい? 君も暴走したら、僕と同じで取り返しがつかないところまでいきそうだと思っているけどね。だから僕は、君になら勝てるだろうと思っていたんだよ」



 俺は渋谷先輩の言葉が受け止められず、反論しようとするが言葉が出てこなかった。

 根拠なんてないのに、何か納得させるような不思議な力が、渋谷先輩にはあったんだ。まるで、答えを全て知っているような感じがして、俺は少し怖くなった。



「お、僕の家についたみたいだ。大学から微妙な距離のところを選んでしまったせいで、何かと不便だったんだよね。こうして、長く会話できたからよかったのかな?」


「……渋谷先輩がした事は許せませんが、最後に色々と話してくれてありがとうございました。参考にします」


「君は、僕のようなクズになる前に引き返せるさ。君には親友もいる。自由に将来の道を選び、気軽に恋愛でもしたらいいさ」


「ありがとうございます」


 俺の立場なんて分からず、都合の良い事だけ並べやがって……と言いたくなったが、渋谷先輩と会うのもおそらく最後になるので、本音は飲み込んでおく。



「あ、最後に僕も一つ質問していいかい? 距離を詰めるのも得意な君が、上野さん、みたいに名字で呼んでいたのはなぜなんだい?」


「俺はまだそんな近い距離感じゃないし、そういうのはまだ、楽の特権かと思いましてね。渋谷先輩と違って、楽に名前を呼ばれた時……上野さんはめちゃくちゃ良い表情するんすよ」


「ふっ、やっぱり君は良い人になれるさ。それじゃ、君は僕みたいにならずに良い大学生活を送るんだよ」


「改めてありがとうございました。渋谷先輩も、どうか今の気持ちを忘れずにこれから頑張ってください」



 俺がそう言うと、渋谷先輩は笑いながら手を振って、マンションの中に入っていった―― 


 

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