第12話 モブ
ついに作戦決行当日。大学に行くと、いつもとは少し違う異様な空気が蔓延していた。新から流した渋谷先輩の情報は、瞬く間にほとんどの学生に広がり、大きな話題となっている。
今日は歓迎会があるから、という事で午前中に渋谷先輩と少し話す機会があったが、噂を気にしていないようないつもの様子で、俺は少し恐怖を感じた。
その渋谷先輩の様子から、嘘の情報だったと思う人も多くいた。ただ、高輪先輩が渋谷先輩の悪い印象を口にしたこと、そして隠れていた渋谷先輩反発派が騒ぎ出したこともあって、学生たちの間で更に混沌な状況へとなりつつあった。高輪先輩派と渋谷先輩派で少しいざこざもあったぐらいだ。
俺と唯は細心の注意を払って、予定通り学生課に報告。学生課も渋谷先輩を認識し、調べ始める事だろう。おそらく、渋谷先輩に何かしらの連絡がいったはずだ。
渋谷先輩はいつも通りの様子だが、次第に少しずつ苛立ちを見せている様子だった。普段は誰かと行動しているが、今日は一人で行動していて、どこか考えている様子だ。
そんな混沌とした中、ついに俺の歓迎会が開かれる。歓迎会という名の、渋谷先輩を叩きのめすための最終決戦が、幕を開ける――
◇◇◇
「今日は本当大変だったけど、楽くんは大丈夫だったかい?」
「渋谷先輩が悪い人なんて、流石に信じられないっすよ。誰が噂を流したんでしょうね?」
歓迎会の会場でもある居酒屋にいち早く着いていた渋谷先輩が、俺に話しかけてくる。いや、話しかけてくるというより、探りを入れてきた感じか。
俺はいつも通りに嘘をつき、渋谷先輩を崇拝している感を出す。俺の様子を見てか、渋谷先輩も少し警戒感を解いたようだった。ごめんな、俺はこういう嘘をつくのが得意なんだ。
「高輪さんに関しては、少し気になっていた事もあって、嫌なふうに思わせちゃったけど……僕は悪気があったわけじゃないんだ。今度謝らないとね」
「高輪先輩も分かってくれると思いますよ」
渋谷先輩は、悪気がなかったという証言で、混沌としていた空気を抑え込んだ。
高輪先輩は男性人気が絶大だが、渋谷先輩は女性人気が強い。それに渋谷先輩が自分の非を少し認めたことで、何だそう言う事か……という空気も流れた。渋谷先輩と高輪先輩は、お似合いだと思っている人も結構多いみたいだしな。
まぁ渋谷先輩の事だから、高輪先輩は後で色々と懲らしめる予定なんだろうけど。想像すればするほど、本当に怖い人間である。
「そういや、唯や新くんはまだかい?」
「唯はもう少しで着くみたいです。渋谷先輩の友達と同じぐらいの時間じゃないですかね? 新は少し遅れるみたいですけど」
「了解。じゃあ先に、色々と注文しておこうか」
実はこれも作戦の一つで、新は唯と一緒に向かいながらも、新だけ遅れて歓迎会に合流する流れになっている。
昨日の夜、新はこの作戦についても、俺に話していた。
「宮本武蔵が佐々木小次郎に勝った時、武蔵は遅刻して小次郎をイライラさせたからと言われているだろ? それを利用して、俺も渋谷先輩をイライラさせようと思ってな」
「それって、創作の話じゃないのか? 本当の話かは分からないし、根拠はなかった気がするんだが」
「楽はうるせぇな。細かい男はモテねぇぞ?」
新は、意外とデータだけじゃなくて盤外の戦法だったり、精神論も使ったりするタイプである。臨機応変に使えるものは何でも使う……それが新の強さであり、上手く人生を過ごせている理由かもしれないな。
さて、話を戻そう。俺と渋谷先輩が先に到着した後、唯や渋谷先輩の仲間達とも合流し、にぎやかな雰囲気で歓迎会が始まった。渋谷先輩も明るい感じで騒ぎ出し、周りにお酒を進め始める、一気飲みや、飲みゲームも行われ、早くも酔いつぶれる人も出てきた。
俺もニ十歳になっているという事で、先輩たちからお酒を進められる。ただ、今日は酒を強要されても、何も怖くない。これは、那奈のサポートのおかげである。
俺がアルコールに潰されないよう、那奈は俺にだけ、酒とよく似たノンアルコールの飲み物を提供してくれていた。新と連絡するフリをして、スマホで那奈からのメッセージを確認できたのが、大きかっただろう。アルコールが入ってなくても、プラシーボ効果で酔う可能性もあるしな。
その後、酔いつぶれた人が多くなった頃に新が来て、渋谷先輩の真正面に座る。俺はアルコールで気持ち悪くなったふりをして、酔いつぶれた人と同じように寝たふりをしながら、耳を傾ける。
「唯、ちょっと席を外してくれるかな?」
渋谷先輩はそう言って唯を席から外し、新と一対一で話し始める。チラッと見た渋谷先輩の表情は、いつもの温厚な表情とは違い、どこか汚物を見るような目をしていた。
「新くん、やってくれたねぇ? けど、一人で僕を潰そうとしても無駄だよ?」
「あー勘違いしてますね。俺は一人じゃないんで」
「なるほどね。高輪さんの件も、君が仕組んでいたのかな? それに、友達の楽くんや唯の事も、どうやら利用したみたいだね」
「都合がよかったんでね。楽は偶然に出会ってくれたし、上野さんは簡単に話してくれましたよ」
渋谷先輩と新が舌戦を繰り広げる中、俺はバレないようにスマホを取り出し、ビデオで撮影を始める。渋谷先輩は自分の世界に入り込んでおり、気づく様子はない。
「唯に色々と話を聞いて、楽くんをオタク同好会に入るように促したのかな? けど、今日でその計画は終わりだね。君を潰して、一生反抗できないようにしてあげるから」
「口だけは達者っすね。こうやって、今まで悪い事をしてきたんでしょうけど……渋谷先輩こそ終わりますから」
「ほう? 君も口だけは達者のようだね」
「じゃあ、俺から色々と言わせてもらいますね。まず、渋谷先輩には弱点があるんすよ。それは、勝てると思った相手に油断する事っす。勝ちが見えて安心したのか、物事の思考を放棄するのは良くないですね。準備は慎重なのに、最後に油断するのが実に子供ですわ」
「言ってくれるじゃないか新くん。僕がそのような失態を犯すわけないだろう?」
どんな人間でも勝てると思ったときに油断する……俺と新は、その事が上手く使えるのではないかと考えていた。
俺は、元々芸術系の大学に進学しようとしていた。判定もよく、どうにかなってきた人生を甘く見ていたが、その油断が仇となって失敗した。新も何か大きな失敗があったようで、この油断する思考を使えると思ったらしい。
準備を丁寧にやったからこそ、出る慢心や自信……渋谷先輩は慎重だが、隙もある。そこを、俺たちは攻める事にしたのだ。
「今、勝ってると思ってるでしょ? いけませんね、その考え。渋谷先輩、あなたは最初からミスってたんすよ」
「ふん、どこがだい?」
「それは、俺への認識ですよ。おそらく噂かなんかで俺を認識したんでしょうが、相手の事を調べないのはいただけませんね。まぁ俺一人なら、確かに負けていたかもしれません。でも、所詮俺は
新がそう渋谷先輩に言うと、渋谷先輩はやっと気づいた様子で、俺を睨みつける、
「よくも、俺の大事な人を傷つけてくれましたね。ま、因果応報とやらですよ」
俺は渋谷先輩の目を見て、言葉と共に怒りの感情をぶつける。
「有明……楽! お前は、モブなはずだろ!」
確かに渋谷先輩の世界では、俺はモブだったのかもしれない。けど、俺の世界では主人公であり……唯は大事な人だと言ってくれた。
モブなんかじゃなく、俺を認識させてやるよ――
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