第13話 支え

「渋谷先輩、確かに俺はモブだったかもしれません。渋谷先輩は人気者だったし、俺の事を見下していても不思議じゃありません」



 俺なんか、俗にいう陰キャラでオタクで交友関係も少なくて……渋谷先輩とは真逆のような存在だと思っていた。

 でもそんな俺を、唯は大切な人と思ってくれていた。新や高輪先輩は、俺を受け入れて背中を押してくれた。那奈だって、こんな俺なんかにまた仲良くしよう、と言ってくれた。

 そんな中、俺が一人で折れるわけにはいかなかった。



「俺よりも新の方が目立つだろうし、そこを利用させて貰いました。幸い、社交辞令やお世辞、嘘は得意なので」

 


 渋谷先輩に認識されていないなら、それを利用すれば良い。使えるものは使う……俺の親友から得た考えだ。



「俺は、再会した大事な存在である唯を助けたいと思いました。けど、一人では怯えて動き出す事ができなかった」



 また自分の非力さを言い訳にして、唯の事を助けられなかったかもしれない。一人で抱え込んで、潰れていたかもしれない。でも。俺は一人じゃなかった。



「俺は幸運なことに、交友関係に恵まれていたと思います。新の頭の良さにはかなり助けられたし、高輪先輩には背中を押してもらえました。それにこの居酒屋にしたのも、仕込みなんですよ? ここには俺の元カノも働いてるし、店の協力も得ているので」



 不器用で非力な俺に、皆が協力してくれた。その皆の力が原動力となって、俺も大きく動き出すことができた。そしてまた一つ、俺が成長する事ができたんだ。



「皆の協力があったからこそ、この計画が思いついて実行することができた。仲間に恵まれて、信頼して、助けたいという強い気持ちがあったからこそ、渋谷先輩に立ち向かえたんですよ。これで、俺を少しは認識してくれましたか?」



 俺の長い言葉を、渋谷先輩はただ黙って聞いていた。そしてしばらくの沈黙が続いた後、フフッと急に笑い始めた。



「すまない。君を馬鹿にしたわけじゃなく、自分に笑ったんだ」


「どういうことですか?」


「ちょっと、僕も自分について語らせてもらうね」



 渋谷先輩は、どこか諦めたような様子で、俺と新に自分自身の事について話し始めた。渋谷先輩はどこか悲し気な表情ながらも、すっきりとした表情のようにも思えた。



「僕の父さんは有名な経営者で、僕も同じ道を辿ろうと思っていたんだ。でも、父さんは言うんだよ。お前は経営者に向いてない、ってね。何を言ってるんだろう、ってずっと思ってたのさ。だからこうして、自分の力を誇示する事で僕は優秀な人間だと、自分自身に言い聞かせていた」


「……クズ野郎っすね」



 新がそうツッコミを入れるも、渋谷先輩は少し自虐的に笑ってまた話し出す。



「そう思うよ。これが経営者みたい、とでも思っていたんだろうかね。僕は結局、ただ悪い事をしていただけの極悪人にすぎない。自分が優秀で最強な人間だ、と思い込んでいただけなんだ。実際は君たちみたいな人の事を、優秀な人間と言うんだろうね。だから、父さんも僕は経営者になれないと思ったんだろう」


「渋谷先輩は、最終的にどうなりたいと思っていたんですか?」



 俺は渋谷先輩について、純粋に気になったことを質問した。いったい、渋谷先輩は何を目指していたのだろうか。



「遊びかったのも事実だろうし、自分を完璧な存在にしたかったんだろうね。そして経営者に慣れないと言った父さんを超えて、復讐するつもりだった。でも今は、どうでもいいさ」


「どうでもいい?」


「君たちにまんまとやられたわけだし、悪あがきするつもりもない。非力で極悪、という自分の本質を受け入れて、きっちりと処分を受けるつもりだよ。かなり重い処分にはなるだろうけどね」


「本当ですか?」


「……素直に受け入れるのが、そんなにおかしいかい? 僕はね、意外と潔いんだよ。ここの代金も払っておくし、オタク同好会は君たちの好きにしたらいい。どうせ僕の仲間も、相応の処分を受けるだろうし」



 渋谷先輩はそう言って、財布からお札を取り出し、机の上に置いて席を立つ。



「じゃあ、僕は帰るよ。そこの酔いつぶれた僕の仲間は……起きて僕が帰ったと言えばそそくさと逃げるだろうさ。逃げる意味はないけどね」


「渋谷先輩! 最後に質問なんすけど、何で仲間も酔いつぶれるようにしたんすか?」



 帰ろうとした渋谷先輩を引き止める形で、最後に新が質問した。



「楽くんと違って、僕は仲間を信じ抜けなかったってことさ。これで構わないかい?」


「あ、俺も一緒に帰りますよ。自暴自棄みたいになると困るんでね」


「新くんは、僕を何だと思ってるんだい? ま、君ならそう考えるかもね」


「じゃあ、あとはよろしくな楽。俺は渋谷先輩と話しながら、先に帰るわ」


「お、おう」



 新はそう言って、渋谷先輩と店の外に出ていった。新があんな提案をするとは予想外だったが、渋谷先輩の事を少しは考えたんだろうか? まぁ、新は人の事をよく見てるし、何か危険だと思ったのだろう、

 


 遂に一件落着か……と思っていると、終わったことを察したのか、那奈と唯が俺の方に駆け寄ってきた。



「楽、お疲れ。かっこよかったじゃん」


「那奈のサポートがなければ、危なかったよ。ありがとな」



 俺と那奈はお互いにたたえ合うような形で、グータッチを交わす。



「らっくん、渋谷先輩と新くんが一緒に帰っていったけど……」


「新なりの気遣いじゃないかな。それに、渋谷先輩も潔く自分の行いを認めたよ。やっぱり、渋谷先輩も子供だったんだなって」


「どういうこと?」



 俺のが言った事の意味が分からず、疑問の表情を浮かべる唯。一方、那奈は俺の言葉が分かっている様子で、何か納得するような表情を浮かべていた。



「楽が思っているように、大学生ってまだ大人になりきれてないよね。子供のところもたくさんある」


「俺と那奈だって、関係は上手くいかなったしな。渋谷先輩も色々と歪んで、こんな悪い事をしちゃったんだろうな、って思ったんだ。それが分かっているこそ、心の奥底では止めて欲しいと思っていたのかもしれない。だからこそ、最後は潔く終わったのかもな」


「うーん……らっくんの言っていることが分かるような、分からないような……?」


「まっ、俺は唯を助けられたから本当に良かったよ」


「えへへ~ありがと!」



 こうして俺たちの作戦は無事成功し、唯を助ける事も出来た。今まで無色だった俺の大学生活は、徐々に彩られつつあった。



「あっ、高輪先輩にも電話しとかないとな。無事に解決したって報告しとかないと」


「楽も女の子の仲良しさんが増えて、渋谷先輩みたいにならないようにね?」

「らっくん、意外とそういう欲強そうだし……」


「そこの女性陣、ハッピーエンドに余計な言葉は加えないようにね?」



 俺はそんな不純な男にならない……というか、全員から好意を向けられているわけでもないし。俺がモテモテになるなんで、非現実的すぎるもんな。

 

 今はただこの楽しい日常を、大切にしよう――

 



 

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