第6話 天使

高輪先輩とゲリラ的に食事に行くことになった俺は、歓迎会でも使われた大学近くの居酒屋に来ていた。 

 今日もはいないみたいで、俺はとりあえずホッとする。



「楽くん誘って居酒屋来たけど、お酒飲めないや……」


「俺もですよ。でもおつまみ系は好きですし、全然良いと思いますよ」


「そ、そう?」



 ところどころ抜けている感じの高輪先輩にほっこりしつつ、俺は何品か簡単に注文する。酒は飲めないけど、おつまみは好きって割とあるような気がするが、どうなんだろうか……?



「高輪先輩、本当に改めてありがとうございます」


「いいのいいの。この前のお礼だし、私の奢りってことで」


「いや、流石にそれは」


「いいっていいって。ここは先輩にさ、かっこつけさせてよ」



 高輪先輩の優しさに感謝すると共に、嫌な渋谷先輩を思い出して、俺は少し憂鬱になった。

 渋谷先輩とは大違いで、高輪先輩は本当に良い人だな……



「何でも気軽に話していーよ。先輩を頼りな~?」


「……渋谷先輩って、どういった印象ですか?」



 俺は高輪先輩に質問した途端、しまったと思った。高輪先輩の優しさに甘えて、つい俺は口を滑らせてしまったんだ。俺はなんて弱い人間なのだろうか、と自己嫌悪に陥る。



「あ~渋谷君ね。良い人そうで人気もあるけど、私はそんなに好きじゃないかなぁ」


「……っ! それって、何でですか?」


「何か私に向けての対応が露骨、というかね。何か他の子と比べて、対応が違うのよね。何か狙われてる? みたいな」


「そ、そうなんですか」



 確かに渋谷先輩なら、校内で有名な高輪先輩にも手を出さないわけはない、と思った。それと同時に、高輪先輩の人を見る目は本当に凄いと感じる。

 ポンコツ? な一面もあるかもしれないけど、それ以上に高輪先輩は優しくて、めちゃくちゃ良い人なんだ。



「私は何か裏の気持ちが感じる気がして、好きではないかなぁ。それで、渋谷君がどうかしたの?」


「い、いや何でもないです」



 俺がそう言うと、高輪先輩は少しむっとした表情で、俺の目を見ながらこう言った。



「楽くん、そんなに私が信じられない?」


「い、いやそんな風になんて、思ってないです」


「じゃあさ、何でそんな隠そうとするの?」


「先輩に、背負わせたくないかというか。高輪先輩に何かあっても、いけませんし」



 俺の本音を聞いて、高輪先輩は笑った後、今度は優しそうな表情になって、俺に優しく語りかけてくる。



「楽くんは、優しいんだねぇ。でもさ、大切な人の苦しい姿をみるのはさ、私も苦しいんだよ? 私は楽くんが助けてくれて、嬉しかった。それなのに私を拒絶するの、不公平じゃない?」


「いいんですかね、頼っても……」


「楽くんはさ、抱え込みすぎなんだよ、もっとさ、視野を広げても良いんじゃない?」



 その高輪先輩の優しい言葉で、俺は我慢できずに渋谷先輩の事について高輪先輩に全て話した。

 終始色々なリアクションを取りながら、優しく聞いてくれた高輪先輩に、俺は改めてありがたいと感じた。



「楽くんや新くんが嘘をつくとは思えないし、そういう事なんだろね。渋谷くんについては、腑に落ちたかな。渋谷くんを嫌っている人も、何人か見るし」


「まだ確証は得られてませんが、事実だと思います。だとしたら、俺は再会した唯を助けたい」


「楽くんの、そういうところ素敵だと思うよ。どうにかしようとするところ」



 高輪先輩はストレートで褒めてくるので、めちゃくちゃ照れる。本当に、男をナチュラルに落とす天才である。勘違い男がたくさん生成されそうだな。



「どうにかならない可能性もありますけどね……もしかしたら、高輪先輩の力も借りるかもしれません」


「私にやれる事あるかなぁ? 楽くんの頼みなら、もちろん協力するけどね」


「ありますよ。高輪先輩は、本当に頼りになります」



 そうこう話していると、あっ! と思い出したように高輪先輩が、



「関係あるかは分からないけど、一つ心当たりというか、気になる事があってね」



 と話を切り出す。



「この前、渋谷くんと話した時だったかな。何か、新くんのことについて気になっている様子だったの。同じ先生のゼミだけど、新くんについて知ってるかって」


「なるほど。新について、知りたがってたんですね」



 渋谷先輩は、リスクを最小限に減らそうと行動する男だ。新が警戒している様子を見て、先に手を打ってもおかしくない。それに、俺と新と唯が同じゼミなのも知っているはずだしな。

 新は頭が切れるし、警戒するのは自然な流れだ。じゃあ俺は? 俺についてはどう思っている?



「俺の事は、何か聞かれませんでしたか?」


「新くんの事について話す時、楽くんについても少し話したけど、あまり興味はなさそうだったかなぁ」



 俺はモブにすぎないってことね。オーケーオーケー。それなら、こっちも都合が良い。



「ありがとうございます。めちゃくちゃ有益な情報でした」


「そう? ならよかった」



 渋谷先輩は、新の事は警戒しているけど、俺については気にしていない。それが分かっただけでも、大きな進歩だ。



「あとは唯にどう言うかですね。渋谷先輩に察知されないようにしないと……」


「それもそうだけど、楽くんは素直に唯ちゃんが話してくれると思う?」


「えっ?」


「唯ちゃんも、楽くんと同じタイプだと私は思うんだよね。一人で解決しようとして、抱え込んで、悩んじゃうんじゃないのかな。それこそ、脅迫されている可能性もあるし」



 確かに、高輪先輩の言う通りだ。渋谷先輩が来た時だって、俺や新には察知されないように、唯は明るく振る舞い続けていた。



「どうしたらいいんですかね……」


「そういう時は、先輩を真似してみればさ、良いんじゃない?」


「先輩の真似?」


「私が楽くんを誘ったようにさ、楽くんも唯ちゃんを誘ってみたらどうかな? 楽くんが話せたように、唯ちゃんも話せるかもしれないよ」


「確かに一理ありますね。参考にします」



 早速、唯を誘って話してみよう。俺が高輪先輩に助けられたように、俺も唯を少し助けられるかもしれない。

 高輪先輩は、本当に優しくて的確なアドバイスをくれる。私生活は時々抜けている時もあるけど、よく人の本質が見えている。こんな優しい人になりたいよな、本当に。



「本当に、今日はありがとうございました」


「いえいえ。また二人で食べにこよーね。料理も練習しないとなぁ」


「いいんですか? こんなに幸せにしてもらって」


「楽くんだけだよ。それに、先輩だから何かとカッコつけたいしね。じゃーまた学校でね!」




 高輪先輩は、カッコ良くて、頼りになって、優しくて、尊敬できる良い先輩で……天使である。

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