第5話 大切

「で、いつまで暗い表情してんだよ。楽に言った事も、完全にそうと決まったわけじゃないし、彼女を寝取られたような表情すんな」


「それはそうだけどさ……よりにもよって、渋谷先輩はないだろ……」



 ゼミがきっかけで幼馴染の唯と再会したものの、渋谷先輩が現れたことで最悪な空気になった俺と新は、何かその重い空気を引きずって、帰らずに二人で話していた。



「楽が不安になるのも分かるが、まずは冷静的に考えよう」



 新はそう言いながら立ち上がって、分析したことについて話し始めた。



「まず渋谷先輩が黒なのか、という問題についてだが、これは間違いないだろう。上野さんも名前を呼ばれた時、少し嫌そうな表情なのを確認したからな。有名な良いイメージの裏で、何か悪いことはしてるんだろうさ」



 確かに、渋谷先輩の登場で騒がしくなっている中で、唯は明るい表情をしてなかったように思う。彼女とかなら、渋谷先輩が来た時に凄く喜ぶはずだ。



「次に上野さんが手を出されているかどうか、という点だ。これについては、まだ準備段階ってとこかな」


「準備段階?」


「強引に何か嫌な事をされていたら、平静は保てないはず。それに、渋谷先輩は慎重で上手くことを進める。個人の性格にもよるが、基本的に嫌な事をされたらどうすると思う?」



 新にそう問いかけられ、俺も頭を働かす。もし渋谷先輩たちに何かされたとしたら……



「大人や身近な人を頼ったり、警察に通報するとか?」


「そうだよな。でもこの行為って、意外と勇気のいる行動なんだ。特に日本人は奥手だしな。だから、いじめも起きるし、精神が病む人が多い」


「渋谷先輩の起こしたことのレベルによるけど、流石に相談するんじゃ?」


「大多数の人はそうするだろうな。じゃあ、ここでもう一つ。楽が渋谷先輩なら、どうやってバレないで悪いことをする?」



 もし俺が渋谷先輩なら、しっかりと計画を立てて、長期間で行動を進めようとする……か。それに、渋谷先輩は雰囲気も良いし、ってあれ?



「楽も気づいたようだな。渋谷先輩は、そこも考えて聖人ムーブしてると思うぜ。変な噂とかなら、簡単にもみ消せるしな」


「それに、慎重に計画を進めるよな?」


「ビンゴ。女の子をとっかえひっかえとか、短い期間でやったら、見え方は良くないだろ? それに、この子は女友達、この子は相談に乗ってあげてる、みたいな対応の使い分けも上手い」


「確かにそうだな。人気者だから、多くの人が寄ってきていても違和感がない」



 考えれば考えるほど、渋谷先輩が何だか恐ろしく思えてきた。新が警戒していた理由もよく分かる。



「そしてバレないようにするか、の答えだけど、俺が考え付いたのは二つだな。一つは、完璧な体制をしくこと。情報が洩れないようにしたり、武力行使もできるようにしたり、相手の精神を徐々に潰していき、完全に壊すとか」


「確かに、いかにも用意周到というか、完璧なシフトを作り上げそうだもんな」


「もう一つは、脅迫だ。家族や金、復讐で脅すなんかがこれに当たるな。渋谷先輩は他に仲間もいそうだし、仲間を上手く使う事も考えてるのかもしれねぇ」


「確かに脅迫とかだと、色々と躊躇ちゅうちょしそうだもんな。仲間が復讐に来る、とか言われると怖い」



 渋谷先輩は、こうして自分が神のような帝国を作り上げたのだろう。一歳しか違うなんて、考えられないぐらいに恐ろしい。同じぐらい頭が切れる新も、凄いけど。



「俺が渋谷先輩に反抗するなら、こっちも最大限に計画を立てるな。あとは、渋谷先輩と一対一になるようにする、証拠となるものを掴む、って感じか。渋谷先輩は意外と子供っぽいから、挑発とかは使えそうだな」


「新が言う感じだと、渋谷先輩の性格とかを上手く利用する感じか? あと、渋谷先輩って子供っぽいか?」


「そりゃあ、こんな欲望も我慢できずに悪いことやってるんだから、さぞかし子供だろうぜ」



 渋谷先輩も許せないし、唯も大事な人だから守りたい。だけど、俺なんかがそう思っても無駄なのではないか、という感情もある。俺なんか、非力で弱い人だから。



「そんな顔するなよ楽。上野さんに手を出してからは、そこまで日数は経っていないみたいだし、しばらく静観しよう。お前がその気になら、俺も協力するからさ」


「新、本当にありがとう」


「いいってことよ。それじゃ帰るわ。俺は電車の時間迫ってるから、お先に」



 俺は、その走っていく新の背中を見て、改めて新が親友で良かったと思えた。



◇◇◇



 大学の帰りに、俺は近くのスーパーに寄っていた。ラップやごみ袋の在庫も少なくなっていたし、食料もある程度まとめて買っておくか……と考えていると、見知った顔を発見した。



「あれ、高輪先輩ですか?」


「あっ、楽くん! お疲れ~!」


「高輪先輩も買い物ですか?」


「うん。買い物と言っても、ごみ袋だけ買いにきたんだけどね」



 笑顔で話す高輪先輩にノックアウトされそうになるが、俺は何とか意識を取り戻すことに成功。この人、本当に人間に擬態した天使なのではないだろうか?



「俺もそんな感じですよ。日用品とかの買い物っす」


「そうなんだ。日用品の買い物難しいよね~! ごみ袋も切らしちゃって、ごみが溢れかえってるよ~!」



 思った以上に高輪先輩はポンコツそうだけど、それもギャップがあっていい。可愛いという単語を辞書で引けば、高輪先輩が出てくるぐらいに可愛い。



「それでさ、楽くんは何かあった?」


「……っ!」



 ただ高輪先輩も、新と同じような感じで、急に核心をついてくるのが意地悪なんだけどな。

 俺の心を深く理解してくれているように思えて、泣きそうになるから。



「やっぱり、何かあったんだねぇ。話してみると、楽になるよ?」



 俺は、渋谷先輩の事を言うべきか迷った。間違いなく言った方がいいのは分かっていたが、高輪先輩にこんな事を背負わせたくないという気持ちもあったからだ。

 俺が悩んで黙り込んでいると、高輪先輩は何か思いついた表情をして、俺に笑いながら話してくる。



「じゃあさ、料理でも作ってあげようか? 楽くん、節約しているから良いもの食べてないでしょ?」


「いや、高輪先輩に悪いですよ」


「あっ、でも私料理できないんだった。この案は却下だね」


「ふふっ……何言ってるんですか。料理できないならダメでしょ」



 高輪先輩は、俺の笑った顔を見てどこか安心したような表情を見せる。

 あっ、俺……高輪先輩に助けてもらってるんだ。本当にこの人は、優しくて意地悪だ。



「楽くんは、笑っている顔が一番良いよ。私は、そんな笑っている楽くんが好きかなぁ」


「本当に、助けてもらってすみません」


「まぁ、言いづらいこともあるだろうしね。でも困ったなぁ。料理ができないとなると……じゃあどこか、食べに行こうか!」


「えっ?」



 こうして俺と高輪先輩は、ゲリラ的に食事に行くことになったのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る