加賀美亭_カガミテイ



夕刻が訪れようとしている。

髪を整え梳かす。

決して多くはない服の中から適当な物を選び着替える。

薄く淡い紫の上品な着物を纏い、軽く紅を唇になぞる。


すると玄関から

「お嬢、お迎えにあがりましたよー!」

聞き覚えのある呼び方と声。


私は、はーいと返事をしながら玄関へと向かう。

「カイー!」

カイを呼ぶと、マイペースに私の元へ飛んできて肩に乗る。

 

玄関を開けると琥珀色の短髪が夕焼けにあてられ更に彼の明るさを魅力的に魅せる。

ニカっと笑い私の元に迎えに来てくれたのは、2つ歳が上の御影ミカゲくん。


「お嬢、お待たせいたしました!いやー、ちょっと遅れてしまいすみません!」


「いやいや、こちらこそ忙しいだろうにわざわざありがとう!」


「全然す!今日のお召し物もお嬢に似合ってとっても綺麗っす!」

「いつもありがとう。そんなに褒めてくれるのは御影くんだけだよー。」

「みんな恥ずかしくて口にしないだけで、思ってるっすよ♪」



御影くんの言葉には裏表がなく、社交辞令だろうと思っていても本当にそう言われているかのように感じるくらい彼の言葉は気持ちがいい。


昔は2つも上の御影くんからお嬢と呼ばれるのには抵抗があり、呼ばないでとよく言っていたけれども、数年も経てばそれは自然なものとなり気にならなくなっていた。


御影くんは悠と誠と同じ加賀美亭で働く、男衆である。

私にとって御影くんは兄的存在であり、昔から困った時によく助けてくれた優しい人だ。


「お嬢、それでは加賀美亭へ向かいましょう!怖かったら俺の襟を掴んでくれて大丈夫っすよ!それじゃあ失礼します!」


そういって私の身体をひょいっと持ち上げたまま、宙に浮き夕暮れ方向にある目的地へと向かう。


「ううっ。早い。」


カイは少し首元にまで降りてきて襟を掴んでいる。

カイが落ちないように私はそっと手を添える。


御影くんは浮遊魔法を使える魔力持ちである。

総人口の約3割が魔力をもって生まれる現代。

神の恩恵を受けさずかるその力は、人々に還元するべしと謳われており、力をもって生まれた者は皆等しく尊い存在であらなければならないといわれている。


 

私の周りでも魔力を持っている人はおり、魔力持ちとわかれば一目置かれ人気が高い。だが今となっては特に珍しくもなく皆、同じように平等に暮らしている。


一方私は特に魔力をもっておらず至って普通の人間である。



「御影くんの浮遊魔法はいつ体験しても慣れないな〜;」

 

「お嬢に危険なことはしないんで安心してください!それには俺自分の体重の3倍くらいまでのものなら持ち上げられるんで、お嬢なんてりんご片手に飛んでるようなもんす!」


「杠葉がりんごって、よく食べるからせめて大根の間違いじゃないのか。」


ボソッとカイが嫌味を吐く。


「聞こえてますけど?」

「はいはい、すみませんりんご姫さん。」


ムスッとしてカイを少し睨むとバツの悪そうに目を逸らす。


「今日も仲良いっすね!ほら、もうすぐ着きますよ!」


的外れなことを言う御影くんの言葉を聞き、下を見下ろせば街に灯りが灯り始めて賑わい始めている。

その中でも少し大きく、特に灯りが強い建物が見える。

ここが目的地の花街__加賀美亭だ。



御影くんは、ゆっくりと地に脚をつき私を降ろす。

カイも器用にまた肩へとよじ登る。


「お疲れ様でした、着きましたよ!さあ、中へ入りましょう!」


入り口には客や、客引きの若い衆らいた。

おもどりかい?おかえり、と声をかけられる御影くん。

愛想を撒きながら私たちを連れ中へと案内する。


  

加賀美亭の奥の一角、宴の中にいる女性。

銀朱色の長いさらりとした髪に、淡い黒の瞳。

上等な着物から見える白い肌。


こっちに気付き口角を上げ、こちらにやってくる。


「いらっしゃい。よく来たね。影もご苦労さん。」

「いえ。」

 

「あ、えっとお久しぶりです!今日は私たちなんか呼んでもらってありがとうございます。忙しいだろうに、言葉に甘えてしまいすみません。」

 

「そんなに自分を卑下するもんじゃないよ。私が顔を見たくて呼んだんだから。カイもついて来てくれたんだね。」


そう私の頬を撫でながら綺麗に笑う目の前の女性は、加賀美環カガミタマキさん。


悠、誠、御影くんの雇い主であり、この加賀美亭の主人である。

人を見抜く才があり経営が傾いた際、加賀美亭は環さんが立て直したと聞いた。

環さんは魔力持ちであり、幻影・幻覚魔法が使える。


宴の際にもそれを用いて芸妓の美しさを更に美しいものとし、それもあってここ花街でも加賀美亭は特に人気とされている。


「最近は特に変わりはないかい?困ったことがあれば何でも言いなさい。男手が必要であれば、悠や影を使ってくれてもいいからね。」

「はい、いつでも使ってください!」


「そんな、いつも沢山助けて頂いてるので!環さんには母が亡くなってから何から何まで本当にお世話になって……今も私がこうしていられるのは環さんのお陰です。」


「お前の母三葉とは友人だったからね。手を差し伸べたいと思うのは私の勝手な良心さ。気にせず受け取ってくれ。」


「……ありがとうございます!」


「さあ、もうすぐ宴さ。美味しいものをたんと食べて宴を楽しんでいってくれ。」


そうひらりと手を振り宴の中心へと戻って行く環さん。


「お嬢、俺も一旦ここで失礼します!」


「あ!ありがとう!」


 にかっと笑い環さんの方へ御影くんもついて行く。


「杠葉、お腹すいたぞ。」

 耳元でで響く声。

「あ!そうだね、ごめんごめん、頂きにいこう!」


「俺のこと忘れてるのかと思った。」


「そんなことあるわけ無いでしょ。カイがいてくれるから人が沢山だけど心細くないしね。」


「俺は人が多いのは苦手だ。」


「私もだよ。」


 そう会話をしながら端の席に座り食事を頂く。


「あれ、これは別嬪さんな娘さんだ!」

 そんな言葉が前から降ってくるので見上げると、少し酒に当てられている男性客がいた。


「あ、あはは〜」

当たり障りのない乾いた笑いを返すしかない私。


「なんだこいつ。俺が脚を引っ掛けてやろうか?」

「カイ、加賀美亭で騒ぎを起こしたらだめだよ!」

「でも、とても目障りだ。」


「ん?これは精霊じゃないか!はじめてみたよ!お嬢ちゃんはまさか精霊使いなのかい!?そりゃーすごい!」


「あ、彼は友達で……私は、精霊使いなんかじゃ……」

 

昔からよくカイを連れて歩くと精霊使いと勘違いされることはよくあることだ。

人様からみたら精霊使いじゃないのに精霊を連れているのはとても変に見えるのは分からないこともない。


この世界では神が1番であり、その加護をもった精霊はと壁大切にされている。

それを扱うことのできる精霊使いは魔力持ちの中でも少し稀で特殊な存在なのだ。


ただ、私にそんな力はないしカイもただ友達であることは変わらない。


「いっそ、精霊使いですっていった方が面倒くさくないんじゃないか?」

「嘘はよくないよ。」

「ま、俺は何でもいいけど。」


そんな戯事を話しているうちも男の話は止まらない。

どうしたものかと肩を落としていると…


「旦那、これから加賀美亭の売れっ子達が揃うってのに宴の前なら目移りとは加賀美亭の人間として見逃せねえなー。」


そう男の肩を寄せ現れた悠。

 

「!!悠!悪かった悪かった。今日も楽しませてもらうよー。……あはは、お嬢ちゃん悪かったね。」


そうバツの悪そうに男は戻っていった。


「いつも毎度ー。」

男に手をひらりと振る悠はそういうと、こちらを向き直した。


「1人で寂しいかと様子を見にくれば、これかよ。お前はちゃんと断れもしないのか?」

 

「お前は来るのが少し遅いんじゃないか?」


 悠のお説教を、カイが悪態で返す。


「あ?お前こそ、ついていながら助け船を出さないってのは怖気付いていたのか?それとも精霊ってのは心なしか?」


「怖気づく?俺が?まさか。あれは加賀美亭の人間の仕事だろ、俺はお前に仕事をさせてやったんだ、いい仕事っぷりだったぞ、よくやった。」


そう目に見えない火花がバチバチと見えるようである。


「あ、あのね、カイは助けてくれようとしたけど私が止めたの。ここで騒ぎを起こしたくなくて。……悠もありがとう。どうしようかなって困っていたからすごく助かったよ。悠が来てくれて良かった。」


私が仲裁に入るとカイは腕を組みプイッとそっぽを向く。


「そうなんだな、ちいさいの、悪かったよ。

 杠葉、お前は俺にあんまり心配かけんな。」

 

そう頭をくしゃっと撫でていると、宴が始まる音がした。


芸妓さん、舞妓さん達が芸事を艶やかに踊り始め、その美しさと上品さに目を奪われる。


環さんの魔力であろう桜吹雪が美しく舞い、芸妓さん達をより一層引き立たせる。


「凄く素敵……」

「これは悪くない。」

「今日はより一層大掛かりな場だからな。みな、気合いが入ってる。」


大きな演目を終え、まだ夜は更けないが私はそろそろ帰ろうかと腰を上げた。


「もう帰るのか?ちょっと待っててくれ。」

そう言い、悠は何処かへ席を外した。


「ふぁああ」

 大きな欠伸をするカイ。

「今日はよく眠れそうだね。」


そう話をしていると、奥から悠と誠と御影くんと、それから環さんがやってきた。


「みんな、わざわざいいのに!」


「今日結局顔を出せなくてごめんな。」

そう眉を少し落として誠が言う。

 

「俺らはまだ仕事があるから見送りは御影がする。」

「杠葉、宴や食事は楽しんでくれたかい?」

「はい!とても堪能させてもらいました!」

「それは良かった。またいつでもおいで。影、杠葉を家まで頼むよ。」

「お任せください!さあさあ、お嬢行きましょう!」


私はみんなにぺこりと頭を下げ桜陵楼を後にした。


3人は私たちが見えなくなるまで見送ってくれた。


「悠、誠。杠葉は最近泣いてはいないか?」

「はい、泣いていませんよ。」

「泣いていないっつーか、そんな素振りも見せないだけじゃね?あいつの事だから自分なりに気張ってるんだろ。」

「環さんは優しいですよね。」

「私が優しい?私は親友の大切なものを大切にしてやりたいだけさ。」



 

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