白の羽衣_シロノハゴロモ
「よいっと!それでは、お嬢。俺は戻ります、ゆっくりお休み下さい!」
「ありがとう、御影くんも気をつけて帰ってね。」
そう言い、御影くんは颯爽とまた加賀美亭に帰って行った。
「……杠葉、ベッドに行きたい。」
重い目をこすりながらカイが呟く。
「うん、もう寝室にいこうか。」
肩から落ちそうなカイを手に納め、家に入り階段を登りそのまま寝室へと向かう。
カイを寝床にそっと置き、私は窓の満月の空に目を奪われていた。
満月の夜はいつもより少し明るく感じる。
裏山には立浪草が生い茂っている場所があり、少し月明かりに照らされて寝室からでも少しだけ見える。
そんな光景をぼーと眺めていると立浪草の場所に人気がある。遠くてあまり見えないがキラキラと何か引き寄せられる様な感覚が襲う。
私はただひたすら窓から見えた裏山に向かった。
早歩きであった脚がピタッと止まる。
そこには、満月の方をみる白い衣を纏った人。
髪も透き通るような銀の長い髪。少しだけ上に括っているその髪が風に吹ふかれ光って見えた。
一面の立浪草の中に佇むその姿は今までみたどんな光景よりもとても美しく思えた。
そんな私の視線に気づいてか、私を視界に捉える。
私は何と言葉をかけたらいいのか分からず、少しあたふたとふためいた後に言葉を絞り出した。
「…………寒くないですか?」
言葉をかけた事にか、今ここにいることにか分からないが少しだけ目が開き驚いたような表情を見せた。
だが、直ぐに表情は戻り一言だけ
「あぁ。」
と答える。
その声で私はようやく目の前にいる人間が男の人なんだと初めて認識する。
「……とても綺麗な羽織ですね。月明かりに照らされてこちらからだと光って見えます。」
「……この羽織か。……欲しいのか?」
唐突にそんな問いかけをされる。
私は慌てて訂正する。
「いや!そんな物欲しそうな目をしていたならすみません。私が欲しいなんてそんなこと思っておりません!それに、その羽織は貴方が着てこそ似合うものかと。」
「私はそんなに大層な者ではない。」
立浪草を見下げ少し悲しそうな顔をする。
そんな彼の顔をよく見ると顔に出来たばかりの擦り傷があった。
勝手に足は彼の方へと歩み…
「顔!」
彼の顔にある擦り傷に手を伸ばそうとする。
私ははっとし、伸ばした手を引っ込める。
「…大丈夫だ。こんなかすり傷すぐ治る。」
「傷を甘く見てはいけません!化膿してしまったらどうするんですか!」
少し大きな声を上げ、彼の手首を掴み引いて歩く。
「私の家すぐ近くなので、消毒をしましょう!」
少し驚いた顔の彼は、何も言わず私にただ引かれ着いてきた。
玄関の戸を開け、彼を座敷に座らせ、私は救急箱を取りに行く。彼の元へ戻ると物珍しそうに部屋を見渡していた。
「傷を見せてください。顔をこちらに。」
「あぁ。」
手当をしていると改めて綺麗な顔だと実感し手が止まる。
「……どうかしたか?」
「ううん、なんでもない。」
彼の言葉にはっとなり、また手を動かし手当をする。
「よし、これで大丈夫。」
「すまない、手間をかけさせた。」
「いや、半ば強引に連れてきたのは私だし…こちらこそごめんなさい。」
少しの沈黙のあと、私は後に言葉を続けた。
「夜ももう遅いですね、家は近くですか?」
そう彼に問うと彼はすこし考えこう答えた。
「……家はない。」
予想外の答えに少し戸惑ったが、そのまま話を進める。
「家出でもしたの?」
「……家出ではない、もう戻れないだけだ。」
あまり深く聞くべきでは無いと私は感じ、それ以上は何も聞かなかった。
「困っているようなら、今夜はうちに泊まっていく?」
流石に唐突な私の言葉に少し驚いた顔をした彼はこう続けた。
「…流石に女子の家に寝泊まりをする非常な私では無い。」
私は少し顔を赤くするしかなかった。
「この家には2人きりでないし、上に同居人もいます!(カイのことだけど…)」
「いや、だが……」
「あの!!!私がこのまま貴方を外に出して自分だけ寝床に着くなんて、心配で心配で眠れないんです!だから、今日は厚意を受け入れ大人しく休んでください!」
「………………そうだな、厚意を無下にしてはならないな、ありがとう。世話になる。」
私の勢いに負けたのか彼の方が折れてくれた。
私は唯一ある来客用の布団を出そうとすると、そんなもの自分でやると彼が自ら布団を用意してくれた。
「私の寝室は上なので何かあれば。あ、御手洗は右の突き当たりを奥に進むとあります。」
「あぁ。」
「……おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
就寝の挨拶を交わし私は自身の寝室へと向かう。
寝室に入るとサイドテーブルで寝ているカイの姿。
そんなカイの姿をぼーと見つめていたら私はあっという間に深い眠りに着いていた。
__翌日。
「おーい、杠葉、起きろ。」
目を覚ますとカイが私の頬をつついていた。
「お前が寝坊なんて珍しいな。そんなに昨夜は疲れたのか?」
昨夜……昨夜……加賀美亭…に…白い羽衣……
!!!!!
私は飛び起きて下に向かう。
「おい、なんだよ急に!おいってば!」
そんな声が後ろから聞こえる。
階段を降りるとそこには昨日の彼がいた。
「おはよう。」
「お、おはようございます。」
「誰だ?」
何も分からないカイ。
私は慌てて寝室に戻り昨日のままの服装を着替え支度をし、朝ごはんの用意へとまた下へ向かった。
いつもの様に手早く慣れた朝ごはんの用意は、一つ違うのは1人分いつもより多いと言う事。
「ごめん、カイ!お待たせー!貴方も朝ごはんどうぞ。」
「いや、そこまでの厚意は受け取れない。」
「もう作っちゃったので、食べてください!ほら、座ってください!」
彼は私に言われるがまま席に腰掛ける。
「……………………んで。なんだよこの状況。」
カイがおにぎりを食べながら、ようやく口を開ける。
「えっと、これは……」
カイに昨日の夜の出来事を説明する。
「____事は大体分かった。それであんたは一体何者なんだ?」
「た、確かに!私は貴方の名前も知らない!」
昨夜の出来事にいっぱいいっぱいでお互い名も名乗らないまま止めてしまったのか、私ったら……。
「わ、わたしは北条杠葉。それでこっちの精霊はカイ。私の同居人です!」
「私の名は、
「伊織……。」
お互い名乗り合い、初めて少し近づいたような気がした。
「伊織、お前は変える家が無いそうだが、これからどうするつもりだ。」
カイが本題に触れる。
「情けないがあまり考えていない。だが、どうにかなると思う。」
なんと計画性のない彼の考えに拍子が抜ける。
「失礼ながら金銭の持ち合わせは?」
「……無一文だ。」
それでよくも何とかなると思えたものだと、カイと目が合いため息がでる。
「見通しが立つまでうちにいて下さって大丈夫ですよ。この通りカイと2人で生活しているだけなので1人増えたとしても窮屈ではありませんし、私も話し相手が出来て嬉しいです。カイは、いい?」
「伊織は、不思議と嫌な感じがしないしおれは、お前が良いならとくに異論はない。」
「そんな、何から何まで……。」
少し困ったように伊織が困っている。そんな伊織を気にせず話を強引に進める私。
「とりあえず、ここは男の服がないので着替えと最低限の生活用品が必要ね!伊織街に出かけよう!」
そうと決まればささっと朝ごはんの片付けをし、寝ようとしているカイをつまみ一緒に外へ出かける。
街に向かう道中こちらをじっと見つめる伊織。
視線が痛い。
「伊織さん?何か私の顔についてますか?」
「あぁ、すまない、なんでもないんだ。杠葉は変わっているなと思って見ていただけだ。」
「変わってる?」
「変わっている。一夜にしてこうもなるなんて昨日満月を眺めている時には思っても見なかった。君といると目まぐるしく出来事が移り変わって息をつく暇もない。」
「杠葉はたまにとてもお節介なやつだからな。」
「……本当は、迷惑だった?」
「ふふっ、杠葉は昨日もそうだ。割と強引に事を運んだ後に不安になるな。心配する事はない、私は君に感謝している。」
初めて見る伊織の上品な笑顔はとても美しく、そんな伊織の言葉を私は嬉しく思った。
そんな話をしながら私達は呉服屋に向かっていた。
「____あれ?あれは杠葉か?……隣にいるのは……えらい綺麗な男だな。昼間に男女で街にでる……ほーーーん。悠に伝えなくちゃ♪」
杠葉たちをたまたまみた誠は杠葉に声をかけずら足軽に街へと消えて行った。
呉服屋に到着した一行。
「いらっしゃい。何をお求めかい?」
「えっと、この人の服を買いに来たのですが…」
「あら!こりゃまたすごい良い男だこと!おばさん照れちゃうわ〜」
「あの、あまり持ち合わせがなく1番安いもので良いのだが。」
「あらやだ、良い男が勿体無いわ!けど、最低でもここら辺の値段になるわね〜」
その金額は予算オーバーであったが、着替えもないのも困るだろうと返事をしようとしたら伊織が店主にこういった。
「この羽織を買い取っては貰えないだろうか?」
「!!伊織こんなに良いものをいいの!?」
「ああ、特に思い入れもないし、もう必要が無いものだ。問題ない。」
そう言い羽織を差し出す。
「こりゃー上等の品だね!初めて見たよ!お前さんは実は良いところのお坊ちゃんか何かなのかい?」
「そんな事はない。着ている服がたまたま良いだけだ。」
「なんだい、その無理矢理な言い訳は〜。まあ、持ち合わせもないようだし良い男の顔に免じて高くつけてあげるわよ!ついでに羽織も1枚おまけしてあげるわ♪」
そういって伊織の羽織を元に着物と羽織着を購入した。
それでもお釣りがたくさんくるくらい羽織は上等な品だった様だ。
あとは必要最低限のものと、食材を買って帰ろう。
「伊織、少し買い物にもよっていってもいい?」
「ああ、私に手伝える事があるなら手伝うよ。」
「せっかくの男手だし、重たい荷物でも持たせてやれよ。」
「構わない。」
「もう、カイったら。伊織ありがとう。」
そう食材をを買いに街にでて、せっかくだからとお米を買い伊織に持ってもらった。
お米を買い家に向かう途中加賀美亭の前を通るのだが、見慣れた顔が前からやってくる。
「____杠葉〜!」
大きな手を振るのは誠だ。
その後ろには眉間に皺を寄せた悠の姿がある。
私は伊織の姿を確認し、ふと、2人になんて説明しようと少し戸惑った。
悩んでいるうちに2人の前に着く。
「2人ともこんにちは。」
私は少し気まずそうに笑う。
「いやー、昼間からうちの子がまさか美男子と歩いてるもんだから悠が話しかけろって煩くてさー。」
「はあ、お前が面白がって俺に話してきたんだろうが!」
「まあまあまあ。落ち着きなって悠。」
「俺は、落ち着いてるっての!!!」
「んで、杠葉、そちらの方はどちら様?あまり見かけない顔だけど?」
「あーー、えっと……なんていったらいいんだろう……」
2人の視線が痛い。
するとカイが口を開く。
「今こいつら一緒に住んでるんだ。今日はその買い出しだ。」
「「「!?」」」
目が見開く、悠と誠、それから私。
「……ちょっと待て。全くもって理解ができないんだが。」
先程まで面白がっていた誠も、流石に意外な展開に驚きを隠せていない。
「だ、だ、だいたい、あんたは誰なんだよ!!」
そう動揺しながら伊織に悠が問う。
流石に急に2人に詰められ、巻き込まれた伊織がいたたまれなく私はまず2人の紹介を言おうとにした。
「急にごめんね。こっちの2人は私の幼馴染の悠と誠。ここの桜陵楼で男衆として働いているの。」
「そうなのか。こちらこそ挨拶が遅れてすまない。私は、伊織と言う。昨夜困っていたところを杠葉が声をかけてくれ助けてもらった。当分の間世話になるとおもうが、見立てが立ったら直ぐに出ていくつもりだ。大切な幼馴染が変な男に捕まったと心配になるかもしれぬが、君たちが心配する様な事はないから、どうか安心して欲しい。」
そう丁寧に説明をしてくれる伊織。
「こりゃ、ご丁寧に。だとしても、良い年の男女が同じ寝屋を共にするってのは悠じゃなくても、僕も心配だよ、杠葉。」
「そうだぞ!伊織ってのが百歩譲ってすごく良いやつだとしても、男っていうのは野獣なんだ!急に何をするかなんて分からないんだぞ!」
「お前らはガキだな。俺も家にいるんだから大丈夫に決まってるだろ。心配しすぎだ。」
「お前は家でほぼ寝ているだけだろ!はじめから頭数にいれてないんだよ!」
「ちょっとこんなところで2人とも揉めないでよー!」
そんな事を加賀美亭の前で話しているものだから、中から環さんと御影くんが出てきた。
「なに、店の前で大きな声を出してるんだ、煩い。」
「っ!環さん」「環」「環さんーーー。」
事の経緯を環さんにも話す。
「ふーん、こんな顔のいい男がねー。あんた何か訳ありかい?」
「……訳ありかは分からないが、話せない。」
私も踏み込まなかった部分を環さんはスパッと聞く。
「杠葉は私にとって大切な子でね。そんな子が決めた事だから私は反対はしない。けど、この子に危ない事がないかは気にしない事は出来なくてね。それはこのバカ2人も同じさ、分かってくれ。」
「あぁ。伝わっている。」
「私にはあんたの事情なんて話してくれなくてもいい。ただ、あんたのことを心配して良くしてくれる杠葉には嘘はつくんじゃないよ。それと!手は出すんじゃないよ?」
「環さん!」
私は少し恥ずかしくなって環さんの名前を呼ぶ。
「あぁ。恩人の恩義に反する様なことはしない。身分も名乗らない私を信用たる人間とは思えないだろうが、ここに誓おう。」
真っ直ぐな伊織の言葉はとても凛としていた。
「まあ、環の許しもでたことだし、お二人さんは特に異論はないよな??」
カイがニヤニヤと悠と誠に聞く。
「環さんがいいというなら、僕たちもなにも言わないよ。」
「ふんっ」
納得はしてないものの、とりあえず2人とも理解はしてくれた様だ。
「伊織重たいものをずっと持たせてごめんね。環さん、悠、誠、御影くん今日はここらへんで失礼しますね。」
「はいよ、杠葉、気をつけて帰りなさい。またいつでもおいでなさい。」
「はい!」
伊織はみんなにお辞儀をし私達は家に帰っていく。
そんな帰宅途中。
「あーーー、あいつらは過保護だよなー。いくら杠葉が1人だからって心配しすぎだってのー。俺もいるんだから大丈夫に決まってるってのになー。」
「心配してくれてるだけだよ。有難いよ。」
「杠葉がそんなんだから、余計に心配になるんだろー。」
私はカイの言葉に、はははっと笑い、隣の伊織の顔を覗く。
「ねぇ。伊織。」
「なんだ。」
「環さんさっきは、あぁ言ってたけど無理に話さなくても良いからね。人間ひとつやふたつあんまり人には言いたくない事あると思うんだ。だから私からは聞かないよ。」
「杠葉もあるのか?」
「…………そりゃ、ね。一応私も普通の人間なので。」
「私が、素直に自身を語ったら君は嬉しいか?」
「それは、伊織のことを知れるのは嬉しいし、話してくれることは嬉しいと思う。」
「そうか。今は申し訳ないがあまり話す気分にはなれそうにない。だが、君に話すことに嘘偽りはないと誓おう。」
そう真っ直ぐ目を見て伝えてくる。
それが嬉しくて、それだけで私は満足な気がした。
「ありがとう。私もだよ。」
そう話しながら今日も我が家に帰る。
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