第10話 潜入

 昨日の通話で那奈からの協力を得る事が出来た俺は、次の作戦に移行していた。


 それは、オタク同好会に潜入することである。唯を守りながら何か証拠を掴むことが理想だが、最悪オタク同好会の雰囲気が知れるだけも、かなり大きな収穫になるだろう。まずは敵を知る事が大事、ってよく聞くしな。


 俺は入部届を持ち、唯と一緒にオタク同好会の部室に向かっていた。演技は自信がないが、幸い俺は警戒されていない。ある程度目立つような事をしなければ、怪しまれることはないだろう。



 部室の前についた俺は、ノックをしてゆっくりとドアを開ける。中からの返事はなく、誰が来たのが窺っているような様子が感じ取れた。



「失礼しまーす……あっ渋谷先輩、俺の事覚えてますか?」



 部室の中心で座っていた渋谷先輩を発見し、俺は少し明るい感じを意識して渋谷先輩に話しかける。渋谷先輩の他にも、柄が悪そうな男が何人かいてかなり怖い。



「あっ、君はこの前の。それに、唯とも仲が良かったみたいだね」


「そうですそうです! 自分もアニメ好きなので、オタク同好会という名前が気になって入部してみようかなと」


「そうか。もしや、入部を誰かに促されたりしたかい?」



 渋谷先輩はずっとニコニコと笑いながらも、俺に探りを入れてくる。新の事を警戒しているのが、よくわかる。



「いや、実は渋谷先輩に話し掛けられた時から入ろうと思ってまして。これは何かの運命だと」


「運命?」


「こんな人気者でイケメンで最強の渋谷先輩が部長の、オタク同好会に入れるって最高じゃないですか!」



 心の中では微塵もこんな事を思っていないが、社交辞令やお世辞、嘘は俺の得意分野なので、スラスラと口から言葉が出てくる。面接の時とかもこれだったら、苦労しないのにな。



「なるほど。それはとても嬉しいね。でもここのオタク同好会は、少し違ってね?」



 渋谷先輩の不敵な笑みを見て、俺の心拍数が急激に上がる。直観的に、渋谷先輩の怖さを感じたのかもしれない。



「す、少し違うと言うと?」


「実はね、僕は少しこのオタク同好会を利用して遊んでいるんだ。私的利用、というべきかな。君の名前は……確か楽くんだったかな?」


「そ、そうですね」



 新の事を警戒して、身近にいる俺の名前ぐらいは流石に調べたか……

 渋谷先輩、やっぱり危険で油断できない人物だな。



「楽くんには、少し僕のために協力してほしいんだよね。いいかな?」


「渋谷先輩の為なら、俺頑張りますよ。有名人な渋谷先輩に、こんな事言っていただけるなんて……本当に嬉しいです。でも、失礼ながらお一つお願いが……」


「うん、何かな?」


「渋谷先輩が部長な事もあって、かなりの新入生が来たと思うんですよ。そういう時、新入生歓迎会とかやるじゃないですか? でも俺って二年だし、タイミングも逃してしまって……」


「なるほど。歓迎会のようなものをしたい、と」


「これは恥ずかしいんですけど、かなり金欠でもあってですね……何か渋谷先輩のために働くので、食事とか、少し助けてもらう事は可能でしょうか?」



 渋谷先輩は俺の言葉を受け、何やら真剣に考え始める。ここでこの案が通らなければ、計画の変更を余儀なくされるので、是非とも上手くいってほしい。



「じゃあ、楽くんの歓迎会を開こうか。僕としてのお願いは一つだけ。その歓迎会に、新くんを呼んでくれないかな?」


「新をですか? 別に構いませんが、どうしてなんです?」


「人は多い方が楽しいしね。それに、危険因子は早めに排除しようかと思ってね」


「え、どういうことですか?」


「楽くんは気にしなくていいさ。是非とも歓迎会を楽しみにしておいてくれ」



 まぁ俺は全て知ってるんだけどね、と言いたくなる気持ちを抑えて、バレないように装う事ができた。

 渋谷先輩が逆に積極的に動いてきたことは、こちらとしても大きい。それにご存じの通り、渋谷先輩は少し子供っぽく、リスクを気にする人である事も分かった。



「じ、じゃあ私がお店予約しておくよ。らっくんが好きな、大学からも近いあの居酒屋ね」


「楽くんが好きな店というなら、そこにしようか。お酒も美味しいし、予約の方は唯に任せようかな」


「じゃ、じゃあ……予約しておきますね」



 唯の提案も通って、無事上手く作戦を実行することができた。思っていた通り、いきなり初日から俺に裏の顔を全ては見せてこなかったし、良い先輩を演じている。それを上手く利用させてもらったという形だ。

 これで準備段階はほぼ終了し、いよいよ最終局面を迎えようとしていた――



◇◇◇



 オタク同好会に上手く潜入できた日の夜、俺と新、唯と高輪先輩の四人は、最後の作戦会議をするためにお馴染みの居酒屋に来ていた。

 ちなみに、しあさってにここで俺のオタク同好会の歓迎会が行われることになっている。今日は那奈も加えて、今日の報告と最後の作戦を詰めるといった流れだ。



「いるか那奈~?」



 居酒屋のドアを開け、俺は那奈を呼ぶ。

 付き合ってた頃、たまにこんな感じで迎えに来た時もあったっけ。不器用なりに、何か優しい理想の彼氏を演じようとしていた事を思うと、懐かしさと共に恥ずかしさもこみあげてくる。あの頃から少しでも俺は成長できているのだろうか。



「あっ、楽? 待って今行く~!」



 奥の方から那奈の声が聞こえる。居酒屋として忙しい夜の時間帯なのにも関わらず、店側も俺たちに協力してくれるのは本当にありがたい。

 那奈の話によると、店長は大のラブコメ好きらしい。俺の持論だと、ラブコメ好きに悪い奴は絶対いないし、いつかラブコメについて語り合いたいものである。

 今回も何やらラブコメに免じて協力してくれるみたいだが、何か勘違いしてない? 別にラブもないし、コメも今回はないのですが……まぁ、そこはスルーでいいだろう。



「楽の元カノ、ってどんな奴なんだろ」

「楽くんのタイプ、気になるなぁ」

「同じ大学二年だし、らっくんの感じからして、大人しい人かなぁ。まぁ負けないけど」



 何やら他の御三方は俺の元カノに凄く興味深々のようです。写真を見せてもよかったのだが、



「直接向き合ってみないとわからない。俺の親友の楽をたぶらかした奴は、どこのどいつだ」


「いや、別にたぶらかされてはないんだけどな?」



 という、新が謎の厳格な親父ムーブをしたために、直接会ってどんなものか見てやろうではないか、という空気が出来たのだ。何かその方がワクワクするとか言ってたし……




「お待たせ、楽っ! この居酒屋の制服変わったんだけど、どうかな? 似合ってると思う?」


「まぁ、似合ってると思うぞ。那奈は少し清楚な感じの方が、俺は合ってると思うけどな」



 店の奥から向かってきた那奈は、昔と何も変わっていなくて、俺とは不釣り合いなぐらいに美しくて綺麗だった。那奈が俺と付き合っていたと、今思うと考えづらいぐらいに、那奈は容姿のレベルが高いと改めて感じた。



「そ、そう? 楽も女の子の扱い上手くなったみたいだね。昔はそんな事言ってくれなかったのに」


「……悪かったよ」



「なんかナチュラルに、楽がイチャイチャしてるし。というか、めちゃくちゃ美人じゃねぇか」

「なるほど。楽くんは清楚系、少しギャルみたいな感じ、明るい子が好きと。これはメモメモ」

「ら、らっくんがいつの間にか大人になってる⁉」




「さー最後の作戦会議頑張るぞ。今日は長くなりそうだけど、気合を入れてガンバラナイトナー! あはは~!」


 俺は那奈に夢中になっている三人を無視し、一人で先に個室に向かう。

 こういう面倒臭そうな場面は、無視するのが一番である。注目されるのを避けるために誤魔化して言った俺のセリフは、やけに下手だったが気にしない事とする。

 嘘は得意だが、恋愛要素が絡むとポンコツになるのは、ちょっとヘタレすぎやないですかね? と俺は自分に軽く説教をしたのであった。


 



 



 



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