第5話 潰れちゃった沙織ちゃん
沙織「桂木さ~ん!こっちです。お久しぶりです~」
渋谷109の地下、クラッシック喫茶の最奥の席に彼女はいた。まるで絵画のような艶やかな佇まいで。
速見沙織(はやみさおり)ちゃん…面と向かうのはあの社員総代の夜以来か…
女性にしては高めの身長に端正な小顔、長い手足。しなやかでスレンダーな肢体にスタンダードな紺色のスーツが相変わらず映える。サラサラの黒髪を流した涼しげな彼女は、聞いたところでは大学出身社会人二年目…つまり今年度中に最低限24歳にはなるはずなんだけど
「(相変わらず見た目若いわ。本当、高卒一年目って言われても全然納得しちゃう)」
沙織「桂木さん…なんか凄い失礼なこと……思ってますでしょ!?」
そう言って膨れっ面をする彼女は本当に可愛いいんだよなあ。
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「この間のクラッシックチケットのお礼です。何でも好きなだけ頼んで良いよ」
アマチュアオーケストラでフルートを担当する彼女のコンサート。俺は秋男を通してチケットを手に入れ、会場に足を運んでいた。
それは再び彼女に会う為の拙い口実。
ここは道玄坂の新進のイタリアン創作レストラン。彼女との再会の宴のよりどころとして、とりあえずワインの品揃えの良い店をチョイスしてみた。
ワインのメニューを見ていた彼女が叫ぶ。
沙織「うわあ!本当に何を頼んでも良いんですか!?」
「良いよ…あ!ちょっと待って…とある筋からの伝言があったんだ。え~~悪いことは言わないから酒代は一人一万円制限をつけることお勧め?」
沙織「……」
「なんだこれ、料理ならともかく一人あたりの酒代なんか一万円超える訳…」
沙織「…(怒)」
「あの~速見さん?」
沙織「…それってうちのA先輩ですよね~」
「…匿名希望とか書いてあるけど…まあ分かるよね」
沙織「ふ~ん?」
…なんだろう彼女の目が怖い!!なんなんだ!?
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秋男の伝言の意味はすぐ分かった。
「(ざるなんだわ、、、この娘のお酒)」
速見さん、顔はすぐに赤くなったんだけど、目は全然酔ってない…仕草も全然変わらない…この娘、こんな感じじゃ飲み会では男引きつけまくってるんじゃないかな?
これだけの容姿の娘が酔っていそうなら、チャラい野郎はお持ち帰りを狙うだろう。逆に真面目な奴は騎士道精神を募らせて彼女を守ろうとするかも知れない。
でも、全然酔っていない彼女からすればどちらもノーサンキューな訳で。
「(野郎の屍の山を量産してそうだな…)」
合掌!
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沙織「…そろそろ、お酒代一万円、行きそうですかね?」
ピッチ早!
「…いや…良いよ…越えても…好きなだけ飲んで」
沙織「本当ですか?やった~、ワイン大好きなんですよ!」
「(全然余裕なのね…)」
沙織「…なんか言いました?」
「(なあ秋男…こうなると彼女どうなるの?)」
彼女は一見、超優良物件…でも…
「(あの秋男が、俺に無条件でそんな普通の娘を紹介するとも…思えないんだよなあ…)」
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沙織「さて……桂木さん!」
「な…なんでしょうか?」
宴もたけなわ、ざるの彼女も…いよいよ酔ってきたのか若干目が据わって…
…下戸な俺なら、既に比喩無く死ねる量は飲んでるんだけど。
沙織「色々聞きたい事はあるんです。2ヶ月もなんで私放っておかれたの?…とか」
「…ごめん」
沙織「でも……」
「?」
沙織「そ…それよりも」
「え?」
沙織「あ、あのコンサートの」
「うん」
沙織「い、一緒にいらした女の人って…」
げっ!
沙織「桂木さんの、、、」
そっちかよ!見えてたの!?
「い、いや…ちょっと待っ…」
沙織「だって…だってあんな綺麗な女の人」
沙織ちゃんの据わった目に涙が…
――
――
少し前の秋男との会話。
「オーケストラのコンサートの入場券二枚って…お前付き合ってくれんの?」
秋男「ホモかてめ~は!死んでも嫌じや」
「どうすんだよ、一人は嫌だぞ」
秋男「それくらい、てめ~で何とかしろ」
「五月(さつき)に頼むか~」
五月は、俺の7歳下の妹。
「ただあいつ…医療実習が佳境なんだよなあ。今、あいつ以外の女だと肩とか触れたとき吐きかねないんだよなあ」
秋男「……」
「なんだよ」
秋男「実乃里と行くか?」
「…へ!?」
秋男「実乃里…ちょうどウィーンから里帰りしてるんだよな」
「……」
秋男「あいつもお前と話したがっていて」
「ちょっと待て!それで吐き気なんか催したら実乃里ちゃんを傷つけちまう」
秋男「催さないだろ」
「……」
秋男「元はさんざん身体を合わせた仲なんだから」
「……」
秋男「あいつの気持ちも…終わらせてやってくれよ」
――
――
秋男くん、沙織さんにもろに見咎められたんですけど…どうしろと!
「あ~~、彼女は秋男の妹さんでさ…俺も若い頃からの知り合いだったから秋男に頼んで」
沙織「…知り合いじゃ…ただの知り合いじゃないですよね…あの距離感…」
あ~これ、言い訳きかないやつだ…
「…そうだね…ただの知り合いじゃないな」
沙織「桂木さん!」
「元カノなんだ」
沙織「……」
「彼女も音楽家でさ…高校の途中からウィーンにいっちゃってね」
沙織「寄りを戻すデートをしていたんですね」
「…いや…逆。しっかりお別れをするデート」
沙織「嘘だ!」
「…本当だよ」
沙織「だってあんな仲良さげな…あたし、あんな女の人がそばにいるんじゃ、それはあたしなんかに声を掛けてくれる訳ないって!」
沙織ちゃんがテーブルに突っ伏して泣いている。
―
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「なあ…速見沙織さん…俺と付き合ってください」
沙織「……」
「あなたのことがもっと知りたいんだ、、駄目かな?」
沙織「……」
「沙織ちゃん?」
沙織「す~~す~~」
「……(汗)」
ちょっと…待て!!
まさか…潰れたのか!?沙織ちゃん!
「…お持ち帰りしちゃうぞ。悪く思うなよ…沙織ちゃん」
彼女は明日は休みなはずだから服の心配は要らないはず。ここなら道玄坂のあそこのホテルかな……。
涙顔で眠る彼女の可愛い顔を眺めながら、俺はお店からの撤退方法について頭を巡らせたんだ。
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