第9話 協力者

「楽、俺は元カノがいたって聞いてないぞ」

「先輩に隠し事はいけないなぁ」

「らっくん、いつの間にそんな遊び人に……」


 俺が元カノのカミングアウトをした後、予想通りに詰められる俺であった。

 誰か一人ぐらい俺を気遣ってくれてもよくない? 唯と高輪先輩にいたっては、何か俺を女の敵みたいな感じで見てるんだが。俺、渋谷先輩みたいにいろんな女の人に手を出してないから!



「三人が知らないのも当然だよな。新と仲良くなったのも、確か一年の後期からだし。付き合ってたといっても、一年前期の二ヶ月ぐらいだけど」



 わざわざ仲良くなったからって、元カノの話なんかしないしな。新もまぁまぁ容姿は整ってるけど、恋愛するタイプじゃないし。



「楽にとって、俺はその程度の仲ってことか。泣いちゃうぜ」

「先輩まで弄ぶなんて、意地悪な子だなぁ」

「らっくん、本当は私なんてどうでもいいんじゃ……」


「はいはいストップ、ストーップ! 俺をいじめるのは後にして、本題に戻すぞ。いつでも話せるし、な?」



 どこか意地悪な性格の三人衆のイジリと追及を一旦回避し、本題に戻す。どこかまだ色々と聞きたそうな三人だったが、事の重要性を思い出してまた真剣な表情に戻る。



「楽の元カノ、ありすぎるんだよな。場合によっては、渋谷先輩の女癖などの性格の悪さ、居酒屋で働いている事、渋谷先輩が認識していない子、と作戦の幅が広がるし、かなり大きい」



 仮に居酒屋内で何か大きなトラブルがあっても対処できるし、渋谷先輩が知らなければ俺のような形で、スパイのように潜り込むことも可能だ。



「でもいいのか? 大学で一番関係が深い俺でも知らなかったってことは、かなり気まずい関係とかじゃないか?」


「……ったく本当に新は鋭いな。別れてからは一回も連絡とってないけど、めちゃくちゃ喧嘩したとかじゃないし、大丈夫だとは思う」


「そうなのか? じゃあ何で別れたんだ?」


「単純に少し合わなかっただけだよ。気にすんな」



 あの頃は俺も恋愛についてよく分かってなかったし、大学生になったばかりで色々と浮ついていたのかもしれない。後悔もあるし、もっとこうしたら良かったのではないかと思う時もある。

 だけど過去は変えられない。過去の経験を踏みしめながら、俺たちは未来に向けての階段を上っていくしかないのだ。



◇◇◇



那奈なな、急な連絡で本当に悪い。時間とか大丈夫か?」


「だいじょーぶだよ。それより、急な連絡でめちゃくちゃ驚いたんだけど。どしたん?」



 作戦会議が行われた日の夜、俺は元カノの秋葉あきば那奈ななに早速電話していた。

 俺の元カノの那奈は、金髪で俗にいう清楚ギャルと言われるような見た目をしている。最初は、これが大学生……と俺も警戒していたっけ。大学生って、何か怖いなと感じた初めての瞬間だったかもしれない。


 ただ那奈とは、入学式や講義のグループワークなどで話す機会がたまたま多く、徐々に仲良くなっていった。那奈は明るくて話しやすかったし、優しい人だなと思った。よく話しかけてくれたのも、俺からするとめちゃくちゃ助かったし。


 そしてある時に那奈から告白され、付き合うことになった。でもあの頃の俺らは、何か友達の延長のような感じで、あまり恋愛について深く考えていなかった。



 俺の恋愛経験がほとんどなかったのもあって、那奈との恋人関係は上手くいかなかった。趣味とか価値観も合わなかったし、お互いに自分の時間を優先していくようになった。

 そんな曖昧な関係が続き、自然消滅に近い形で俺と那奈は別れた。そこからは気まずくなって、前のように話すことはなくなった、という流れだ。



 過去の話はこれぐらいにしておき、今の話に戻る。

 俺はまず最初に、通話のアポを取るためにメッセージを送って、メッセージが返ってくるか不安だったが、すぐに返ってきたことで一安心。通話の方が説明しやすいと思っていたので、通話を了承してくれた那奈には感謝しかない。


 通話している今の那奈の感じも昔と変わってなく、険悪な雰囲気ではなくて良かったと思う。どこか、昔の事を触れないようにしている感じもするが、そこはお互いに気を遣っているのだろう。那奈もそこら辺は、察してくれているのかもしれない。



「説明は難しいんだけど、渋谷先輩のある件について今日は相談というか、協力してほしいというか……」


「え、あの有名な渋谷先輩が何かあったの?」


「信じがたいかもしれないが、渋谷先輩はオタク同好会を私物化して、色々と悪い事をしてるんだ。それで俺の友達にも、危害が及んでいる。だから、渋谷先輩を倒すために那奈にも協力してほしい」



 急に元カノに連絡した上に、めちゃくちゃな事を言い出してることには自覚があるが、こればかりは那奈に理解してもらうしかない。俺は祈るような気持ちで、那奈に事の経緯を伝える。



「りょーかい。私の方から、お店の方にも伝えとくね。何でも気軽に連絡してよ」


「え、いいのか?」



 急に連絡した上に、なかなか信じてもらえないだろうなと思っていた俺だったが、あっさりと了承した那奈に拍子抜けしてしまう。



「楽が急に言う、ってことはかなりヤバいんじゃないの? それに、楽は嘘つかないでしょ?」


「悪い那奈。久しぶりの連絡なのに、色々と……」


「別に気にしないでいいよ。じゃあまた、連絡待ってるね」


「ああ。また連絡する」


「じゃあ、お疲れ~!」



 那奈の明るい声の後に、通話が終了したことを知らせるどこか無機質な音がイヤフォンから聴こえてくる。過去や通話していた特別な空間から、急に現実に戻されたような気がして、どこか少し寂しくなる。

 昔は少し面倒だと感じた事もある通話だったが、こうしてスマホを通してだけど繋がっている事が、大切な事なんだと思う。


 

 こうして那奈の協力を得る事が出来た俺は、計画を成功させるために着々と準備を進めていく。もう少しで、作戦も実行する段階に移る。

 俺は天井を見ながら、一人でポツリと呟く。



「渋谷先輩なんかに、負けられないよな」



 俺は気合を入れなおし、改めて強い気持ちを胸に持った。



 

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