第2話 名前を教えて!

速見「…と言うことで、質問タイミングは私から…」

会場までの同中、彼女は頭が良いんだろうな~という勘の良さを存分に発揮しながら、本日のスケジュールや原稿、発言タイミングのバックアップなどを、てきぱきと教えてくれた。

その手際の良さは、やっぱり悪友の秋男クラスの年季を感じさせて


「(この子幾つなんだ?見た目だけなら高卒一年目って言われても納得なんだけど)」

「じゃあ、総代終了までよろしくね。速見さん」

大会場の待機席に案内してくれた彼女に俺は段取りを理解したことを伝えた。


速見「こちらこそです。ではしばしお待ちください」

お手本のような綺麗な姿勢で隣に座る彼女。

サラサラなセミロングの黒髪から仄かなシャンプーの匂いが漂ってきて落ち着かない。

社員総代は社長の話が長く続いていた。


速見「…進行が遅いな」

「…ん?」

速見「…ちょっと失礼致します」

びっくりするくらい艶やかな仕草で立ち上がった速見さんが通りかかった25歳くらいの女性社員に近寄っていく。


「……へっ?」

速見さんが話かけるとその女性が突然ワタワタと慌てはじめる。その顔に浮かんでいるのは紛れもなく…恐怖!?後ろ姿の速見さんは表情が見えない。


女性社員「はいぃっ!」

女性社員が足早に去っていくのを尻目に振り返った速見さんは最初の印象のまんまのにこやかなロリ顔なんだけど…何だろう…この貫禄。


速見「後30秒ほどで桂木さんの出番です。準備は宜しいでしょうか?」

そう微笑む彼女はやっぱり10代にしか見えなくて

「(…この子、本当に幾つなんだ?)」

まあ、おかげで緊張とは無縁の代表者質問となった。

速見「お疲れ様でした。素敵でしたよ桂木さん」

ステージから戻った俺を彼女が待ち受けていた。

速見「よくあれだけ堂々とこなせるものですね?」

「…普段は、シナリオ無しの修羅場交渉ばっかだからね。秋男のバカタレのせいで」

ああ…と彼女。速見さんは少なくとも、俺と秋男が社外チームでプレゼンを繰り返していることは知っているようだ。

速見「これにて桂木さんの出番は終了です。後はモニター越しの第二控え室で終了までのんびりとお待ちください」

「ありがとう。速見さんもご苦労様」

速見「いえいえ…終わりましたら第二会場のお店までご案内致しますので」

「…へ?速見さんは終わりじゃないの?」

速見「…終わりじゃないんです…これが」

彼女が言うには、終わったら俺の接待の名目で飲み食いするからお前も付き合えと、秋男から強制的に宣われているのだと。


「秋山先輩強引なんだから…私はホステスじゃありません!って言ったんですけどね…秋山先輩に逆らえるような社員は課にはいないんですよ」

とちょっと困ったように話す彼女。


「じゃあ…せめてもの意趣返しであいつが経費切るときに目を剥いちゃうくらい高いやつ飲み食いしちゃうか」

速見「あ!それ良いですね」

ひとしきり二人で笑った後、少し涙を拭くような仕草をした彼女が言った。


速見「本当ですね」

「え、なにが?」

速見「秋山先輩が言っていたんです。あいつは人の心が分かるやつだから決して不快な思いはしないよ…って」

そういう彼女の年齢不詳の綺麗な顔に浮かぶ微笑みはとても魅力に溢れていて


「…速見さん、君、フルネームは?」

速見「はい?」

俺は彼女の名前を聞いた。

まだこれから数時間一緒にいるパートナーのフルネームが分からないのは味気ないから教えてください…これは総代の権限ですからって。


彼女は、「まあ!」って声をあげた。

お若いのにお上手なんですね、とか言うんだけどさ、お若いって…君こそ幾つなんだよと(笑)。


こほん、と彼女は姿勢を正した。

沙織「では、改めまして、速見沙織(はやみ さおり)と申します。今後ともよろしくお願いいたします」

そういって彼女は、見惚れるほど艶やかな仕草で、俺にお辞儀をしたんた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る